28.静かなる事件簿
「今日のご飯は何かしら~。カレーも良いけど、シチューも良いな~」
「何だその歌…」
「え?今の気持ちを的確に表した歌かな」
ランドセルを背負って、ルンルン気分で家路につく。
運動会の日に、何かちょっと様子のおかしかった焔も、今ではすっかり元通りだしね!
惜敗を喫した禍根は、少なからずあるけれど、気にしたらそれこそ負けだ。
私は大人になるのだ。
「お嬢様、お待たせ致しました」
「お待たせー。何か変な歌聞こえてきたけど、あれお嬢ですかぁ?」
「晴雅、晴臣。遅かったな」
「誤差の範囲内じゃない?ってか、変な歌って何!?変じゃないから!」
「いやいや、相当独特なセンスでしたよ。俺にはとてもじゃないけど再現出来ませんねぇ」
「うわっ、腹立つー」
何だかんだと、双子との距離感も完璧に把握した。
慣れって怖いね。
だけどそれも、毎日を楽しむスパイスだと思えば可愛いものだ。
「そんなに言うなら、臣君も歌ってみなよ」
「えぇ?冗談でしょ?俺にそんな恥ずかしい事をしろと?」
「さも私が恥ずかしい事をしていたかのように言うでないっ!」
「いや、してただろ。他人のフリしたくなるくらいには」
「ですよねー、若」
「し、失敬な!雅くーん!二人がイジめるよーっ」
「よしよし。お可哀想なお嬢様…」
反射的に雅君に抱きついたら、優しく抱き留めてくれた。
それどころか、頭を撫でてくれる。
うおおお、なんて優しいんだ雅君、紳士!惚れる!!
頭をグリグリと雅君のお腹に擦りつけていたら、呆れた様な声が降って来た。
「ちょ、マサお前…甘やかし過ぎじゃん?」
「足りないくらいだ」
真顔で言う雅君に、若干引き気味の私だけど、こうも冷たくされると、そんな過剰な思いやりが温かく沁みてくる。
分かるかい?
この、普段クールな雅君の見せる、ベッタベタに甘い優しさの威力が。
流石の私もグラッと来ちゃうくらいですよ。
「ああー、雅君好きー」
「勿体なきお言葉です、お嬢様」
「ふーん」
「へーぇ」
突如として、ブリザードが吹き荒れる。
あれっ、まだ冬と呼ぶには、やや早い時期だよね?
そろ~っと視線をズラすと、これまた冷たい表情の二人が見えた。
何で怒るの!?
意地悪言う二人より雅君が好きだと言って何が悪い!?
「何なの、その目は!」
「別にぃ」
「お前には関係ないだろ」
「ちょ、焔!何て言い草だ!明らかに私に関係あるでしょ!?」
くぅぅ、可愛くな……いや、可愛い!!
そうだよ、可愛いよ。
何なんだこの生き物達は。
嫉妬か?嫉妬なんだな!
「瑞穂の今の顔、何かすげームカつく…」
「分かってる。分かってるよ、焔。さぁ、私の胸に飛び込んでおいでっ!」
「何で!?」
「えー、寂しかったんでしょ?だからカモンッ!」
「このやり取り、何か前にもやった記憶あるぞ!」
「あれ、そーだっけ?じゃあ、臣君カモンッ!」
「だから何で…」
「はーい!」
「行くのかよ!!」
何だか良く分からないまま、臣君を抱き締めた。
憎まれ口ばっかりだし、大きいけど、何だかんだ言って臣君も可愛い子だ。
よしよしーっと背中を撫でてあげると、ブンブン振られる尻尾が見えた。
気がした。
「何でいっつも焔は素直にならないかなー」
「ですよねぇ」
「それに関しては僕も同意です」
「なっ、お、俺の何処が素直じゃないって言うんだよ!」
「そう言う所だって」
「そう言う所ですねぇ」
「そう言う所です」
「同時に言うな!」
こればかりは仕方ない。私のせいじゃないよ。
ただ単に、焔が可愛いのがいけないのだよ。
嫌なら過剰反応をやめる事だな!
あっ、でもそしたら面白くなくなるな。
やっぱり忠告はしないでおこう。
「そっ、そんな事より、さっさと帰るぞ!」
「あいよー」
「へーい」
「はい」
これ以上やると、本気で怒らせちゃうな。
そう思って、私は素直に従った。
双子も同じだったのだろうか。
そして、私達は誰はともなく家へと足を向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいまー」
元気良く玄関を開いて中に入る。
いつものように、お母さんも伯母さんも、青島家の方にいるだろうと思って、皆一緒に青島家に入って来る。
そこに対して、いつものように元気良くお帰り、と言う声が聞こえるものだと、そう思っていたのに、返事がない。
変だなーと思いつつ、お母さんの気まぐれか何かでお出かけしているのかもしれないとも思って、とりあえず私は自室にランドセルを置きに向かい、焔達はリビングへ向かって行った。
鼻歌交じりに、制服を脱いで、適当な服に着替える。
お母さん達が戻って来るまで、何をして遊んでいようか。
そう言えば戸棚に、この間食べきれなかった、お母さんのクッキーがあった。
ロシアンルーレット風にして、焔に食べさせようか。
そんな、能天気な事を考えていた。
いつも通りの日常。
それを切り裂く、悲鳴が響いたのは、私が丁度着替え終えた時だった。
「母さん!?」
「えっ、焔?」
私は、反射的に部屋を飛び出した。
慌て過ぎて、途中、花瓶にぶつかって落としてしまう所だった。
それでも何を割る事も、転ぶ事もなく、何とか階下へ降りる。
すると、そこで見たのは、慌てて伯母さんを抱き締める焔の姿だった。
「奥様!?焔、何が起きたの?」
「お、俺も何がなんだか…気絶してるみたいなんだ…」
キッチンの奥で倒れていたらしい伯母さん。
呼吸音は正常で、ただ眠っているだけにも見えるけれど、異常事態だ。
私は双子の姿を探す。
直後、幾分かは落ち着いていても、先程の焔とあまり変わらないくらいに焦った雅君の声が私を呼んだ。
「お嬢様!美紗子様のお部屋へ!お急ぎ下さい!!」
「!!」
私は、弾かれるように立ち上がって、二階にあるお母さんの部屋へ走った。
確かに急いで走っているはずなのに、鉛のように重い。
どうしてだろう。
さっきまで、平和だったのに。
平和って、そんなに簡単に崩れるものなの?
