110.悠馬の相談※
※さっちゃんこと明佳ちゃん視点です。
時間が経つのは早いって言うけど、夏が過ぎて早くも秋になろうとしていた。
アタシは、今日ものんびりとみずほに差し入れられるお菓子を強奪して食べていた。誰も指摘しないから、あたしもスルーしてるけど、良く考えてみたら忍者がお菓子の差し入れって、ワケ分かんないよね。ウケる。
「……あのさ、ちょっと良い?」
みずほは、クラスメートから頼み込まれて勉強を見てあげている。
普段からアホっぽいことばっかやってるし言ってるから、意外だって言う人もいるけど、あの子はああ見えて頭は良い。
教えるのも得意だから、こうしてテスト前には良くモテる。
だから、そんなのは割といつものことだけど、一つだけいつも通りじゃないことがある。
「明佳、聞いてる?」
「え、アタシ?」
わざわざアタシに話しかけて来た、この子……風間悠馬である。
何だかとっても深刻そうな顔をしてこっちに来るから、何事かと思ったら、どうやらアタシに用事らしい。
あんまり珍しいから、思わず目を瞬いたら、ムスッと眉をひそめた。みずほが「素直な良い子」と称するだけあって、表情豊かである。
「何? みずほ通さないで話しかけて来るとか、めずらしーじゃん」
「うん、ちょっと聞きたいことあって……」
今度は気まずそうに頬をかき始める。あんまりにも分かりやすいから、イジる気も失せる。
正直あたしは、もっとツンツンしてる感じの子の方が好みだ。そういう性格の子ほど、自分のペースを失った時の反応が面白いのだ。先日、プールで再会を果たしたれんたろー君とか。
アタシを見た時の真っ青な顔を思い出してニヤニヤしていると、風間は不思議そうに首を傾げていた。仕方ないので思い出し笑いはやめて、真面目に話を聞くことにする。
「聞きたいことって?」
「……その、瑞穂ちゃんのこと、なんだけど」
物凄く言いにくそうにしてるけど、風間がアタシに相談する内容なんて、それ以外に思いつかない。
最初から分かってたと思いながら「ふーん」と呟くと、風間は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「その顔は結構面白い」
「え?」
「何でもない」
反射的に口から正直な気持ちが漏れてしまった。
別に、隠すつもりもないから良いんだけど、今は一応相談に乗るつもりでいるから、よろしくないか。アタシはヒラヒラと手を振って続きを促す。
「この間、オレが千歳と勝負してた時なんだけど」
「プールで? あの時のことっていうと……みずほが絡まれたヤツ?」
正確に言えば、絡まれてたのはみずほじゃなくて、スタイル抜群のおねーさんの方だ。えーっと、十村サンって言ったっけ?
