20.呼び名変更
「瑞穂ってさー、マジで神様に会ったりしてない訳?」
「突然何?」
穏やかとひと言では言い難い水族館の一日からしばらくして。
GWのグズグズ感を払拭するかのように再開した学校に、お家帰るーと、何度も思いながら、ようやくやって来たGW明け最初の休日。
もう何もするまい、と固く決意をして、焔の部屋でテレビ観賞をしていたら、ふと焔がそう声をかけて来た。
因みに、私の部屋にテレビはないのでわざわざ来ている次第です。
「だってさ、あれ見たら誰でもそう思うだろ」
「あれ、ねぇ…」
小声でそう言う焔に、私は空笑いを返す。
焔が言いたいのは、間違いなく晴臣君の事だ。
外見上、特段変わりのない彼であるけれど、何と言うか、思う所があったのか、あの日以来あからさまに態度が軟化していた。
焔は鈍感系主人公ではない。
気付かない方がおかしいだろう。
もしかすると、晴臣君本人は隠している気なのかもしれないが、どうも、晴雅君とは別のベクトルに尻尾を振ってくれちゃっているのである。
あの分では、伯父さん達大人組にも知れている事だろう。
確かに、あの日の会話で、一歩でも関係改善すれば良いなー、とは思ったけど、まさかここまで変化すると思わないだろう。
私、悪くない。うん、悪くない。
「あれ、お嬢様ー?どうかしたんですか?そんなに俺の事見つめちゃって」
「え?いや、別に…何でもないです」
「敬語要らないって言ったの、もう忘れちゃったんですか?実は鳥頭なの?」
「あはは…」
言葉はね。
言葉は大して変わらないんだけどね!ちょいちょい毒舌だし。
でも、前までと全然違う。
他の人には聞かせてあげられないのが残念だよ!
語気って言うの?が、全然前と違うのだ。
「晴臣。お嬢様に失礼だ」
「良いだろ、別に。俺なりの親しみの表し方だよ。ねー、お嬢様?」
「う、うん。そうね、そうだね」
焔の視線が痛い。
そんな気全くないのに、これじゃあ本当に逆ハーレムでも狙っているみたいだ。
違うんだ!私、女の子だって大好きなんだよ!!
ん?それはそれで問題があるような……。
「もしかして私、人に与える印象にプラス補正でもかかってるのかな…」
「前は違ったのか?」
「他人に比べて特に優れてる、って感じた事はなかったかな」
「じゃあやっぱ、対人関係に補正もらったんじゃねぇ?」
うおお、別に要らない……。
人から良く見られる事に不快感はないけど、こう連続で意図した以上の効果を及ぼされてしまうと、微妙な気持ちになる。
折角、頑張って友達作るぜ!と気合いを入れたと言うのに、大して頑張らなくても誰とでも友達になれてしまう、と言われるようなものだからだ。
「焔は何かもらった感じある?」
「実感はない。けど、顔って言われたらそれはそれで納得する」
「え?まぁ確かに将来有望なイケメンだけど…そんな酷かったの?」
「聞くなよ」
「そ、そんなに?」
「聞かないでくれ……」
「焔様?如何されましたか?」
「聞かないでくれぇ……」
「あは、お嬢様にフられちゃった?世の中世知辛いねぇ坊っちゃん?」
「そう言うんじゃない!」
小声での会話を続けていたけど、私の質問が悪かったせいか、あまりにも焔が落ち込むものだから、晴雅君と晴臣君が声をかけて来た。
晴雅君のに対して、晴臣君のは完全に嫌がらせかなー、と思ったんだけど、ずーんと落ち込んでいたのが、顔を真っ赤にさせて否定し始めたし、案外元気づける為に言った冗談だったのかもしれない。
「んー?小声で何か言ってるから、てっきり口説いてるのかと思ったんですけど…違ったのかな?」
「く、くく、口説く!?そんな訳ないだろ!!」
「あっ、動揺してるじゃないですか!やっぱ口説いてたんだ」
「違うっ!何で俺が瑞穂なんかを口説くんだ!?」
…やっぱり、単純にからかってるんだな。違いない。
何しろ焔の反応は良い。
普段はクールぶってるけど、前世がぼっちだったせいか、冗談とかからかいへの耐性が酷く低いのだ。
特にこう言う、色恋沙汰への耐性が低い。
傍から見れば、とんだ耳年増な子供だ。だがそこが可愛い。
「瑞穂なんか、とか酷くない?」
「えっ?あ、いや、その…」
「流石の私も傷付いちゃうなー」
「ええ!?い、今のは別に、も、物のたとえって奴で…」
チョロい。チョロ過ぎる。流石は焔だ。
正直、別に「なんか」扱いを受けた所で、傷付いたりしない。
何しろ、人生も二回目。
別に小学一年生の時分から、焦ってモテよう!なんて思わない。
これが王者の余裕と言うものだ。
…まぁ、前世でも別に傷付かなかったと思うけどね。
相手によっては怒って報復の一つや二つはしたかもしれないけど。
焔は友達。本気で言ってる訳でない事は分かってるし、何の問題もない。
