16.水族館にて(1)
待ちに待ったGWがやって来た。
期待してた通り、天気は晴れ。
お陰様で、物凄く混んではいるけど、気分良く水族館巡りが出来そうだ。
伯父さんは、GWだと言うのに仕事で来れないから、代わりにと西さんを送り迎えに付けてくれた。
毎度の事ながら西さんには迷惑をかけている。
恐縮しきってお礼を言うと、けれど西さんは決まって、「いえ。私も楽しいですから」と爽やかにかわすものだから、余計に頭が下がる。
私が転生でなく、前世の身体そのままにこの世界へやって来ていたら、完全に西さんに落ちていた気がする。
お父さんも好きだけど、お父さんは既婚者だからね。
不倫ダメ、絶対!
さて、話を戻そう。
私達が今日やって来た水族館は、前にも説明したと思うが、近所にある、割と小規模な水族館だ。
その癖、白クマもいたりと、なかなか豪華なので、近所の人達にとって、最も身近なレジャー施設と言えよう。
GWとは言え、あまり遠出するような余裕がない人が集中しているせいか、やはり普段横目で見るよりも、ずっと駐車場が混んでいる。
けれど、停まれない程ではないから、予想していたよりは、ずっと空いている、と言えるかもしれない。
先日、ニュースで、何駅か先に遊園地が出来た、と言っていたから、もしかすると、そちらに人気が取られてしまったのかもしれない。
水族館としては堪ったものではないだろうが、私達としてはラッキーである。
何しろこの水族館、スタッフさんの教育が、非常に良く行き届いている事で有名で、安心して子供だけで歩かせられると言われているのだ。
迷子になろうが、三十分以内に必ず合流させられると豪語しており、事実迷子になって困った、と言う話も聞かない。
お父さんに頼んで、ネットで検索をかけてもらった所、評価も上々だった。
だからこそ、晴雅君も誘ってくれたのだろうし、お父さんも伯父さんも、何ならちーちゃんやゆーちゃんの保護者さん達も許可をくれたのだろう。
つまり、この水族館が目的地であったから、子供だけで遊ぶ許可が得られたのであって、ここが混んでいて遊べない状態であったら、家に帰って遊ぶ以外なく、それでは折角のGWを、いつもの休日みたいな過ごし方をする羽目になっていたと想像出来る。
それはつまらん。
だから、新しく出来た遊園地には感謝している。
高校生位になったら、その感謝を伝えに、是非遊びに行こうと思う。
今すぐじゃないのか?
それは当然だ。
流石に遊園地ともなれば、保護者と行かなければならないだろう。
お父さんと行くならともかくとして、伯父さんやお母さんと行ったら、絶対楽しめない。
きっと、どっちが保護者?と首を傾げる結果に終わるはずだ。
想像ではあるけれど、あながち的外れでもないと私は愚考する。
私と焔だけなら、もしかすると未だに姿を見せないSPさんが付いている事もあるし、子供だけで遊園地に行く、と言っても許可をもらえるかもしれないが、そこまでして行きたい訳でもないし。
楽しみは後にとっておくのだ。
ただ、こうまで言うと、私が今日の水族館をあまり楽しみに思っていないように聞こえてしまうかもしれないが、それは違う。
「友達と行くのが夢だった」なんて泣ける事を焔が言っていたが、私も近しい所がある。
前世で数度行った水族館は、あくまでも家族旅行の一環で、それはそれで、楽しかったのは間違いないが、やはり友達と行く水族館の楽しさと比べれば、全く違うもの、と言える。
つまりは、私も何ら焔と変わりはない。
今日が、友達との水族館デビュー、なのである。
楽しみに思わない訳がない。
お陰様で昨日は眠れなかった。
興奮のあまり、羊を数えた。
途中で、ペンギンでも数えれば良いのではないかと、ペンギンを数えはじめた。
案の定眠れなかった。
焔に言ったら馬鹿にされた。
でも私は知っている。
焔も、その目の下に隈を作っている事を。間違いない。奴は仲間だ。
