119.ヤの付くフラグを避ける為に
――ヤの付く自由業の兄貴たちには関わらない!
一つ、大きな目標を打ち立てた私たちだけど、まぁそう簡単にはいかない問題ではあるよね。
割とその辺、緩く考えがちな焔に聞かせたら、余計な心労をかけるかなーと思うので、私はハットリ君だけを伴って、後日伯父さんとお父さんのところを訪れた。
……そう言うと、何だか大袈裟だけど、要は2人が揃って家にいるタイミングを見計らって声をかけただけだ。
更に加えて言えば、2人は私がそういう行動に出ることを見越していたようで、「話がある」と言った時の返事は、「随分遅かったな」だった。
マジで赤河家怖いよ。
「ふむ。無関係を貫くことにした、と……ふふ、なかなか豪快な決断を下したものだ」
私が、包み隠さずに自分たちの身に起きたことと、それに対して思ったことや、これからの方針について話すのを、伯父さんは楽しそうに目を細めて黙って聞いていた。
すべてを話し終えて私が一息つくと、伯父さんはニヤッと口角を上げて、敢えてなのか座っていた椅子を軋ませて軽くのけ反った。
トン、と形の良い指先がデスクを叩く。大きな音ではないはずなのに、妙に響いて聞こえる。圧迫面接かな?
慣れている私はともかくとして、側に佇むハットリ君は、表情こそ動かしていないけれど、ピクリと小さく震えていた。
怖いよね、分かる。出来たら私だって避けたかったけど、私はこう見えても真面目な方だ。報告・連絡・相談は怠れないよ。何せ、前世は社会人でしたしね。
「私としても、少々難しいとは考えております。ですので、情報を適宜収集、対応もその都度臨機応変に変えていきたいと考えています」
「ああ、悪くないな」
私の考えは、概ね否定されるところはなかったようだ。何よりである。
とは言え、伯父さんのニヤニヤが治まらない辺り、何かツッコミどころはあったのではないかと思われる。
怖ぇよ、超怖ぇよ。横に焔がいたところで、多分助けになってくれないけど、心の拠り所的には欲しいな、おい。
内心で現実逃避を試みていると、伯父さんがややあって満面の笑みで手を組み、その上に顎を載せて口を開いた。
……有名なアニメで見たポーズだけど、似合い過ぎてて変な笑いがこみあげて来そうになる。
「それで、そこまで決まっていて俺たちにわざわざ報告に来た理由は何だ?」
お父さんの視線も、その質問が投げかけられたと同時くらいに厳しくなる。
これ、もしかしなくても結構重要な質問なんだろうか。
今すぐにでも逃げ出したくなるけど、仕方がない。これも、面白おかしい毎日の担保の為だ。
グッと拳を握り締めたのを勘付かれないように、余裕綽々、といった風を装って笑みを浮かべる。
「それが私の責任であると考えたからです」
「責任か。瑞穂、お前は俺の姪であって、使用人じゃないが?」
私に報告義務なんてないんじゃないか、と言ってるようでいて、その実私が同意したら怒られるパターンな予感。
動揺は押し隠して、ただひたすらにニコニコ笑顔のままで答える。
「その通りですが、私はまだ子どもです。家に何らかの不利益をもたらす可能性のあることについて秘匿した上で全てを解決出来るような能力はありません。あくまでも、旦那様の監督下であるが故にある程度の自由が許されているものであると認識しております。従って、私に与えられている自由裁量権の枠を超えるような問題が発生したと推察される場合、速やかに旦那様ないしはお父様に報告すべきでしょう。少なくとも、私はそう判断致しました」
スラスラーと、一応事前に考えておいた答えを述べる。
よし、噛まなかっただけでも儲けものだろう。今日の夕飯は美味しく食べられそうだ。
ホッと胸を撫で下ろしていると、伯父さんは笑顔を崩すことなく更に尋ねて来た。
「考え方については分かった。だが、ならばもっと早い段階で報告しようとは思わなかったのか? 例えば、見慣れない人間が周囲をウロつくようになったと思った頃辺りとか」
これは、要するにヤの付く自由業の人たちが、誰かを探す動きを見せ始めたのが、丁度ハットリ君を仲間に加えた直後くらいからだったから、お前なら結び付けて考えられただろう? 的な質問だ。
その時点で、相談なり報告なりしても良かったんじゃね? ってことだ。
まぁ、そりゃそーっちゃそうだけど、いやいや、流石のあの時点で結び付けて考えるのは無理だよ。と思うけど、正直に言ったら大変な目に遭いそうだ。
ここは一つ、それっぽく答えておくことにしよう。私は、シレッと言葉を返す。
「旦那様ならば、既に事の全容をご存知で、敢えて不干渉を貫いてらっしゃるものと愚行しております。よって、旦那様がすぐに対応せずに見逃している以上、ある程度問題ないと判断しておりました」
「ほう、そう来るか! 桐吾、お前の娘は面白いなぁ」
「……まだまだ未熟で、お恥ずかしい限りです」
お父さん、淡泊ぅー!
