128.刀柳館でイチャイチャ
「あの、先輩。今日は少し荒れているようですが、大丈夫ですか?」
「あれー。分かっちゃう?」
刀柳館での地獄の修行日。一服の清涼剤こと、可愛いナオ君が鍛錬終わりに心配そうに声をかけて来てくれた。
殆ど気付かれないように上手く振る舞えてたと思うんだけど、おかしいなぁ。私、そこまで分かりやすかったかな?
そんな気持ちが滲んだのか、ナオ君は苦笑気味に頷いた。
「分かりますよ。栗原が、いつもより痛そうにしてましたから」
そう言って視線が横へズレる。そこには、床に座り込んで涙を浮かべつつ呻くツインテ美少女の姿が。
そうそう。今日はちょっと真凛ちゃんの煽りに耐性がなくって、やり過ぎちゃったんだよね。いつもはテキトーに相手して、テキトーなところで上手く気絶させてあげるのに、今日は失敗した。
私は、反省も込めて舌をペロリと出して頭を小突く。
「テヘペロ」
「何なのよその反応! 全っ然可愛くないし、絶っ対許さないんだからねー!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るけど、真凛ちゃんは立ち上がれないようだ。
ここだけ見たら、私が真凛ちゃんに如何わしい手出しをしたようにしか見えないのが、また愉快だ。
ついでに言えば、そのネタが通じない2人といるのも、微妙な背徳感で面白い。
……なんて思ってるのがバレたら、また焔に殴られそうなので、飲み込んでおく。
「……にしても、直の言う通りだわ。今日、本当に何かおかしい気がするわ。……平気なの?」
「え?」
思わず素で目を見開いてしまった。
それは、私だけでなくストーキングされてるナオ君も同じだったみたいで、真凛ちゃんを凝視している。
私たちの反応にややあって気付いた真凛ちゃんは、さっきとは別の意味で顔を真っ赤に染める。
「べ、別に心配なんてしてないんだからね! アンタなんか、どうとでもなっちゃえば良いのよ! ブス!」
「うふふ。照れ隠しの暴言だったら全然受け止められるよ。お姉さん、真凛ちゃんみたいなツンデレ娘、だーい好き!」
「う、うるさいうるさい! あたしはアンタみたいな女だいっキライなんだから!」
ブンブンと癇癪を起こした様子で両腕を振り回す真凛ちゃんは、とても可愛い。
ハレハレのヒロインと言われても、私は全然受け入れられる。
まぁ、仮にそうだとしたら焔が全力で逃走をはかりそうなタイプだけどね、真凛ちゃん。かぐちゃんとちょっと似たタイプだし。
……かぐちゃんの方がヤバそうだけども。
「それで、先輩。何か悩みごとですか? 僕で力になれることがあったら、何でも言ってください」
「ナオ君……」
「先輩にはいつも迷惑をかけていますから……少しでも助けになりたいんです」
キュッと私の手を取って、真摯な表情で見つめながら宣言するナオ君。
ヤダ、私ったらちょっとキュンッとしちゃったよ。
あの可愛い可愛いナオ君が、こんなイケメンなセリフを言うなんて……元から顔はイケてるけど。何と言うか、修行一直線! って感じのナオ君が、こうした気遣いが出来るようになったという感慨が深い。
私は、ちょっと涙腺緩みかけてる自分を内心で殴り飛ばしながら微笑みを返す。人生の先輩として、心配かけてられないよね! しかも、悩みの内容がちょっとアレだしね! 言えないよね!
