140.話し合いに向けて
えー、早速ですが本日のミッション其の1。
我が校の目の前に陣取る不届きものどもを速やかに解散させること、を実行に移します。
……なんて、内心で自分を盛り上げつつ、私は颯爽とマチコさんの衣装に袖を通す。
「っていうか、マチコさんファッションが何故ここに……?」
「僕がお持ち致しました」
「そっか、ありがとー雅くん」
「とんでもございません」
マチコさんファッション、私の部屋の奥にひっそり隠してあったはずなんだけどな。
おかしいな。私の部屋って、プライバシー空間じゃなかったんだな。うふふ。
「よーっし、3人とも! 準備は良い?」
「はい、マチコ様。準備万端にございます」
「OKだ」
「完璧ですぞ、マチコさんっ」
パッと振り向けば、あの時と同じようなファッションに身を包む性格入れ替え済みの双子と、コスプレ済みの忍者。
これで間違いなく準備OKなんだけど、どうして不安な気持ちになるんだろうね? 色物だからかな??
「お面だけの双子はともかく、お前マジでヤバいぞ、その恰好。季節間違え過ぎだ」
「ロングコートのマチコさんは季節問わずこの格好なの。仕方ないじゃない」
「短パン小僧とかミニスカートの亜種か」
「それ以上は危険だからお口にチャックよ、少年!」
「俺に対してそのキャラやめてくんねぇ!? ムカつくから!!」
「えぇー?」
焔とのラストじゃれ合いを終えると、顔を見合わせて頷き合う。
「……じゃあ、多分奴らを散らすのはスムーズにいくから、後はお願いね」
「分かってるって。……頼むから、怪我してくれるなよ?」
「とーぜん!」
グッと親指を立てると、私はマフラーを靡かせながら校門へ向かう。
尚、季節感を間違えた変質女が校内を歩いていても、今だけは注目を浴びていないので平気だ。
勿論、校門前の集団に皆の意識が向いている為だ。
視線の隙間を縫うくらい容易い容易い。
「さーて。どうやって登場してやりましょーかね」
◇◇◇
「丁度良い。アンタとの因縁、今日ここできっちりカタつけさせてもらおうかァ」
「それは此方の台詞だよ。まったく、キミみたいな浅慮な小僧っ子とどうして睨み合って居なくちゃならないのか……」
「何だと、テメェ! 兄貴のことバカにしやがって!!」
「珍しく意見が合ったな、犬っころ。俺も手ぇ貸すぜ」
「はいはいはいはーい! 兄貴兄貴! オレっちも兄貴を馬鹿にされて激オコっつーか、もう怒髪天っすよ、マジでマジで! 今日こそは昼行燈とか歩く騒音とかいうマジヤベー通り名返上して、兄貴のこと下に見てる大馬鹿ヤローに地獄見してやりますよ、これ本気っすからね!!」
「うるせェ、黙っとけ改!!」
「兄貴が打ったー!!」
会話内容が聞き取れる距離まで来たけど、相変わらず火に油というか……混ぜたら危険な感じがアリアリと出ている。
これは、早く何とかしないと、幼気な小学生諸君が毒されてしまう。
怯えてるロリショタをそのままになんてしておきませんからね、私は!
キリッと表情を作ると――あ、表情は隠れてるって? こういうのは気分気分!――私は、颯爽と何回転もしながら彼らの大体真ん中くらいに舞い降りてやった。
「そこまでよ!!」
「あ?」
「その声は……」
一斉に視線が私に集まる。うーん、快感……ではないな。普通に落ち着かんわ。
目立ちたがりの人って、どうしてあんなに注目を集められるんだろうね。尊敬するよ。
……あれ、今焔から冷たい視線を頂戴したような……気のせいだな!!
「呼ばれて飛び出て御機嫌よう! 罪なき子どもの絶対守護神! ロングコートのマチコさんとは私のことよ!! これ以上の乱痴気騒ぎは、この私の目の黒い内は絶対に許さなくってよ!!」
ドヤァ!!
