124.委員長は気になる※
※全編委員長こと陽介君視点です。
「あっ、陽介!」
「ん? ……ああ、こんなところで会うのは珍しいな風間」
ノートが足りなくなって来たので、今日はスーパーでなく文房具店まで足を延ばそうかと考えながら町中を歩いていると、聞き慣れた声に呼ばれて立ち止まった。
道を挟んだ向こう側で手を振っていたと思った後には、丁度歩行者用信号が青だったこともあって、すぐに俺の元まで駆け寄って来た。
風間は随分と足が速いようだ、と内心で驚いていると、風間は頷いてから近くのベンチを指した。
「狭い町だけど、意外と会わないもんね。良かったらちょっと話して行かない?」
「ああ、構わない」
構わないというのは消極的な表現だが、俺は大袈裟でなくとても嬉しい誘いだと思っていた。
昔は、こうして俺を何のためらいもなく誘ってくれる人なんて、出来ないと信じていた。そんな俺の閉じられた世界を、青島が開いてくれて、今ではクラスメートも遠慮なく話しかけてくれるようになったし、こうして休日に偶然顔を合わせただけなのに、話をしていこうと誘ってくれる友人もいる。
順風満帆だ。俺の口角は自然と上がる。
俺たち2人には、あまり共通項はない。青島を通じて仲良くなったということもあるが、あまり似たタイプではないからだ。
だからと言って、話が合わないということはなく、こうして2人で会話をすれば大抵、盛り上がる。
……まぁ、俺は口数が多い方じゃないから、風間が話すのに相槌を打っているばかりだけれど。
クルクルと表情を変えて、色々な話題を上げる風間の話は、いつも面白い。
俺があまりに無言で聞いているから、周囲からは風間が好き勝手に話しているように思われがちだが、決してそんなことはない。
俺が少しでも話題に付いて行けないようになると、必ず気付いて何が分からなかったか聞いてくれるのだ。とても目端の利く人物だと思う。
因みに、青島や赤河も、俺と2人でいる時には基本的に話し手になってくれるが、結構様子は違う。
青島は、良く回る口でペラペラ話すが、話すのが苦手な俺の意見を、適宜話しやすいように合いの手を出してくれる。それが俺からすればいつも適切なタイミングで、とても話しやすい。
赤河はその家柄のせいか、あまり仲良くない人間からは、人の話を聞かないように見られているらしいが、まったく違う。俺の友人の中で、もっとも聞き上手だ。俺は、赤河と話している時が一番饒舌だという気さえする。
話す回数が、どうしても青島と明佳の2人の方が多いので、一概には言えないかもしれないが。
……ともかく、今日も俺は風間の話に相槌を打っていた。
今日の話題は部活のことで、レギュラーが取れそうにないという落ち込む話や、中等部の選手のボールを打てたという嬉しい話など多岐にわたった。
いずれも風間にとってはウェイトの大きい話だったと思う。今日もクルクルと表情が良く動いていた。
「……風間、悩みごとでもあるのか?」
「えっ?」
だが、どうもいつもと調子が違う気がした。だから俺は、つい口を挟んだ。
至極真面目な調子で言ったのが可笑しかったのか、風間は何を聞かれているのか分からない、といった様子で目を瞬いていた。
……これも、少しいつもと様子が違う気がする。風間は突然話を振られてもついていけるだけのバイタリティーを持っている。
何か、悩みごとだろうか。心配で、思わず眉間に皺が寄る。
眉間に寄った皺のせいで怯えられたことも一度や二度ではないのだが、風間はそんなことには反応しない。それがとても嬉しいからこそ、もし何か悩みごとがあるのなら、力になりたいと思う。
「……今日のお前は、少し様子がおかしい気がする」
「そ、そうかな? いつも通りだと思うけど……」
「元気がない」
「……そうか……」
俺の断言を聞くと、風間は力が抜けたようにカクンと頷いた。