「こうして仲良くしてもらえてるだけで、私には十分だよ」
「でも、先輩……」
「だから、良かったらこれからも友だちで居てね。ナオ君。約束だよ!」
私の言葉に、ナオ君はちょっと納得がいかないような顔をしていたけれど、やがて更に握っていた手に力が入った。
「……分かりました。これからも、僕は先輩の友だちです。だから、本当に何かあったら遠慮なく言ってくださいね!」
こう見えても結構頑固なんだよね、ナオ君。
ここで受け入れないと食い下がって来そうだから、私は頷いておいた。
そうしたら、満足したように手が離れた。
「ちょっと! いつまで見つめ合ってるのよ、ブス! 人の恋人を取るなんて、サイテーなんだからね!!」
「恋人じゃない。煩い。黙って」
「ひ、ヒドイわ直! あたしはこんなに愛してるのに!!」
私に向かって怒鳴る真凛ちゃんに、ナオ君は冷え冷えとした言葉を投げかける。
何なら、視線も向かっていない。……ナオ君、厳しいね。まぁ、理解は示すけど。
チラリと真凛ちゃんを見れば、ガーン、とショックを受けた様子で嘆いている。
でも、そんな真凛ちゃんは、実はこのやり取りを大層気に入っている、ということに気付いているのは、多分私だけだろう。
何でも虐められているところをナオ君に助けられて惚れたらしい真凛ちゃんは、多分未だに友だちらしい友だちがいない。
だから、余計にナオ君に執着しているんだろう。異性だったから、これは恋だって思い込んでる節もある。いずれ、それが本当の恋心に変わる可能性もあるけど、今のところは縋りついているだけのように見える。
そんな真凛ちゃんは、嫌われているとしても、こうして言葉を投げかければ返って来る環境を、どうにも気に入っているようなのだ。
だって、そうじゃなければこんな風に冷たくあしらわれるような場所に、どうして来続けることが出来るだろうか。
何なら本人は認めないだろうけど、私とのやり取りも気に入ってくれていると私は自負している。
真凛ちゃんはいっつも怒ったような顔で私を睨んで、直を賭けて勝負よ! って言って来るけど、叩きのめしてから私が褒めると、素直に嬉しそうな顔をするのだ。必死に隠してるけど、本当に喜んでいるのが私には分かる。
それがどうにも、ゆーちゃんに嫌われてしまった今、余計に可愛く見えて……。
私は、すっかりこの真凛ちゃんというじゃじゃ馬娘を気に入ってしまっていた。
悪いことじゃないけどね。日常のスパイスどころか、普通に毎日会えるレベルで好きになってるんだもの。
「な、何よニヤニヤ笑って! 気持ち悪いのよ!!」
「でへへ。真凛ちゃんが今日も可愛い」
「気持ち悪いっ!!」
こうやってすぐに過剰反応するところも、とても可愛い。
思い込み激しいし、居丈高だし喧嘩腰だけど、本質は素直になれないツンデレ系女子なのだ。ツンデレだと思えば、私はもう何も怖くないのである。
「……先輩」
「んー?」
真凛ちゃんに構っていたら、クイクイと服の裾を引っ張られる。
引っ張る人なんて、ナオ君以外に居ない訳で、どうしたのかと振り向く。
すると、珍しく不貞腐れたような顔をしたナオ君と目が合った。
「栗原にばかり構わないでください。……もっと僕とお話しましょう」
「っ!!」
な、なんつー破壊力だ!!
私は思わず赤面する自分に気付いて、隠すように思い切りナオ君を抱き締めた。
「可愛いー! ナオ君が嫉妬してる、可愛いー!!」
「へっ!? あ、あのっ、僕は、嫉妬だなんて、そんな男らしくないこと……」
「してないの?」
「うっ……」
更に抱き締める腕に力を込めたら、困ったような声が漏れた。
まだ私より力が弱いナオ君は、こうしてしまえば私の顔は見えない。角度的に、真凛ちゃんからも見えないだろう。良き哉良き哉、である。だって、恥ずかしいもんね。素で照れちゃうとか。
はー、落ち着く。初心なナオ君からかってると落ち着く。そう思って息を落ち着けていると、観念した様子でナオ君がおずおずと腕を私の背中に回して呟いた。
「……してます。先輩は、僕の先輩なんですから……」
ひ……ひぃぃいい!!!
一瞬にして、引きかけた熱が返って来た。
ちょっと、末恐ろしいなんてもんじゃないよ、この子!
私はちょっと、ナオ君に惚れた真凛ちゃんの気持ちが分かった気がした。天然誑しだわ、この子!!
内心動揺する私に気付かないまま、ナオ君はすり寄って来る。きゃあああ!!
「先輩は、僕より栗原の方が好きなんですか……?」
「そっ! そんなこと、ないよぉっ!?」
声裏返った。
「なっ、あたしの目の前で何してるのよ! す、直をはなしなさいよ!!」
残念ながら、私が抱き締めている力より、今はナオ君が私を抱き締める力のが強い。何なら、今の真凛ちゃんの言葉を受けて、更に強まった。
苦しくないけど、テンパるわ。
「……ヤダ」
今、「やだ」って言ったよこの子! 耳元で!!
まだ声変わりしてなくて良かった! 天使のような声で良かった!!
これ、ドストライクゾーンの低めの声で言われたら腰砕けたよ!!
「おーい、お嬢! 迎えに来ましたよー……って、何してんの!?」
「これはこれは……」
「わぁ、お迎えだぁ! ナオ君、帰る時間だよー!」
驚いたような臣君と、穏やかな雅君の声を聞きつけた私は、これ幸いとナオ君から離れようとする。でも、ナオ君はなかなか離れなかった。
「……イヤです。一緒が良いです」
「いやー! 直が汚されるー!」
「汚されるて……私、そんなことしないよー……」
「いつまでやってるんです? ほらほら、離れてー……」
「…………」
ナオ君ひっつき虫事件は、ここからしばらく続いた。
でも、最近ゆーちゃんに引っ付けなくて哀しかったから、満たされたような気がする。
勿論代わりにするつもりなんてないけど、やっぱり人肌って、ホッとするよね。
「というワケで、焔もギュッとしてー!!」
「帰って来るなり急に何だ!!??」
……早くゆーちゃんと、仲直り出来ると良いなぁ。