モデルみたいなポージングと共に、最高のドヤ顔をきめる私ことマチコさん。
滅茶苦茶身長底上げするブーツ履いてるのに、このビシッと静止出来てるところが自慢です。なんちゃって。
何故だか若干間が開いたので、とりあえずポージングについて自画自賛していると、一拍置いて一気に詰め寄られる。
「マチコ!」
「マチコさん!!」
詰め寄って来たのは、2人。
ガチで犯罪者なんじゃないかと疑わしい程鋭い目付き顔付きの持ち主、鬼島将己くん(中学3年生)と、怪しい雰囲気の香る似非関西風ダウナー系妖怪お兄さん、九尾狐次郎さん(年齢不詳)だ。
2人とも、何か目とか血走ってない? ガチ過ぎない? 怖いよ??
内心ブルってる私に対し、先に口火を切ったのは鬼島くんの方だった。
「会いたかったぜェ、マチコ! 今まで何処に隠れてやがったんだ。お前はもう俺の女なんだから、とっとと俺らの家に帰るぞ」
「え、嫌ですけど。というか、貴方の女になった覚えもないんだけど」
「何でだよ!」
「逆にどうして受け入れてもらえると思ってるのかしら。怖いんだけど」
「怖い!?」
どうしてショックを受けてるんだろうか。
背景に雷でも背負ってる感じでヨロめいて俯く鬼島くんは、ちょっと年齢相応に見えるけど、だからどうしたって感じだ。
マチコさんとの今までのやり取りを経て、この言動とか普通に怖いよ。
何で俺の女扱いなの。OKした覚えないよ。怖。
「はは、フラれてしまいましたねぇ、可哀想に」
「フラれてねェ!!」
「今のをフラれていない、と言い張るのは勝手ですが……どう見ても彼女はキミに好意を抱いて居ませんよ。ふふ、とても胸のすく光景ですねぇ」
「くっ……!!」
キッと九尾さんを睨みつける鬼島くん。
私の立場からすれば、九尾さんの言葉に間違いはないんだけど、いや、性格悪いな九尾さん。
ちょっと引くわ。
「次はボクの番ですかね。……ご機嫌麗しゅう、マチコさん。また会えてとても嬉しいですよ」
「私は別に嬉しくはないけど」
「おやおや、つれないお嬢さんですね。そこもまたお可愛らしいですが」
……あれ? 何か、あの時のテンションとは違うな。
下手したら、問答無用で手を出して来るかと思って身構えてたけど、今の九尾さんは特に切羽詰まってる感じはない。
疑問に思っていると、当の九尾さんはそれを察したのか小さく笑った。
「どうされました? ああ、ボクに激しく迫ってもらえなくて、寂しいのですか? ご希望であれば、今からでもそのようにして差し上げますけど」
「分かっててそんな風に言う人、私は嫌いよ」
「ああ、そうでしょうね。けれど、問題はないさ。これから好きになってもらえば良いんですからね」
言葉の端々から感じられる果てしない厄介さ。
ああ、もうこの人絶対面倒くさいよ! 雅くん辺りが敵に回ったらこんな感じになるのかもしれない。
「あんまり失礼なこと考えられると、俺、悲しいなー」
「!?」
あれ、私考えてること察され過ぎじゃない?
