125.衝撃の展開(当社比)
※後半、プチシリアス注意です。
時間が経つのは早いもので、また夏が巡って来ようとしている。
俄かに湿気った、心なしか重い空気を少しばかり鬱陶しく思いながらも、ヤの付く方々との接触が一切ないので、私はすっかり油断しきっていた。
……まぁ、事件というのはそういう時に起こるものなのだろう。
◇◇◇
「……え? ド派手なヤンキーっぽい人が?」
「ああ」
休み明け、不意に委員長に声をかけられた。
いつもは姿を見つけた私が声をかけることの方が多いので、珍しいことだと私ははしゃいで振り返った。
一体どんな話題が飛び出して来るんだろうと心躍らせていた私に委員長が告げたのは、なかなかに現実を突きつけるヘビーなものだった。
「近所のコンビニから出て来た。去年あたりからああした人物が近所をウロついているのは知っていたが、あそこまで近づいたのは昨日が初めてだ。少し緊張した」
確か去年、委員長とさっちゃんとお出かけした時にニアミスしてた記憶があるけど、委員長はその存在に気付いていなかったんだよね。
なら、確かに距離感的にも一番接近したと言えるだろう。
それにしても、委員長が緊張するとは、なかなか意外な気がする。……ううん、そんなことないか。委員長は、自分の顔で他人を怖がらせてしまうことを恐れて、声をかけることを躊躇うくらい心優しい子だから。
一緒にいるゆーちゃんとかに何かがあったら、と考えたらそりゃ緊張するよね。
「そういう話をするってことは、大丈夫だったんだよね?」
「問題ない。俺たちには気付かずに通り過ぎて行った」
「そっかぁ……怖いねぇ」
私の言葉に、委員長はまったくだと言わんばかりの様子で頷いて居たけど、私は実際には別に怖くはない。
強いて言うのなら、また面倒くさいフラグが立ったような気がして憂鬱というか……。より正確に言うのなら、フラグがどんどん近付いて来てる気がして憂鬱って感じか。
「青島は、出かけるのが好きだったよな? だから、出来れば気を付けて欲しいと思って……」
「忠告してくれたってことか。ありがとう、委員長! なるべく1人で出歩かないようにするよ」
「その方が良い。……学校側からも、何らかの通達があるかもしれないが……こういう話は早い内に知っている方が良いだろうからな」
善意100%でそう言ってくれる委員長の顔は、深刻さが凄まじすぎて、ちょっと恐ろしい。私の後ろを通りがかった子が、一瞬「ひぃ」って悲鳴を飲み込むのが聞こえたもの。
委員長、なんて顔で損してる子なんだろう。綺麗な顔なのに怯えられるって……綺麗さが魔王寄りだからいけないんだよね、きっと。
でも、大丈夫。あのヤの付く兄貴の方が、よっぽどアレだったから! イケメンだけど、迫力イケメンって感じで、ドスがきいてたから!!
「しかし、誰か女性を探しているようだったが、その人は大丈夫なのだろうか?」
「え? 女の人?」
「ああ。名前も所在も分からない、面白い女性なのだと聞こえた気がする」
……てっきり、ハットリ君を探してのことだと思ったら、私……というか、マチコさんを探してのことだったらしい。
すっかり敵視されてしまっているようだ。おう、ジーザス!
「その人について、他に何か言ってた?」
私は、恐る恐る委員長に尋ねてみることにした。
何となく、嫌な予感がする。確かに彼らの印象に残ったのは事実だろう。敢えてそうしたところもある。だからと言って、あんなあからさまに変装してる女を、本当に探そうと思うだろうか。
確かに、ハットリ君も基本変装しているようなもので、見つけづらい存在だろうけど、マチコさんはそれ以上のはずだ。
まったく調べないということはなくても、まさかこう何カ月も探し続けているとは思いもしなかった。
一応あれから、定期的に奴らの手が伸びて来ないか、確認がてら情報は集めている。けれど、全然尻尾すらつかめていない様子なので、とっくに諦めたのかと思い始めたところだった。
だから、マチコさんを探しているのには、何か私の予想だにしない理由があってのことなんじゃないかと思って、委員長に何かヒントがないかと尋ねてみることにしたのだ。
しかして、委員長からはなかなかにヤバイ回答が飛んで来た。
「一筋縄ではいかないとか……早くしないと兄貴に取られる、とか言っていたような気がするが」
……わぁお。
私は、思わず頬が引きつるのを感じた。
特徴を聞く限り、昨日委員長が遭遇したその人たちは、雉村錬という物理的チャラ男(中2)と、猿取改というマシンガントーク製造機(中3)の2人組だ。
委員長が聞き取ったその話の内容から察するに、あの物理的チャラ男、まさかのマチコさんに結構マジで興味を持っているらしい。
あんな、中学生にあるまじきお色気担当感を醸し出していた少年が、たった1人の、あの自分で言うけど怪しげな女に執着してるって、そういうことでしょう?
