114.地固まらず※
※全編、晴臣視点です。
「あっ、あの、困ります……」
「良いから、気にしないで。というか、選んでもらえないと俺が困る」
「でも……」
とある休日、俺は不本意ながら十村嬢を伴って町中を歩いていた。
というのも俺が、この十村嬢に対して2、3年という長い期間、ずっと冷たい態度で接していたことへの謝罪の気持ちを表したいと考えたことが理由だ。
謝罪自体は、先日お嬢に促される形で既に済んでいるけれど、まだ小さなお嬢にお膳立てされた謝罪で終わらせたら、俺の中のプライドが傷つく。
だから、今日はわざわざ彼女を呼んで、何か欲しいものを選んでもらおうと考えていた。謝罪は済んでるから、あとは形あるものでってところだな。
「俺からのプレゼント、欲しくないの?」
「えっ、そんな……」
でも、一つ大きな問題があった。
俺が選んで贈るというのも考えたけれど、結局本人が欲しいものを贈った方が誠意になるだろうという考えで落ち着いていたのに、当の本人が選ぶことを渋るのだ。
別に、そこまで重苦しく考えないで、適当にパパッと選んでしまえば良いのに、と不満に思わなくもない。
……冷たく接していた件について申し訳なく思っているとは言っても、やっぱり俺は彼女が苦手だ。
「……晴臣。今日は謝罪の為に彼女を呼んだのだろう? 睨んでどうする」
マサが、呆れたように溜息をつきながら口を挟んで来たので、思わず眉をひそめる。
マサには、彼女と2人きりなんてゴメンだったので、無理を言って一緒に来てもらった。
折角の休日だから一日中お嬢と一緒に居たいと言って、かなりごねられたが最終的には了承してくれた。お嬢だって、あんまり俺たちとベッタリだとストレスだろうから、偶には良いだろうという理由で納得していた。今日は桐吾さん直々の指導があるって話だったしな。
けど、そういう理由がないと一緒に来てくれないなんて、双子甲斐のないヤツだ。まったく。
「ってか、態度デカいと思うぞ晴臣」
「確かに焔様の仰る通りですね」
「ちょ、若たち俺に厳しくない!?」
丁度出かける時に顔を合わせた若は、休日に双子揃って出かけるなんて珍しいと言って外出の理由を聞くと、心配だからと付いて来た。
何とも奇特な人だと思う。まぁ、お嬢と似た者同士とも言えるけれど。流石は従姉弟、といったところだろうか。
「「俺のやるプレゼント欲しくないはずないだろ」って言ってるみたいに聞こえるぞ。そんなんで受け取ろうと思うヤツがいるかよ。……ですよね、麻子さん?」
「ええっ!? そんな、私、その……」
若の自信満々な物言いに、十村嬢は面食らったようでおろおろと目線をさ迷わせている。
ハッキリしない態度だ。俺はイライラしつつ、それを表に出すまいと歯を食いしばった。仲直りをしたいと思っているのに、怒ってどうする。
「別に、そこまでエラそうなこと、思っちゃいませんよ」
とりあえず否定しとかないと、と思って口を開いたものの、やけにやさぐれたような声が出た。
猫をかぶるのは、ずっと得意だったのに、どうして十村嬢のこととなると不機嫌が表に出てしまうんだろう。
そう思いかけて、すぐに気付いた。十村嬢に関することだから、じゃない。
俺は、猫をかぶるのが下手になったんだ。
そういう風に俺を変えた人のことを考えると、胸の奥が痛くなる。最近は、概ねそんな感情に蓋をするのに精いっぱいで、それ以外は疎かになってしまう。
自嘲するように笑うと、若は不満そうに口を尖らせながら苦言を呈した。
「そう聞こえるって話だよ。お前華やかで自信満々って感じに見えるし、そんな気なくてもエラそうに見えるんだから気を付けろよ」
「えー、若の俺への評価が意外と高い。ありがとうございます、若」
「って、頭撫でるな!! 子ども扱い反対だ!!」
ムスッとしながらも、俺を心配するようなことを言う若が可愛い。
俺は思わず頬を緩めながら若の頭を撫でた。
最近、ぐんぐんと背が伸びつつある若は、大分頭の高さは近くなっている。
それでも、まだ幼い顔立ちはしっかりと小学生であることを主張していて、絶妙な魅力を放っている。
周囲の女の子たちが、若を見て熱い溜息をつくのを、満足に思って横目で眺めていると、マサからも苦言が飛んで来た。
「……晴臣。現実逃避も良いが、十村さんに向き合うつもりで今日は来たんだろう? あまり後に回すな」
「……分かってるよ」
若を撫でる手を止めると、溜息交じりに十村嬢の方を見た。十村嬢は、もじもじと組んだ手を動かしていたが、やがてゆっくりと顔を上げる。
「あー……本当、ごめんね。俺、どうも君のことやっぱり苦手みたいで」
「直接言うヤツがあるかー!!」
若が、俺の言葉を聞いて焦ったように声を上げる。
もしかしたら、十村嬢は泣くかもしれない。
流石にヤバイことを言ったかもしれない、と思っていると、予想外にも彼女は穏やかに微笑んでいた。
「……いえ、良いんです。私、嫌われて当然だったと思っていますから」
「いや、それは……」
半ば、八つ当たりのようなところもあった自覚があるから、多少居た堪れない。
俺は素直にお嬢に縋れないのに、無神経に寄りかかろうとするなよ、的な。まぁ、絶対言わないけど。
「瑞穂ちゃん、私が仲直りしたって、あれからずっと嬉しそうにしていて、私もとても嬉しいです。だから、出来れば瑞穂ちゃんのいるところでもう少しだけ優しくして頂けたら……私、もうそれだけで十分です。晴臣さんが、私のことを気に掛ける必要なんてありません。プレゼントなんてなくても……良いんです」