ベンチに座っているのでなければ、身体を支えなければならないと思うところだ。余計に心配になる。
しかし、風間はどうにも言い辛いらしく、言い淀んでいる。
「本当に、大したことじゃないんだ」
「俺では力になれないか? 何でも言って欲しい」
友人だからな。俺が力強く見据えても、あまり響いた様子はない。
……こういう時に、グイグイと言葉を投げかけられる青島が羨ましくなる。
俺は、落ち込む友人を励ます方法が分からない。経験が少なすぎる。
一瞬父親に相談しようかと思ったが、あの人は感覚派で、あまり物事を教えるのは向いていない。自力で何とかしなくては。
「……ちょっと、自分に自信がなくなってるだけだよ」
それは、「ちょっと」というひと言で済ませられるようなものなのだろうか。
少なくとも、俺にはそうは思えないが、だからと言って名案が浮かぶでもない。
俺は、これからどう返したら良いのか思い悩み、はくはくと口を開閉させる。しかし、ひと言も気の利いた言葉は出て来ない。
「いやー! もうっ、サイッコーにテンサゲじゃないっスかー? 錬っちにしてはマジ珍しーっス!! SNSに上げたらコレもうイイね爆上がりっスよ! 『美少年の憂いを込めた横顔激写』っと。超映えるっス!!」
何かひと言だけでも、と思っている間に、ひと言どころか原稿用紙1枚以上分の文字数があるのではないかという程、早口でまくし立てる中学生? いや、高校生くらいの男が、近くのコンビニから出て来るのが見えた。
まくし立てているのは、学校紹介用のパンフレットに載っているかのように、制服を着崩すことなくピシッと着ている割りに、派手な色付きのサングラスをした不思議な黒髪の男。
まくし立てられているのは、染めているのだろう金色の髪に、一応制服なのかベストを着て、しかしその下に目立つ黒い稲妻が描かれたピンク色のシャツを着用し、耳から首から腕から、ジャラジャラとアクセサリーを身に着けている、いかにも不良といった男。
何とも不釣り合いなような、それでいて絶妙なバランスを保っているような、不思議な2人組だ。俺と風間は、元々の雰囲気もあって思わず閉口した。
「…………」
「ちょっとちょっとちょっとー! 無視? オレっちのこと無視するんスか? 錬っちってばイケズっス! オレっちたち、仲間じゃないっスかぁ! ちょっとくらい構ってくださいっスよー! 錬っち錬っち錬っちー!!」
「あ゛あ゛!! 五月蝿いよ!!!」
あに濁音が付いたような低い声を上げて、レンと呼ばれた男が煩い男を睨みつける。しかし、煩い男の方は、これで構ってもらえたと思ったようで、満足そうに口角を上げていた。
「へへっ。やっと返事してくれたっスね。まったくもう、世話が焼けるんスから、錬っちってば」
「……チッ」
心底不愉快そうな舌打ちが、俺たちのところまで聞こえて来た。
このタイミングに限って、妙に車が通らない。それなりに車通りは多かったはずなのだが、どうしたのだろう。
俺は、彼らに変に絡まれはしないかと、ハラハラと息を詰める。それは、風間も同じようで、ある程度彼らとは距離があるにも関わらず、俺たちは揃って微動だにせずにいた。
「錬っちは、アレっスか。この間の女の子が見つかんないから不機嫌なんスよね? そんなに気に入ったんスか? これまた珍しいっスけど」
「……五月蝿いよ」
女の子? 何となく意外な言葉が出て来た。
ああいうタイプは、男同士でつるんでいるようなイメージが……いや、そう言えば俺は、青島から良くズレていると言われる。
もしかしたら、これも俺の勝手な想像なのかもしれない。
……それよりも、早く立ち去ってくれないだろうか。思わず祈るようにそう思うが、彼らはコンビニ前でそのまま立ち止まってしまっている。