いやいやいやいや、ヤバイ。ウソでしょ。
しかも、兄貴にとられるって……いやいや、兄貴は違うよね。多分、獲物をかすめ取って行ったクソムカつく女をボコりたい的な興味だよね。そうだよね??
「? 青島、大丈夫か。顔色が悪いが……」
「あー、ごめんね。ちょっと最悪な事態を想像しちゃって……」
「晴臣さんたちと一緒にいれば、きっと平気だ。怖がらなくても良い」
「い、委員長……!」
ここは、俺がいる! 的なコメントを頂きたかったけど、そうもいかない。
寧ろ、委員長がこんな風に思いやりを見せてくれるのが大変感動的だ。
大体、委員長は外見こそ大魔王様だけど、典型的なインドア派だからね。運動出来ないって訳じゃないけど、趣味:読書だし、部活:美術部だからね。
変に俺が守る的な発想を持ってしまったとしたら、丁重にお断りしないといけないところだった。良かったよ、委員長がそういう主人公気質じゃなくて。
「ありがとー。大丈夫だよ。何なら最近はハットリ君も居るしね!」
「……彼は、あまり頼りにならないのではないか……?」
……委員長までそんな……。
ハットリ君、忍者としての色々をすっかり失っている気がするけど、大丈夫なんだろうか。ハットリ君の将来が心配である。あらゆる意味で。
「……ああ、それともう一つ」
「ん? なになに??」
委員長が、他にも言いたいことがあるようだ。
私が促さなくても、ここまで饒舌に語る委員長は大変珍しい。
それだけに、きっと今言わないとならないことなんだろうと、身が引き締まるような思いになるけど、委員長は大変言い淀んでいた。
これも大変珍しい。饒舌な委員長をSレアだとすれば、言い淀む委員長はSSレアだ。いや、もう1個S付けても良いかもしれない。
ジッと委員長の言いたいことを待つ。
「かざ……」
何かを言おうと、口を開いた委員長は、そのまま固まる。
その表情も珍しい。今日は、珍しい委員長のバーゲンセールかな?
そんなアホなことを思っていると、後ろからある人の気配が近付いて来た。
気配は、良く探らなくても分かる。ゆーちゃんのものだ。
何故か足音を消そうと注意しながら、そろりそろりと距離を詰めて来ている。
委員長側からはその姿が見えるはずだ。だから驚いているのだろう。
ははーん、なるほど。足音を消す理由に思い至らなかった私だけど、ここでピンと来た。これは所謂、ドッキリ、もしくはサプライズというものだ! と。
きっと、私を後ろから脅かして楽しもうという作戦だ。ゆーちゃんにしては珍しい。いや、本当に珍しいのバーゲンセールだな。これは今日帰ったら焔のめちゃデレも見られるかもしれない。……いや、あれはあれで面倒だから良いか。
私は内心、ホクホクと相好を緩めていた。何しろゆーちゃんもちーちゃんも、昔ほど抱きついて来てくれなくなっていたから。
大きくなって来て、きっと恥ずかしいとかあるんだろうけど、私はちょっぴり寂しかった。ならば、後ろから突き飛ばされようが、目隠しして「だーれだ?」されようが、全部気付かなかった振りして全力で受け止めよう。
それが、ゆーちゃんからの愛への返し方だ。
――バッ!
