12.小学校に向けて
「お嬢様、喉は渇きませんか?」
「お嬢様、風が強くなって参りました。此方をお掛け下さい」
「お嬢様、小学校で使う道具袋をお作り致しました。どうぞお持ち下さい」
……………。
いや、前より明るくなってくれて嬉しい。
嬉しいは、嬉しいんだ。
でもさ……何、この忠犬っぷりは!?
意図してない、意図してなかったよ!!
ジッと見つめると、晴雅君は、私の言いたい事を恐らく全く理解していないのであろう。嬉しそうに目を細める。
くううう……。
確かに私は、あんまり信頼されてない状況を打破したいと思っていた。
針のむしろみたいな感じの毎日なんて、楽しくないしね。
それに、一人が怖いって言った彼の為に、一緒にいてあげる事も吝かではない。
背の高い弟が出来た、みたいな感じだし。
でもさぁ…この間までツンケンしてたのが、こう素直に慕って来られると、少し恐怖を感じるよ。
良く見ると、笑っててもクールな感じは抜けてないし、冷たい印象は払拭されていない。
だけど、私の中の晴雅君は、もっとツンケンしてたの!クールなの!
何度でも言おう。
どうしてこうなった!!
「お前さぁ…何したんだよマジで」
「一人が不安みたいだったから、一緒にいてやんよ!みたいな事言っただけだったんだけど……どうしてこうなった」
「俺が知るか」
こそこそと焔と会話をかわす。
どこぞに潜んでいるらしいSPさんは、この際気にしない事にしたけど、晴雅君は無視出来ない。
それに加えて、兄の晴臣君の問題もある。
晴雅君が豹変した直後くらいから、晴臣君の目が厳しくなった。
相変わらず、王子然としていて優しげなんだけど、私を量るような色が、時折濃くなって、何と言うか、油断ならないのだ。
「確かに、晴雅の方は話しかけ易くなったし、俺としては良いんだけどさ」
「あっ、他人事だと思ってー」
「事実だろ」
くぅぅ、焔が可愛くない!
ジトッとした目で見ていたらデコピンされた。
ちょっ、ヒドイ!!
「問題は晴臣だよなー」
「いっそ焔が攻略してよ、晴臣君の事ー」
「ブッ!!な、なな、何を言い出すんだ、瑞穂!!?」
飲んでたお茶を噴き出す焔を、ニヤニヤと眺める。
くくく、私を蔑ろにすると、そういう目に遭うのだよ。
八つ当たり?知らんな。
「俺ノーマルだから。至って健全に女の子が好きだから!」
「ハーレムは健全じゃないと思うよ」
「お前、ホンットしつけぇな!!」
「性分ですので」
ぐぬぬ、と恨めしげに睨みつけて来る焔。
そうそう、焔はこうでないとね!
ツンデレお坊ちゃんとしての矜持を忘れないでもらいたいよ、本当に。
「い、今は俺の話じゃないだろ」
「そうだったね」
「お前が逸らしたんだよ!何え?そうだっけ?みたいな顔してるんだよ!」
「さて、それでは本題に移ります」
「サラッと話を戻すな!まったく……」
仕方ないなぁって言いながらも、話を聞いてくれる焔が好きです。
何か友達っぽくて最高だね!
なんてふざけてても、目下の問題が解決する訳ではない。
私は、一口お茶を含むと、小さく溜息をついた。
「本題って言っても、解決法はサッパリ分からないんだけどねー」
「だな。あっ、言っとくけど、俺に頼るなよ?俺の対人経験値の低さナメんな」
「私もあんまりガチンコでぶつかり合った経験値はないよ」
「説得力ねーなぁ」
「マジマジ。大人の世界なんて建前と見栄で回ってるから。本音なんて軽めのジャブで揺さぶって引き出すものであって、傷付けない様に気を遣って聞き出したり、フォローしたりするようなものじゃないから」
「…お前も、結構エグい前世を送って来たんだな」
「えっ、そうかな?」
てっきり、それが普通なんだと思ってたけど…あれ?
もしかして私、実は結構ヘビーな所にいた?
