122.中庭でおしゃべり
学校の休み時間。今日は中庭で私は、うーんうーんと唸っていた。あからさま過ぎるせいで、焔は完全に無視する体勢だけど、心優しい委員長が反応してくれた。
「何か悩みでもあるのか、青島? 俺で良ければ力になろう」
「本当に!? 委員長は優しいなぁ。好き好き大好きーっ」
ノリで委員長にすり寄ったところ、委員長は薄っすら微笑んで頷いた。あまりにも絵になる姿に、思わずお姉さんはグラリとよろめいてしまいそうだよ、委員長!
「そうか、ありがとう。俺も好きだ」
「うひゃー! 誰このイケメン!!」
「? 誰とはどういう意味だ? 知っているだろう?」
「ジョークだよ、ジョーク! うふふ、天然さん!」
つん、と恋人同士がやるようなウザいテンションで委員長を小突く。
委員長は不思議そうにしていたけど、これもジョークの一環だと認識したようで、いつもの無表情で受け入れる。
やっといてなんだけど、委員長これで大丈夫なんだろうか。悪い女とかに付け込まれたりしないだろうか。ちょっと不安になったところで、頭に軽い衝撃が走る。
「所構わずイチャ付くな!!」
「何で私だけーっ!?」
言わずもがな、犯人は焔である。
さっきまで我関せず、といった調子だったのに、ツッコむべきシーンが訪れたと判断するや否やの、この素早い動き。
見習わないとね。あはは、なんて笑っていたら、少し不満げに頬を膨らませたちーちゃんが腕を絡ませて来た。
「もうっ。瑞穂ちゃんが皆と仲良いのは知ってるけど、わたしも忘れないでよっ」
「え、誰この可愛い生き物……っ」
思わず口元に手を当てて絶句してしまう。
そっと抱き締め返したら、照れ臭そうに頬を染めて目を細めるちーちゃん。
あらやだ、美少女っぷりに拍車がかかり過ぎて心配になるレベルじゃない。
「大丈夫! ちーちゃんを忘れたことなんてない! ちーちゃん大好きだから!!」
「うんっ、わたしも大好きだよ、瑞穂ちゃん!」
「……俺らは一体何を見せられているんだ……」
ガシッとお互いに固く抱き締め合うと、焔が頭を抱えて呟いた。
いやいや、女の子同士の熱い友情を確かめ合う尊いシーンですよ。そんな呆れたように言わなくても良いじゃない。
「仲が良いのは良いことだ。赤河は一体、何を不満に思っているんだ?」
「……俺、偶にお前のこと羨ましくなるよ、柊……」
心底訳が分からない、という様子で問いかける委員長に、焔は更に溜息をつく。
まったく、焔は苦労性だなぁ。そんなんだから、毎日疲れちゃうんだよ。
ドヤ顔で見つめたら、普通に舌打ちを返される。ツンデレだなぁ、もう。
「それで、青島は何に悩んでいたんだ?」
「え?」
「唸っていたじゃないか」
生真面目な委員長によって、話題が最初に戻される。
危うく、自分で入りたかった本題を忘れるところだった。いけないいけない。
そう思いながら、頭をこつんと軽く叩きつつ、ウインク混じりに舌を出す。所謂、テヘペロだけど、ちーちゃんにしか好評じゃなかったので、早々にやめておく。
「うんとね、最近ピアノの先生のところに行くと、必ずあんまり良く知らない人が見学に来てね」
「えっ?」
意外な展開だったからか、ちーちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
ついでに言えば、委員長も珍しく目を見開いている。
でも、2人とも続きを促すように口元を引き結んだので、とりあえず話を進める。