ゆーちゃんが、ここで一気に動いた気配がした。
それこそ、視界の外からだろうが何だろうが、私は避けることは出来る。
けれど、敢えてそれはしない。気付かない振り敢行である。
……とか、能天気なことを考えていた私は、直後訪れた謎の感覚に、しばし思考停止してしまった。
「……か、風間……??」
目の前には、困惑したように目を瞬く委員長。
後ろでは、違う方向に困惑したように動きを止めるゆーちゃん。
間に挟まれた私は、委員長の戸惑った呼びかけをキッカケに、ゆっくり視線を斜め後ろへ下げた。
「……え?」
そこで見えて来たのは、めくれ上がった私のスカートの端。
そして、それを掴むゆーちゃんの手。
次いで、恐る恐る視線を上げる。
見えて来たのは、凍り付いたようなゆーちゃんの顔。
……いや、何でめくられた側みたいな顔してるのさ。
滅茶苦茶動揺している様子のゆーちゃんを見て、ちょっと冷静になった。
何なら、「そう言えば最近スカートめくり流行ってるって聞いたなー」とか思う程度の余裕が返って来た。
「……瑞穂ちゃん……」
震える声で、ゆーちゃんが私を呼ぶ。
何だか、懐かしい表情のように思えて、何処で見たんだっけと首を捻る。
そうだ、昔……ゆーちゃんの沽券に関わるから詳しくは言えない事件の時の、あの、途方に暮れた顔だ、と思い出す。
どうして、とか、理由は気になったけど、それを聞いたら責めてるみたいだ。
理由は分からないけど、今のゆーちゃんは何か思い余っている様子がある。
あの時みたいに、1人ぼっちにしたらきっとダメだ、と反射的に思う。
だから私は、敢えて笑顔を向けた。
気にしてないよって、言うべきだと思った。
「……ゆーちゃん?」
優しく呼びかけることが出来ただろうか。
私は、内心の混乱は悟られまいと大人の余裕を醸し出す。
厭味ったらしく聞こえなかっただろうか。
怒っているように聞こえなかっただろうか。
本当は、結構不安だった。
この年頃の子どもと接するのは、慣れてないから。
今までだって、まぁそうだったけど、今まではもっと子どもだったから。
今くらいの方が、実は良く分からない。
そんな不安は、多分外には出なかったと思う。
でも、伝わったのかもしれない。
――何故なら、私が名前を呼んだ途端、ゆーちゃんが酷く傷ついたような顔をしたから。
「……やっぱり」
「え?」
ゆっくり、手が離れる。私のめくれあがっていたスカートが落ちる。
普段なら、私の粗末なパンツ見せてごめんね、とかボケるところだけど、そんな余裕はなかった。目が合ったゆーちゃんが、泣いていたから。
「瑞穂……は、怒らないんだ」
「え? お、怒ったりしないよ」
ましてや、キライになったりしない。
だから、怯えることはないんだよと言いたかったのに、ゆーちゃんは余計に傷ついたような顔をした。
……何時かの記憶が、微かにフラッシュバックする。
「っどうして、嫌がらないんだよ!?」
「ええっ!?」
ゆーちゃんが怒鳴る。明確に、その怒りは私に向いている。
訳が分からない。どうして、と聞きたいのに、言葉が出て来ない。
『――嫌がっても、良いんだよ』
悲鳴が漏れそうになる。怖い。何だ、この記憶は。誰の声? 知らない。知らない人の、声。こんなこと、言われたことないのに。
「恥ずかしくないの!? オレに……男子にこんなことされたら、女子は怒るんだろう!?」
そりゃあ、普通は怒るだろうけど、私にとっては子どものイタズラみたいなものだ。いちいち怒る程のことじゃない。それに、ゆーちゃんは他人が嫌がるようなことをするような子じゃない。必ず何か、理由があるはずなのだ。
『――どうせ、先生には分からないよ』
「――どうせ、瑞穂にはオレの気持ちなんて分からないよ!!」
「ゆ、ゆーちゃん……」
突き放される。手が、離れて行ってしまう。
大人になって、成長して、手が離れて行くのとは違う。
何で? どうして? 呆然としながら手を伸ばすと、払われた。
「ゆーちゃんって呼ぶなって前にも言っただろ! 瑞穂なんて……瑞穂なんて、大っ嫌いだ!!」
「っ!!」
そう叫ぶと、ゆーちゃんは私に背を向けて、何処かへ走って消えてしまった。
もう次の授業なのに、間に合うのかななんて、変に冷静な感想が頭の隅に浮かんだ。
でも、基本的には頭の中は真っ白で、それで、聞いたことのないはずの誰かの声が響いて――吐き気がした。
「青島……? ……っ青島! 顔色が悪い。大丈夫か? 保健室へ行こうか?」
「う、ううん……平気。ちょっと、驚いただけ、で……」
油断していたせいだろうか。
すっからかんな頭を、鈍器でガーン! と、強く叩かれたような衝撃が走る。
混乱しきった私は、けれどこういう時こそ普段通りの行動を取ろうとするらしく、自動的に教室へ足を向けた。
「青島!」
背中に、委員長の心配そうな声が届いたけど、私は振り向かなかった。振り向けなかった。
……結局この日、これ以降の記憶はすっかり飛んでしまうことになる。