143.話し合いってこういうんだっけ?
はぁい、皆のアイドル瑞穂ちゃんだよー!
……なんて、ふざけてないとやってられないよぉぉ!!
一通り内心で叫ぶと、私は項垂れた。
カラオケに入ってから、鬼島くんのテンションが低かったから、呑気にどうしたんだろうなんて思ってたけど、臣くんと九尾さんとのやり取りを経て、また元気いっぱいになってしまった。
唐突に告られたから、とりあえず反射的に断ったのに、ショックすら受けてなさそうだし。解せぬ。
「双方の気持ちは確認させて頂きました。それでは、一応藤林の意向も確認しておきましょう」
私と鬼島くんのやり取りを普通にスルーして話を進める臣くん。
マジかよ、お前。この状況で話進めちゃう? 酷くね?
じーっと視線を向けていたら、一瞬だけ空気が緩んだ気がした。あれ、もしかしてちょっと私イジられてます?
私がちょっとヘコんでるのを余所に、ハットリくんは素直に臣くんの質問に答えるべく口を開く。
「はい。拙者はマチコさんにお仕えする身……正直に言えば、里はマチコさんの身柄を欲しているとは思いますが、それを認めるつもりはないでござるよ」
「つまり、里がどう出て来るかは分からないが、個人としてマチコ様にお仕えしていくつもりだ、ということでよろしいですか?」
「ええと……里は、積極的にマチコさんを求められる程、余裕がないと思うでござる。理由については……聞かないで頂けるとありがたい」
しどろもどろになりながら答えるハットリくんを見つめながら、私は苦笑を漏らした。
うーん、癒される……。
この忍者コスプレ時のハットリくんの、隙だらけの問答。
何も難しいこと考えずに受け止めて良さそうで、ホッとするよね。
砂漠の中で久しぶりに見つけたオアシス的な。
「まとめると、鬼島・九尾両家はマチコ様をお求めで、藤林にその余裕はない為静観。……マチコ様は、誰とも関係を深めるつもりはない」
確認するように臣くんが顔を室内に満遍なく向けていくけど、反論などは起きなかった。
明言されていない諸々の事情が、それぞれにはあるんだろうけど、現状それはまずどうでも良いことだ。
きっと、それはこの場の全員の共通認識なんだろう。
「……そこで、マチコ様からのご提案を聞いて頂きます」
ようやく本題に入れる。
ここで、私たちから切り出すことで、それぞれの反応を見る。
何処まで反応を引き出せるかは不透明だけど……この提案は、それなりにインパクトはあるはずだ。
私だってそれなりに身を切ることになるから、そうなって欲しいって希望もあるけど。
「マチコ様」
「ええ、お願い」
最終確認とばかりに、臣くんが私を見る。
お面をかぶってるから、ちゃんとした表情は見えないけど、心配してくれてるのだけは分かる。
だからこそ、私は精一杯強がって、余裕たっぷりに頷いてみせた。
私は2人に相談して、力を借りて……でも、決断するのは私だ。
話をここまで広めてしまったのは、意図しないことだったとはいえ、私だ。
私が受け止めないといけない。
「皆様には、周囲に迷惑をかけるような手段でのマチコ様とその関係者への接触の一切を断って頂きます」
一切の接触を禁じたところで、恐らく無意味だ。というか、元の木阿弥になってしまう。
それに、幾ら赤河家が手広くやってるからと言って、決して全知全能の集団じゃない。
人外パワーを有する彼らを抑えつけたところで、変なところで不満が噴出したら元も子もないだろう。
「おい、その言い方っつーことはまさか……」
「ほうほう。これは意想外でしたねぇ」
なら、ある程度の接触は割り切って受け入れる。
接触範囲を限定することで、関係をコントロールしようという目論見である。
それは恐らく、2家にも伝わった。
だからこその、さっきの2人の反応だろう。
鬼島くんは驚いたように目を見開いていて、九尾さんは面白いものを見たように目を細めている。
そりゃあ、驚くはずだ。接触を断ちたいはずの私たちが提案したのは……実質的な開国宣言なのだから。
「ええ。守って頂けるようであれば代わりに――マチコ様の身元を明かしましょう」