「何がしたいのか分からなくて、不安って言うか……気になってるんだよね。何しろ、挨拶くらいはしてくれるけど、それ以外会話も何もないんだもの」
誰の話かと言えば、先日私にピアノ教室を尋ねて来ていたあの原田奏也君のことである。
ヤの付く方々からの接触は今のところないからすっかり安心していたのに、この仕打ち。神様、私前世に何かやらかしたでしょうか。
首を傾げる私に、委員長が鬼の形相で声をかけた。怖い顔で勘違いされがちな委員長だけど、これは真に鬼の形相だ。怒っている。
思わずちょっとビビった私、悪くないと思う。
「……警察には通報したか?」
「け、警察? いや、別に悪いことされてる訳じゃないよ。ただ私の練習を見学していくだけで……」
「しかし、それは立派なストーカーじゃないだろうか?」
う、うーん。私のことを心配して言ってくれる委員長の気持ちは嬉しいけど、流石にそこまでのことではないと思う。
加えて言えば、仮にストーカーだとしても、大した脅威は感じない。
何しろ、ヤの付く方々から狙われてる今日この頃だからね。普通のピアノ男子なんて大したことじゃないから。あはは。
「わたしも心配……。瑞穂ちゃん、ピアノって1人で?」
「ううん。臣君か雅君か……運転手の西さんが送ってくれるよ」
そう言うと、2人はようやくホッと息をついた。
「それなら安心ね!」
「ああ。あの2人が付いているなら、警察が付いているよりも安心だ」
2人の中の双子の立ち位置が気になる今日この頃……。
何となく、赤河家の使用人のレベルの方が、下手な警察官よりも高そうな気は確かにするけど。
まぁ、この世界の警察の御厄介になったことがないから、比較出来ないけどね。
……あっ。別に前世でも御厄介になったことなんてありませんけどね!?
「アイツは、ストーカーっちゃストーカーだけど、そういうタイプじゃないから平気だよ」
「赤河は会ったことがあるのか?」
「ああ。俺も同じ教室、偶に通ってるから」
私より頻度は更に落ちるけど、焔も同じように習っている。それで、大体2人が行く日と時間はかぶらせるから、実質的に遭遇確率は高い訳で。
因みに、私の練習風景は熱心に見ている原田君だけど、焔の練習風景には一切興味がなさそうだ。焔がちょっとそれを気にしていたのを、私は知っている。
大丈夫だよ、焔。焔の演奏は、私の心なら響かせてるからね!
熱い視線を向けたら、何故か叩かれた。本当に何故だ!?
「アレは、純粋にコイツのアホみたいな演奏が不思議で、自分の演奏に取り入れたくて探ってる、って感じだった。多分、変なことはしないだろ」
焔も、人を見る目を養う訓練を施されたりしているらしいから、信じて良いと思う。
私は前からそうやって聞いていたし、自分でもそう思うから、身体的な危険を感じて悩んでいた訳ではない。単純に、悪気なくいつも訪れて、無言で去っていくから、謎のプレッシャーを感じて疲れる、という悩みを抱えていただけなのだ。
私の言い方が悪かったせいで、何だか2人に心配をかけてしまった。反省である。
「そうそう! ただ疲れるってだけなんだよ。ゴメンね、心配かけて」
「いや、友だちだから当然のことだ」
「そうだよ! これからも、何かあったら遠慮なく言ってね。助けになりたいの」
ギュッと私の手を握って、真摯な眼差しを向けるちーちゃん。
無言で力強く頷いてくれる委員長。
……私、こんなに優しい友だちに囲まれて、なんて幸せなんだ!!
