123.焔は思い悩む※
※全編焔視点です。
「なぁ。ちょっと相談あるんだけど、良いか?」
とある休日。俺は瑞穂が悲鳴混じりに叔父さんと出かけるのを見送った後、双子に声をかけた。
普段は、どっちかが瑞穂にベッタリだけど、叔父さんが一緒の時はその限りではないので、今日は2人ともが在宅中だった。とは言え、時間が空けば将来の為と言って自己研鑽に励む感じの2人なので、捕まえるのは案外至難の業だ。
だから俺は、姿を見つけると同時に声をかけた。下手したら聞こえてるのに逃げるしな。この2人。瑞穂以外には淡泊なヤツらだ。一応、俺のがお仕えしてる家の子ってヤツなんだけどな。まぁ、今更だけど。
「あれ、若? 珍しいですね。どうしました」
「……お嬢様のことですか」
晴臣は、少し驚いたように目を瞬き、晴雅は質問の形だけど、確信しているような語調でそう言った。
いやいや、怖い怖い。出会った当初から色々あったが、結果的に俺は、今は晴雅のがヤバさが増してる気がして、ちょっとビビっている。
悪いヤツではないんだけど……瑞穂贔屓が過ぎるキライがあるからな。厄介なヤツである。
「焔様?」
「ああ、いや悪い。そうそう、瑞穂に関わる話」
「それでは早速、お茶の準備を致しましょう。さ、晴臣」
「はいはい、了解」
瑞穂の話であると、明確に決まった段階で、晴雅はその切れ長の目をギラリと輝かせ、晴臣を引き連れてキッチンの方へ向かった。
特にどこで話す、とか言ってないけど、それはもう俺が話を持ち掛けた時点で、俺の部屋が会場になることは決まっているからだ。いつもの流れというヤツである。俺は、重苦しい溜息を落としながら、自室へと向かうことにした。
◇◇◇
「で、相談なんだが……瑞穂さ、最近特にフラグを立ててるっていうか……他人の興味を惹きまくってる気がするんだけど、2人はどう思う?」
俺の質問に、2人はそろって顔を見合わせた。
こうして見ると、普段は似ていないと思える2人も似ているような気がして来るものだな、と関係のないことを思う。
華やかな晴臣と、堅苦しい晴雅は、交友関係も全然違うらしいけど、やっぱり双子なのだ。
「うーん……まぁ、色々思うところはありますけど、若はどうして俺たちの考えを聞きたいんです?」
代表して、晴臣が顎に手を当てながら疑問を口にする。
厭味とか探りを入れるとかじゃなく、純粋な疑問のようだった。まぁ、確かにそう思うのは当然だろう。
俺は今まで、大抵こういった疑問については1人で解決するか、瑞穂と話し合って対抗策を決めていた。
何故なら、俺たちには人に気軽に打ち明けるのが難しい事情があるからだ。平たく言えば、前世の記憶があるって言う。
もう今更、そんな特殊な事情があるっていう程度で嫌われるとか、孤独になるとか怯えるワケじゃないけど、出来れば俺が知っている世界の既定路線くらいは潜り抜けてから打ち明けたいと思っていた。それは、下手に余計な要素が加わって、道筋が見えなくなるのを警戒してのことだった。
だから、俺がこうして2人に相談を持ち掛けること自体、珍しいことなのだ。
……けど、年々それは正しいことなのかという疑問が鎌首をもたげていった。
原因は簡単で、俺がどんなに注意しても気を付けても、瑞穂がどんどん、訳の分からないフラグをホイホイおっ立てて行くことだ。
一部、俺も一緒だったけど避けられなかったようなイベントもあるけど、本当に一部で、大体アイツが悪い。
そんな状態で、俺がアイツに例年通り相談したところで、意味なんてあるんだろうか。俺は正直、結構不安なのだ。アイツにだけは言えないけど。悔しいから。
でも、やっぱり気になってる。俺の知ってる漫画の話だけじゃない何かが、俺たちに迫って来ているような気がしてならない。
柊とかのイケメン1人追加される程度なら、偶然だろうと思ったはずだ。
だけど今や、ヤクザのような奴らまで加わってしまった。いや、まだ完全に関わってる訳じゃないけど、危ない。何処からフラグが飛んで来るか分からないのだから。
……別に、瑞穂がイケメンやら美少女やらに想いを寄せられまくるってだけなら、良いんだけどさ。命の危険とかないし。
まぁ、大体そういう訳で、俺は流石に不安に耐えかねて、コイツらに相談することに決めたのだ。
あんまり漫画のイベントとか、具体的な話をする気はないので、とりあえず瑞穂がキッカケで色々なことが起き過ぎてやしないか、それについて解決方法とか回避方法はないか、みたいな妙案が一つでも出れば御の字なんだけど、どうだろう。
そう思いながら、俺はようやく答えを告げる。
「俺1人で悩んでてもどうしようもないし、2人は俺の知ってる中でも特にアイツの味方って感じだから、アイツに不利になりそうな意見とか出さなそうだろ。安心だと思って」
「若……」
「焔様……」
……何でか2人から、熱い視線を向けられる。
おいおい、俺はそっちの気はないぞ、なんてボケた発言をギリギリ飲み込む。
幼稚園ぐらいからアイツのノリと付き合ってるせいで、どうも毒されているようだ。うぜぇ。
「そーですねぇ。俺は、今のところそんなに気にする程でもないと思いますよ」
「そうか? 忍者に加えてヤクザだぞ」
「忍者って言っても、随分ボケッとしてますし、問題ないでしょ。どっちかって言えば、ヤクザの方が気になりますが……今のところ動きはないですし、大丈夫ですって」
へらりと笑う晴臣の顔は、隙のない完璧な笑みだ。
けど、こういう顔をしている時は、大抵何か隠し事がある。
……多分、アレだ。コイツら、瑞穂と共謀して、俺の知らないところでヤクザに接触とかしてるんだろう。
危ないことするなって、あんなに言ってるのに、本当にアホなヤツだ。
「焔様のご心配には及びません。接触などは一切ありませんので」
「!?」
いや、本当こういうところさ! 晴雅怖ぇよ!!
