135.仲直り大作戦(6)
「ゆーちゃん……」
ここに来るまで長かった。
いや、単純に今日、ゆーちゃんと向き合って話し合う機会を作ろうって決めてからも長かったけど、そう決めるまでも長かった。
思えば、あのゆーちゃんの謎なスカートめくり事件に端を発した、ゆーちゃんの思春期ツンツン地獄。あまりにも寂しかった。まさか、無視されるところまで行くとは思いもしなかった。
……でも、それもこれも、今日ここで最後にしたい!
私は、ジッとゆーちゃんを見つめる。
「ううん、悠馬君。話があるの!」
もの言いたげに、私を見つめ返すゆーちゃん。
きっと、ここからの交渉は長引くことだろう。
未だにゆーちゃんが何でヘソを曲げてしまったのか分からない私じゃ、言葉を重ねれば重ねるほど、火に油を注いでしまうことだろう。
だけど、それを恐れていては何も変わらない。
ゆーちゃんは、前世の知り合いたちみたいに、別に嫌われたら嫌われたで良いや、みたいに放置出来るような存在じゃない。
大切な、友だちなのだから。
「あのね、私ね!」
「――今までごめんっ!!」
私が、勢い込んで今の気持ちを素直にぶつけようと口を開いたのと同時くらいに、ゆーちゃんが勢い良く頭を下げた。
そして、何故か謝罪の言葉が飛んで来る。
間違いなく、ゆーちゃんが言った言葉だ。ぱ、ぱーどぅん??
「ゆ、悠馬君……?」
思わず気の抜けたような声が漏れてしまった。
いやいや、ゆーちゃんは悪くないんだよ。ただ、ちょっと想定外過ぎて……。
困惑する私に、ゆーちゃんはそっと頭を上げると、罰が悪そうに唇を噛み締めてから、ゆっくりと口を開いた。
「……その、今更何だって思うかもしれないけど……オレ、今日、すっごく反省して……」
「反省?」
私を無視したりしてたことを、今日反省するようなことがあっただろうか。
ちょっとヤの付く変な人たちにマチコさんが絡まれた記憶しかない。
いや、確かに最初に絡まれたのはゆーちゃんだったけど。
「……オレ、最近ずっと瑞穂はオレのことなんてどうでも良いんだと思ってたんだ……」
「えっ!? そんなまさか!!」
最高に可愛い友だちを、どうでも良いと思うはずがない。
私は思わずギョッとして大声を上げてしまった。
ヤバイ。変装は解いたとは言え、体格とか諸々の情報で勘付かれるかもしれない。慌てて周囲を見回したら、双子が大丈夫だから、と言うように力強く頷いてくれた。
……任せておけば大丈夫なんだろう。ところでハットリ君もさっさと忍者コスプレ脱ぎなよ、良い子だから!!
「オレばっかり瑞穂のこと好きで、瑞穂はオレなんてどうでも良いから、頼ってくれないんだって……」
「えええ!?」
俯きがちな告白に、私は天地がひっくり返ったような衝撃を受けていた。
でも、今度はちょっとだけ声を抑えることに成功した。
結果、ちょっと潰れたカエルみたいに変な声になったけど。
「でも、そう思いたくなくて、瑞穂にもっとオレのこと見てもらいたいって思って、す、スカート、めくったりしたんだ」
あの謎行動にはそんな理由があった訳か。
……いや、理由聞いても意味分からないけど。
「嫌がったり、怒ったり、照れたりしてくれたら、オレのこと意識してくれてるってことになると思ったんだよ」
……ちょっと納得。
それで、私があまりに堂々としてたから、意識されてないってショックを受けたと。
……それ、悪いのは私だよね!!
まさか、精神的にはまだまだ全然年下だし、子どもって言っても良いレベルだから何も気にならなかったとか、間違って口に出したらいけないヤツだね!!
「私、悠馬君が、何の理由もなく女の子が嫌がるようなことするはずないって思ったから、怒らなかったんだよ」
「……オレ、そんな風に思ってもらえるヤツじゃないよ……」
あれっ、フォローしたつもりが、もっと凹ませてしまったぞ!?
お、おかしいなぁ。クラスの子のフォローは大得意なんだけど……。
ゆーちゃんとか、身近な相手のフォローは難しいみたい。何でだろう?
