18.水族館にて(3)
※そこまで暗くはありませんが、シリアス注意です。
……前回までのあらすじ。
兄役をしてくれている晴雅君が、私に水族館の無料チケットをくれたので、友達と連れ立って、水族館へやって来た。
するとそこには、私達と慣れ合いたくない晴臣君の姿が!
なんと、是非とも私達と仲良くなって欲しい、もしくは見ていて面白い、と言う理由によって、旦那様こと伯父さんが、無理矢理晴臣君に同行を命じたらしい。
内心はどうあれ、表面上は穏やかな晴臣君。
二人きりになる訳じゃなし、来ちゃった以上は、追い返す訳にもいかない。
なら、とりあえずは楽しもう!と思ってたけど、残念ながら、そうは問屋が卸さなかった。
「そんなに見つめてどうしたんですかー?」
「え?いえ、何でもありません」
「そう?照れちゃうんで、あんまり見ないでくれます?」
「あー、えっと、それはどうもスイマセン」
何故だろう。
さっきまで、皆で仲良くペンギンを鑑賞していたはずなのに。
何故、他の皆の姿が見えないのだろう。
私は、内心の混乱を悟られぬよう、必死でペンギンに集中した。
寧ろ、私がペンギンに集中し過ぎていたのが原因のような気がしてきた。
今はこうして、前回までのあらすじ!なんてふざけた事を考える程度の余裕はあるけれど、先程までは、何と言うか、シロクマが予想より茶色かった事にショックを受けたあまり、その反動からか、異常な興奮度でペンギンを見ていた。
その間に事態が変化したのは間違いないが、恐らく、あのテンションでは、どう話しかけられようと、周囲で何事かが起きていようと、気付かなかっただろう。
と言うか、気付かなかったからこうなっているのだ。
「はぁぁ……」
思わず、溜息が漏れた。
焔と晴雅君の姿も無い事から、そこまで心配はしていない。
恐らくは、ちーちゃんとゆーちゃんだけ迷子、と言うパターンではないだろう。
もしそうなら、私がどれ程人の話を聞かない状態になっているとしても、我に返るまで、叩くなり殴るなりして強制的に話を聞かせるはず。
…晴雅君はやらないかもしれないけど、焔ならやるだろう。
だから、想像するに、あまりにペンギンに集中する私に痺れを切らしたちーちゃんかゆーちゃんが、別の何かを見たい、と言って、先に行く事にしたのだろう。
私を置いて行くなよ、と突っ込みたい所だけど、十中八九、焔の仕業だ。
焔は、私の精神年齢が大人なのを知っているし、ある程度放っておく方が、私の為と言う結論を下したと思われる。
手を繋いで歩く、との決まりを破る事にはなったけど、それはあくまでも、ちーちゃんとゆーちゃんの迷子防止の為に決めたルールだった。
焔も考えなしって訳じゃないから、多分晴雅君の事も、それなりに納得させられる例外とする理由を説明して、私を置いて行ったはず。
そう考えると、焔達は責められない。普通に私のせいだからだ。
そして、それ故の、溜息だった。
情けない…気を遣わせてしまうとは。
こう…冷静になってみると、いっそ泣きたくなる。
楽しいは楽しかったけど、完全に無意識に、本当の子供みたいに振舞うのは、流石の私でも抵抗がある。
ああ、さっきシロクマの所で笑われた時は気にならなかったのに。
誰にも笑われていない今の方が、余程恥ずかしい。いっそ笑ってくれ。
「……」
「……」
そこまで考えてから、私はチラリと晴臣君を盗み見た。
いや、しかしこうして見ると本当に整った顔…って、今はそれどころじゃない。
内心で自分の頬を引っ叩いて、冷静になろうと努める。
晴臣君が状況を知らない、と言う事だけ、少々気ががりだった。
確かに焔は、晴臣君を苦手に思っている。
だからと言って、あんな状態だった私と晴臣君を二人きりにするだろうか。
流石に、何らかの説明はしておいて然るべきではないか。
うーん。幾つか理由は想像出来るけど、聞かないと分からない。
私は、もう一度気付かれない位小さく溜息をつくと、ニッコリと笑った。
このまま悶々と考えながら、二人でペンギンを眺めていても仕方ない。
先に進んだ方が、余程賢明である。
それに、避けていても始まらない。
ここは、折角の機会だと解釈して、アタックしてみようじゃないか。
「じゃあ、私達も先へ進みましょうか」
「はい?」
思い切り怪訝そうな顔で見られてしまった。
そ、そんな目で見られたら心が折れちゃうよ!
ただ、そこにいつもの冷たさはない。
純粋に、私の発言に驚いたのだろう。
あれ?そっちの方がよっぽど傷つくような…?
「皆が心配じゃないんですか?」
「え?まぁ、そうですね」
「はぁ?」
今度は、不快感すら滲む目で睨まれた。
正確に言えば、睨まれたのは一瞬で、後はいつもの朗らかな笑顔なんだけど。
何で私、親の仇みたいな風に見られてるの?
