134.仲直り大作戦(5)
お待たせしました!
「さぁ、早速……お相手願いましょうか、お嬢さん」
ニッコリ。そんな表現が相応しい程、美しく口角を上げた九尾さんを見て、私は冷や汗を流す。
いや、正直な話、全然実力が見えて来なくて、ちょっと怖いんだよこの人。
刀柳館でのごうも……じゃない、修行を経てから大抵の人間は向かい合えば強さが分かるようになった。例えば、ガチでやり合えば焔なら完封出来るだろうし、双子はギリギリ私が敵わない、って感じで。
なのにこの九尾狐次郎という人は、見た目の雰囲気と同じくらい、全然底が見えて来ない。
こんなの、お父さんとか伯父さん以外で初めてだ。……あ、あと運転手の西さんも良く分からないけど。
え、松本さん? もっと底が知れない人の名前を出すんじゃないよ。
「……マチコさん。どうするでござる? やはり、逃げの一手がよろしいかと思うのでござるが……」
「それっきゃないよね。まぁ、逃げ切れるとは思うけど……」
勝て、と言われれば首を捻るというか、肉を切らせる覚悟くらいはしないといけないだろうけど、逃げるのなら別なはずだ。私はハットリ君の装備品を勝手に戦略に組み込みつつ、撤退方法について模索する。
うーん……やっぱりゲンキ君とあのクナイは諦めた方が良いかなー……??
「さて。出来ればボクとしては穏便に話を進めたいのですが……ついて来て頂けるつもりは、ありませんよねぇ?」
「生憎だけど、知らない人についてっちゃいけないって、ママから教わってるのよ」
悲しいことに、そう教えてくれたお母さんが知らない人に付いて行きかけることが偶にあるんだけど。そういう時は大抵、お父さんが必死になって抑えるので、今のところ事なきを得ている。
「残念です。それでは、少々乱暴な手に出ますけど、許してくださいね」
イケメン好きのお姉さんなら、メロメロになって許してしまいそうな甘い笑みを浮かべた九尾さん。その直後、体勢を思い切り低くして真っ直ぐハットリ君目掛けて突っ込んで来た。
速い。けど、これならハットリ君でも反応しきれる。
そう思ったけど、何だか嫌な予感がして、私は急いで割って入った。
「マチコさん!?」
「伏せて!!」
「おっと?」
そのまま九尾さんは、背中に回した手を振り払った。何かが来ると判断して、私は素早くハットリ君の懐からかすめ取った風呂敷を振り抜く勢いで広げた。
バサッと何かが広がる音がした。振り抜いた風呂敷が重力に従って下がっていく向こう側で、キラキラと砂のようなものが散っているのが見えた。どうやら目つぶしを狙っての行動だったようで、私は上手く防げたようだ。
胸を撫で下ろす暇もなく、九尾さんは反対の手を振るった。何か別の攻撃手段だと私は目を細め、風呂敷を手放しながらハットリ君と一緒に後方へ飛び退ぶ。
目の前を何かが通り過ぎるのが見えたのと同時に、風呂敷が一瞬で九尾さんの手元へと飛んでいった。あれは……良く見えないけれど、糸のようなもので捉えられたのか。もし捕まっていたら危なかった。
油断なく構えながら、睨みつける。最初の攻防は何とかしのげたようだ。
「……いきなり目つぶしを狙うなんて、性格悪いんじゃない?」
「おやおや。キミがお面なんてわざわざ自分から視界が限られるようなものをかぶっているのがいけないのでは?」
当然のように、私狙いである態度を取る九尾さん。
ハットリ君を狙っていたようだったけど、あれは私が必ず前に出ると思ってのことだったか。……何だか性格を読まれたようでイヤな気分になる。
「砂程度でマチコさんの目は塞げなくってよ」
「そうでしょうか? この砂、水分を帯びれば一瞬で泥のように変化する変わった性質を持ってましてね。貴女が少しでも目元に浴びていれば状況は違いましたよ」
その場合、追加で水をぶっかける予定だったということか。
くーっ、腹立つー。
前に一発かまして逃走出来た兄貴こと将己さんは、その辺直情型というか、真っ直ぐだったのに、この人は何でこう搦め手使って来るんでしょうね。
同じヤの付く人でも、ここまで違うものなのか。面倒くさいことこの上ない。
しかも、マジでやり合っても弱い訳ではないだろうと予想出来るのが、これまた腹立つ。
「イヤですね。そんなに情熱的に見つめないでくださいよ、照れてしまいます」
そりゃどーも!!