「だけど、瑞穂は、そんなオレを助けに来てくれた」
「当たり前だよ! 友だちだもの!」
「……そっか」
嬉しそうな、少し悲しそうな複雑そうな笑みを浮かべるゆーちゃん。
どうしよう。ここに至っても、やっぱり何かが決定的に通じていない気がするんだけど。
私は、ここまで自分の考えに自信がなくなるのは前世ぶりだと思って、ちょっと動揺してしまう。
折角オマケの第二の人生なんだから、好き勝手生きようって、そう思ってたのに。儘ならないものだ。特に、人の気持ちっていうのは。
「オレ、嬉しかったんだ。瑞穂にとってオレは、あんなに無視したり、嫌がったりしてても友だちで……助けるくらいには好きだって思ってくれてるんだって」
「助けるくらいって言うか……友だちなんだから、好きに決まってるでしょ?」
「うん、オレも好き。……だけど、」
何か違う? ダメだ、良く分からない。
混乱する私に、ゆーちゃんは尚も複雑そうな面持ちのまま言葉を続ける。
「ちょっと、複雑だった。オレ、まだ子どもで、弱いから。いつも瑞穂に助けられてばかりなのに、また助けられた、って」
「そんなこと気にしなくても……」
「気になるよ。オレ、これでも男なんだ」
男っていうか、男の子だけど……なんて茶化すように言っちゃいけない場面だろう。それくらいは分かる。
私はキュッと無駄口を叩きそうな口を引き締める。
本当は、可愛い可愛いゆーちゃんが、久しぶりにこんなにたくさんおしゃべりしてくれて嬉しいって気持ちでいっぱいだったりする。
そんなの、少しでも出したら逆戻りだ。確信があるから、私はなるべく黙る。
けど、多分ゆーちゃんはそんな私の気持ちが、分かっているんだろう。だから、とっても複雑そうなのだ。きっと。
「けどさ、さっき助けられて、臣兄たち呼びに行ってる時に、思い出したんだ。前に、瑞穂はオレが一緒にいるだけで喜ぶって、明佳が言ってたの」
「さっちゃんが?」
何か意外な名前が出た。
いや、去年から私たちトリオで同じクラスだから、そりゃ私抜きで2人で会話してることだって当然あるだろうけど。
「その時は、何言ってるか分からなかったけど……今日、分かった気がするんだ」
「う、うん。一緒にいてくれれば嬉しいけど……何か、さっちゃんが言ってたってだけで、それ以上の含みがありそうな気がするなぁ。一応、何が分かったか聞いても良い?」
「それはー……」
もしかして、私には内緒、とか始まるんだろうか。それは寂しい。
折角、仲直り出来そうな雰囲気なのに、ここで仲間外れはちょっと。
期待を込めて見つめていると、ゆーちゃんの視線が双子の方へ向かった。
それから、何だか挑戦的な笑みを浮かべてから、私の手を握った。
「瑞穂!」
「うん?」
「オレ、瑞穂のこと大好きだから!」
「え? うん」
「まだ全然子どもだけど、頑張るから。大人になるまで、ずっと一緒にいるから」
「うん??」
ちょっと待って。これは一体何の宣言なの??
疑問符を浮かべまくる私に対して、ゆーちゃんの目は決意に満ち溢れている。
迷いのない目って、良いよね……。
「だから、瑞穂はそれまで、そのままで……子どものままで居てね!」
「え!? 子ども!?」
「そう。それが分かったこと!」
え、私が子どもだって!?
予想外にも程があることを言い放たれたぞ。しかも、かなりのドヤ顔で。やだ、可愛い。
「ちょ、ちょっとちょっと、何を言い出すんだ君って子は……」
そして、何故臣君がちょっと動揺してるんだ。
目とかめっちゃ泳いでるんですけど。
「瑞穂は誰より子どもだから。ハッキリ言わないとダメなんだよ!」
「そりゃ、ウチのお嬢はそういうトコあるけど……」
「だから、たくさん伝えるんだ。……大好きー!!」
「わわっ!?」
手を握られていたと思ったら、今度は抱き締められた。
同じくらいの背丈だから、なかなかずっしり来る。だが可愛い!!
かつての小さな頃の天使が戻って来たようで、非常に感慨深い。
うっとりする私を、臣君は愕然とした様子で見つめている。いや、だから何故よ。
「羨ましがっても臣兄には出来ないでしょ」
「ぐ、ぐぬぬ……ねぇ、お嬢。殴って良い? この子、殴って良い??」
「ええー? やめなよ、良い大人なんだから」
「そんなぁ」
ガックリ肩を落とす臣君だけど、大学生が一体何を張り合っているんだね。
もしかして、私を抱き締めたいの? 別に良いけど、理由が分からないんだよね。
癒し? 私、癒しでも求められてる??
……いやいや、まさかヤンデレ的な要素が進行してるとか……ないよね。
「ところで、これで仲直りってことで良いの?」
抱き締め返しながらゆーちゃんに尋ねると、コクリと頷いてくれた。
頬に当たる髪の毛がくすぐったいけど、とっても嬉しくて思わず満面の笑みになる。
「やった! ありがとう、ゆーちゃん!」
「あ、でもゆーちゃんはやめてね」
「そんな殺生な!!」
……と、そんなこんなで、無事ゆーちゃんと仲直りを果たすことが出来たのでした。これが、めでたしめでたしってヤツだよね!!
……え? ヤの付くお兄さんたち?? 知らんな!!
ようやく仲直りです!
な、長かった……(大体ヤの付く自由業の人々のせい)