118.ハットリ君の事情
「――と、いう訳にござる」
とうとう小学生も最終学年になった、という感動はさておき。
私たち(私と焔)は私の部屋にて、ハットリ君から色々と事情を聞いていた。
ハットリ君絡まれ事件から数週間経っているのは、ハットリ君が落ち着くのを待っていたから……ではなく、単純に忙しかったせいだ。
今日ようやく時間が取れたのである。
「ふむふむ、ナルホドねぇ」
長々と聞いたところによると、ハットリ君が狙われたのは大体こんな流れだったようだ。
①ハットリ君の里VSとある極道一家
②互いに大切なものを奪い合い、冷戦突入
③極道一家がハットリ君を狙い始める←今ココ
何でハットリ君が狙われたかと言えば、ハットリ君が件の極道一家から大切なものを盗んで来た張本人だから、らしい。
かなり打ち明けてくれたハットリ君だけど、その内容についてだけは言えないとのことだ。まぁ、興味もないから構わないけど。
「つまり、覇権争い的な?」
「端的に申し上げれば」
私の問いかけに、大仰に頷いてみせるハットリ君。
理解は出来たけど、意味が分からないのは私だけだろうか。首を傾げつつ、窺うように焔を見ると、焔も似たような顔で唸っていた。おお、同志よ。
「発端は理解出来たけど、どうしてそれで赤河家の親父を狙って身を守ろうって発想になるんだ? 最悪消されるとか考えなかったのか?」
不思議そうに目を瞬きながら問いかける焔に全力で同意する。
百歩譲らなくても、赤河グループに守ってもらおうって発想は分かるけど、お茶目で命狙って来た相手を許した挙句、その理由を気にして調べて、更には身を守ってあげよう! なんて考えるような、愉快な人物だとでも思われているのだろうか、伯父さんは。
しきりに首を傾げる私たちに、ハットリ君は迷うように視線をさ迷わせた後、ひどく言いにくそうに告げた。
「恐らく、正面切って救いを求めるよりも、敢えて命を狙うくらいの支離滅裂な行動をする者の方が、より興味を引けると考えたものではないかと」
「……つまり、俺の親父は世間様から、普通に人助けをするような優しさを持たない、頭のネジが2、3本飛んでるイカレ野郎だと認識されている……と……」
「……誤解を恐れずに申し上げれば、そうなるのでござろうな……」
死んだ魚のような目になった焔を見て、ハットリ君はそっと目を逸らした。何よりも恐ろしいのは、世間様の認識が全然間違っていないだろう、という点だ。
伯父さん、そういうの好きだもんね。ハットリ君を迎えることになったと聞いた時の反応たるや。
――「あっはっは! 俺の命を? ほうほう、面白いじゃないか。よし、雇用を認めようじゃないか!」
……だったもんね。豪快過ぎる。まぁ、右腕とも呼べる私のお父さんが後押ししたと聞いた影響もあるんだろうけどさ。
しかし自分の命を狙った暗殺者の雇用を「面白い」と言って了承する伯父さん、マジヤベェ。
「……それで、ハットリ君はこれからどうしたいの?」
「拙者は、先日申し上げた通り、主君に心からの忠誠を誓い申し上げましたので、変わらずにこのままお仕えし続けたいでござる」
伯父さんの凄さについては、今更考えるまでもないかと思い直した私は、話を戻そうと口を開いた。
そんな私の問いに対して、キリッとした表情で答えるハットリ君。
でも残念。そっちじゃないんだな。
「それは聞くまでもなく、好きなだけ居てくれて良いんだけど、兄貴たちへの対応の方だよ聞きたいのは」
「えっ!?」
驚いたような声が上がったけど、それは兄貴云々の方じゃなくて、「好きなだけ居て良い」という言葉への驚きだろうとすぐに分かった。
どうしてこう……私の周囲には、ずっと私の側にいたいと言ってくれる人ばかりいるんだろう。
何だか、改めて考えると、伯父さんの奇行とかその辺よりも、全然驚くべき状況のような気がしてくる。
……私、生まれ変わって良かったな。なんて。
「拙者は……主君に偽りばかり述べていたのでござるよ……? それでも、側にいて……良いと……?」
信じられないものを見るように、見開いた目を閉じることなく凝視してくるハットリ君。
何だかむず痒いけど、今更私にずっと仕えたい、なんて言う人が1人や2人増えたところで問題はない。
将来的には分からないけれど、少なくとも今は、問題ない。
大丈夫大丈夫。どう考えても、双子の方が地雷案件だから。ハットリ君は害のないぽんこつ忍者だから。
「勿論だよ。これからもよろしくね、ハットリ君」
「っはい! 拙者、精一杯力を揮わせて頂きます!!」
目の端に涙さえ浮かべながら、土下座の勢いで頭を下げるハットリ君。