「お嬢様。その辺りにして差し上げては如何でしょうか」
「えぇー?つまんないよー」
「つまんないよー」
「こう言う時ばっかり気が合うな、お前等は!畜生、グレてやる!!」
「あはは、ごめんごめん」
つーん、と背を向けた焔の頭を撫でてやる。
あー、なんてサラサラなんだろう。癒される。
「こ、こんなんで絆されないからな!」
頭撫でられただけで絆されそうになるのか。
あー、なんて愛らしいんだろう。癒される。
「そうだー、お嬢様。忘れる所だった。ドラマ始まっちゃうよー」
「あっ、忘れてた」
晴臣君の声で我に返って、チャンネルを弄る。
毎週見ている、裏世界のお嬢様が主人公のアクションドラマだ。
このお嬢様がまた美人で、物凄く憧れる。
「ねぇ、焔」
「何だよ」
「「お嬢様」の反対って何?」
「は?えーと、ぼ、坊っちゃん?とか、坊ちゃま?」
「「お嬢」は?」
「んー…若?って、何だよこの質問は。俺、怒ってるんだけど」
「いやー、何となくだけど」
「はぁ?」
ムッと唇を突き出す焔は可愛い。
と、言うのは置いておいて。
何かスッキリしないような気がするのだ。
本当に生きる上では全然全くこれっぽっちも必要ではない知識な訳ですが。
ちょいちょい日本語って、対義語が良く分からないものがあるよね。
「お嬢様って、様が付いてるんだから、反対の言葉も様を付けるべきじゃない?」
「なら、坊ちゃまの「ちゃま」部分が様なんじゃないのか?」
「坊様で良くない?」
「いや、それは無いだろ。耳障りかなり悪いぞ、それ」
「漢字だけ見れば、お坊様みたいですしねー」
焔は眉を顰め、晴臣君はケラケラと笑う。
あ、これ駄目な奴だ。
専門家誰もいないのにこんな話しても、答え出ない奴だわ。
「お嬢様。集中して観なくても良いのですか?」
「見てるよ?ただ、どうしても気になって…」
晴雅君に注意されてしまった。アウチ!
じっと黙って見るのが正解なのは分かってるけど、どうしても話したくなる。
これはもう、病気ですね分かります。
「しかし、今週もお嬢はカッコ良いねー!サイコー!」
「僕からすれば、お嬢様の方が格好良いですが」
「ホワイっ!?晴雅君、マジで言ってる?」
「勿論」
「うおお、この子表情一切変えずに言い切ったよ……」
神様に会った記憶はないけど、もしかすると本気で何かを頂戴したのだろうか。
そうでないと、どうしてここまで晴雅君の中の私への好感度が急上昇したのか、理解出来そうにない。
「俺もそう思うよー、お嬢様」
「えぇー、晴臣君まで?」
「マジかよ…」
「マジですよー。あっ、何なら、今日からお嬢様の事、俺お嬢って呼ぼうかな」
「ええ!?」
晴臣君の提案に、思わず噴き出しそうになる。
嫌がらせでなく、善意の提案なんだろうけど、対外的にどうなのそれ?
「それじゃあ私、どこのヤクザの娘だよ!ってなっちゃうよ」
「そう言われると似合うかもな」
「ちょっ、焔まで!?」
「ほら、坊っちゃんも言ってる。…そうだ、合わせて若、ですかね」
「俺も!?」
あかん。もう私にこの流れは止められない。
げんなりと肩を落とす私の味方はいなかった。
それどころか、晴雅君まで、ちょっと楽しそうに乗って来る始末だ。
「そうだ。それなら、僕等の事ももっとフランクに呼んで頂けませんか?」
「はい?」
「このドラマでも、世話役をテツ、とあだ名で呼んでいる事ですし」
「おっ、ナイスアイディア!そうしましょう、お嬢!」
「似合う似合う」
焔が同意してるのは完全に嫌がらせだ。
くそう、腹立つなー。可愛いけど!
「今も十分フランクに呼んでると思うけど」
「いえいえ。ちーちゃんとゆーちゃんには敵いませんよ」
「そうです」
この二人、実はちょっと羨ましかったんだろうか。
晴臣君については分からないけど、晴雅君はそうかもしれない。
「えー?じゃあ、臣君と雅君…とか」
「いいねいいね!じゃあ、次からそう呼んで下さいね、お嬢!」
「よろしくお願い致します」
「…お前等、何でそんな嬉しそうなんだよ。引くわー」
「ふふー、若。羨ましいんですね?でも、譲りませんからね?」
「何をだよ!ってか、別にあだ名とか要らないからな!」
うーん、何て言うか…。
色々と思う所はあるけど、多分ここは、毎日平和で幸せです。
って思うのが、正解なんだろう。
私は、考える事をやめて、とりあえず焔に向かってタックルするのだった。
「またまたぁー!ほむほむって呼んであげても良いんだよー?」
「うっざ!絶対呼ぶなよ!呼ぶなよー!!」
私の中のほむほむは二択です。
有名RPGの火山とかにいそうな感じの団体幹部と、言わずと知れた魔法少女。
因みに、劇中劇のドラマは、特に何も参考にしていませんので、スルーして下さい。