そこそこの人生を歩んでたと思ってたけど…考えるのはよそう。哀しくなる。
「お嬢様」
「えっ、あ、うん?」
「課題が終了致しましたので、桐吾様に提出して参ります。しばらくこの場を離れますが、くれぐれも、庭からお出にならないよう、お気をつけ下さい」
「ああ、うん。いってらっしゃい」
「はい」
「いってきますねー」
ふと、晴雅君から声がかかる。
何事かと思いきや、今までやっていた課題が終わったから出しに行く、とは。
これは声を潜めなくても良くなって楽ですな。
私と焔は頷き合うと、笑顔で二人を見送った。
赤河家に一時的にでも仕える人は、色々とこなさなければならない課題がある、と言う。
つまり、あれって私もいつかやるんだよね。
うわ、気が重い……。
「こうして話してると、普通に気の良い兄ちゃんって感じなんだけどな」
ポツリと、焔が呟いた言葉に同意する。
言わずもがな、その言葉が向く対象は、晴雅君ではなく、晴臣君である。
明るく、社交的な性格みたいだし、私達に向く警戒心も、晴雅君に比べて、かなり上手に隠している。
それ故に、余計に対処に困るな、と言うのが私達の共通の感想だった。
「まぁ、親父とか西さんとかとは仲良いみたいだし、俺達が我慢してれば良いだけかな?」
「そうだねぇ。だからこそ不安って感じもするけど…今の所はスルーで良いんじゃないかな。名案も思いつかないし」
「はー。しばらく息苦しい日が続くのかー鬱だなー…」
「でも、いよいよ小学校に入学出来るし、鬱な気持ちを払拭出来る位、楽しい事が起きるかもしれないよ?いえーい、楽しみだねっ!」
本心からそう言ったのに、焔から呆れた様な目で見られる。
えっ、私何か変な事言った?
困惑する私に、焔は溜息混じりに言う。
「二度目の小学校でそこまでテンション上げられないだろ、普通」
「私は楽しみだけど?」
「高校とか大学まで通っておいて、小学校も楽しみに出来るとか…流石瑞穂だな。子供より子供」
「し、失敬な!」
何と言う事でしょう。
年下の焔から子供扱いを受けました。
誰だ因果応報って言った奴は。前に出ろ。
お母さんお手製の砂糖より甘いクッキーを口にねじ込んでやる。
「あ、そうだ。忘れる所だった」
「え?何?」
「小学校で起きるイベント。念の為に瑞穂に教えておこうと思ってさ」
「過去編ってちーちゃんだけじゃないの?」
「メインヒロインほぼ全員に用意されてるよ」
「なんて周到」
焔から、思い出せるだけまとめた、と言う過去イベントメモを受け取る。
……ってか、メモじゃねぇ!
これ、絵はないけど最早漫画じゃん!?セリフの羅列だよ!
私は呆れながら、スッとそのメモを焔につっ返した。
「もう読んだのか?」
「そんな訳ないでしょ!情報量が多いんだよ!まとめて!頼むから!!」
「な、何でそんな必死なんだよお前…。まぁ、別に良いけどさ」
引き気味ながらも、焔は内容をまとめてくれる事になった。
すまん、焔。
私、部屋の掃除してる途中で昔に買った漫画見つけて、掃除も時間も忘れて没頭しちゃう性質だったんだ。
こんなの読んでたら夜が更けちゃうよ。まだ真昼間だけど。
「じゃあ、小一で起こるイベントだけ言うな」
「おーっす」
「夏休みの旅行で宿泊した旅館の娘、かぐやとの出会い。あと婚約」
「……なんてアバンチュール!!小学生の癖に!」
ショックだ。
小学生なんて鼻水たらして昆虫採集してれば良いと思うのは私だけか。
小学生の時に出会った男子なんてアレだよ。
動物みたいなものだったよ?
恋愛に発展なんてあり得ないでしょ。
何このラブコメ漫画の展開力は。怖ぇ。
「言っとくけど、出会いったって子供らしく鬼ごっこしたりとかして遊んで仲良くなるって位のイベントだからな?」
「それでどうして婚約なんて話になるの?」
「千歳の時もそうだけど、俺と仲良くした女子は漏れなく婚約だ。その内容なんて関係ないんだろ」
「伯父さんが怖い」
「いや、でもさ。千歳とも仲良くなったけど、別に親父は婚約だー!とか言ってないし、そんな怖がんなくて良いんじゃねぇか?」
「うーん、そうだと良いんだけどね…」
あの伯父さんを見てると、サラッと許嫁用意しそうで怖い。
私の相手も、知らない間にめちゃくちゃ増えてたりして。
笑えない!とんだ腐れビッチになっちゃうじゃないか、私が!