私という稀有な存在を、彼らが物凄く重要視している、ということを前提にした作戦だった。
どっちにしろ、彼らが約束を守るかも分からない状態で、私は正体を明かさなくてはならないから。
でも、やる価値はあると判断した。
私が……マチコさんが誰なのかさえ分かれば、多少間口が狭かろうが、私の心象を良くする為に、受け入れてもらえるはずだと。
「如何でしょう?」
臣くんの問いかけに、一瞬で空気が張り詰める。
実はさっきまで、鬼島くん側の愉快な仲間たちは私語をしまくってたんだけど、それも今はなくなった。
阿呆な会話を続けられる程に能天気ではなかったようだ。
「……問いを返すようで恐縮なんですけどね」
「はい、何でしょうか九尾さん?」
目は細めたまま、ずっと楽し気に吊り上がっていた口元は笑みを消して、九尾さんが今までで一番真剣な顔で口を開いた。
私も自然と息をのむ。
「マチコさんは、ボクらを信用出来るんですか?」
「信用?」
「ええ。キミは、ボクらを完全に縛り得る手段も根拠も持ってはいないはず。貴女が誰かを知ったボクらがなりふり構わずキミを求めないと、どうして信じられるのですか?」
「質問の意図を図りかねるわね」
キミ、と私ご指定での質問だったので、私が応える。
まぁ応えるけど、答えるとは言っていないってところか。
「キミの正体さえ知れれば、約束など知ったことかと反故にするかもしれません」
「そもそも、貴方がたの諜報能力があれば、遅かれ早かれ私が誰なのかについては調べが付くはずよ。だったら、先に明かしてしまって、ついでに条件も付けてやろう、と思うのはそんなに不思議かしら?」
意外にも、私の言葉に九尾さんは不満そうに眉をひそめた。
本当に意外な反応だな。妙に人間的っていうか。
驚く私に、九尾さんは更に言葉を続ける。
「他にやりようはあると思うのですが」
「一生隠し通せるとも思えないし、私は日々の安寧を奪われるのが耐えがたいの」
「……ボクらを退ける代わりに、情報を出し渋りながら弱みを握れば良い。何故やらないのです?」
いや、何かこれは理解不能なものが現れて困惑してるのに近いのかな?
何となく何でもかんでも理由を聞きたがる子どもを見ているような気持ちになった。
それで、若干気持ちの緩んだ私は、尚も泰然と応えた。
「これ以上事態を遅延させてどうするの? 私は、気が短いの」
「ご冗談を。気が短い人間ならば、とっくにボクらを隷属化しているところでしょう。貴女がたにはそれだけの力がある」
「……貴方、まさか」
隷属化云々は、流石に買い被りが過ぎると思うけど……今の九尾さんの発言は流石に看過しかねた。
私は、緩みかけた気持ちを一気に締め上げる。
間違いない。九尾さんは、私の正体に気が付いていた。
知った上でこの会談に臨んで、きっと自分にとって有利な方向に持っていこうと目論んでいた。
「……何度も言葉を返すようだけど、貴方こそ自ら有利を放棄してどうしようというの?」
もう既に正体には察しがついているから条件は飲めない、とか言っても良かったのに。
実際、私たちはごねられたら結構困る。
何しろ私は、前世の頃からコミュニケーションが下手だった。とにかく勘違いされがちっていうか……友だちも1人くらいしかいないレベルだった。
その反省を生かして、今世では頑張って友だちも作ろうとしてるし、実際友だちも居る。
……けど、だからと言って得意になってる訳でもないのだ。
そんな私が、弁舌のたつヤの付く若頭相手に、言葉で煙に巻いたり罠に嵌めたりなんて高等な技術が使えるはずがない。
あっ、そろそろ交渉術の講習もしないとね、って頭の中の父さんが言ってる。
「有利、ね。そんなもの、最初から在りはしないでしょうに」
うーん。自嘲するように笑う九尾さんだけど、これってあれかな。
九尾さんの中の赤河家が、それくらいの化け物ってことかな。
そんなバカみたいに強い家の関係者に手が出せる訳がないじゃないか、っていう。
「――おい、お前等だけで話を進めてんじゃねェよ」
不意に鬼島くんが不満そうに口を挟んで来た。
そりゃそうだ。ごめんごめんご。2人で盛り上がっちゃってたね。