もしかして、晴雅君取っちゃったから?
もしそうなら、とんだブラコン野郎だ。
新たな晴臣君の属性発見に、私、親しみ感じちゃうよ。
…うん、まぁ違うのは分かってるけどね。冗談。冗談です。
「実は強がってるとかですか?」
「強がる?私が?」
「そーそー。敵の前では、弱った顔は見せられないから、とか」
「俺」と言う所を、やけにゆっくりと言う晴臣君。
何らかの意図があって、こうした事を言っているんだろうけど、残念ながら、私にはサッパリ分からない。
試してるのかな?とは思うけど、何の為にだろう。
敬愛する伯父さんの所で仕事したいのに、私みたいな子供の相手をさせられてるから不満なのは分かるけど、ここで私に突っかかって、何か良い事でもあるのだろうか?
「弱った顔?って、どう言う意味ですか?」
「いつでも自分を肯定してくれる人の中にいるのは楽ですよねぇ」
「へ?ああ…まぁ、楽でしょうね」
「そんな彼らが近くにいなくて、側には優しーい、俺だけ。不安ですよねぇ?」
「……??」
反射的に、いや別に、と答えそうになって口を噤む。
多少、自分を嫌う人間と二人きりでいる状態に厄介さを感じないでもないが、それを含めて、前世では出来なかった、人生を楽しむ事のような気もする。
深く人と関わってこれなかった私。
好悪いずれの感情であれ、こうして直接ぶつけてくれるのなら、ウェルカムだ。
両手を広げて歓迎しよう。
…などと言ったらドン引かれる事請け合いなので、言わないけど。
とりあえず、晴臣君の言いたい事は、おぼろげながら理解した。
要するに、自分の思い通りの世界を構築する能力に長けた、傲慢な子供、つまり私が、自分の思い通りにいかない現実に直面して、泣き叫ぶ様子でも見て、嘲笑いたかったのに、何か想像通りじゃないけど、どう言う事?
……と言う事だ。
そう考えると、現状のような状態に陥った理由も、絞り込める。
主な原因は、私がペンギンに夢中になりすぎた事、に変わりはないだろう。
加えて考えられるのは、先程考えた様に、ちーちゃんかゆーちゃんが、痺れを切らして違う場所に行きたいと言ったのを幸いに、私を孤立させる事を狙い、晴臣君が敢えて私のパートナーとして残る事を提案したパターン。
後は、晴臣君が先にフラッと姿を消して、皆に捜しに行かせる事で、同じように私を孤立させる事を狙ったパターン。
或いは、晴臣君が言う通り、本当に彼も知らない間に、私達二人だけが残ってしまい、憂さ晴らしで私が焦る様に思考誘導しようとしたパターンか。
あー、改めて考えると晴臣君て性格悪いなー。
何が「自分を肯定してくれる人の中にいるのが楽」で「肯定してくれる人がいない状態は不安だろう」だ。
言わなきゃ分かんないのに。
あれか。私が子供だと思ってるからか。
残念ながら、私も負けず劣らず性格が悪いから、言葉を額面通りに受け止められない。
…焔だったら、もっと素直に受け止めただろうか。
晴臣君から向けられる敵意と言うか、マイナスの感情は察してるみたいだけど、純粋な良い子だからな、何だかんだ言って。
私みたいに、上記のセリフから、「お嬢サマを肯定する事のない俺と一緒にいるのは不安ですよね」と言う解釈をする事は無いだろう。
こう言う所だけ、前世と変わらなくて嫌になる。
是非とも、大人の落ち着きとチェンジして頂きたい。
だけど、まぁ私は晴臣君の意図を確信している。
晴臣君の中で、私は自分を肯定する人だけを側に置く事で安心する、クソガキ、と言うカテゴリーなのだ。
どんな性悪女だ、それは。
逆ハーレム狙いの頭ユルユルの女の子の方が余程可愛い。
バ可愛いって、そう言う子の事を言うんだよね。
…話が逸れまくってしまった。
とにかく、何とも突飛な想像だけど、分かる気がする。
結果的に、ではあるけれど、私の周囲に、私の意見を良しとする人が集まっているのは確かである。
しかも、晴臣君にとって最も身近な存在である晴雅君が、妙な事に、私のイエスマンと化してしまった。
これに関しては、私にとっても好ましくないパターンだったと、本気で否定しておきたいけれど、晴臣君から見れば、結果だけが事実だ。
私を警戒していた、と言うか、周囲の人間を全て拒絶していた双子の弟が、今では真逆を行く。気に食わなくて当然だ。
加えて、晴雅君がああして他人に心を開く事が無いと確信していたのであれば、ただの子供である私が、無邪気に放った言葉で心を開く事などあり得ない、と言う結論に至るであろう事も、容易に想像出来る。
そうなった時、外見の、人を疑う事を知らないような爽やかな顔に反して、晴臣君は、きっと相当疑いの眼差しで私を見ただろう。