私は、言葉通り頬を染める九尾さんを、視界からは外さないように気を付けながらそっと視線を逸らした。ついでに、その将己さんがどうなっているか確認する。
「クソッ! どきやがれお前ェ等!!」
誰彼問わずに怒鳴り散らしながら、ちぎっては投げちぎっては投げしている。
一応、九尾さんの部下の人たちよりは強いようだ。まぁ、そうじゃなきゃ、一瞬でやられて私の方に戦力増強しちゃうから困るけど。
とは言え、包囲網を突破出来る程ではなさそうだ。あの分なら、しばらくは私の方へ来ることは出来ないだろう。つまり、目の前の九尾さんさえ何とか出来れば良い訳だ。
「……あの者、相当腕が立つようでござる。ここは拙者が囮に……」
「却下」
「え? しかし、他に打開策はあるのでしょうか?」
「あるから却下」
「そうなのですね! 流石はしゅく……マチコさん!!」
問題はまだあった。後ろの、やる気満々なハットリ君だ。
ハットリ君は、この忍者コスプレをしていない時は、結構冷静なタイプなんだけど、どうにも忍者の格好をするとダメなのだ。
やる気がカラ回るというか……見ていて嫌いではないんだけども。
こと今のような状況においては駄目だ。足手まといになりかねない。
別に、私がフォロー出来る範囲のうっかりミスなら幾らしても良いんだけど、想定を上回って来るのがハットリ君クオリティーなのだ。ナメてはいけない。
さっきも怪我させられたしね。フレンドリーファイアはやめてほしい。
「あっ。ハットリ君1人だったら、包囲網から抜けられるよね?」
「えっ?」
ここで、私は一つ名案を思い付いた。
要するに、最初の状況の方がまだマシだったから、そこに戻そうという考えである。
「私があの人の相手してる間に、包囲網から抜けてくれない?」
「そ、そんな! 貴女1人を敵地に残して逃げるなど、忍びとして許されざることにござります!」
「いやいや。逃げるんじゃなくて、助けて呼んで来てもらいたいの」
そう言うと、ハットリ君は少し難しい顔をして呟く。
「助け……晴臣殿と、晴雅殿を呼んで来るのでござるか?」
不安そうだから、てっきり言っていることが分からないのかと思ったけど、どうやらこれは違いそうだ。不安というよりも、不満といった方が近いかもしれない。
「イヤなの?」
「……拙者では、役に立たぬでござるか……」
あからさま過ぎたせいか、ハットリ君が肩を落とす。
うん、ごめん。……出来れば気を遣いたいけど、その方が悪いだろう。
私は渋い気持ちを味わいながら頷いた。
「うーん……ごめんね。多分、1人の方が戦いやすいし、逃げるのならあの2人のどっちかがいた方が助かる」
「……かしこまり申した」
渋々、といった様子だったけど了承してくれた。
ごめんね、ハットリ君。生きて帰ったら鍛えてあげることにするからね! って、これは死亡フラグになるんだろうか。
「それでは、御免!!」
ドロン、という効果音と共に、周囲に煙が満ちる。
これは……さっきと同じ効果だけど、大丈夫なのかハットリ君!
ちょっと心配に思ったけど、攻撃をしようとしなかった影響か、別に問題なく煙が晴れたらハットリ君はいなくなっていた。
何の為に来たんだ、ハットリ君。そう思わなくもないけど、いや、彼は双子に正確な私の位置を伝える為に来たのだ。そう思おう。
「うーん。まさか、彼だけ逃がしてあげるとは……まぁ、以前そこの鬼の倅たちから救い出す為に姿を見せたことからも、想定出来る事態でしたかね」
「これでマチコさんは自由に動けるようになったわ。その手にある物を返してもらった上で、トンズラさせてもらうからヨロシクね!」
「そう簡単に許すとお思いですか?」
九尾さんの目が細く、鋭くなる。これで遊びは終わりだ、という合図だろうか。
まぁ、私からしても同じ意見だから良いのだけれど。
クッと口角を上げ、私もさっきハットリ君から頂戴しておいた刃のない忍者刀を構える。これだって、当たれば冗談じゃなく痛いのだ。相手は刃物を持っているかもしれないけれど、これで十分。
「行くわよ!!」
そう叫んだ瞬間。
そんな緊迫した空気を裂くように、聞き慣れた声が響いた。
「――おっと、そこまでにしてもらおうか!!」
「――これ以上、マチコ様への手出しをするようでしたら、容赦致しませんよ」
えっ、臣君に雅君!? 速すぎない!?
困惑気味に目を瞬いていると、2つの影が上空から降って来た。
その割に、ふわりと重みを感じない着地音。かなり出来る人であると分かる身のこなしだ。
……って、他人事みたいに語ってる場合じゃない。確実に我が家の双子だ。
私を背にして、九尾さんを睨むように立って居る。
「ふ、2人とも……?」
「話は後にしてくれ。俺は今、怒っているんだ」
「ひぃっ」
今、皆話したの誰だと思った?