多分、スゴイ美人な上にスタイルも良いから目を付けられたんだろう。まさか、みずほ1人でいるところを絡まれるとも思えない。
内心失礼なことを考えつつ、無言で頷く風間を見つめる。
もう終わったことだと思うんだけど、何が気になってるんだろう。
「オレ、全然気づかなくってさ……」
「仕方ないんじゃない? 勝負にむちゅーになってたんだし」
それは、主にアタシのお陰だ。
みずほなら、下手に風間たちを巻き込む方を嫌がるだろーなと思って、アタシは敢えて2人を遠ざけるように行動していた。
それが上手くいったので、2人は全部事が済んでから、何が起きたかを知ったのである。是非、感謝してもらいたい。
「それがどーかした?」
「……普通、そんな大人の男ににらまれたら怖いと思うんだよ」
「んー……まぁ、そうかもねぇ」
風間が何を言いたいのか分からないので、とりあえず頷いておく。
因みに、多分アタシも別に怖くはなかったと思う。
あのプールは、行く度に色々起こってるけど、治安は悪くないことで有名なのだ。そこまで深刻に受け止める必要はないはずだ。現に、割とすぐに監視員が来てたしね。顎に手を当てて頷くアタシを見た風間は、迷うように視線を動かしてから呟いた。
「でも、瑞穂ちゃんはいつも通りだったよね」
「そうだね」
逆に、大人の男に絡まれて泣くみずほなんて見てみたいくらいだ。
基本的にあの子は、表情豊かでシンプルな思考の持ち主っぽく見えるけど、実際はかなり達観してる。
アタシが言うのも何だけど、ちょっとやそっとじゃ動揺しないだろう。動揺したりしてるように見えるのは、全部フリだ。そう見えるようにしてるだけ。
人を見る目には自信あるし、結構な確率でそうだと思う。ま、違うかもしれないけど。
「でも、それって何か問題ある?」
「……あるよ!」
グッと手を握って言う風間。
教室の端っこという状況は忘れてないみたいで、声は抑えてるけど雰囲気がアレだからか、ちょっとだけ注目を集める。
でも、しばらく無言でいれば、すぐに皆の興味は他へ移って行った。
それを見計らってかは分からないけど、風間はそれから言葉を続けた。
「オレ、瑞穂ちゃんには昔からたくさん助けてもらって来たんだ」
「ふーん?」
「だから、今度はオレの番ってずっと思ってたんだ。早く大人になって、瑞穂ちゃんをオレが助けるんだって」
風間は、1年生の時からの友だちだって言ってたし、そういうこともあるんだろう。というか、詳しいエピソードは何も分からないけど、みずほらしいなって思って思わず笑ってしまった。
すると、自分が笑われたんだと勘違いした風間はムッと口を尖らせる。
「何で笑うんだよ」
「あー、ごめん。風間を笑ったんじゃないよ。みずほらしーなって思って」
「瑞穂ちゃんらしい?」
キョトンと首を傾げた風間に、テキトーに説明してやる。
「うん。だってあの子、困ってる人いたらすーぐ飛んでいくじゃん。お人好しってゆーか……寧ろ、物好きな感じで」
物好きという表現には少し引っかかってるみたいだったけど、風間も概ね納得したみたいで、うんうん頷いた。
そして、またプールでの出来事を思い出したようで、ズンと暗い顔をして俯く。ホント、分かりやすいったらない。
「……瑞穂ちゃんって、何があっても1人で大丈夫そうだろ? 今回のこともあって、オレ、自信がなくなったっていうか……」
「あー、ナルホドねぇ」
アタシは何となく風間の相談内容を理解した。
要するに、世話になったみずほの力になりたいのに、当のみずほが全然助けを必要としてないから、どうしたら良いか分からないってところか。
まぁ、それ以上の感情も持ってそうに見えるけど……それは今は良いだろう。アタシの口出しするようなことじゃないし。
「明佳は頭良いだろ。どうしたら良いと思う?」
「さてねぇ……」
どうしたら良いか、なんて聞かれてもアタシに分かるワケがない。
と言うか、そもそもそういうのは自分で考えないと意味がないと思う。
……とは言え、そんな話を風間にしたところで、理解を得られるかと聞かれれば微妙だと答えるだろう。
悪いことじゃない。風間は良い意味で普通の男の子だから。そういう気配りみたいなのは苦手だけど、だからみずほは可愛いって言ってるんだと思うし。
でも、風間本人からすれば大層な問題なんだろう。