後ろから、雅くんの文句が入って、思わずビビってしまった。
味方にビビってどうするんだ、私。
「……おい、マチコ。俺と一緒に行かないっつーんなら、何で姿見せた?」
「今はボクのターンですよ……と言いたいところだけれど、それは確かに聞きたいな。教えてもらえますか、マチコさん?」
親の仇でも見るかのような鋭い視線と、隙を見せたら全部飲み込まれそうな昏い視線が私に集まる。
良く見れば、彼らの舎弟たちからも同様に視線を向けられていた。
ダントツで目の前の2人の視線が強いけど、これもなかなかのプレッシャーだ。
とは言え、話が変な方に逸れなかったのは想定の中でも良い方。
私は内心に反するように、ニッコリと口の端を吊り上げた。
「さっきも言ったでしょう? こんなところで屯して、乱痴気騒ぎを起こしてる迷惑な人たちを散らしたくて」
「そんだけじゃねェだろ? それくらいは分かる。馬鹿にしてんのか」
おっと、これは意外。鬼島くんの方が切り込んで来たね。
いや、けどこの人も何だかんだ周囲に慕われてるし、まったくの脳筋な訳もないか。
「ふふ、そうね。貴方たちの狙いは私と……彼でしょう? ずぅっと探してたものね」
私が、後ろで静かに待機していたハットリくんに視線を向けると、彼らの視線も一緒に移動する。
と、私に向いていた時とは、また違った感情に移ろったようだった。
簡単に言えば、私には何だかドロリとした感情が混ざっていたのに対して、ハットリくんに対してはもっと普通の……暴力的な感情が主だ。
ハットリくん可哀想に、と思ったけど、予想外にもハットリくんは凛とした表情のままだった。
あれ、へっぽこ要素はドコに? いやいや、有難いんだけどね。今雰囲気ブレイクされても困るし。
「私たちとしては、いつまでもストーカーされてると落ち着かないの。だから、この辺りで全部解決しちゃいたくて」
「解決?」
「どうするおつもりで?」
「簡単よ」
まぁ、実際は全然まったく簡単じゃないんですけどねー。
けど、出来る限り簡単に考えてるっぽい表情を心掛ける。
良いか、ハッタリってのはな、いかに自信を持って言えるかが大事なんだ!
って、誰かが言ってた気がする!!
「お話し合い、しましょう。私の正体その他諸々……知りたいんなら、ね?」
自分で言うのも恥ずかしいけど、マチコさんの価値を前面に出した説得! という名の押し付け!!
彼らの中で、思ってるよりもマチコさんの価値が低ければ引かれかねない方向性の提案である。
でもまぁ、何とかなるっしょ!
「話し合いか。……俺はいつでも良いぜ」
「あら、ありがとう。じゃあ、そっちの人は……」
「で、誰呼ぶ?」
「誰って、この場に居る人で良いんじゃ?」
存外スムーズにいくかな、と思っていたら早速きな臭いぞぉ。
会話が通じてるようでいて通じてなさそうな気配を感じていると、フォローを入れてくれたのは何と九尾さんだった。
「お前のご両親とか」
「ハイハイ。キミと彼女の結婚の日取りなんていう妄想の産物に考えを巡らせるのは後にしてもらえますか?」
「あァ!? 邪魔すんじゃね」
「マチコさん。話し合いならば、早い方が良いでしょう。早速移動しましょうか、場所はどちらか希望はあります?」
「おい、割って入るなって言って」
「ボクとしては、誰の手もかかっていないような場所が希望ですねぇ」
「聞けェエ!!」
残念ながら、鬼島くんの話を聞いている余裕はないので、話を進める。
「そうねぇ……なら、駅前の〇×カラオケはどうかしら? 確か、何処とも繋がってなかったはずよ」
「ああ、そこは良いですねぇ。では、参りましょうか」
「そうね」
「チッ……」
流石に空気を読まずにも居られなかったようで、最終的に鬼島くんも黙ってくれた。
チラリと後ろを見れば、臣くん、雅くんも文句はない様子だったので、すぐに移動を開始する。
「……お嬢様。予想よりも執着が強そうです。お気を付けくださいね」
「……分かってる」
ぽそりと、雅くんが私にだけ聞こえるくらいの小声でそう呟いた。
私も答えつつ、内心で頭を抱える。
うーん……話し合い自体には持ってこれたけど、不安が増して来るなぁ。
……ま、何とかするしかないけどね!
無理やり前向きに気持ちを持っていくと、私は強気な表情を崩さずに歩を進めた。