「でも、面白い女の子だったっスよね! オレっちも出来たらまた会いたいっスけど、絶対つれない態度取られるっスよ。百戦錬磨の錬こと、錬っちには何か秘策があるんスか? 100の女を落とした男! よっ、錬っち!」
「……勝手に馬鹿なあだ名をつけるなよ。あと、話しかけて来るな」
ムスッと不機嫌そうにしているレンだが、律義に反応はしている。
いっそ無視してそのまま帰ってくれれば良いのにと思っていると、隣で不意に風間が反応を示した。
彼らの会話に興味があるのだろうか。まぁ、俺もこうして聞き入っているから、その程度の興味かもしれないな。
「おっ。100の女を落としたってのは否定しないっスか? 師匠! オレっちも、彼女に良い印象持たれたいっスからね。アドバイスがほしいっス! つれない彼女にオレっちのこと見てもらえる秘策!」
「仮にあるとして、どうしてお前に教えなくちゃならないんだ。俺は嫌だ」
「まぁまぁまぁまぁ! そう言わずに教えてくれっス!」
「……はぁぁ」
重い溜息をつくと、レンはクルリと煩い男を見た。
そして、やや早口で言う。
「あの手の女は、冷静に物事を計算しながら動いてる。印象に残る為には、見てもらう為にはその計算を越える行動をしてやりゃ良い。まぁ、良い印象を与えられるか悪い印象を与えるかは相手によるから、その辺は確かなことは言えないけどな」
「へぇぇ! 流石は錬っち! そんな小難しいこと考えながら女の子と遊んでるんスね」
「……いつもはそこまで考えちゃないよ。彼女は一筋縄ではいかなそうだから、色々考えてるんだ」
「油断してたら、兄貴に持っていかれるっスからね! ってか、まだ顔も本当の名前も知らないんスけどね!」
「五月蝿いな! 答えたんだから放っておいてくれ!」
「えー!? 錬っち本当につれなさ過ぎっスよー!! 待ってくれっスー!!」
…………。
……ようやく行ったか。
俺が、ホッと息を吐いていると、風間がジィッと彼らが去って行った方向を見つめていた。
まさか、変な意味で興味を持ったんじゃないかと不安になって声をかける。
「風間? ああいうタイプには関わらない方が良いと、青島と赤河が言っていたし、俺もそう思うぞ」
「え? あ、いや別に! 気になったのは話してた内容で……」
「彼らの話?」
簡単にまとめれば、「女性の印象に残る方法」といったところか。
あの話の何処に興味を持つポイントがあったのだろう。
強いて言うなれば、あれだけ派手だが綺麗な顔をした男なら、俺と違って幾らでも恋人が作れそうな気がして不思議だ、ということくらいか。
俺の場合はずっとそれ以前だったからな。女子には顔を合わせただけで泣かれたことさえある。
今でこそ普通に話してくれる女子も増えたが、それでも本当に一切の遠慮なく話せる人は限られている。……やはり、俺には縁のない話だな。
「うん。瑞穂ちゃんにー……」
「青島に?」
ひっそりと、友人がいればそれで良いなと思っていると、風間が不思議なことを口走った。
女性の印象に残る方法に興味を示した後に、青島の名が出るとなると、彼女の印象に残りたい、ということになると思うが、それはおかしいな。
俺は思わず首を傾げる。
「だが、お前は既に青島と友だちだぞ。印象に残るも何も……」
「いや、ごめん! 何でもない!! 忘れてくれないか!?」
「? だが……」
「良いんだ!!」
「……そうか」
……良く分からないが、風間が良いと言うのなら、これ以上は聞けないだろう。
俺は、スッキリしない思いを抱えながらも、言葉を飲み込んだ。
……やっぱり俺は、コミュニケーションが下手だな。きっと、青島たちだったら、上手く風間の悩みを聞いてやれたのだろう。
「そ、それよりも聞いてくれよ、陽介! この間、先生がさー」
「ああ」
そして、話題はごく普通のものに戻って来る。
俺は他愛のない話に耳を傾けながらも、その言い知れない不安が拭い去れない自分を感じていた。