寛大な私は、デジカメで証拠写真を撮るだけで許してやる事にした。
「激写」
「おい、瑞穂。お前今何撮った」
「何の事ですかな?」
「いやいや、俺の事撮ってたろ。消せ」
「私が撮ったのは景色ですよ、景色」
「何の変哲もない駐車場撮ってどうするんだ。消さないなら寄越せ!消す!」
「いーやー!タスケテー」
「はは、女性には優しくしなければいけませんよ?焔様」
「俺!?ずるいぞ、瑞穂!」
「ふははは」
そんな事をやっている内に、ようやく車が停まる。
私達は、口々に西さんにお礼を言うと車を降りた。
そして、安全な所で足を止めると、今日の注意事項についておさらいする。
「注意事項一!」
「いち!」
「イチ!」
「必ず手を繋いで歩く!」
「かならずてをつないであるく!」
「かならずてをつなぐ!あるく!」
「注意事項二!」
「に!」
「ニ!」
「迷子になったら、スタッフさんの言う事を聞く!」
「まいごになったら、えっと、スタッフさんのいうことをきく!」
「まいごになったら、スタッフさん!の、いうこときく!」
「注意事項三!」
「さん!」
「サン!」
「知らない人にはついていかない!物ももらわない!」
「しらないひとにはついていかない!ものももらわない!」
「しらないひとにはついていかない!ものももわらない!」
「「もわらない」、じゃなくて「もらわない」だよ。ゆーちゃん」
「もわらない!」
「違うけど可愛いから良し!」
「良くねーよ!」
「まわらない!」
「天使!」
「おい、チョロ甘講師!」
舌足らずなゆーちゃんに萌え萌えしてたら、焔に怒られた。
もし私の頭が悪くなったら、焔に叩かれすぎたせいだと思う。
ふざけるのをやめれば良い?
それは、私に息をするな、と言っているのと同義だ。
こんなに愛らしい生き物達を前に、自重しろと?不可能だ。
「むぅぅ。みずほちゃん!ちとせ、ちゃんといえるよ!」
「うん、そうだね!流石ちーちゃん!偉い!可愛い!」
「えへへへ」
見ろよ、この愛らしい姿を!
ほっぺを不満げに膨らませる姿は、リスを彷彿とさせるし、褒めればすぐに笑って眉を下げる様なんて、まさに天使だ。
神がこの地上に与え給うた奇跡の芸術品だ。
彼女が立派な大人になるまで、出来る限り見守り続けようと思います。
「ぼっ、ぼくもいえるもん!も、もわわない!もわらない!」
「もーらーわーなーいー、だよ」
「もーらーわーなーいー……もらわない!」
「言えた!ゆーちゃん天才!可愛い!」
「わーい、みーちゃんにほめられたっ」
そしてこの、何事にも一生懸命なゆーちゃん。
可愛いと言わずしてどう表現しろと言うのか。無理だ。
漫画の世界において、明確に差を付けられたが如きこの平凡顔。
しかし、そこが良い。
面なんてイケてなくて良いんだよ!
人間中身だよ、中身。
ゆーちゃんの滲み出る人の良さは、まさに主人公の親友キャラ。
彼が立派な大人になるまで、良さが消えない様に見守り続けようと思います。
「お前がチョロいんだか、二人がチョロいんだか…」
「私がチョロ甘いんだよ。仕方無い、この可愛さだし」
「まぁ、可愛いのは認めるけどさ。あんまり八方美人するとマズくないか?」
「大丈夫、大丈夫。流石にその辺は気を付けてるよ」
ぼそりと小声で聞かれた問いに、私はヘラリと笑って答える。
転生モノで良くある展開の一つに、良い顔し過ぎて逆に嫌われたりとか、裏切り要素が出て来てドロドロしたりとか、最悪殺されたりとか、少女漫画の悪役も真っ青になる事請け合いな展開がある。
現実とゲームの境が曖昧で、個人にきちんと向き合わない結果だと、私は考えている。
実際、現実でもそんな人間がいたら、嫌われるに決まっていると思う。
私は、第二の人生を面白おかしく暮らしたいだけだ。
相手をパラメーターだけで見る気はないし、逆に、過干渉をする気もない。
あんまり考え過ぎずに、普通に友達付き合いをしていれば、何の問題もない事だろう。
