120.情報収集がしたい※
※ハットリ君視点です。
「ん? そこに在るは、遍く世界の記録の書架の守護者ではあるまいか?」
「……どうも」
学校からの帰り道。
俺は、偶然にも同じ学校に通う同学年の少年と遭遇してしまった。
タイミングとしては、少しでも主君の役に立つべく、1人で奴らの情報を集めようと試みて、身を潜めている時だった。最悪のひと言に尽きる。
……というか、図書室のガーディアンとは、俺のことだろうか。学校で図書室に居ることが多いからと言って、ガーディアンと呼ばれる程入り浸っていたつもりはないんだが。
「何だ、1人でこのような場所でコソコソと……ハッ! まさか、貴様!!」
適当に会釈をして、その場を退散しようとした俺だったが、彼は逃がしてはくれなかった。熱に浮かされたような複雑な物言いをしながら、大げさな動きでのけ反って俺の方を指す。
「天界の怒りに触れたか!!」
……意味が良く分からない。
俺は、思わず冷え切った視線を向けかけ、これ以上絡まれるのは御免だと無視することに決めた。
このような騒ぎを起こしていては、奴らに気付かれる可能性もある。素早くこの場を立ち去ろう。そう思って歩き出したのだが、彼は一切気にせずにズケズケと俺に話しかけて来る。
「幾千幾万の星々の煌めきも、今や貴様の敵か。悪くはない。この私も共に死地へと伴おうではないか!」
「……意味が分からない」
彼の名は、轟廉太郎。
大きな医院の院長の息子で、本人の性格の影響もあって、まだ入学したばかりだと言うのに既に噂が立っていた。
まだ、特定の友人はおらず、いつも1人で浮いている。
当然ながら、他のクラスの俺は、関係のない人間である。
確かに、去年主君と共にプールへ赴いた際、顔自体は合わせているが、あの時は顔を隠していたし、学校に通っている時は素顔とも言い難い様子に整えて通っているので、彼は俺と忍者ハットリを一致させてはいないはずだ。
事実、ここまで俺の正体に勘付いた者は1人もいない。主君らのような存在は、極めて異例なのだ。
だから、彼がここまで俺に絡んで来るというのは、想定外の状況と言える。
まったく、訳が分からない。
とは言え、ハッキリ「意味が分からない」と言えば退くだろう、という考えがあったのだが、彼は意に介することなく笑いかけて来た。
「何、我も一緒に付き合ってやろうという話だ!」
別に、分かりやすく言い直して欲しいと言った覚えはないのだが。
無邪気に口角を上げる彼を見ていると、どうにも力が抜ける。
プールで顔を合わせた時は、もう少し打たれ弱い印象があったのだが……彼にも何かがあったのかもしれない。
そう思いつつも、これ以上の関わりは余計だと、俺は視線を逸らす。
「……必要ない」
「遠慮するな!」
当然だが、俺は遠慮をしている訳ではない。
何なら、早く奴らの情報を得て、主君の元へ帰りたいくらいだ。
溜息を隠すことなく漏らし、更に視線を遠くへやろうとして、俺は反射的に近くの建物へ身を隠した。
「敵襲か!!」
あながち間違いではないので、早々に口を閉じて欲しい。
ギロリと睨みつけるが、彼はノリでかもしれないが俺が何かを言うよりも先に、俺の隣へと身を隠した。
正直、ありがたいと思って息をつき、視線だけを目的の方向へ向ける。そこには、今日のターゲットの姿が。
「あーっ、クソッ! 全然見つかんねー!!」
荒れたような声が響き、直後、ガシャン! と何かが倒れたような音がする。
そこに建つスーパーマーケットから出て来た男が、側にあったゴミ箱を蹴飛ばした音だった。
その男は、金色に染めた髪を立てた短気そうな男……先日俺を狙った「兄貴」とかいう男についていた舎弟のような男だった。
「ったくよー……折角兄貴が気に入る女が見つかったっつーのに……全然見つかんねーってどういうことだよ!!」
女? てっきり、俺を探し続けているものだと思っていたんだが、違うのか。