伯父さんはとにかく私がしゃべるのが面白いみたいでずっと笑ってるけど、お父さんは反対に、ずっと渋面だ。眉間の皺、跡になっちゃわないかな。
「まぁ、何だ。流石の俺もエスパーじゃない。全容までは知らないさ」
全容「は」知らないらしい。
絶対、殆ど知ってて言ってるよね、これ。
どう反応したら良いか分からず、困惑していると、伯父さんは気にせず続けた。
「だが、対応に悩んでいる間になかなか面白い展開になっているようだ。よって……瑞穂」
「はい」
とてつもなく嫌な予感のする呼びかけだけど、応じない訳にはいかない。
若干張りの失われた声で返事をすると、伯父さんは焔に似た面差しで、焔は多分浮かべないような、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「いちいち報告しなくても構わん。この一件に関しては。お前たちにすべて任せよう。好きにやれ」
「えっ……」
あまりにも予想外なお言葉だ。
ハットリ君1人の用い方に関しては、ギリギリ理解出来なくもないけど、それはどうなの?
二つの大きな組織同士の小競り合いに完全に巻き込まれることになりかねないのに、小学生に一任? どういう冗談??
目を瞬く私に、お父さんが補足するように口を開いた。
「至らない点があれば、我々がフォローするので、あまり難しく考える必要はありませんよ。情報を集めるのにも、手段を幾つか提供しましょう。上手に使いなさい」
「は、はい……」
「はい」しか許されないような空間で、私はキツネにつままれたような心持ちで頭を下げた。
隣に立つハットリ君は、立って居るのがやっと、といった様子でとにかく可哀想だった。
私は、話は終わりだと言う伯父さんの言葉に従って、茫然自失状態のハットリ君の手を取って退室した。
「あー……ハットリ君? 平気?」
「は、はぁ……」
平気か聞いたけど、魂の抜けたような返事しか出て来ない。
ハットリ君、きっと圧迫面接みたいなのに慣れてないんだろうな。
そう思うと、何だか偉そうな気持ちになって来るから不思議だ。こう……私がリードしてあげなくちゃ! みたいな。まぁ、冗談だけど。少し。
「あんまり気にしすぎないでね。見ての通り、伯父さんもお父さんもハットリ君のこと怒ってないから」
「そ、そのようですね。流石は、赤河グループのトップです」
顔色もあまりよろしくない。
もしかすると、忍者服じゃないと堂々と出来ない性分なのかもしれない。
だとしたら、悪いことしちゃったかな。多分、伯父さんに対して口布してたら失礼、とかなさそうだし。公式の場でもなかった訳だしね。
「……ところで、主君」
「ん?」
「つまりこれから我々は、奴らに積極的に関わらないようにする為に、奴らの情報を集めると……そういう形になるのでしょうか?」
「うん、そうだね」
動揺しつつも、状況はきちんと理解出来ているようで何よりだ。
あれ、これ忍者服着てない時の方が有能なんでない? ……触れちゃダメな問題な気がする。
「しかし、情報を集める為にはある程度接触しなくてはならないのでは?」
「あー、大丈夫大丈夫、潜入捜査みたいなのはしないから。遠目で窺うくらいだね」
「そうですか……その情報収集を、俺がやれば良いのでしょうか?」
「いやいや。こういうのは2人組が基本でしょう! 私とハットリ君、双子の4人でやるよ!」
あ、お父さんが提供してくれるという手段も利用していくけどね。
グッと拳を握っていると、丁度それを聞きつけたのか、双子が若干不満そうな感じで歩み寄って来た。
「あ、お嬢。話は終わりました?」
「おっと、2人とも! 丁度良いところに来てくれたねぇ」
「……お嬢。俺らねぇ、ちょっと怒ってるんですよ。分かってます?」
2人は、私がハットリ君を救う為に、単身で殴り込んだことを今も怒っている。
状況が許せば2人にも協力をお願いしただろうけど……まぁ、過ぎたことは仕方ないよね!
「ごめーんね!」
「可愛く言ってもダメ! これからお説教聞いてもらいますからね!」
「ええー!?」
「僕は一切怒っておりませんので、ご承知おきくださいね」
「流石雅君!」
「あっ、1人だけズルイぞマサ!」
……まぁ、そんなこんなで、私たち4人で『ヤの付く自由業の兄貴たち観察し隊』を結成することになった。
出来れば調べても何も出て来ないことを祈るばかりだけど、既にフラグは立って居る気もするので、出来れば全力でスルーしていきたいと思います。まるっ!