17.水族館にて(2)
「なぁ、瑞穂。やっぱ手繋ぐのナシにしないか?」
「いやぁ、念には念を入れないと。危ないかもしれないじゃん。…ぶふっ」
「お前笑ってる?笑ってるよな?畜生、やっぱ放す!!」
「焔様。お手を離されませんよう」
「……うう」
水族館に入って、割とすぐに焔から文句が飛んできた。
私は、あまりの面白さに笑みを浮かべ…じゃない、外見年齢的に子供なのだから焔も、ちゃんと手を繋いでもらっておくべきだと窘める。
私達は、最初に決めた注意事項の通りに、二人組で手を繋いでいる。
私はゆーちゃん。
晴臣君はちーちゃん。
そして、哀れ焔は晴雅君。
精神年齢的に言えば、焔は晴雅君と同じくらいだ。
やっぱり、男友達と手を繋いでいるような状況に思えて、嫌なのだろう。
残念ながら私は、腐女子ではないので、美少年が美少年と手を繋いでいる状況を見ても、何の面白みも感じない。
けれど、嫌がっている焔を見ると楽しい気持ちになる。
サディスト?いえいえ、愛ですよ。
「むぅぅ…ちとせも、みずほちゃんとつなぎたかった」
「あれぇ。千歳ちゃんは、俺と繋ぐのは嫌なの?」
「イヤじゃないよ。でも…みずほちゃん……」
「えー、哀しいなぁ。俺は千歳ちゃんと手繋ぐの嬉しいけどなぁ」
「えっ?はるおみおにいちゃん、ちとせとおててつなぎたいの?」
「うん。凄く繋ぎたい」
「うー……わかった。ちとせ、おにいちゃんとつなぐ」
「わぁ、ありがとう千歳ちゃん」
仏頂面コンビに反し、こっちのコンビは、何か見てはいけないものを見ているような気になって来る。
顔立ちを見れば、まだ中学生位だと言うのはすぐに分かるけど、晴臣君は大人と言っても差し支えない身長をしている。
そんな晴臣君が、笑顔で幼女を口説く様は、まるで犯罪のワンシーンだ。
あまりにも手慣れた話し運びに、私は頬が引きつるのを感じた。
「だいじょーぶですよ、お嬢サマ。これも俺の役目ですからねぇ」
「はは……」
言葉自体は厭味ではないけど、これは確実に厭味としての意図を孕んで放たれた言葉だ。
それを痛い位に感じて、私は渇いた笑いを漏らした。
笑顔が爽やかな分、妙な迫力がある。
「みーちゃん、おさかなだよ、おさかな!」
「え?あ、うん。そうだね、可愛いねぇ」
そんな私の様子には気付かず、ゆーちゃんが、グイグイと私の手を引き、興奮気味に水槽を指差す。
その無邪気な笑顔に、厭味で傷ついた心が、一気に癒されたような気がした。
あまり深く考えても仕方ないか。
別に、晴臣君と二人きりと言う訳でもないし、とりあえず今は楽しもう。
そう思って、私は心機一転、水槽に集中する事にした。
◇◇◇◇◇
それから、タコやマンボウやクラゲや…。
果たして魚と呼んで良いのか良く分からないウネウネ系の生物に興奮する、意外と趣味が似ているらしい、ちーちゃんとゆーちゃんを微笑ましく思いながら館内をゆっくりと回った。
人は多いけれど、想像していたよりも通路は広く、誰かとぶつかる事もなく、何かトラブルが起こる事もなく、順調に進んでいた。
このまま無事に一日が終わるかと思われた時、私は、想像もしなかったショックに遭遇する事となった。
それは、一体何事かと問われれば…。
「何……だと……」
シロクマが、思ったより汚かったのである。
「ゲンキ君!お前シロクマじゃないの!?何でお尻茶色いの?何故なの!?」
夢にまで見た、シロクマとの邂逅。
しかし、現実は私を裏切った。
やはり神はいないと言うのか。ガッデム!
「全身真っ白でこそシロクマでしょ!ねぇ、ゲンキ君!そうだと言って!!」
「ゲンキくん、うごかないねー」
「どうしておしりきたないの?」
背後から、クスクスと言う笑い声が聞こえて来た。
どうやら子供三人が、真剣にシロクマを眺めているのが微笑ましかったらしい。
普段なら、羞恥心を覚えて、流石に自重する画面である。
しかし、ショックを受ける私には些細な事だった。
「どうしてもあの部分が地面に擦れて汚れてしまうのでしょうね」
「うう…私の真っ白なシロクマの夢が……」
「お嬢様……」
オロオロとする晴雅君を思いやる余裕もない。
私は、前世でも一度もシロクマを見た事がなかった。
だから、かなり楽しみにしていたのだけれど…現実は厳しいデスネー。
「そこまでショック?……ぷっ」
「晴臣…」
「何も言ってないよー?」
晴臣君は、放っておいたら、爆笑でもしかねない程ニヤニヤした顔をしている。
普通に反応するなら、多分怒らないといけない所なんだろう。
でも、そんな気力もなかった。
晴臣君は、怪訝そうに一瞬だけ眉を顰めた。
晴雅君は、心配そうに私の様子を窺う。
……あれ、幾ら楽しみにしていたからと言って、どうしてここまでショックを受けているのだろうか。
もしかすると、精神年齢は肉体年齢に依存するとか、そう言う所でもあるのか。
そう考えれば、シロクマが想像と少し違った、と言うただそれだけの理由で、ここまでショックを受ける自分が正当化出来る。
出来るからと言って、ショックな気持ちは消えないんですけどねー。
こう言う所だけは、前世の自分の方が良かった。
「おい、パートナー交代するぞ」
「えっ」
「あっ、ほむらくん!?」
