129.悠馬の独り言※
※全編、ゆーちゃんこと悠馬視点です。
※割とシリアスめ?
……オレが、思わず瑞穂に八つ当たりしてから、しばらく経った。
あれから、何度も瑞穂はオレと仲直りしたいって言って来る。
私が悪かったって、何度も言う。
けど、オレはそれをどうしても受け入れる気になれない。
オレが悪いのは分かってるけど、どうしようもない感情だった。
瑞穂は、オレにとって初めての友だちで、恩人で、とても大切な女の子だ。
自分にとって特別なんだって気付いたのは、いつのことだったかな。良く分かんないけど。
気付けば、オレはいつも瑞穂のこと探してて、手を握りたくて、一緒にいたくて。一緒にいられれば楽しくて、笑ってくれれば嬉しくて、姿を見つけるだけで幸せだった。
それが、ずっと続いていれば良かったのにって、オレも思う。
でも、いつまでも気持ちが変わらないなんてことはなかった。
オレはいつからか、もっともっと、頼って欲しいって思うようになった。
焔に気軽に声をかけるのと同じくらい、オレにも声をかけて欲しいって。
臣兄とか、雅兄に頼みごとするのと同じくらい、オレにも頼んで欲しいって。
何度も、何度も思うようになった。
オレは、何度も瑞穂に言った。力になりたい。頼って、って。
だけど、瑞穂はいつも笑うんだ。
「ゆーちゃんは可愛い」「ゆーちゃんは気にしなくても良いんだよ」って。
子ども扱いだ。おんなじ年なのに。
子ども扱いは、オレだけじゃないけど。焔のことだって、可愛いって言ってるの聞いたことあるし。
焔はそれを、怒った後は笑って流してるけど、オレは、流せなかった。
大人扱いして欲しかった。せめて、同じ年扱いして欲しかった。
堪らない。我慢出来ない。
悔しい。言葉に上手く出来ない。
もどかしくて、どうしようもなくて、明佳に相談したりもした。
プールで、大人の男の人に囲まれても、自力で解決してしまう瑞穂ちゃんの力になるには、どうしたら良いんだろうって。
そんなオレの質問に、明佳はただ一緒にいれば良いんじゃないかって言うけど、ただ一緒にいても、瑞穂は相変わらず笑ってるだけだった。
何度か、何かあったんだろうなって思うことがあった。
それなのに、何を聞いても笑うだけ。答えてくれない。
オレって、そんなに頼りにならないのかな? って、何度も思った。
どうしたら、もっとオレのこと見てくれるんだろう。
どうしたら、オレのこと大人扱いしてくれるんだろう。
悩んでる内に、オレはふと思ってしまった。
女の子は、スカートをめくられると嫌がるって言うのを聞いた。
まぁ、当たり前の話なんだけど、男の子に見られるのが恥ずかしいらしい。
オレだって、着替えを女の子に見られたら恥ずかしいし、そういうことだと思う。
……けど、オレのこと子ども扱いしてる瑞穂は、何なら着替えをオレに見られても、恥ずかしがらないんじゃないか。
思っちゃいけないことだと思う。
だけど、1回考えてしまったことは消せなかった。
オレは、すれ違った派手そうなお兄さんが言ってた、「計算を越えることをすれば良い」って言うのに納得した。
まさか、何でも知ってる瑞穂だって、オレがスカートめくってやろうなんて考えるとは思わないんじゃないか。
そう思ったら、どうしようもなくなったんだ。
そして、オレは思い余ってスカートをめくった。
いつもなら、後ろから近づかれようとも気付いて振り向く瑞穂が、その日に限って振り向かなかった。
オレは、スカートをめくりたい訳じゃなかったんだって、その時に気付いた。
オレはバカだ。どうしようもないバカだ。
瑞穂が、驚いてはいたけど、まったく責めてない目でオレを見たのが分かった時、絶望した。
やっぱり、瑞穂にとってはオレはただの子どもで、意識する必要もないような相手なんだって、分かってしまったから。
分かってる。悪いのはオレ。勝手に拗ねてるのもオレ。
オレだ。オレが悪い。ただ、オレが子どもなだけ。
瑞穂は優しい。オレが謝れば、きっと許してくれる。
分かってる。分かってる。
でも、謝ってしまえば、また前と一緒だ。
このままでいれば、瑞穂はずっとオレを気にしててくれるんじゃないだろうか。
そんな、卑怯なことまで考える。
オレ、最悪だ。バカだ。分かってる。知ってる。
でも、なんて言って良いか分からない。無視するしか出来ない。
その度に、瑞穂が悲しそうな顔するの見て、罪悪感しかわいてこない。
オレが、悪い。オレが、悪い……。
ごめんってひと言が、どうしてこんなに難しいんだろう……?
