26.前向きに行こう
いやー、旅行は大変なイベントだった。
最終的に、避けようと思ってたヒロイン、かぐちゃんと初日で既に知り合ってた事に気付くと言う大きなショックによって、焔は倒れちゃうし。
あの後は更に大変だった。
割とすぐに気がついた焔だったけど、その日の夜に、とうとう伯父さんから旅館の社長さんを紹介されて、その上社長さんから、うちの娘です、とかぐちゃんを紹介されたショックで、もう一度気絶しそうになっていた。
傍から見ている分には、それでも面白かったんだけど、かぐちゃんが、うっとりした表情で、社長さんに焔と結婚したい、と言い出した後の焔の顔面蒼白っぷりは流石に看過しかねた。
そこまで詳しく聞いてないけど、もしかして本気で、かぐちゃんから刺されるイベントでも起こるんだろうか。
若干頬が引き攣るのを感じながら、私は一応フォローに出た。
すると、何故か伯父さんが嬉々として、「そうだよな。大事な焔を取られるのは嫌だよな」なんて、私が嫉妬をしている、と言う勘違いを声高に叫び出した。
おおい、伯父さん。
私、残念ながらそんな可愛い感情を抱いてはいないですよ。
なんて内心の突っ込みは何のその。
お母さんまで、「従姉弟は結婚出来ますから、安心なさいな!」って目を輝かせて教えてくれる始末だった。
焔の表情が更に悪くなったのは、言うまでもない。
これは、下手に口を挟むべきじゃないだろう、と私は判断して黙った。
けど、状況は勝手に進行して行った。
かぐちゃんが、
「ホムラくんは、ボクをすてるの!?ヒドイ、スキって言ってたのに!あっ、でもホンメイがミズホちゃんならしかたないよね。ミズホちゃんカワイイしステキだし、ボクなんかにもやさしいししんせつだし、ボクもスキだから、ボクがまんするけど、ねぇ、ボク二番目でいいから、ボクもおくさんにしてよ!ホムラくん!」
と、まぁ末恐ろしいセリフで焔に詰め寄った。
焔が私を見て来た。
縋るようなその目は、どうしよう、既に修羅場なんだけど!とでも言いたげで、私は思わず噴き出しそうに、じゃない、泣きたくなった。
哀しいね、これが主人公補正と言うものか。
所詮私は女だから。
そこまで過剰に好かれる事はないのだよ。
なんて高をくくっていたら、かぐちゃんの視線も私を向いた。
焔がつれないと分かったら、私にターゲットをズラす予定らしい。
「その時は、ミズホちゃんがボクのことおくさんにしてね?」との事だった。
戦慄が走ったよ。
何が最も恐ろしいって、大人組だ。
お酒でも入っているのか、伯父さんは、「ハーレムも良いぞ、焔!」とか言い出し、それを聞いた伯母さんが目を吊り上げて、「聞き捨てなりませんわ、貴方!」なんて言ってキレ、「私の可愛い瑞穂ちゃんがハーレムの一員なんて許されませんわ!最低ですっ」とお母さんは頬を膨らませ、「ブッ飛ばすぞ、緋王様」なんて普段完璧執事のお父さんが言い出した時には、もうこの世の中が終わると思った。
とりあえず全部、伯父さんのせいです。
そんなカオスな空間に負ける事なく、グイグイとかぐちゃんをプッシュしてくる社長さんも流石だった。
お陰様で、カオスな空間は更にカオスさを増していた。
普通に恐怖だった。
無礼講なんてもんじゃねぇ。
是非、常識人西さんに止めてもらいたい!と思ったけど、彼はいつも通りの穏やかな佇まいで、騒乱の外の方で我関せずを貫いていた。
あっ、常識人はこの騒ぎに参加しませんよね。分かります。
是非私も常識人枠で、ひっそりとオレンジジュースを飲んでたかった。
そう思っていたら、意外や意外、双子が私を助けてくれた。
本当にスマートだった。
女の子の扱いが得意な臣君が、かぐちゃんの説得。
クールな雅君が、大人達の論点をズラす。
私も私で、色々と策を弄するのは好きだけど、それは前世の記憶があるから。
目の前の二人は、普通に中学生のはずなんだけど…どう言う事なんだろうか。
そう思いながらも、私は突っ込まない事にした。
そうじゃないと、カオスな空間が整理されないからね!
