141.話し合いに入……れなかった
「それでは話し合いを始めましょう。話が進まなくなると困りますので、僭越ながら僕らが司会を務めさせて頂きますね」
「ヨロシク!」
カラオケに着くと、一応全勢力人数が平等になるように調整され、パーティー用のだだっ広い部屋に入室した。
そこで、全員着席したのを確認すると、臣くんと雅くんがそのように言い放った。
ペースを私たちで掴みたい、っていう意図もあるにはあるけど、今言ったように話がカオスになると困るから調整したいって気持ちが一番近い。
とは言え、司会は完全に中立な人に任せたい、って反対を受けるかなーと思ってた。もしくは何らかの妥協案でも出て来るか。
けど、意外と誰からも文句は出なかった。
「おや。鬼の倅に文句はないんですか?」
「……何だよ」
「キミ自身はマチコさんに悪い感情は抱いていないとしても、彼女の身内に仕切られても平気なんですか?」
私が抱いたのと同じ疑問を、何故か九尾さんが口にする。
いや、私は九尾さんから文句が出ないのも不思議なんだけど。
一応揉めてるところまでは来てないので、黙って成り行きを見守っていると、鬼島くんは舌打ち混じりながらも素直に答えていた。
「うるせェな。てめェと大体同じ考えで黙ってんだよ。分かってんのに厭味ったらしく妙なこと聞くんじゃねェよ、気持ち悪ィ」
「おやおや、失礼しました。マチコさんが不思議そうな顔をしていたので、つい……ね。老婆心のようなものですよぉ」
おっとぉ。九尾さんの矛先は鬼島くんかと思いきや、どうやら私だったようだ。
鬼島くんにも分かる内容が分からないの? みたいな感じで。
……ここで私がワケわかめな状態で居るのは非常に不味そうだ。
なんていうか、九尾さんの作った流れに乗せられたらアウトな予感がビシビシする。
うーん……けど、分からないまま変に濁してもヤバそうだし、ここは堂々と答えよう。
「そうね。良ければ2人とも、どうして仕切りを任せようと思ったのか聞かせてくれないかしら?」
「これはこれは……」
「…………」
九尾さんは酷く愉快そうに目を細め、鬼島さんは驚いたように目を見開いていた。
私、まだこの人たちのひととなり知らないから、どんな風に受け止めたら良いか分からないな。
悩んでも仕方ない内容については投げとこ。それより、浮いた時間で思考を巡らせるのだ。
「俺には、まだお前等の関係が分からねェかんな。出方によっちゃ容赦する気はねェが……今ん所、口出す必要はねェってだけだ」
先に鬼島くんが答えてくれた……けど、これ何だかんだ濁してそうだな。
うーん、やっぱりこの子も、別に脳筋って訳じゃなさそうだな。うむ、厄介。
って言っても、多少の情報は入ったか。
鬼島くんの言う「お前等」とは、マチコさんとハットリくんのこと。
元々因縁があったのは、お互いに大事なもの――要石を奪い合った鬼壱組とハットリくんの所属する藤林家の2組。
当然ながら、マチコさんとの因縁は、鬼島さんからすれば予想外に生まれたものだ。私にとってもだけど。
話し合いって言っても、マチコさんと鬼島さんひいては鬼壱組との間で行われるんなら、確かに主導権を握られようとも良い、という考えになってもおかしくはない。
ただ、ここで私が藤林との問題にも口を出すような流れにいくようなら、容赦はしないと。
「九尾様も同様でしょうか?」
変装継続中の為、口調が丁寧な臣くんが、九尾さんに水を向ける。
九尾さんはそれに対して、クツクツと怪しげな笑みを漏らした。ヤダ、怪しい。
「そうですねぇ。ボクにとってはマチコさんのことが何よりも大切なので、そのマチコさんの不興を買ってしまうような行動は慎んでいるだけですよ」
「え?」
「ふふ、愛しいキミの為にもっと分かりやすくお教えしましょうか?」
……何故だろう。これ以上聞くと、現状よりも遥かに面倒くさい事態に陥りそうな気がする。
じぃっと粘着質な視線を向ける九尾さんの雰囲気に、私は思わず引きそうになった。
私、何て言うか、ねっとりとした好意って得意じゃないんだよね……。
爽やかな好意なら、笑って受け止められるけど、これはちょっと……普通に怖いって。本当に。
「いえ、結構です」
「おや、つれないですねぇ」
ドン引いた私の代わりに、庇うように前に出た臣くんが拒否してくれた。
けど、当然ながらと言えば良いのか、九尾さんは想定内らしく、一切気にした様子を見せなかった。
あの時みたいにテンション高めに言い寄られるのもイヤだけど、こういう頭脳プレーみたいなのもイヤだなぁ、何か怖いし。
必死に態度を取り繕っていると、今まで黙っていた雅くんが私の耳に口を寄せて、囁くように声をかけて来た。
「……お嬢様。やはり彼らは、貴女との関係を深めることを最重要事項として認識しているようですね」
「……みたいだねー……」
一瞬耳を疑ったけど、雅くんは至って真面目だ。
あ、うん。私も察したよ。
そうじゃなきゃ、この場にそもそも2組とも来てないんじゃないかなーって。
いや、来るには来たか。マチコさんっていう第三勢力が登場したのなら、まず様子を見たいと判断するのも納得だし。
けどねー……それにしてはマチコさんに対する態度がね。行き過ぎっていうか……ね。
ゲンナリしつつも無言で続きを促すと、雅くんは言葉を続けた。
……尚、この間雅くんの唇はほぼ動いていない。凄いね、そんなスキルも必要なの? 赤河家の使用人って。改めて考えるとヤバイね。
「あまり事情を知らされていないと思わしかった鬼島将己も、どうやらある程度情報共有が行われたようですね」
「そうみたいだね」
話し合いをしよう、今日これから!