◇◇◇
「――ねぇ、悠馬。いつまで意地張ってるの?」
「……は?」
今日も結局謝れずに、放課後を迎えてしまった。
オレは駄目なヤツだとか思いながら靴箱のところまで来ていたら、千歳から声をかけられた。
顔を上げると、千歳はキレイな顔をキリッとしかめて、オレを睨んでいた。
「アンタが悪いって、もう分かってるんでしょ? さっさと謝りなさいよ。瑞穂ちゃんがどんな気持ちでいるか、分からないアンタじゃないでしょう?」
腰に手を当てて、真っ直ぐオレを見つめる千歳の迫力に、普通なら悲鳴の一つでも上がりそうだけど、オレはとても冷静だった。
気が強くて、正しいと思ったことは正しいと叫んで、男子相手だろうが、教師相手だろうが食ってかかる千歳。
寧ろ、今日まで怒鳴り込んで来ないことの方が意外で、オレは静かにその言葉を受け止めた。
「……そうだな。分かってるよ、オレが悪い」
「えっ?」
千歳は、オレが思ったよりも早く自分が悪いと認めたからか、驚いたように目を見開いた。
こうして黙っていれば可愛いのに、と関係のないことを思いながら、オレは自嘲する。
「な、何よ。急にしおらしくしちゃって! わ、わたしだって見守っててあげようって思ってたんだからね? でも、お、思ってたよりずっと長く謝らないから……不安になっちゃって……」
基本的に、千歳はお節介だけど良いヤツだ。
だから、オレがこう言えば、どう言葉を返すかオレは大体分かってた。
「でも、悪いって分かってるなら謝りに行くよね? 何ならわたしもついてったげるから、早く仲直りしましょう!」
「イヤだ」
「え??」
またしても目が見開かれる。
オレは、なんて言われるか分かってたけど、千歳は分かってなかったみたいだ。
そりゃあ、そうだと思う。オレが、ここまで意地を張るのは、多分初めてのことだから。自分でも、驚くくらいだから。
「な、何で?」
「……瑞穂にオレは必要ないから」
「はぁ?」
子どもっぽいって笑うかな。それとも、怒る?
オレがどこか遠い世界の出来事を見てるように千歳の様子を窺っていると、答えは後者の方だった。
「何バカなこと言ってるのよ! 瑞穂ちゃんが悠馬のこといらないなんて言う訳ないでしょ!」
「そうかもね」
「だったら!」
「けど、実際オレがいてもいなくても、何も変わらないよ」
「そんなワケない!!」
「そんなワケある」
「ない!」
「ある」
「ないったら!!」
全身を震わせる勢いでオレに怒鳴る千歳の声に驚いて、他の生徒たちが様子を窺って来る。
普段なら、恥ずかしいとか思うところだけど、今のオレは正直、どうでも良かった。
オレなんて、どうせ。
どうしようもない、ヤツだから。
「何でそんなこと言うの……? 瑞穂ちゃんのこと、キライになったの?」
不安そうに目を揺らす千歳は、初めて見る、と思った。
オレと話す時はいっつもエラそうで、ケンカ腰で、こんな風に弱々しい雰囲気になることはなかったから。
少し驚いたけど、それだけだ。言うことは何も変わらない。
「まさか。オレは瑞穂のこと大好きだよ」
「っ……」
意外に、千歳はショックを受けたような顔をした。
何でだろう。でも、どうでも良いことだ。
「オレが、耐えられないんだ。オレなんていなくても、何も変わらない瑞穂を見てるのに」
「か、変わらないワケない……毎日、寂しそうで……わたしだって、辛い」
「すぐに元に戻るよ。オレがいなくったって」
「そんなこと!」
……何で千歳が泣きそうな顔をするんだろう。
ああ、きっと優しいヤツだから。
オレか、瑞穂の気持ちを考えて、悲しくなってるんだろう。
悪いなとは思うけど、仲直りしようと、踏ん切ることは出来ない。
「……悪いけど、放っといてくれ。1人でいたいんだ」
「悠馬のバカ!!」
靴を履いて、そのまま外に歩き出すと、背中から怒鳴り声が飛んで来た。
ついでに、竹刀の一撃も飛んで来るかなと身構えたけど、何もなかった。
振り返って、千歳がどんな顔してるか見たいと、ちょっとだけ思ったけど、オレは振り返らなかった。
もし、振り返って泣いてるのを見てしまったら、オレはもう、ダメになりそうな気がした。
もうとっくにダメなヤツだって、知ってるのにな。
「はぁ……ホント、オレ、ダメなヤツだ……」
もう溜息くらいしか出なかった。
空を見上げたら、憎らしいくらいの快晴だった。