その時に、私が子供の立場や外見を利用して、周囲の人間を、自分の都合の良いように引き込む、とんでもないクソガキなのだと考えたとしても、不思議ではないように思える。
一応訂正しておくと、普通の人であれば、そんな風に思うのはあり得ない。
どう見ても私は子供で、言っている事は大人びているけれど、子供である、と言う事実を覆す事は無い。
まさか、小学一年生が人心を操るだなどと、どうして想像出来ようか。
でも、晴臣君は晴雅君の双子の兄。
色々と大変な過去を持っているし、しかも中学生。
突飛な発想になるのに十分な土壌を持っている。
食えない子だとは常々思っていたけど、いや、想像以上だ。
この双子は、やっぱり双子だった。
考え方こそ違えど、現れ方こそ違えど、同じように他人を拒絶している。
そして、信じた人に一途だ。
ここまで考えると、対処法も見えてくる。
とは言え、私は彼と「友達」になりたいのであって、「主従」になりたいのではない。
晴雅君の時のように、安易な回答は駄目だ。
私は、晴臣君の思うように、イエスマンを作りたいのではないのだ。
そんなの、面白くない。
「別に不安じゃない、って言っても信じませんよね?」
「えぇ?どーですかね」
慎重に言葉を選ぶ。
案の定と言うか、そんな訳ねぇだろ、みたいな光が瞳の中に揺らいだ。
うーん、こうやって見てみると、結構分かりやすいな、この子。
私に利用されるとか、被害妄想豊かな位だし、やっぱりまだ子供なのだ。
そう思うと、急に可愛く見えてくる。
そう。手負いの野良猫みたいで。
「私、晴臣君と出会うより前に、野良猫に引っかかれた事があるんですけど」
「……」
「可愛くて可愛くて堪らなくなりましたよ。一生懸命な威嚇も、背伸びしてるように見えて」
「何の、話ですか?」
目の奥に、今度は隠しきれない怒りの色が滲む。
こんなんだから、実はサディストなんじゃないかと言われるんだ、私。
「だから、野良猫の話ですよ?」
「ふぅん…?」
あっ、信じてない。
だが説明は拒否させてもらう。黙秘権の行使だ。
権利あるか知らないけど。
「その位じゃ、ヘコたれないって言いたいんですか?」
「何の事ですかな?」
「野良猫に、引っかかれた程度じゃ、アンタは傷付かない?」
もしかすると、私はマゾヒストの方だろうか。
温かい世界にぬくぬくしてるのも、まぁそれは楽しい。
でも、それだけじゃあつまらない。
偶にはこうして、睨まれるのも悪くない。
まぁ、あくまでもその先…仲良くなれる未来への期待感がそうさせる訳ですが。
「傷付きますよ。でも、仲良くなりたいじゃないですか」
「ははっ。お嬢サンはドMなんですね」
「そうかもしれませんね」
「!」
隙あり、と内心で叫びながら、晴臣君の手を取る。
表情を作る事も忘れて、目を見開く晴臣君に笑顔を向ける。
私はとても狡い大人で、子供だ。
面白おかしい第二の人生の為、視界に入った晴臣君にも、心の底から笑ってもらいますよ。急ぎはしないけどね。
「さ、行きましょうか。皆が待ってますよ」
「そーですね。俺達を、待ってますね」
「はい。私と、晴臣君を待ってます」
「……」
晴臣君、と言う所にアクセントを置いて、ハッキリ告げる。
自分は含まないのだろう?と皮肉った「俺達」を、すぐに気付いて否定する。
賢い彼なら、すぐに分かるだろう。
私は、晴臣君の想像するより、ずっと性格が悪いって。
私は、君との笑い合う未来も、諦めるつもりはないって。
案の定、苦虫をかみつぶしたような顔をする晴臣君。
けれど、私が手を引くと、彼は仕方なさそうに笑った。
「はいはい。引っ張らないで下さいよー、お嬢サマ」
「晴臣君が急げば良いだけですよ」
「はいはい」
すぐにどうこう関係が変化する事は無いだろう。
それでも、今日のこの関わりが、どうか良い一歩でありますように。
◇◇◇◇◇
因みに、その後すぐに入り口の売店で合流した私達。
結論としては、やっぱり私があまりにペンギンに夢中になっているから、飽きた焔が、置いて行こうぜー、なんて言い出し、晴臣君が付いて来ていないのには気付かないまま、先に行ってしまった、と言うのが現実だったようだ。
「ちょっ、励ましておきながら放置ってどう言う事!?酷くない??」
「幾らなんでも夢中になり過ぎだったんだよ!良いだろ、別に」
「冷たい!焔が私に冷たい!!」
「あー、悪かったって。ほら、これやるから」
「はっ!ゲンキ君ストラップ!……お尻白い!!」
「ま、それで元気出せよ」
「わーい!ありがとう、焔!!」
「わー!!抱き付くなー!!」
物でつられた私は、色々なシリアス展開も忘れて、すっかり機嫌を戻すのでありました。ちゃんちゃん。
え?単純?知らんな!