双子が現れたんだよ。背中だけ見たら、殆ど一緒なんだよ。
声、声はね、普段から結構違うから、すぐわかるんだけどね。
しゃべり方ね。おかしいよね。
私は内心滅茶苦茶ビビりながら、荒い「俺」口調の方を見上げる。
「……言いたいことは、分かるよな?」
「はひぃっ!!」
そう言って、何だかオシャレな仮面をした人が、私を冷たく一瞬だけ見下ろした。
口調だけ聞けば、臣君寄りなんだけど、これ、雅君だよ。私、分かる。
「申し訳ありません、マチコ様。そういう訳ですので、少々お待ちください」
「あ、あわわ……」
「すぐに終わりますので、そう怯えないで」
そんで、こっちの穏やか口調は、臣君の方だ。
怒ってないって思う? 逆だよね、これ。完全にマジ切れしてるよね。
え、何で? 私? 私が悪いの、これ?
おかしくない? ねぇ、濡れ衣だよね!?
「……これは、鬼の倅以上に厄介なものまで釣り上げてしまったようですね」
九尾さんが、不愉快そうに眉を上げた。
九尾さんの底は知れないとは言え、私+本気の双子が合わされば、逃走は余裕だろう。
私は、さっきまでとは打って変わって精神的に余裕を感じていた。
……ただし、帰った後が怖い気がしないでもないけど。
「彼女は俺の大切な女性だ。遊び感覚で手を出そうとするような不埒者は看過出来ない」
「え、あの……何で挑発してるの?? さっさと逃げましょう?」
雅君、ガチ切れ。
私がクイクイと服の袖を引っ張っても此方を見ようともしない。
これは、死を覚悟すべきかもしれない。
愕然とした気持ちで見つめていると、先に動いたのは九尾さんの方だった。
「……遊び感覚ではありませんよ。彼女は、ボクにとっても待ち焦がれた非常に大切な人です。あまり、甘く見ないでもらいたいですね!」
「っ」
人数が増えた影響か、九尾さんはどちらか1人だけに集中することが出来ず、動きは先ほどよりも精細さを欠いていた。
でも、必死さは増していて、ちょっと何が起こるか分からない危うさが感じられた。
これ、呑気に見物してて良いんだろうか、と流石に不安に思いかけた時、臣君が私の手を取った。
「……取り戻しました。帰りましょう」
「へ? って、うわぁ!!」
手を取った直後、ひょいとお姫様抱っこで私を抱き上げた臣君は、そのまま男たちの包囲網を容易く飛び越える。
人間の動きじゃない? 大丈夫。これ、松本さんが目をかけてる門下生さんは皆出来るから。
「なっ! 逃がすと思いますか!」
「目的のものは返してもらった。挑発にむざむざ乗ってくれて、ありがとよ」
「貴様!」
臣君の肩越しに見えた雅君は、私のゲンキ君ストラップと血のついたクナイをもてあそびながら戦線離脱していた。
九尾さんは、いつの間に喰らっていたのか、自分で使おうとしていた泥に足を取られている。
……どうやら、双子の激おこは、ポーズという感じだったらしい。双子怖いよ。
「あっ! クソッ! お前ェ等、逃げるンじゃねェ! その女おいてけ!!」
喚く将己さんは完全無視で、双子は身軽に追手をかいくぐって駆け続け、やがて人気のない公園までやって来た。
「ふーっ。普段と違うキャラってやっぱ疲れますねー」
私を下ろした臣君は、そう言うと変装を解いた。
雅君も、無言で変装を解くと、仮面やら何やらをカバンへしまっていく。
やっぱり普段通りのキャラのが落ち着くよ、2人とも。
遠い目をしながら、私もお面を取ってしまっておいた。スッキリスッキリ。
「お嬢様が無事で本当に安心致しました」
「2人とも、助かったよ。ありがとうー」
「それはそれとして、俺ら怒ってるのは本当ですからね。帰ったら覚悟しといてくださいよ」
「うっ……は、はいー」
それはイヤだなー、なんて思っていると、そこに更に声がかかった。
「主君ー!」
「瑞穂!!」
「えっ、ハットリ君に……ゆーちゃん!?」
何と、ハットリ君はともかくとしてゆーちゃんの姿まであるじゃないか。
双子が揃って来てるけど、ゆーちゃんはどうしたんだろうって思ってたら、ハットリ君と合流してたようだ。
「ま、俺たちからの説教は今は忘れて、先に今日済ませとかないといけない用事、済ませてくださいよ、お嬢」
「臣君……」
「そうですよ、お嬢様。折角の機会を逃すことはありません」
「雅君……」
な、なんて出来たお兄ちゃんたちなんだ!!
私は感動に咽び泣きたいのを堪えながら、ゆーちゃんの方を見た。
……一瞬忘れかけてたけど、そもそもゆーちゃんと仲直りしようと思ってたんだよね、私。
よーし、ここからが本番だ! 頑張るぞ!!
ここ数話のタイトル「仲直り大作戦」が、正直タイトル詐欺してるので、変更を検討中です。
明らかに仲直りしようとしてませんしね。うーん……。