と、決まってからこのカラオケに来るまでに、実は少し時間が空いている。
その間何をしていたかと言えば、それぞれ情報共有だ。
私たちは殆ど準備済みだったから、最終確認をしていたくらいだけど、鬼壱組と狐九組は、それぞれ立場ある人とは言え、トップという訳ではない。
確認しなければならないことは多々あるだろう、という配慮から生まれた時間だった。
因みに、九尾さんはニコニコしたまま、特に連絡を取る様子もなく、遠目に私をジッと見つめるだけだったけどね。恐怖だったよね。
多分あの人は、上に確認取らなくてもかなり自由に行動出来るんだろう。怖いね。
それはともかく、恐らく全部の事情を把握しているんだろう九尾さんがこの場で黙ってるのはともかくとして、鬼島くんが黙ってるのは、事情を知らないと考えにくい反応だろうという話だ。
何かテンションも低いし、自分の身の上について考えることも多いんだろう。
えーと、伯父さんから許されてる範囲で、諜報部から教えてもらえた情報をまとめておこうかな。
ハットリくんを含めた3組の簡単なスタンスについて、ざっくり言えば「力を継承可能な婿&嫁はレアだから、見つけたら即確保」……これに尽きる。
それぞれ妖怪的な存在の血を引く彼ら3組は、人間社会の安寧を守るべく裏で色々戦ってるんだけど、年々血が薄まってるそうだ。
一切能力を引き継いでいないただの人間が生まれることも多くて、現在はまだ戦線に問題はないとは言え、かなり不安視している人も多い。
で、そこで貴重だとされてるのが、力を子に継承させることがかなう婿&嫁。
特に血が強い者は、自分と相性が良く、子に力を継承させられる者を察することが出来ると言われている。
その相性の良い人間を、彼らは「番」と呼び、見つけたら即確保して取り込んでいるらしい。
そこで、思い出して欲しい。
私は、そんな番の中でも、スーパーウルトラレア、クソチートな誰の番にもなれる血を持っているらしいということを。
……そんなん、欲しいよね!
もう、一族の存亡を賭けた争いの最中だってすぐに取りやめてこっち来るよね!!
この話を聞いた時、私は文字通り崩れ落ちた。
いや、そんなんティーンズラブ通り越して普通にエロ同人の登場人物ですやん。
絶対、嫌だ! 死んでも嫌だ!!
と、いう訳で、私は何をおいても絶対に彼らとの話し合いを成功に導かなければならないのだ。
……あれ? そんな話だったっけ?
「予定通り、話を進めてもよろしいでしょうか?」
「もーなるよーにしかならないしね。最悪、地の果てまでも逃げるけどね」
「……その際には何処まででもお供させて頂きます」
「……頼りにしてるよー」
最早、雅くんの重い発言すらスルーするレベルのゲンナリだ。
私は溜息を噛み殺しつつ、敢えて笑みを深める。
この一連の流れは、体感は結構長いけど、実際には一瞬なのでおかしくは思われていなそうだ。よしよし。
「全員、問題は無いようですので、話を始めさせて頂きます」
そう臣くんが切り出す。
場の空気は、ハッキリ言って最悪だ。おどろおどろしいレベルだ。
まとわりつくようなその重みに、内心肩を落としつつ、私はこの話し合いが早々に片付くことを全力で祈るのだった……。
……あれ、まだ全然本題入ってないの? 何これイジメ??