皆に置いて行かれた時なんて、比べ物にならない。
私の理解の範疇を超える自体なんて、どう対応したら良いの?
頭の中が真っ白になりそうだ。
「お母さん!」
「お嬢!」
恐らくは臣君の手で、お母さんはベッドに寝かされていた。
伯母さんに比べると、幾らか顔色が悪い。
素人目に見れば、それ以外に異常は分からない。
それが、余計に怖い。
サァッと頭の中が一気に冷えた。
精神的な面で見れば、年の近い友達みたいで。
それでもやっぱり、この人は私のお母さんで。
無邪気で、お嬢様で、我儘で、でもそれが可愛くて。
冷静な頭は、最悪の可能性すら上げる。
どうして。
こんな時こそ能天気に考えられれば良いのに。
「お母さん…どうしたの?具合、悪いの?」
「お嬢……」
涙は零れない。
それでも、声が震えていた。
「お母、さん」
やがて、雅君が呼んだ救急車のサイレンが近付いて来て。
伯母さんとお母さんが隊員の人達に連れて行かれるのを見ても、現実の事とは、とても思えなかった。
それならば、余程転生したショックの方が楽だった。
楽だった?本当に?
頭が痛い。
何か、大事な事を思い出しそうな気がする。
だけど、そんなもの、お母さんと比べるべくもない。
前世なんて要らないから。
神様がいるなら、お母さんを助けて下さい……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな祈りが届いたのか。
合流したお父さん、伯父さん達と共に告げられた事実は、お母さん達の命に、全く別条はない、と言うものだった。
そして……。
「お二人揃っておめでたですね」
「は?」
おめでた?
OMEDETA?
なに、それ日本語ですか?
一瞬、別の意味で頭が真っ白になる。
焔も、双子も同じだったのだろう。
似たような表情で、ボケーッとしている。
能天気なのは伯父さんくらいなものだ。
「素晴らしい!また同じ学年の子が出来るなぁ」
「そ、そうですね」
くそっ、殴りたい!
驚いているお父さんはともかくとして、伯父さん殴りたい!
私達をあんなに騒がせといて、何だおめでたって!
いや、でもおめでたで倒れるものなんだろうか。
私は急激に不安になった。
お医者様に尋ねてみたけど、大丈夫、とだけしか教えてもらえなかった。
子供だからか。
残念だけど、誤魔化してる様子でもないから、納得する事にした。
そうだ。
冷静になって考えても見れば、素晴らしい事じゃないか。
私と焔に、弟か妹が出来るのだ。
家族が増えるのだ!
じわじわと湧き上がって来る喜び。
お父さんもそうだったみたいで、フッと表情が穏やかになる。
「瑞穂。貴女もとうとうお姉ちゃんになるんですよ」
「はいっ、父様!やったー!!」
「ほら、病院で煩くしてはいけませんよ」
「あっ、ご、ごめんなさい。でも私、嬉しくて…」
「はい。父様も嬉しいです」
二人して大人しくはしゃぎまくる。
双子もそれぞれ、状況を理解したらしくて、おめでとうございます、と伯父さんに声をかけていた。
一番ショックが大きかったのは焔だった。
微動だにしない。
流石に心配になって声をかけると、急に涙を流した。
「焔大丈夫……焔!?」
「っくり……した…。母さん、死んじゃうかと、思っ……うぇぇ」
「泣くの!?ほら、私がいるよ。大丈夫だよ、消えちゃわないから!」
「うええぇぇぇ……」
「よーしよしよし」
若干、犬猫に対する扱いだった事は認めよう。
ただまぁ、私もテンパっていたのだ。許して欲しい。
しばらくして、我に返った焔は、ポツリととんでもない事を呟いた。
ので、それでチャラにしてもらう事にしよう。そうしよう。
「そう言えば、赤河焔って妹いるんだっけ…」
「それは先に言って!?」
私の方は分からないけど、焔には妹が出来るらしい。
何とも楽しみな、今日この頃。
作中における来年、六月から七月辺りに誕生予定です。
因みに、気絶の原因は、美紗子さんの手作りのお菓子です。妊娠関係ないです。
倒れた場所が違うのは、時間差で効いて来るからです。とんだ毒物です。
主治医は、ちょっとお子さんには聞かせられないな、と気を使って伏せました。