そこに違和感を覚えない程度には、すっかりハットリ君の挙動になれていた自分に、少しだけ驚いた。
いかんな。いかん。これじゃあ私、ただのモブにはもう戻れないかもしれない。
……別に、元からモブとしての仕事しようって思ったことないけど。
「ありがとう。……それで、ハットリ君個人としては兄貴たちにどう対応したい?」
「それは勿論、主君のご命令通りに!」
ハットリ君は、ニコニコ笑顔でそう言うけど、今聞きたいのはそういう方向じゃない。
流石ハットリ君。空気読まないな。だからと言って、呆れることはないけど。
「そうじゃなくて、一つの参考にしたいから、意見を聞かせて欲しいの」
「拙者の……個人的な見解でござるか?」
「そうそう。何を言っても怒ったりなんてしないから、思う通りに話して欲しいな」
「……拙者としては……」
ハットリ君は、少し悩む様子を見せた。
まぁ、そりゃそうか。里との連絡は、ここしばらくきな臭さを感じて絶っていたってことだし、里の意向は分からない。そんな状況で、気軽にどうしたい、なんて言えるはずもないか。
ハットリ君個人としては、私に仕えたいと思ってくれたということは、私を優先するって思ってくれたってことだけど、それでも実家に反することを望んでしたい訳ではないだろう。
……これは、何かを言うにも時間がかかるかもしれないぞぉ、と思って身構えていると、意外にもハットリ君は思っていたよりも早く考えをまとめた。
「拙者としては、可能な限り居所を察知されぬように行動したいでござる」
「つまり、関わりたくない?」
「はい」
その答えは意外なもの……でもないか。
ハットリ君がヤの付く自由業の人たちに狙われたのは、ハットリ君が大切なものを奪った張本人、という以外に、当然ながら向こうが優位に立つ材料にする為、という目的があるはずだ。
里の意向がどうであれ、ハットリ君の身柄が拘束されるのは決して望ましいことじゃない。
当然、今身を寄せている赤河家……と、ついでに青島家、にも迷惑がかかることになるから、ハットリ君としてはベストな回答になる。
……この質問したの、ちょっと安易だったかな。いや、別に良いか。
「ナルホドね、了解。私としても関わり合いになりたくないって思ってたし、丁度良いや」
「そうですか!」
私の言葉を聞くと、ハットリ君はホッとしたように息をついた。
私がそういう風に考えているとは分からなかったから、意見の一致を見て安心したのだろうか。
いやいや、安心するのはまだ早いけどね。
私がニヤリと口角を上げると、ようやくフリーズが解けたらしい焔が頬を引きつらせた。
「……お前、今滅茶苦茶悪い顔してるぞ。今度はどんなヤバイこと考えた?」
「失礼な。ヤバイことなんて考えたことないよ。寧ろ、良いことだよコレは」
本当か? と言わんばかりの視線を向けられる。マジで失礼だな、焔! 親しき中にも礼儀ありって言葉知らないの!?
「良いことと言うと、どのようなことでござろうか!?」
流石は主君でござる! と言わんばかりの視線を向けられる。言わずもがな、こちらはハットリ君である。
流石、忍者分かってる。さっき、空気読めないって思ってごめんね。ハットリ君は、空気読める子だよ。偶にだけどね。
「ふふふのふ。簡単だよ。ハットリ君」
「はい!」
「忍者服、脱ごうか!」
「はい! ……えっ!?」
満面の笑みで叫んだ言葉に、ハットリ君は初めの内こそ良い返事をしたけど、やがてその指示を理解したのか、サッと顔を青ざめた。
そういう反応を見せるのは予想の範囲内である。
私は余裕たっぷりに畳みかけた。
「そんな、いかにも忍者忍者した格好でいたら、すぐに見つかっちゃうよ! 素顔でいこう、ハットリ君。素顔って良いものだよ! 大丈夫! 私、イケメンもフツメンも等しく愛せるから!!」
「ご、後生でござる!! 主君! 後生でござるから、脱がそうとしないでくだされー!!」
「へっへっへ。良いではないか良いではないか!」
バッと一気に距離を詰めて、ハットリ君の頭の殆どを覆う頭巾に手をかける。
ハットリ君は、涙目で必死に抵抗を見せるけど、容赦はしてやらない。
言葉や態度はふざけてるけど、口にした言葉自体は、ちゃんとした考えに基づいたものだ。これは焔にも止められる筋合いはない行為なのである。
「お前は何処の悪代官だっ!!」
――スッパーン!!
「いったーい!!」
筋合いはなくても、殴るのが焔だった。忘れてた。
私は、何処からともなく取り出されたハリセンによって勢い良く叩かれ、ヒリヒリする頭を抱えてしゃがみ込む。
「これは必要な行為なんだよっ」
「何処がだ! ハットリに普通の格好させんのは賛成だけど、脱がすのは必要ない!」
仰る通り!