「因みに、現時点でお嬢様と接触を持っている人物の来歴や主義嗜好等々につきましては、ある程度把握していますので、何かあれば迅速に対処は可能かと」
「へぇ? ……って、怖い! 何だよこのリスト!!」
「お嬢様関係の資料の一つです」
「一つ!? 他にもたくさんあんのかよ!? マジで怖ぇよ!!」
何でもなさそうな顔でとんでもないもの出さないでほしい。
ゾッと頬を引きつらせる俺に、晴雅は場にそぐわない程爽やかな笑みをくれた。怖い。
「ご安心ください。お嬢様のパーソナルデータの管理も手抜かりございませんので」
「スリーサイズとか体重まで把握してるとか本当ヤバイ!! この従者がヤバイ!!」
こんな様子を見ていると、昔の俺は本当にバカな願いを抱いていたんだな、と思う。
ヤダよ、ここまで思われるなんて。ハーレムなんてマジヤバイ。要らない。
……両想いなら……良いのかもしれないとは思うけどさ。
「でも、若ってば本当に何で急にそんな心配を? あ、そう言えばピアノ教室にいつも押しかけて来るってヤツがいるらしいよね。それ関係ですか?」
「ああ……うん、そうかな」
どっちかって言うと、最近新キャララッシュ的な空気があったから気になっていただけだ。時間間隔で言えば別にラッシュって程のスパンじゃなかったけど、体感時間のせいだろうか。
うーん……俺の心配しすぎなのかなぁ?
「いずれにせよ、僕たちも全力でサポートしますので、どうぞ恙無くお過ごしください」
「そーですよ、若。他にも何か気になることあったら、遠慮なく聞いてください。兄貴分として、使用人として、ちゃんとお答えしますからね」
「お前ら……」
何となく胸にジーンと来る。
瑞穂のついでみたいに思われてるんじゃないかって思ってたけど、そこまで淡泊な付き合いでもなかったようだ。
「ああ、ありがとう! 何かあったらまた相談するよ!」
「はい! お嬢のことで何か気になることがあればすぐに!」
「ええ。お嬢様の一番側にいるのは、焔様ですからね」
「って、やっぱついでじゃねぇか、この野郎ー!!」
畜生。グレてやる。
◇◇◇
「ってことがあってな」
「へー。焔もタイヘンだね」
「聞いてくれるか、悠馬ぁー!」
学校で、悠馬と遭遇したので、折角だからと愚痴ってしまった。
漫画では、悠馬は赤河焔の親友キャラだけど、今は普通だ。
友だち……とは思われてると思うけど、少なくともこうして愚痴っても聞いてくれる程度には仲は良い。
「にしても、瑞穂……ちゃん、また友だち出来たんだ?」
「友だちって言うか、ストー……いや、知り合いって程度だけどな」
「ふぅん?」
ここで俺は、違和感に気付いた。
いつも明るい悠馬の言葉の端に、何となく剣呑というか……ほの暗いというか……有体に言えば、越えられない壁を越えたら晴雅になりそうな感じって言うか。あれ、変な例えすぎるか?
「……そう言えば、最近スカートめくりが流行ってるって聞いた?」
「え? あ、ああ。聞いた聞いた」
更に違和感が増した。
漫画の、高校生の頃の悠馬はともかくとして、目の前の悠馬はそんなのに興味のあるようなタイプではないはずだ。
混乱する俺の隣で、悠馬はポツリと呟いた。
「――オレもスカートめくったら、ちょっとは見てもらえるかな……」
…………。
俺は何も聞いてない何も聞いてない!!!
と、言いつつしっかり聞いてしまった俺は、やっぱり難聴系ハーレム主人公にはなれなさそうだ。
反射的に頭を抱えたけど、直後には悠馬はいつもの悠馬に戻って、教室へ戻って行った。
……やっぱ心配だって! 見えないフラグがたくさん立ちまくってるって!
おい、瑞穂! マジで大丈夫なのか、コレ!?
混乱しきりの俺は悶々と悩むばかりで、結局瑞穂には何も言わなかった。