至って深刻な顔でアタシを見つめている。そんな顔されても、アタシは別に知恵袋ってワケじゃないから、簡単に答えなんて出せないんだけど。
「逆に、風間は今までどー考えてたの?」
「……悪いヤツから守るとか」
「それ、ちとせも言ってたけど、無理っしょ。そういうヤツらに負けるみずほって想像つかないし、仮にみずほが負けてもおにーさんたちがいれば大体問題ないじゃん」
「……そうなんだよなぁ……」
アタシの言葉に、風間はとうとうしゃがみ込んだ。
気持ちは分かる。あの双子のおにーさんたちがいれば、大体のことが出来てしまうから。
本人だけでも難関なのに、あの2人が加われば不可能のレベルまで押し上げられてしまう。
「もっとシンプルに考えれば?」
「シンプル?」
縋るような視線が向けられて、アタシは小さく溜息をつく。
そんな期待されても、アタシだってフツーの小学生だっつの。
やれやれと肩を竦めつつ、とりあえず思いついたことを伝えることにした。
ここでテキトーなことを言って煙に巻く程、アタシの性格は悪くない。多分。
「前にみずほ、フツーの時間を過ごすのが一番幸せって言ってたんだよね」
「普通の時間??」
「学校で勉強したり、皆とおしゃべりしたりとか。だから、風間はこれからもみずほと仲良くしてりゃ良いんじゃない?」
アタシの言葉を、風間はしばらく理解出来ない様子で目を瞬いていた。
やがて情報を噛み砕き終えた頃、ようやくムッと目を吊り上げた。
「それ、何もしてないのとおんなじじゃないか」
「そーだよ。それがみずほにとって、一番嬉しいことだからね」
「……意味分かんないよ」
「そーだね。そもそもみずほって生き物が意味分かんないからね」
精々理解出来るとしたら、赤河くらいのものじゃないだろうか。
あの2人は、他の人にはない独特の空気感みたいなのがあるから。
生まれた時から一緒って言ってたし、そういう絆みたいなものかもしれない。
「それ以上聞かれても、アタシも答えらんないから、後は自分で頑張って考えなよ」
「うー……分かった。ありがとう、明佳」
「ん。どーいたしまして」
ここでお礼を言える辺り、良い子だなと思う。
ただ、ここでお礼を言っちゃうから、みずほからただただ可愛がられてるような気もする。ま、その辺は知ったこっちゃないけどね。
「あっ! ゆーちゃん、ゆーちゃん! ちょっと良いー!?」
「!! 何、瑞穂ちゃん」
当の本人から呼ばれて、風間は一目散に駆けて行く。
その背中を眺めつつ、アタシはまたお菓子を一つ口に入れる。
考えるのは、みずほたちのこと。
みずほと知り合ってから、あの暗かったよーすけが、ウソみたいに明るくなった。アタシ以外の友だちも出来たし、笑ってるのも良く見るようになった。
正直、アタシはとても嬉しかった。だから、よーすけがみずほのこと特別な目で見てるなって気付いた時も、嬉しかった。
うじうじうじうじウザかったとは言っても、小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染だ。幸せになって欲しいに決まってる。
だけど、そんなみずほの周りには、よーすけみたいな人がたくさんいる。
今相談しに来た風間だってそーだし、双子のおにーさんたちだってそう。
皆、みずほのこと特別な目で見てる。意味は色々だけど。
そんな、ただでさえ激戦区な上に、当の本人は皆に平等だ。
強いて言えば、赤河だけは特別扱いしてるっぽいけど、ちょっと意味合いは違いそうだ。
だとすれば、単純にそうした面子が増えれば増える程、どんどん辛い戦いになって来る。
「……よーすけにゃ、頑張ってもらいたいけど……難しいかもねー」
デロンと机に突っ伏して、思わず呟く。
まぁ、まだ小学生だから。結論を出すには早すぎるだろうけど、アタシにはあの輪がもっと大きくなるような気がしてならない。
そんな予感は、年々大きくなっていくばかりだ。
……ま、だからあんまり他人に興味を持てないアタシが、割と積極的に付き合ってるってところもあるんだけどね。
「さっちゃーん! ヘルプミー!!」
「あー、ハイハイ。何ー?」
無邪気なフリして、アタシを呼ぶみずほの声。
そんな風に呼ばれるのも悪くない、なんて思う辺り、アタシもその輪の一員に入ってるのかもしれない。なんてねぇ。