何となく嫌な予感を覚え、思わず目を細めていると、隣から静かに肩を叩かれる。
「……何ですか? 今、忙しいんです」
「……貴様、あの男を探っているのか?」
「……べつに」
意外と状況把握能力には長けているようだ。
てっきり、もっと呑気に自分の世界にはまり込んでいるかと思ったが、彼は割と冷静に状況を理解しようとしているようだった。
だが、殊今については少々厄介だ。いっそ、何も気づかずにいてくれた方が楽だったと思う。
(……でも、彼は主君の友人だし……適当な扱いは出来ないんだよな……)
黙らせる為に強硬手段を取ろうかと一瞬考えたが、頭を振って打ち消す。
主君は彼の相手を、「面倒くさい」と言わんばかりの顔でしていたが、だからと言って心の底から嫌っているのではなかった。
寧ろ、そうした対応それ自体を楽しんでいる様子の主君が、彼を危険に晒すような手段を許すはずがない。
「ふふふ、何とも心躍る展開じゃないか! よし、我の力、上手く使ってみせろ」
「……意味が良く分からない」
「何、手を貸そうと言っているんだ」
芝居がかった口調だが、声は抑えている。
邪魔にはならない、と重ねて言う彼に、俺は小さく溜息をついて了承の意を示した。
◇◇◇
今日の成果は、もう見込めないだろう。俺は初め、そう思っていた。
しかし、フタを開けてみれば、結果は上々で、俺は手の中のメモ帳をしきりに見つめて、嘆息していた。
「どうした? 我が輩よ。何か不足があったか?」
「いや……そうじゃないけど」
「ならば、今更我が偉大さに気が付いて慄いているのか。仕方あるまい。我はあまりに強大な力が宿っているからな!」
……言い方は何だが、実際俺は彼の諜報能力の高さに驚いていた。
諜報という程、身を隠したりすることは出来なかったが、不思議と周囲に溶け込むのだ。
その奇異な振る舞いのせいで、他の怪しい目的などが霞んでしまうせいなのかもしれない。
奴らに直接名前を尋ねに行った時は冷や冷やしたが、結果的に奴らの名前が明らかになったのは大きい。
主君が「犬みたい」と評していた男が、犬山康彦。大学生1年生。
主君が「物理的にチャラい」と評していた男が、雉村錬。中学2年生。
主君が「シンプルに煩い」と評していた男が、猿取改。中学3年生。
――そして、主君が「兄貴」と称していた男が、鬼島将己。中学3年生。
……幾つか、本当だろうかと首を捻る情報がある気もするが、恐らく間違いないはずだ。
これが分かるだけでも大きい。今後、危ない橋を渡らずに情報を得るキッカケになるだろう。
俺は主君に良い手土産が出来たと誇らしく思いながら、目の前の彼に礼を言った。
「その……轟君。迷惑がってすまなかった。それと、今日は助かったよ。ありがとう」
「構わん。我らは……その……学友であるからな!」
「はぁ」
学友というところで、不自然に頬を染める彼は、どうも友情に飢えている様子だ。
プールでも、必要以上に焔殿に絡んでいたし、主君にもこまめに連絡を取っているようだし。
……悪い人間ではないとは分かるが、だからと言って親しくするかは別だ。
俺はあくまでも、忍者。主君の道具となるべき存在が、あまり交友関係を広げるべきではないだろう。
「……それでは、俺はこれで」
「そうか! また明日会おう!!」
無邪気な人だ。
俺は、何処か複雑な思いを抱えながら、主君の待つ家へと帰還した。
……そして俺はこの日以降、勝手に友を名乗る彼に、無駄に学校で絡まれることになるのだが、それはこの時の俺には知らない話なのである。
「主君! 報告があります!!」
「って、勝手に調べに行ったら危ないって言ってたでしょ! 鳥頭なの、ハットリ君!?」
「な、何故怒るのでござるか、主君ー!!??」
ただ、ハットリ君は廉太郎君と同じ学年、同じ学校だよ、というだけの話でした。
ヤの付く自由業の人たち? 名前だけの登場でございます。