02.青島瑞穂はいないはず?
えーと、皆さん御機嫌よう。
青島瑞穂です。
現在、非常に困った事態に陥っています。
「おい!お前、何なんだよ!」
「はぁ…」
「やる気ねぇ返事してんじゃねーよ!ちゃんと聞け!」
「聞いてるけど」
お分かり頂けただろうか?
そう。
坊ちゃんに絡まれてます。
「もう一度聞くぞ。お前、何者だ!」
「青島瑞穂です。3歳です」
「知ってるよ!!そう言う意味じゃねーよ!」
目の前で地団太を踏むショタは、赤河焔。
クリスマス生まれの馬鹿殿…じゃない、ツンデレショタだ。デレ要素ないけど。
この子が生まれて、早3年と少し。
幼稚園は年中さんから入りましょうね、とは母親の談で、今年から幼稚園に入る事になっている。
順調に言葉を話せるようになって、順調に歩けるようになって……。
色々と順調なのは良いけれど、目下の問題は目の前の坊っちゃんである。
「何を狙ってる?分かってるんだぞ、このビッチめ!」
「びっちって何?」
「そっ、それはだなぁ、悪い女の事だ!…って、どうせ知ってるんだろ!?」
この数年で、私は彼が同じく転生者であると確信していた。
でも、話を合わせるのも面倒な程、痛い子だった。
何か目指している事があるらしく、私の事を激しく敵視している。
だからと言って、ここで私も転生者だよ!と言った所で、親しみを感じてくれるとも到底思えない。
発言内容から察するに、恐らく私より年下だ。
適当にあしらっていれば、いつか諦めてくれるだろう。
私はそう思って、今日も焔をからかっている。
ん?困った事態に陥っているって言ってなかったって?
困ってるよ?
困ってるけど、どうせ困ってるんだから、楽しまなきゃ損かなって思ってるだけですよ。
何しろ、この坊っちゃん典型的な坊っちゃんで、反応が可愛いんだもん。
「何を知ってるの?」
「だ、だからビッチ…何回言わすんだ、この性悪女!」
「しょうわるって何?」
「そ、それは悪い女の事だ!」
「悪い女って、何をする女の人の事?泥棒?」
「何をって、男をたぶらかしたり…」
「たぶらかしたりって何?何をするの?」
「そ、それはだな…」
聞いたか、この返しを。
ボキャブラリーがあるようで無いから焦ってるこの返しを。
お見せ出来ないのが残念です。
今、坊っちゃんの顔は真っ赤です。可愛いです。
そう言えば、説明しなかったからここで言っておこう。
焔は、残念な中身を除いて、とても順調に成長している。
父親と母親の良さを、程良くミックスした、甘辛い顔。
キリッとした目と眉は、まだ幼いけれど、成長すれば間違いなく、女泣かせな顔になる事を期待させるバランスだし、雰囲気は既に人を率いるソレだ。
中身がこう残念じゃなければ、今頃私は目の前に平伏してた。
天然ショタに、私は勝てない。間違いない。
「だー!お前、マジでわざと言わせようとしてるだろ!」
「?何を?」
「だからーって、何度繰り返す気だお前!俺の事からかってんのか!?」
はっ、気付かれてしまったわ!
内心まさか、こんなに早く気付かれるとは、と思いつつも表には出さない。
私はあくまでも下の立場。
からかっている事がバレれば、怒られるのは私だ。
からかうなら、絶対にバレないようにするのが最低条件なのである。
え?えげつない?
気のせい気のせい。
「焔怒った?」
「あーあー!怒ってるよ!」
「…ごめんなさい」
「うっ、きゅ、急に素直に謝るな!気持ち悪いだろ!」
チョロい。
チョロいヒロインがチョロインなら、坊っちゃんは何だろう。
チョロいヒーロー。略してチョロー。
……予想以上にくだらない。絶対に口に出さないようにしよう。
「焔、瑞穂さん!お茶の時間ですわよ。戻ってらっしゃい」
さて、この後はどうフォローしたものか。
悩んでいると、伯母の声が私達を呼んだ。
そうそう。今遊んでいるのは、赤河家の庭だ。
青島家も庭はあるけれど、母親の趣味で花が咲き乱れていて、子供が遊ぶには、あまりスペースがないのだ。
その点、赤河家の庭は、良い感じに木と花が並んでいるから遊びやすい。
お母さんの趣味を悪く言った訳じゃないよ?
子供視点で見ると狭いと言うだけで、大人視点で見れば相当綺麗な庭だから。
流石お母さん!