折角のセクハラの機会を奪われた私は、口を尖らせつつ、涙目で必死に頭巾を掴むハットリ君に向き直った。
「勝手に脱がせようとしたのはゴメンね。でも、必要な措置だから……出来たら、素顔を見せてくれないかな?」
「それは、変装ではダメなのでござるか?」
「うーん。変装でも良いとは思うけど……折角主従になるならね、そっちの方が嬉しいなーって思って」
少しだけ下がったっぽい株を上げようと、爽やかな笑みを浮かべて主張してみる。単純なハットリ君は、それだけでちょっと感動してくれたようだった。チョロくて非常にありがたい。
一方で焔は、まだじっとりとした視線を向けていた。いやん、粘着質。
「で、脱がせようとしたのは?」
「ノリ」
「自重を求める!!」
「断る!」
「断んな!!」
「いたいっ!!」
また叩かれてしまった。まったく、焔の愛情表現は激しいんだから。
内心で文句を述べつつヘラヘラ笑っていると、それを見てかハットリ君は薄っすらと微笑んだ。
「……主君らの中では、拙者の素顔など日々を愉快にするキッカケの一つに過ぎぬのでござるな」
何か悟ったようなことを言うけど、どういう意味だい?
私と焔が首を傾げていると、ハットリ君は何故かスッキリしたような表情で頭巾に手をかけた。
「失礼仕った。拙者、主君にすべて捧げると誓ったにも関わらず、躊躇ってしまい申したでござる」
「ああ、私こそ無神経なこと言っちゃったかもね。必要だと思ったのは本当だけど……ハットリ君にとって素顔を曝すのが本当に耐えがたいことなら、別の案考えてみるから気にしないで良いんだからね?」
「いえ……構いませぬ」
首を横に振ってから、ハットリ君は割と躊躇なく頭巾を取った。
一緒に口布も下へと下ろし、1年の間謎だったハットリ君の素顔が、今露わになった。
「うわ……イケメン……」
思わず、ゲンナリとした様子で呟いたのは焔だ。
私は無言でその言葉に同意する。
「た、大した素顔でなく申し訳ありません……」
サラサラの長い黒髪。涼やかな釣り目。高くはないけど、形の良い鼻。弧を描く薄い唇。……和風美男子と言われて、10人中8人が思い浮かべそうな顔をしている。スタイル? 勿論良いよ。中学生くらいの、まだあどけない愛嬌に、何処となく漂い始める大人っぽさの複雑な同居。
ヤバイ。これはヤバイ。素顔で歩いたら、ヤの付く自由業の人には気付かれなくても、世の女性たちの注目浴びちゃうよ!!
「いや、相当大したことあるよハットリ君。これはヤバイ」
「ちょっとは隠した方が良くないか? 伊達眼鏡するか??」
「え?」
戸惑い気味のハットリ君に、半ば押し付ける形で焔が部屋にあった伊達眼鏡をかけさせる。
……駄目だ。完全に読者モデル。表紙飾れるレベルだよ。いや、最早プロか。
「ヤバイ、格好良いよ焔どうしよう!」
「想定内っちゃ想定内だけど……ヤバイな」
「でも考えてみたら焔もイケメンだし、双子もイケメンだから、一緒にいれば誤魔化せるか!」
考えてみたら、私の周囲は美形が多かった。
大丈夫だ。これなら寧ろ浮くのは私だ! 美形よりの普通顔。それが私!
「誤魔化せるかぁ?」
焔は懐疑的だけど、いけるいける!
何なら、通学路は双子の鉄壁ディフェンスでいけるよ。
「あ、でもハットリ君学校違う……んだよね?」
「そうですね。でも、問題ないと思います。今まで正体がバレたことはありませんでしたので……」
「ていうか「ござる」口調どうしたの?」
「あれは……その、お恥ずかしながら、頭巾をかぶると出るんです……」
スイッチ的なものだろうか。
ニンニン! ってノリノリで言ってくれるから気に入ってたのに。
ちょっと不満に思わなくもないけど、まぁ外に出る時は諦めよう。
「じゃあ、忍者服は室内限定でね。外出時は忍者服禁止でいこう!」
「はい!」
「えっ、全面禁止じゃないのか? お前、意外と忍者服気に入ってたのか」
「うん!」
「元気に頷くな!!」
だって、レアぞ! リアル忍者なんてウルトラレアぞ!!
笑いながら、またどうでも良い話に脱線する私たち。
その様子を、ハットリ君は目を細めながら見つめていた。
「……ありがとうございます、主君」
何だか、泣きそうな感じで言っていたけど、聞こえなかった振りをした。
1年一緒に居て、今更迷惑だとか、思うはずがない。
大丈夫。ハットリ君が悪い子じゃないなんて、私たちちゃんと知ってるからね。
だから、これからもよろしくね、ハットリ君!!
――こうして、6年生生活は始まりを告げるのだ。なんちゃって。
「ところで、ハットリ君の本名ってもう聞いても平気?」
「はい。藤林佐助です」
「サスケ!! ハットリ君と悩んだニ大巨頭!!」
「二大巨頭……??」
「……コイツのことは気にしなくて良いからな、ハットリ……」
「? はい」
「失敬な!!」