とりあえず、双子の将来が恐ろしかったよ。
それで、双子の活躍によって、場は治められた。
ただ唯一心配事も残った。
勿論、かぐちゃんの事である。
どんな説得を試みたのかは謎であるが、かぐちゃんはその場は大人しくなったものの、「ホムラくんにふさわしいりっぱなヤマトナデシコになる!」と主張しており、何か漫画の通りに話が進んでいそうな結果になったのだ。
「あれ?何かマズかったですかぁ?」と申し訳なさそうに眉を下げる臣君に、そんな裏事情を話す訳にもいかず、私はとりあえず感謝しておいた。
このままじゃ刺される、と呟く焔は哀れだったけど、現状で考え得る最良の結果だったと、私の立場からすれば言わざるを得ない為、ポンと肩を優しく叩いた。
そんな、訳の分からない騒乱をくぐり抜けた翌日。
私達は予定通り旅館を後にした。
泣きじゃくるかぐちゃんと分かれるのは、哀しさよりちょっと清々しさの方が、幾らか勝っていたけど、それは酷過ぎるので言わない方向で。
それから更に数日が経って、夏休みも終わりを告げようとしている。
それでも、何か偶に焔が魘されている。
マジで大丈夫だろうか。
そう思って本人に聞いても、大丈夫としか言わないので、どうしようもないけど…少し心配である。
そんな、今日この頃です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「焔ァ…ホントに大丈夫?」
「おー。ちょっと寝つき悪いだけ…」
寝つき悪いどころか、夢見も悪そうだ。
何だかんだ言って、素直だしナイーブな焔の事だ。
色々と溜め込んでいるんだろう。
私としても、焔が物語を避けるつもりなら、それに合わせると言った手前、そう出来なかった事で罪悪感がある。
すぐにかぐちゃんの正体に気付かなかった焔もどうかと思うけど、聞いた所によれば、過去編は大したページ数ではないらしい。
内容を覚えていただけ大したものと言えよう。
そこで焔自身の落ち度を責めるのは、お門違いとまでは言わないけどどうかと思う。
「具合悪くなったら私の事は気にしないで早退しなよ?」
「へーきだって。じゃあな」
「うん…」
そう言って、自分の教室へと入る焔を見送る。
夏休み明け、超ハイテンションで教室に入ろう計画は早くも頓挫だ。
こんな低いテンションで、そんな無理が出来る気がしない。
そう思いながら自分の教室に入って、私は天使を抱き締めた。
エネルギーチャージだ。
「ひさしぶりゆーちゃんんんん!」
「わっ?みーちゃん!どうしたの?おはよう」
「おはようー」
あー、この子供体温癒される。
この笑顔癒される。
私、学校好きだ。
クラスの男の子達とハイタッチ、女の子達とハグを繰り返す。
そうしてようやく元気を取り戻した私。
やっぱり、焔の調子を戻さないと、何か私の調子も狂っちゃう。
色々大事な友人は増えて来たけど、私にとっての焔の優先順位は常に一位だ。
何しろ、希有な経験を同じくする同士だからな!
その親友の元気がないなど、耐えられない。
私は、元気になった頭で、焔を元気づける作戦を考え始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結論から言おう。
何も思いつきませんでしたー。
私、マジで糞ヤローだな。
放課後、帰る準備をしながら、重い溜息をつく。
前世では、こんな風にギクシャクした人は即行で切ってたから、経験がないせいかもしれない。
だけど、今世は全力で楽しむと決めている。
焔を切る選択肢は有り得ない。
と言うか、この程度で友人切るとか、前世の私大分クズだな。
ん?何か理由があったような気も……するけど、思い出せない。
まぁ、どうでも良いか。
目下の問題は焔だ。
私は、ゆーちゃんと手を繋いで隣のクラスへ向かう。
「みーちゃんとおててーつなぐー」
ゆーちゃんは、現在非常にご機嫌だ。
超可愛い。
天使達と一緒にいると、あらゆる事がどうでも良くなりそうで怖い。
もしかして、将来私、ちーちゃんとゆーちゃんの貢ぐ君にでもなっちゃってるだろうか。
あり得そうで怖い。
いや、二人はちゃんとした大人になるだろうから心配ないか。
「あっ」
「どうしたの、ゆーちゃん?」
「おトイレ!いく!」
「ああ、そっか。じゃあ行こう」
「うんっ」
これは急を要する。
私は、何も考えずにゆーちゃんと手を繋いだまま、トイレへと方向転換する。
その時、焔から声をかけられた。
「瑞穂」
「ん?あっ、焔!ごめーん、ちょっと待ってて。今ゆーちゃんとトイレに…」
「馬鹿なのか、お前っ!?」
「ん?」
何か急に怒られた。
目を丸くする私に対して、焔はカンカンのご様子。
あれっ、落ち込んでなかったっけ?
怒る元気はあるの?
「感覚的には子供の世話してるだけなんだろーけど、お前悠馬と同じ年なんだからな!?女子が男子トイレに一緒に行くっておかしいだろ!」
「連れション駄目なの!?」
「当たり前だろ!寂しいなら女子と行け!」
「でも、ゆーちゃんがトイレに行きたいって…」
「それなら俺が行くから!悠馬も俺とで良いよな?」
「えぇー…みーちゃんといきたーい」
「良いか、悠馬。男が女とトイレに行くのはな、カッコ悪いんだよ!」
「そ、そうなの!?じゃ、じゃあボク、ほむらくんといく…」
「よし。じゃあ瑞穂はそこで待ってろよ!良いな!?」
「う、うん。いってらっさーい」
呆気に取られて、思わず文句も言わずに見送ってしまった。
…焔、私のお母さんかい。
そう思ったら笑えて来た。
二人はすぐに戻って来た。
ジッと見れば、焔の表情は、いつもと変わりない。
ここ最近の暗い表情とは、比べるべくもない。
「?何だよ、急に黙って」
「別に?何でもないよー」
もしかしたら、焔は私の世話を焼く事で、余計な事に頭を動かさずに済むのだろうか。
そうだとするのなら、ここ最近、気を遣って大人しくしていたのは、逆効果だったのかもしれない。
私が元気でいれば、焔も元気で。
焔が元気でいれば、私も元気なのだ。
旅行は色々と大変な事があった。
だけど、気にし過ぎはいけない。
ここは現実。
漫画そのままに、全てが繋がるなんてあるはずもない。
楽しんで生きる。
その私の目標は、崩れてはいない。
ならば、私は精一杯元気でいようじゃないか。
それが、焔の為にもなるのなら。
「よーし、皆で手を繋いで帰ろうか!」
「うんっ」
「あぁー、ズルイー!ちとせもまぜてーっ」
「よっしゃ、ちーちゃんもおいでー!」
「おい、広がって歩くな!迷惑だろ!?」
「はーい」