ハーレムは良いけど、逆ハーレムはないだろ!?
少子化を打ち止める協力すら出来ないし。
効率を考えるなら、断然、多夫一妻より一夫多妻。
あっ、世の中からのバッシングが聞こえる!
すいません、そうですよね。一人の夫に一人の妻。これが世の理ですよね!
「で、そのかぐや…ちゃん?ってどんな子?」
「えーっと、向田かぐや。俺達と同じ学年で、旅館のお嬢様。お淑やかな日本人形みたいな外見で、中身もそんな感じ。でも、思い込みが激しくて、小一の時一回しか会ってない俺…って言うか焔の妻になるんだって思い込んだまま、高校入学しても、その事実を疑う事なくアプローチしてくる…結構押しの強い女の子だ」
「…肉食女子だね」
日本人形みたいな女の子のアグレッシブなアプローチ。
ちょっと見てみたい。
あっ、ゴメン焔。気の迷いだから。睨まないで。
「名前なんて書くの?」
「お前漢字好きだな。かぐやは平仮名だ。名字は、向こうに田んぼで向田」
「漢字検定三級ナメるなよ」
「微妙だな」
旅館のお嬢様、か。
私みたいなエセお嬢様と違って、きっと可愛いんだろうなぁ。
ほんわかした気持ちになりながら、少し真面目に考える。
別に、躍起になってイベントを起こしたり、回避したりする必要はない。
気侭に生きる事への障害になりそうなイベントだったら避けるべきだろうけど、聞いた限りではそんな話でもなさそう。
仮にそのイベントが起きちゃった所で、焔の許嫁が増えるだけだ。
私としてはそんな可愛い子と焔が結ばれるなら、寧ろ祝福する。
結論。
私としては、どっちでも構わない、と言った所だ。
「教えてくれてありがとう。で、焔はどうするつもり?」
「出来るなら避けたいな。メインヒロインの中で、一番下手したら俺の事刺してきそうな子だし。修羅場をくぐりぬけられるだけのメンタルも、俺持ってないしな」
「そうだね。顔はともかくとして、中身は私以下のモブだもんね」
「お前も大概失礼だぞ!?」
「愛故だよ、愛故」
旅行に行かない!とは言えないだろうし、仮にイベントが起きるとして、出来るのは、そのかぐやちゃんを避ける事くらいだろう。
まぁ、私としてはどっちでも良いから、わざわざ避けるつもりもないけどね。
でも、浮気した男の事刺しそうな大和撫子って、どんな感じだろう。
焔の希望を裏切るつもりもないから、敢えて関わろうとは思わないけど、ちょっと会ってみたいな。
「お前さ、頼むからかぐやに関わるなよ?」
「え?焔は避ける事にしたんでしょ?なら私もそうするよ?」
「マジで頼むぞ?無意識で行動して千歳と関わりを持ったくらいだし、もしかしてかぐやもいつか普通に友達として紹介してくるんじゃないかって、俺疑ってるんだからな」
「そんな風に思われてたの!?」
心外だよ!
可愛い女の子は好きだけど、むやみやたらにナンパしたりしないよ!
「なかなか難しそうな晴雅落としたくらいだし」
「悪女みたいに言わないでよ。どう見ても恋愛感情じゃないし、晴雅君のは」
自分で言っといてなんだけど、そう言う問題じゃないな。うん。
「じゃあとりあえず、小学校に入るにあたって、晴臣君の動向に注意。夏休みには本当に旅行に行く事になったら、かぐやちゃんをなるべく避ける。オーケー?」
「オッケー。じゃあ、そう言う事で」
「よろしく!」
グッと握手を交わし合う私達。
五、六歳の子供のするこっちゃないよね。分かります。
「お嬢様!ランドセルが届いたそうです!」
「はーい」
私達は再び顔を見合わせて、笑い合う。
色々大変な事もあるけれど、第二の人生、一応何となく順調です。
……よね?
一夫多妻制云々は、瑞穂さんの個人的見解です。あまり気にしないで下さい。




