127.千歳の相談事※
※全編ちーちゃんこと千歳ちゃん視点です。
「……焔くん、陽介くん。ちょっと良い?」
「は? え? 千歳??」
「ああ、構わないぞ」
ある日の休み時間。焔くんと陽介くんが話しているのを見つけたわたしは、近くに瑞穂ちゃんの姿も、悠馬の姿もないことを確認すると控えめに声をかけた。
それなりに騒がしい廊下だけど、2人ともちゃんと呼ばれたことを認識して振り向いてくれた。
焔くんは驚いて目を瞬いているけど、陽介くんは普通に頷いて近寄って来てくれる。それを見て、焔くんも遠慮がちだけど寄って来てくれた。
「どうした、珍しいなー……って、もしかしてあの件か?」
わたしが、瑞穂ちゃんといない時の2人に声をかけるのはとても珍しいことだ。
2人とも友だちだと思ってるけど、瑞穂ちゃんと一緒にいない時の2人に声をかけるのは、ちょっと勇気がいる。
「うん、そう。だから……ちょっとこっち来てくれる?」
「分かった」
「了解した」
2人は、あんまり人に聞かせたくない話……この間の、瑞穂ちゃんと悠馬の間に起きた出来事についての相談だと思って、人気のない場所へ行くのに従ってくれた。
そのことについて話したいというのは本当だけど、人気のない場所へ行こうとしているのは、違う理由。
今も、私が2人に声をかけたのを見て、ヒソヒソ話をしている子たちがいる。
2人とも、あんまり自覚ないみたいだけど、カッコ良くて女子に人気があるから、わたしが1人で声をかけると嫉妬されてウワサされてしまうのだ。
だから、出来るだけ瑞穂ちゃんが一緒の時に声をかけるのが、本当なら望ましい。瑞穂ちゃんは、見ての通りあんな性格だから、女子から嫌われにくいのだ。流石、わたしの瑞穂ちゃんよね。
でも、今は瑞穂ちゃんが一緒だと困っちゃうから、仕方ない。我慢だ。
◇◇◇
「……早速だけど、2人はあの時何が起きたのかちゃんと知ってるよね? わたしにも教えてほしいの」
「あれ、千歳は知らなかったのか?」
休み時間、殆ど人が来ない資料室に入って扉を閉じると、わたしは早速そう切り出した。そんなわたしの言葉に、焔くんは驚いたように小さく首を傾げる。
現場を目撃していた皆、あまり話したがらなかったから、実はわたしは詳しいことは分からない。だから、わたしは深く頷いた。
「うん。悠馬が……バカなことしたっていうのは知ってるよ。でも、詳しいことは分からないの」
「口留めは特にしていなかったが、皆気を遣っていたからな」
「そういや、特に悪いウワサとかも流れてなかったもんな、あの後」
陽介くんが確かにと同意すると、焔くんも納得したようだった。
わたしと瑞穂ちゃんは仲が良いけど、瑞穂ちゃんはそういう時、あんまりわたしに教えてくれない。
それが、頼りにならないって言われてるみたいでとても悔しいけど、わたしはそれが瑞穂ちゃんの優しさだって知ってるから、文句はない。
わたしが、そういうこと全部打ち明けてもらえるくらい、頼りになる大人になれば良いだけの話だもの。
「瑞穂ちゃんに聞いても、平気としか言ってくれなくて……でも、2人なら教えてくれるよね?」
そう尋ねると、2人は顔を見合わせた。
それから、少し迷ったような素振りを見せてから、焔くんが了承してくれる。
「瑞穂が千歳に教えない気持ちも分かる気はするけど……ま、良いんじゃないか?」
「本当に? ありがとう!」
陽介くんも、焔くんの意見に賛成みたいで、相当悩んでいたみたいだけど、最終的には同意してくれた。
「じゃあ、俺が説明するぞ。って言っても、俺は現場にいなかったから、ちょっと怪しいところあると思うけど」
「そうなの?」
何だか意外だ。クラスは別のままだけど、何となく焔くんなら、瑞穂ちゃんと一緒にいることが多い気がするんだけど。
そんな風に思ったのが伝わったのか、焔くんは不満そうに目を細めた。
「別に、俺とアイツ、セットってワケじゃないからさ」
「そうよね。瑞穂ちゃんは皆の瑞穂ちゃんだもの!」
「……あー、うん。そうだな……」
焔くんは、ちょっと複雑そうな顔をしたけど、軽く溜息をついてから本題に戻った。
「……現場にいた、瑞穂本人と、一緒だった柊から聞いた話によると――」
◇◇◇
「――と、いう流れだったらしい」
「……あのバカ……」
話を一通り聞き終えると、自然と眉間に皺が寄った。
もう、ホント何してるの、アイツ! 最悪じゃない!