普通の友達付き合いをしていてドロドロする人なんて、現実にそうはいない。
記憶を持ったまま転生しようが、ここが漫画の世界だろうが、変わりはない。
子供の内に、多少可愛がってくれた人がいたからと言って、そこまで影響だって出る事はないだろうし。
「大きくなれば、自然と適当な距離に落ち着くよ」
「そうかなぁ…」
疑わしげに目を細めて、焔がチラリと晴雅君へ視線を向ける。
私も合わせて彼を見ると、うっかり目が合った。
「如何されましたか?」
「あー、いや。別に?」
「何なりと、お申しつけ下さいね」
「う、うん。そうだね。あははは……」
…あれだ。
晴雅君は例外だ。
ちょっとうっかり、選択肢をミスっただけだ。
大丈夫。彼は単に中二病を発症してるだけだよ。
成長すれば、私に傅くのなんておかしいと気付いてくれる。ハズ。
「ん?」
注意事項の確認を終えたので、さて水族館に入ろうと言う事で向かっていると、先頭を歩いていた晴雅君が、首を傾げて立ち止まった。
不思議に思って尋ねると、晴雅君は苦笑気味にある一点を指した。
そちらに目を向けて、私は固まった。
そこには悪魔が立っていた。
「遅いよー、お嬢サマ。先に出た君等が遅いとかナメてるんですかー?」
「は、晴臣君?どうしてここに……」
悪魔の如き、凍りつきそうな笑顔を浮かべた晴臣君がそこにはいた。
不満タラタラな語気である。
勘付かれない様に抑えているのは分かるけど、隠しきれていない。
それ程に、此処にいる事が不満なのだろう。
それでは、何故このような所にいるのか。
想像するのは易い。
けど、敢えて尋ねてみると、晴臣君は笑みを深めた。
なまじっか整った顔をしているから、余計に怖い。
「どうして?簡単ですよー。お嬢サマなら分かるんじゃないですかぁ?」
「晴臣。お嬢様に失礼な口をきくな」
「はぁ?俺、ちゃんと謙ってるよね?ねぇ、お嬢サマ」
「う、うん。そうだね、そうですね」
うわぁ、激オコだよ。プンプン丸だよ。
私は大仰に溜息をつく。
「旦那様に申し付けられたんですよ。写真撮って来いって」
「写真?それなら僕が…」
「俺も証拠写真に写らないと許さない、とまで言われたんだよー」
旦那様ぁぁぁぁ!!!
私は、私の予感が当たってしまい、しかも回避しきれなかった事を察し、思わずその場に崩れ落ちる。
もし漫画で描かれているのであれば、ズシャァァァ、と言った効果音と共に、背景はベタフラだろう。間違いない。
「?みずほちゃん、どうしたの?だいじょうぶ?」
「そこですわると、よごれちゃうよ、みーちゃん」
「う、うん。そうね。そうだね。ありがとう、二人共……」
友達二人の優しさで、何とか立ち上がる。
伯父さんの行動力の凄まじさと、空気の読まなさを履き違えていた。
やっぱアレっすよね。
伯父さんからは逃げられないっすよね。
「瑞穂…お前、親父の興味引いちゃった訳?」
「うっかりしてたよ。本当は、晴臣君には休日をあげる気だったんだけど…」
「親父の事だし、人心掌握くらいさっさとしろよ!って所か?」
「じゃない?もしくは、単に面白がってるか」
「いや、流石にそこまでヒドくはなくね?」
「どうだろね……」
ごめんよ、晴臣君。
私の意図した所じゃないんだ。だから許して!
そんな良い笑顔で睨まないで!!
「はるおみおにいさんも、いっしょにいくの?」
「うん、そうだよー。今日はヨロシクね、千歳ちゃん」
「うんっ!わーい、はるおみおにいさんもいっしょだーっ」
……無邪気に笑うちーちゃんが羨ましい。
まぁ、少なくともちーちゃんとゆーちゃんには、晴臣君の不機嫌さは伝わっていないようだし、良しとしておこう。
私が我慢すれば良いだけだ。
と、刺々しい視線くらい何さ!効かないわよっ。
「ここで話していても仕方ありません。そろそろ中へ参りましょう、お嬢様」
「うん、そうだね。とりあえず、レッツラゴー!」
こうして、水族館での一日がスタートした。
ん?幸先悪い?知らんな!