「焔! これ夢じゃない!? 頭叩いて!!」
「はいよ」
「痛い! 夢じゃない!!」
「はいはい、落ち着け」
「痛い! 2回も叩かなくて良いんだよ!?」
焔からの痛々しい愛を受けつつ、私はこの話題を引っ込めることにする。
いつまでも気にしていたところで、原田君の教室訪問は収まらないだろうし、そもそもいつか満足すれば来なくなるだろう。気にするだけ無駄だ。
「ところでー、最近何か面白い噂話とかない?」
「無理やりな話題転換だな。へたくそ」
「うっさい! で、何かない?」
私の気持ちを汲んでくれたのか、ちーちゃんが答えてくれる。
「そうだ。最近、スカートめくりが流行ってるらしいの。聞いた?」
「え? す、スカートめくり?」
予想外過ぎる話題だ。
首を捻る私に、ちーちゃんはそれがとても恐ろしいことであるかのように眉間に皺を寄せて語る。
「そうなの! 男子がね、こう……女の子のスカートを勝手にめくるらしいんだけど……嫌な話よね!」
「へぇ……初めて聞いた!」
ぷんっ、と頬を膨らませたちーちゃんは可愛い。……じゃなくて。
スカートめくりが流行ってるなんてアホみたいな話題、耳に入って来なかったな。何だかんだとお上品な学校だから、てっきりそんなアホみたいなことは起こらないと思ってたけど。
何となく焔を見たら、同じような意見のようで、呆れたように頷いて居た。
「俺も初耳だな。アホらしい……柊は聞いたか?」
「ああ……下級生の間で流行っていると聞いた」
委員長が知ってるとか、マジ意外。私と焔のが、そういうの知ってそうなのに。
驚いて目を瞬いていると、ちーちゃんが苦笑気味に口を開いた。
「多分、2人と話をするのならもっと別の話題が良いって皆思ってるんじゃないかな? 2人は人気者だから、話を出来る機会は貴重なんだよ」
「え? いや、特にそこまでモテた覚えないけど……」
「同感。たまたまか、俺らに話したら怒られる、とか思ってるんじゃないのか?」
私たちの言葉に、ちーちゃんは否定する。
うーん、そんな気はしないんだけどねぇ。
「……しかし、スカートをめくって一体何が面白いんだろう?」
理解出来ない、といった語調で言う委員長は、本当に純粋な疑問を口にしているようだった。ピュアピュアな委員長には、是非そのままで居て欲しい。
因みに、焔にはそういった機微はあるんだろうか。ちょっと気になって尋ねてみる。
「焔はスカートめくりたい?」
「はぁ!? なっ、何を馬鹿な質問してるんだ、この馬鹿っ!!」
「ちょ、ちょっと聞いてみただけじゃん!」
一瞬で、カッと顔を赤く染めた焔は、珍しく本気で怒鳴る。
逆に本気で怒った時は手を出してこないとか、なんて紳士。
そう思いつつも、怒鳴られた衝撃で反射的に文句が口をついて出た。いやはや、申し訳ない。
ちょっと凹んでたら、焔も申し訳なく思ったようで、肩を落とした。
「あ、いや、悪い。つい……」
「ううん、私もちょっと悪ノリしちゃったし。ごめんね」
「もうっ、落ち込まないで2人とも! 折角の休み時間なのに」
ちーちゃんの文句を受けて、2人で顔を見合わせてからちーちゃんに謝る。
そうだよねぇ。楽しい時間なんだもんねぇ。
「でも、2人はスカートめくりに興味ないみたいで良かったよ」
「そんなことはしない」
「そうそう。面白いことでもないし、嫌われるって分かっててやるほどガキじゃねーよ」
小学生が何を言う。
転生者とは言え、焔は元々中学生だったらしいし、やっぱり子どもだ。
そういう反応を見せるから、お姉さんはついからかいたくなってしまうのである。
「別に2人にめくられても嫌いにならないけどねー」
「はああああっ!?」
「ああ、友だちだからか。だが、もし間違ってそんなことが起きたら怒ってくれて良いんだぞ」
私の発言に、焔は戻りかけていた顔色がまた真っ赤に染まり、委員長は事も無げにそんなことを言っていた。
それがやけに面白くて、私は笑い続けた。
「瑞穂ちゃんたら! そんなこと言って、2人をからかっちゃダメよ!」
「はぁい、ごめんねちーちゃん!」
いやはや、今日も愉快な休み時間を過ごせたものだ。
私は高らかに鳴るチャイムの音を受けて、鼻歌交じりに教室へと戻るのだった。