何で俺は、彼女のことがこんなに苦手なんだろうと、ふと思った。
出会った時の印象が悪かった? そんなの、ここまで引きずるようなことじゃない。
だったら、やっぱり他に理由があるんだろう。俺は考える。
そして、不意に思い至った。
「……ねぇ、何で欲しがらないの?」
「え?」
俺の質問に、十村嬢は目を瞬く。
出会った頃よりも、ずっとあか抜けて、綺麗になった。
俺も、そう思っているくらいだから、周囲の人間はもっと思っているだろう。
何なら、出会った頃の暗い顔を思い出せるヤツは、いないくらいだと思う。
それなのに、彼女は欲がない。いや、ない訳じゃない。出さないだけだ。……彼女はどこか、マサに似てるから。
「もっと言って良いと思うよ。俺のことだってさ、気にくわないとか、ヒドイとか、もっと言っても良いんだ。何で何も感じてないみたいに言うの? 俺、そういうところ苦手」
「晴臣! 仲直りしたんじゃなかったのかよ!?」
「……焔様」
俺の言葉が、ただの罵倒のものじゃないと分かってくれたのか、焦って止めようとする若を、マサは止めてくれた。
困惑したように俺を見る若の視線は、ちょっと痛い。
若はさ、俺のことなんだと思ってるの。ちょっとくらい信用してくれても良いのに。
内心で苦笑していると、少しの間黙っていた十村嬢が、何故か嬉しそうに目を細めて口を開いた。
「私は、好きです。晴臣さんのそういうところ」
「は?」
思わず、気の抜けたような声が漏れた。
いや、俺は悪くないだろ。
ただの罵倒のつもりで言った訳じゃないけど、完全に罵倒じゃないって訳じゃないのに。
どうしてそんなに嬉しそうにしてるんだろう。
俺はここで、少しだけ嫌な予感を覚えた。何だろう。
「晴臣さんのかけてくれる言葉は、私にとって全部価値あるものなんです。キライって言われても、私、晴臣さんの感情が私に向いていると実感出来ることが、幸せなんです」
「そ、それはー……」
……ここで言うことじゃないかもしれないけど、俺はそこそこ女の子から告白されたことがある。
それを断る時に、場合によっては結構厳しい言葉をかけることもあった。素直に引き下がってくれる子ばかりじゃないから。
でも、割としつこい子であっても、普段穏やかな俺に冷たい目で見られれば泣き出して、二度と話しかけて来なくなる。
殆どどころか、全員そうだった。例外はなかった。別にどうでも良いと思って忘れる程度には、俺にとって大した意味を持たない子たちだった。
「勿論、優しくしてもらえればもっと幸せですけど、でも、私分かってますから。晴臣さんは、私に嘘をつくことも出来るのに、敢えて本音をぶつけてくれてるって」
本当に、似てる。
こうして、熱に浮かされたように語る十村嬢の、目。
マサが……滔々とお嬢について語る時に、そっくりだ。
俺が、正直ヤバイなって思ってる時の、マサに。
「晴臣さんの、そういうところが、私、とても好きです」
「いや、俺は全然好きじゃないし、これからも好きにならないと思う」
反射的に否定の言葉を放ったけど、今度は若も止めようとはしなかった。
何なら、ちょっとドン引いた感じで十村嬢を見てる。
ちょっとホッとする。
「良いんです。瑞穂ちゃんのことが好きな晴臣さんが好きなんです。だから、もし私に少しでも悪いと思うのなら……変わらないで、そのままでいてくれませんか?」
……本当に、困る。
だから、俺は彼女に形を差し出そうと思っていたのかもしれないとさえ思った。
お詫びとして、何かプレゼントを贈れば、それで終わりになるから。
でも、これじゃいつまでも引きずらないといけないだろう。
俺は、心の底から幸せそうに微笑む十村嬢を見て、頬を引きつらせる。
「……本当、苦手だよ。君のこと」
「……ごめんなさい」
俺が、絞り出すようにひと言呟くと、ここでようやく彼女は我に返ったように、申し訳なさそうに眉を下げた。
……自覚はあって、普通じゃないとも思っているんだろう。マサと違って。
マサは、すべての基準がお嬢になっても構わない、いや、寧ろそうありたいと思って行動してる。
だから俺はヤバイなって思うし、そうなりたくはないなと思ってるけど、マサは気にしない。
その点、十村嬢はきっと、俺を基準にしてしまう自分に気付いていて、止まるべきだと思っているのに止まらないんだ。
本当、報われないよ。損な性質だ。そう変えたのは、誰なのか。
「でも、」
「?」
「お嬢の前ではなるべく普通に接するように頑張るから……まぁ、よろしく」
「! はいっ」
嬉しそうに笑わないで欲しい。
俺は絶対に応えないから。
日に日に成長して、女の子から女性になろうとしていくお嬢を見て、子ども扱いしてないといつか暴走しそうで怖い、なんて思う気持ちの悪い自分。
そんな俺を想う、どこか歪んだ彼女と、俺と、越えてはいけないラインを越えるのは、果たしてどちらが先か。
ああ、これはゲームなのかもしれない、と俺は思う。
だとしたら、なんて最低のゲームだろう。
俺はまた、自嘲するように笑って、空を見上げた。
雨は降らない。
ただ、俺の想いを表すように、複雑に入り混じった灰色の、重苦しい雲が浮かんでいた。
……何故、晴双子界隈はヤンデレ風味になるのか。
皆様、ヤンデレは好きですか?