そこまで黙っていた焔が、急にそう言って私の手を取った。
困惑する私に、何の理由を説明する事もなく、ズンズンと歩き出す焔。
他の皆も、その後について来る。
「突然どうしたの?」
「それはこっちのセリフだって」
何故か、焔がムッとした表情になる。
これは…心配してくれたのだろう。
私は思わず苦笑を浮かべた。
「あー、ごめんね。私も自分で吃驚のテンションの下がり具合だよー」
「別に謝んなくても良いよ。多分すぐ元気になるしさ」
「?」
何かを企んでるみたいにニヤッと笑う焔。
でも、全然怪しく見えない。
生まれ持った美形のせいか。
はたまた、前世からの性質のせいか。
「私、そんなすぐテンション上がる程単純だと思われてるの?心外だな」
「結構俺自信あるぞ」
「これから行く先で、私のテンションが上がるって?」
「そうそう」
「私のシロクマショックを越える程の物とは、これ如何に」
「何でちょっと時代がかった口調なんだよ」
「ノリでござる」
「あー、ハイハイ」
何だかんだ、こうして話してるだけでも、十分調子は戻って来てる。
流石は我が友であり従弟。頼りになるなぁ。
口に出して感謝すれば良いんだけど、ちょっとだけある年上としての威厳を保ちたい、なんて言う馬鹿げた理由により、私は言わなかった。
「それで、何処に向かってるの?」
「もうすぐ。…ああ、もう見えるな。ほら、アレ」
焔が、空いている方の手で先を指した。
私の視線も、自然とそちらへ向く。
そして、一瞬静止した後に、私は駆け出した。
楽園へと。
「うわあ、ペンギン!ペンギンだペンギンふおおお!!」
「おまっ、何でそこまで興奮してんだよ!?ちょっ、馬鹿早い!!」
焔の手を握ったままだと言う事も忘れて、思わずの行動だった。
ガラス越しではあるけれど、ちまちまと歩くあの姿は、まさしくペンギン。
昨夜、数え過ぎて逆に眠れなくなる程会いたかった、ペンギンだ。
「かーわーいーいー!ちょこちょこ歩いてるー!」
「ほら、俺の勝ちー」
「へっ?」
予想外の返答に、私は我に返る。
振り返ると、焔が勝ち誇ったような顔をしてVサインを出していた。
あら、やだ可愛い。
「言った通りだっただろ?」
「ああ…そう言う意味で勝ちね」
何か勝負でもしていただろうかと首を傾げたけれど、すぐに納得する。
要するに、私のテンションがすぐ戻るかどうかについての話の正否に、勝ち負けを絡めて話していたようだ。
こう言う所、本当に焔は可愛いよね。
私は、クスッとバレないように笑った。
同時に、心配をかけてしまった事を、妙に強く自覚して、照れ臭くなった。
「そうだね、焔の勝ち。私より私の事が分かってるんだね」
「伊達にお前の気まぐれに振り回されてないぜ」
「いや、伯父さん程じゃないでしょ」
「良い勝負だろ」
ドヤ顔で言う事じゃない。
それに関しては、ちょっと物申しておきたい所だったけど、今回に関しては、完全に焔のお陰で元気になれたのだ。
恩を仇で返す気はない。
私は笑ってお礼を言った。
「それはともかく、ありがとね。助かった!」
「えっ?あ、その…別に」
いつもの通りに、口喧嘩の応酬が始まると警戒していたのだろう焔は、呆気に取られたような表情になり、それから顔を赤くさせて目を逸らした。
うーん、からかいたい。
でも、ここを茶化したら、流石に人でなしだよね。
我慢だ、我慢。
「あーっ、ペンギンさんだぁ!」
「ふ、ふたりとも、はやいよぅ!」
「お待たせ致しました、お嬢様」
「団体行動を乱すなんて、いけない子達だなぁ」
「あっ、皆」
ふふふ、そんなにお姉さんの笑顔は魅力的だったかい?なんて幼女の外見で言いかねない所だった。
皆の顔を見て、落ち着いた私は、普通に皆に笑いかける。
かなり心配かけた上、ふざけ過ぎて嫌われるなんて最悪だ。
まだもう少し順路も残っているし、いつもより落ち着いて回ろう。
そうすれば、もう何も問題は起こらないはずだ。
そう。何も、起こらないはずだ。
……その、はずだった。
「…ちょっとぉ。何で俺、お嬢サンと二人でいる訳?」
「私に聞かないで下さい」
ちょっと目を離した隙に、私の側には、何故か晴臣君オンリー。
そんなにペンギンばっか見てただろうか。
意味が分からない。
晴臣君に分からないなら、私にはもっと分からない。
「お嬢サンと二人きりだなんて、サイコーだなぁ」
「そーっすね…」
針のむしろだよ!
晴雅君すらいないってどう言う事!?
私の事分かってるって言ってた焔は何処行った!?
晴臣君と二人きりな訳じゃないし、別に良いか、とか思ってたあの時の自分に戻りたい。
神様。
私、もしかして何か悪い事しました?
いやいや、きっとこれは試練だ。
第二の人生、面白おかしく生きる為に、友達を選り好みするなってお達しだ。
そうであるならば、私はきっとその試練、突破してみせましょうぞ!
「そんなに見つめてどうしたんですかー?」
「え?いえ、何でもありません」
「そう?照れちゃうんで、あんまり見ないでくれます?」
「あー、えっと、それはどうもスイマセン」
……無理かも。
シロクマに限らず、パンダも結構茶色いですよね。
昔ガッカリした思い出があります。