「はい、奥様。只今参ります」
ちょ、お前誰?とか言った奴、出て来い。百叩きの刑だ。
若干三歳とは言え、私は一応青島の娘。
伯母相手だからと言って、甘えは許されない。
あくまでも仕える立場。
それが青島クオリティー。厳しいのだ。
「母様。お、お待たせい、致しましした」
ちょいちょい堅いこっちは焔だ。
焔も、一応立場は理解しているらしい。
素の言葉でグチグチ言って来るのは、私にだけだ。
もし私が、純朴なロリだったら、今頃トラウマになってる気がする。
まぁ、それはともかくとして、間に大人が入れば焔は大人しい。
出来れば、大人込みで焔と接したいんだけど…無理だろうな。
大人は、子供は子供と遊ぶ方が楽しい、と思い込んでるし。
私達が、中身大きいから目を離しても大丈夫、という理由もあるんだろうけど、私達は良く二人一緒に放置された。
悪い意味ではない。ネグレクト的ではなく、寧ろ善意だ。
こんな状況でもなければ、全力で楽しんでいただろう。
子供達には子供達の世界がある。正しいと思う。
ただ、現状その子供達の中身は、大人と微妙に大人だから、妙な事になっているだけなのだ。しかも私の中だけで。
態度が良ければ、是非とも焔にも、現状をどう思っているのか確認させてもらいたかった所だ。
楽しむぞ!とは言いつつ、私だって不安なのだ。
近くに似たような状況にある人がいれば、頼りたいし、相談もしたい。
でもまぁ…中身多分私より年下の少年だしなー…。ないわ。
前世的な意味が色濃く出るけど、年下には頼れないよな。うん。
と、言う訳で、しばらく何も分からんただのロリの振りを続ける事にしておこう。
「今日も二人は仲良しね。素晴らしいですわ」
「ええ、本当に。良かったですわね、焔」
「は、はい母様……」
焔が、不満そうに口を曲げながらも頷く。
ごめんね、うちの母親が。
こうと決めたら行動力は半端ないみたいだけど、それ以外では見た目通りの天然お嬢様だから。
空気とか読まないから。
私的には、寧ろ的確に空気読んで攻撃を加えているように見えるけど。
焔的には、うちの母親が嫌がらせしてる感じに見えるよね。
ごめんね。
だがフォローはしないぞ。
別にざまぁ、とか思ってないけどね!
思ってないったら思ってないけどね!!
「瑞穂ちゃんは、将来焔さんにお仕えする身。少々心配していたのですけれど…」
お母さんが、そう言って私を見て、それから焔を見る。
そして満面の笑みを浮かべて、手をポンと叩く。
夢見る女学生みたいな動きだ。可愛らしい。
「杞憂でしたわね!それはもうお似合いな主従ですわ!」
どこをどう見たらそう思うのだろう。見た目か。
いや、見た目は主従っぽくないだろう。
顔立ちは、運良くなのか運悪くなのか、あんまり似ていない。
私は青島の血が濃くて、若干生真面目っぽい顔。
焔は赤河の血が濃くて、凛々しい顔。
いずれにせよ、割と品の良さみたいなのが出てて、どちらかが従、と言うと驚く人もいるのではないかと思う。
自分で言う事じゃない?
いやぁ、前世の平凡オブ平凡な顔と違うから、どうにも自分の顔っぽく思えなくて、どうにも他人行儀になっちゃうんだよね。
しばらくしたら慣れて、そう思えなくなるかもしれない。
今の内に言っておこう。
私、超可愛い!
……思った以上に気持ち悪い。
今後、二度と考えないようにしておこう。
えーと、何だ。
焔は迷いなくイケメン。
私は、クラスで二、三番目くらいに可愛い女子だ。その位だ。間違いない。
ファイナルアンサー!あ、古い?
「確かに瑞穂ちゃんは青島の子だけれど、間違いなく貴女の…赤河の血も入っているのよ?今から決めては可哀想ではなくて?」
「ですけれど、お義姉様。私、お父様と約束してしまいましたもの。生まれた子供は、性別に関わりなく赤河の為に働かせると…」
えっ、そんな約束してたのママン!?
生まれる前から、私の人生ギッチギチに固められてたの?
それ、前世知らなかったら窮屈過ぎてグレてたよ、きっと。
私は人生二度目だから、多少苦しくても良いけど…。
……と言うか、今から就職先決まってるとか、マジ安泰。
「そうでしたわね。それにしても、青島も難儀な事ですわね。こんな厄介な一族に気に入られて」
「あら、お義姉様。それは違いましてよ?青島と赤河は、切り離せぬ強い絆で結ばれた家々。替え難い絆を有する事は、とても幸せな事ですわ。でしょう?」
「……貴女、そう言う所は本当に赤河家ですわね」
「?私、何か妙な事を申しまして?」
「気付いていない所が、如何にも赤河家ですわ」
「??」
何か、過去に因縁でもあるのか。
良く分からないけど、奥様がドン引いてるのが分かる。
奥様は嫁入りだし、一族の事情みたいなのには関わってないのかも。
何だろう、下手な漫画より気になるな。
何か、過去に呪い!とかでもあったのかな。
興味あるー超あるー!