反省する私とは反対に、鬼島くん相手なら全然容赦しませんよ、とばかりに九尾さんは口の端を怪しく釣り上げた。
「鬼の倅は知らない方が良いんじゃないですかねぇ? 世の中にはどうしようもない相手ってのが居るものなんですよ」
「ハッ。知らねェよ、そんなこたァ! テメェが日和ってるだけじゃねェかァ?」
「本当に、知らないとは幸せなことですね」
「馬鹿にしてンじゃねェ!!」
ガッと机に飛び乗って九尾さんの、恐らく首元を掴もうとする鬼島くん。
それを、瞬きの間で止めて見せたのは雅くんだった。
気付いた時には、鬼島くんの腕は軽く捻り上げられていて、九尾さんに届いてはいない。
「……マチコ様の目を汚すつもりなら容赦しねーぞ」
完全に声が据わってる。多分、目も据わってる。
キャラを交換すると、ぶっちゃけ雅くんの方が怖いって感じる。
恐る恐る雅くんを見ると、多分良い笑顔でピースサインを頂いた。
……あのね、雅くん。そういうところが怖いんだよ、私。
「なっ……いつの間に!?」
「……化け物をして化け物と恐れられる家の者だけはありますね……」
「前は本気じゃなかったってことか!?」
動揺して押し留まったのを確認すると、雅くんは腕を離して、私のすぐ横に戻って来る。
それもまた、一瞬のことだ。2人だけじゃなくて、室内の全員がドン引いてる気がするのは、気のせいであって欲しい。
あと、何だい九尾さん。化け物じゃないよ。失敬な。
「双方、落ち着いてください」
唯一冷静な臣くんがとりなすけど、もうなんか雰囲気がそれどころじゃないっていうね。
まぁ、理解を越える動きをされたらそうなるよね、普通。
「マチコ様は話をややこしくする天才ですので、僕が話をまとめさせて頂きますね」
あれ。言外に余計なやり取りするなって言われてる?
私は内心テヘペロを繰り出しながら、ちょっと反省した。
確かに、言葉遊びが好きだから、ついつい話に付き合っちゃうんだよね。
「マチコ様以下我々が所属する家は、貴方がたが敵うものではないと知っていた九尾さんは、それをマチコ様が隠すようであれば、明かせない何らかの事情があるということなので、その辺りを突いて利を得ようとこの話し合いに参加したものの、当てが外れたのでやさぐれている……これで間違いありませんか?」
双子以外の全員が唖然とした。
いや、身も蓋もないっていうか……何ソレ。
もしかして、今までのやり取りだけでそれを見抜いたってこと??
視線を九尾さんにやると、九尾さんは射殺さんばかりの強い視線で双子を睨んでいるのが見えた。ヒェ。
「はい、その通りですよ。何か問題でも?」
「ございませんよ。ただの確認事項です。……鬼島さんはお分かりになりましたか?」
「……そんだけデケェ家って……ドコだ?」
「その疑問に答えるには、確約を頂きたいですね」
たっぷり間を置いてから、鬼島くんは溜息交じりに頷いた。
「仕方ねェな。迷惑かけねェようにすりゃ良いんだろ? 約束してやンよ」
「ご協力に感謝を」
そう言うと、臣くんは尚も睨み続ける九尾さんを見た。
「九尾さん」
「……分かってますよ。はいかイエス以外の選択肢はないんでしょう? ええ、約束しましょうとも。ボクの名において、必ず守りますよ」
「ありがとうございます」
「……ふん」
鼻を鳴らして視線を逸らすと、九尾さんはそれきり黙ってしまった。
まさか、あの九尾さんからここまで余裕を奪ってしまうとは。怖いな、我が家。いや、従兄弟殿の家だけど。
「それでは、マチコさん」
「あ、うん」
話の展開は、何だか私の想定を全然超えていってたけど、どうやら双子にとっては想定内だったようだ。
アッサリと普通に着地点まで持って来てる感じだ。
私は、一応初めに決めてたように、お面を外すことになった。
「えーと……では改めまして。――青島瑞穂と申します。どうも、よろしくお願いします」
全員の視線が集中する。
拗ねてたはずの九尾さんの視線もだ。
私は居た堪れない気持ちを味わいながら、いつもの私の格好に早着替えして、とりあえず愛想笑いを浮かべるのだった……。
もう少しでヤの付く自由業編?は終了ですので、元の短編連作の雰囲気がお好きな方は今しばしお待ちください。