重い溜息と一緒に項垂れると、焔くんが優しく頭を撫でてくれた。
「千歳がそこまで気にしなくても大丈夫だって。悠馬も、まぁ何だ。多分アレだよ。一過性の思春期的な奴だろうしさ」
「……昔の焔くんみたいな?」
「おう。マジ、千歳的確に人の古傷抉って来るよな」
怒ったような言葉だけど、声は温かくて、思わず笑ってしまった。
焔くんって、本当に不思議な人だよね、とふと思う。
同じ年のはずで、実際瑞穂ちゃんと一緒に騒いでいるのを見れば、同じ年にしか見えないのに、こうして瑞穂ちゃんのいないところで話していると、何だかもう少し大人の人と話しているような感じがする時があるの。
思わずジッと見上げると、見惚れるくらい綺麗な笑顔が返って来る。
「悠馬も、焔くんぐらいは余裕があれば良いのにね」
「何か言葉尻に若干のトゲを感じるんだけど……まぁ、良いか。確かに、余裕がありゃ良いだろうなぁとは思う」
ちょっと複雑そうに苦笑しつつ、焔くんの手が頭から離れる。
やっぱり、人気のない資料室に来て良かった、とわたしはひっそりさっきの自分の判断に間違いはなかったなと思った。
焔くん、そうした空気は察しないけど読んだような行動を取ってくれるから、大丈夫だとは思うけど。
「因みに直接見てて、柊はどう思った?」
「……あの時、風間は追い詰められたような表情をしていた。困惑していたと言うか……」
「困惑?」
何をどう思い余れば、瑞穂ちゃんのスカートをめくるなんて行動になるのかな。
思わず首を傾げたわたしに、陽介くんは言葉を探すように視線をウロウロさせてから、静かに目を閉じて答えた。
「……青島のことが分からない、と言えば分かるか?」
どうして? 分からない、という感覚が分からない。
陽介くんの言いたいことは分かるけど、わたし程じゃないにしても悠馬だってずっと一緒にいるのに。
どうして、瑞穂ちゃんのことが分からない、なんて思うのかな。
「まぁアイツ、1人だけ別次元で生きてそうに見えるもんな」
焔くんも納得したように同意してるけど、わたしには分からない。
ムッと唇を尖らせると、焔くんが仕方ないな、みたいに笑った。
「多分、千歳は同性だから、分かることも多いんじゃないか?」
「……でも、焔くんも分かってそうだよ」
「ああ、俺はあいつの相棒、みたいなもんだからな」
今度は、くすぐったそうな顔で笑う。
……わたしはどっちかって言えば、焔くんとか……悠馬の方が分からないけど。
「じゃあ、陽介くんも瑞穂ちゃんのこと分からないって不安になるの? 何でも知ってそうに見えるけど」
「俺もまだまだ子どもだからな。青島は、俺より子どもに見えることもあるが、時折誰よりも大人の顔をしている時もある。不思議な人だ」
「ふぅん?」
まぁちょっと納得いかない。
しきりに首を捻るわたしに、2人は続けて言う。
「瑞穂が心配なのも、悠馬に腹立つのも分かるけど、今はそっとしておいてやろう。今の状態じゃ、ケンカにもならないだろうし」
「俺も、そう思う。多分、2人には時間が必要だ」
「時間……」
瑞穂ちゃんが、あんなに哀しそうなのに?
悠馬が勝手に怒ってるだけなのに?
更にむくれるわたしに、焔くんは肩を竦めてみせた。
「大丈夫だよ。アイツら、あれでも友だちだからさ」
「むぅ……」
「今の状態で千歳が怒ったら、多分もっとこじれるぞ。まぁ、勘だけどさ」
焔くんの勘は、馬鹿に出来ない。
わたしは渋々頷こうとした。
その前に、ポツリと畳みかけるように陽介くんの言葉が続いた。
「……特に風間は、小田原には喧嘩腰だしな」
「っ!!」
ヒュッと、息を飲み込む。
一気に体温が冷え込んだような感覚になる。
氷水に落ちたみたい。バクバク、心臓がうるさい。
「あっ、バカ柊!」
「?」
焦ったように焔くんが何か言うけど、あんまりうまく聞こえない。
わたしは、何だか急にこの場に居づらい気持ちになって、まくし立てるように叫んだ。
「っごめん! 分かった。2人が言うなら、わたししばらくだまって見守ってる!」
「え、あ、それで良いと思うけど……だ、大丈夫か?」
「何が? 大丈夫に決まってるじゃない!!」
「お……おお……」
「相談に乗ってくれてありがとう! じゃあ!!」
「あっ、おい!」
それだけ言って、わたしは資料室を飛び出した。
廊下を走ってる途中、先生に怒られたから歩調を緩める。
(……わたし、何に動揺してるんだろ……)
あんなに悠馬に呆れて、怒ってたのに、急にしぼんでしまった。
わたしはシュンと肩を落として、トボトボ教室に戻る。
途中で遭遇した瑞穂ちゃんが、満面の笑みで呼びかけてくれたけど、いつもみたいに元気になれなかった。
(……全部、悠馬のせいだ……)
八つ当たりだって分かってても、そう思うのがやめられなくて。
わたしは、情けなくてまた、溜息をついた。