「…ふふ、流石は貴女の娘ですわね」
「お義姉様?」
「先程から、瑞穂さんが目を輝かせて此方を見ていますわよ」
「あら!瑞穂ちゃんも聞きたいのですか?」
私は、何度も頷いた。
そんな私を、母親は心底嬉しそうに見つめる。
さぁ、長きに渡る冒険譚が、今始まる…!!
「でも、駄目ですわね。子供の内には聞かせられない話でしてよ」
「えっ」
「そうでしたわ…。すっかり期待させてしまって、ごめんなさい瑞穂ちゃん」
「えええ……」
赤河家と青島家、因縁編は、どうやらR十八だったらしい。
何かエグい話でもあるのか。それともエロか。
精神年齢的には、最早二十禁でも見れるんだけど。
駄目ですよね。まだ合法じゃなくロリですもんね。残念…。
「さぁさ、この話はおしまいですわ。二人もお茶をどうぞ?」
「そうですわ。お茶菓子もありますわよ。ただし、食べ過ぎないようにね?」
「「はぁい」」
大して仲も良くないのに、ピッタリと声が重なる。
私は別に気にしないけれど、負けず嫌いが此方を睨んで来た。
おおう、怖い。
危うく鼻で笑ってしまいそうだ。
近所のチワワを思い出して仕方ない。
強がりって言うか…可愛いなぁ。
「お母様、このクッキー美味しいですね」
「ふふ、そうでしょう?私のお手製ですわよ!」
「叔母様、美味しいです…!」
「あらまぁ、ありがとう焔さん」
甘い物は、あんまり得意じゃない、みたいな顔してる癖に、やりおるな。
恐らく私に張り合ってだろう。
お母さん特製、あり得ないレベルで甘いクッキー、を必死に食べている。
私は、前世から相当な甘党だったから、平気だけど…。
おうおう、無糖の紅茶を飲まなきゃやってられないよな。
いや、無理すんな。
ちょっと顔青くない?ねぇ、青くない!?
お母さん…って、何で話に夢中になってるの、おい大人!保護者!
このまま行くと、お母さん傷害罪だよ!
ん?違う?ま、まぁ冗談はさておこう。
保護者が気付いていない以上、私がフォローせざるを得ない。
当然、焔は現状で最大の問題だ。
だからと言って、私は彼が嫌いではない。
痛い子だけど…痛い子だからこそ、見ていて可愛いし、飽きない。
悪役令嬢の如く、ホホホ良いザマね、みたいに笑ってられない。
穿った見方をされるんだろうなぁ。
若干溜息混じりに、私はコソコソと声をかけた。
「お母さんのクッキー甘すぎるでしょ」
「……そんな事、ない」
「嘘つかなくて良いよ。割り当て分、私に頂戴」
「……何でだよ」
「これ以上食べたら具合悪くするよ、焔。それでも良いの?」
「……うぅ」
悔しそうだ。
焔は、未だに談笑に夢中になっている母親達を見る。
それから、深く眉間に皺を寄せながら、そっと私に残りのクッキーを渡した。
私は笑顔でそれを受け取り、気付かれない内に胃袋に仕舞い込む。
「お母さんが、迷惑かけてゴメンね」
「!…べ、別に」
焔は、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
まぁ、これが坊っちゃんの平常運転だし、気にもならない。
厭味を言って来ないだけマシだ。
焔の厭味なんて、全然堪えないんだけどね。
ボキャブラリー不足だし。
「……なんで」
「?」
ポツリと、焔が何事かを呟く。
私に言っているのかと思ったけど、どうやら独り言のようだ。
おいおい。人に聞こえる程の独り言って…。
漫画の主人公とかに良くいるけど、現実では結構痛いよ。
でも、これは注意したら間違いなくキレられるな。
スルーしよう。
「……従姉なんて、いないはずなのに」
「(私の事?)」
「……赤河焔に、間違いなくなったはずなのに……」
「(自分の事か?)」
「…青島瑞穂は、いないはずなのに」
突然の独り言による存在否定。
幾ら私でも泣くぞ!?
それは厭味なら相当なレベルだぞ!?
「……俺は、この世界は、……」
…後は聞き取れない。
私は、紅茶に軽く口を付けて、溜息をついた。
転生者で、結構頭の痛い子だと思われる焔。
何らかの目的に従って動くと、私が邪魔だから、色々言って来る。
…のかと思ってたけど、邪魔って言うよりかは、イレギュラーなのかね、私。
うーん……やっぱり、何かの漫画かゲームの世界なのかな、此処。
そうだと嬉しいけど、私の分からない世界観なら、それもう転生のメリットないよねー…。
なら、思うように生きるだけ!って簡単にもいかない。
少なくとも、焔がどう動くのかだけは確認してないとね。
空を見上げると、若干の曇り空。
ベタベタに甘いクッキーが、口の中にじっとりと広がっていた。