108.プール事件の後に
「いやー、プールじゃエライ目に遭ったねぇ」
「……お前、それ背中に晴雅張り付かせながら言うことじゃなくねーか?」
プールでのナンパ事件から数日後。
丁度話題も尽きたので、敢えて触れにくい話題を掘り起こしてみた。
というか、寧ろ皆がすぐにヒリつくから言えなかったけど、私としては凄く愚痴りたかったので、焔には諦めて頂きたいものである。
「仕方ないじゃん。雅君、離れたくないって言うんだもん」
「「だもん」で済ませて良いことなのか、それ……」
頭痛でもするのか、頭を抱える焔。
済ませて良いって言うか、済ませざるを得ないって言うか。
チラリと背後を振り返ると、爽やかな笑みを浮かべる雅君。プールから帰る時から、こうして片時も離れないんだから、もうしょうがないのだ。
「因みに雅君、離れる気ある?」
「微塵もございませんね」
この断定ぶりである。
私が何か言えば、一も二もなく同意する勢いの雅君がこれだ。
正直、私としてもどう言って説得すれば離れてくれるのか分からない。
「あの騒ぎは、僕らの内のどちらもお嬢様の側にいなかったことが遠因であると考えています。これからは、そのような手落ちのないよう努めますので、ご容赦ください」
「真面目って枠で片付けて良い問題じゃないと思うぞ、俺……」
ポツリと、「つーか重い」と呟く焔。
私も物凄く同意したいけど、雅君の手前、どうにも言い辛い。
曖昧な笑みを浮かべて、とりあえず流す。流すったら流す。
「まぁ一応、晴臣いない分はマシか?」
最初は、双子揃って私の側から離れようとしなかったから、絵面がもっとヤバかった。他にやることもあるので、交代制にしようということで決着がついて、こうしてどちらか1人が私の側にいる、という状態になっている。
出来れば早いところ解除してもらいたい。流石の私も息が詰まる。
「私はここまでしなくても平気だと思うんだけどねー」
「ご冗談でしょう?」
「至って本気だけど……」
「こればかりは受け入れかねます」
「……どうしても?」
「はい、どうしてもです」
あまりにも満面の笑み過ぎて、私は言葉を飲み込んだ。
いやいや、過保護が過ぎるよ。ちょっと怖いよ。
内心でドン引く私に、雅君は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げる。
「……お嬢様が息苦しく感じているのは、僕たちも分かっていますが……どうぞ、ご理解ください」
理解はしていると思う。
何だかんだと真面目な双子は、私と麻子ちゃんに危険が及んでしまった時、女の子たちに囲まれて対応が遅れてしまったことをひどく気にしている。なおかつナイーブなので、多分気持ちの整理には時間がかかるんだろう。
まぁ、夏休みが終わる頃になれば解放されるでしょう。そう結論付けると、私は2人については考えないことにした。
「ところで、もう一つ重苦しい案件あるでしょ?」
「……お前が双子の対応重いって考えてるのが意外だとか言いたいことはあるが……もう一つの方か? あるなぁ」
私の多少強引な話題転換に、焔は頬を引きつらせつつ乗ってくれた。
優しさ……というよりも、焔も話したいことだったからだろう。
私は大仰に頷くと、ケータイを開く。
「……廉太郎君からのメールなんだけどさ」
「ああ」
「滅茶苦茶長文のメール来てない?」
「……来てるな」
「……怖くない?」
「……ちょっと怖い」
2人で神妙な面持ちになりつつ、メールの受信画面を見つめる。
どこまでスクロールしていっても終わりの見えないメールが一通ある。怖っ。
「ご友人があまり居られないという話でしたからね。寂しいのでしょう」
雅君は事も無げに言うけど、これ全然それで納得出来るようなレベルじゃないよ。ストーカー的な怖さだよ。
「お2人からの友情を信じることが出来るようになれば、文章量も減りましょう」
う、うーん。友情を確かめる的なアレなんだろうか。
私は物理的に頭を抱えつつも、ひとまず返信画面を開く。
友だちだって言ったのは私たちだし、そこは責任を果たしていかないとね。
……言っとくけど、私は廉太郎君のことはキライじゃない。何なら、寧ろ気に入っている。ただ、物事にはバランスってものがあるからね。ここまでグイグイ来られると、ちょっとひいちゃう訳ですよ。あんだーすたん?
「あ、そうだ。そう言えば、切手あった?」
「はい、ご用意してあります」
「切手? 手紙でも出すのか?」
メールの返信を打ちながら、私はふと顔を上げて雅君に切手があったかを尋ねる。仕事の早い雅君は、どこからともなく探していた切手を取り出した。
そんな様子を見て、焔が首を傾げる。普通に暮らしていたら、今時手紙なんて出す機会も少ないもんね。
「うん。廉太郎君からのグイグイメール見てて思い出したんだよね」
「何を?」
「去年お世話になったし、かぐちゃんと了輔君に暑中見舞いみたいな形で手紙でも送ろうって思ってたの」
「……は?」
私の発言に、焔の目が点になる。
焔はかぐちゃん苦手だから、この反応は想定内だ。
そう思っていたら、予想外の方向の感想が飛んで来た。
「……お前、了輔とも知り合ってたのか?」
「え? ……あ」
何で了輔君に反応するんだろう、と思ってから、はたと気付いた。
そう言えば私、焔から、後藤了輔ってライバルキャラも登場する、とは聞いてたけど、実際に接触したよって報告、してなかったくない?
……私はそっと視線を逸らす。
「おいっ、瑞穂お前、真面目にやる気あんのかー!!」
「わー!! ごめんよ、焔ァー!!」
近くに雅君がいるから、具体的な話は出来ないけど、これだけで通じ合う私たち。いやー、こんなに近しい相棒が居るなんて、幸せだなー(現実逃避)。
「つきの都の従業員の御子息でしたね。彼と知り合ったことに、何か問題でも?」
「あー、それは……」
案の定というか、雅君が不思議に思ったようで首を傾げた。
私たちは同時に動きを止めて、アイコンタクトをとる。
そして、任せろとばかりに深く頷いた焔が、表向きの理由を口にする。
「コイツ、すぐ人のこと誑し込むだろ。いい加減にしろって言いたかったんだよ」
「ああ、なるほど」
「あれ、雅君何でそんなアッサリ納得してるの?」
納得してもらえれば有難いんだけど、微妙に腑に落ちない。
ジトーッとした視線を送ったら、雅君は心配そうに眉を寄せた。
「お言葉ですがお嬢様には他人を惹き付ける魅力がございますから。我々は心配をしているのですよ」
「そんなことないと思うよ。現に了輔君はそんなタイプじゃなかったでしょ?」
「ええ、それはそうでしたね」
「あ、そうなのか」
私の言葉に同意する雅君を見て、焔はちょっとホッとしたように息をついた。
出来れば私の言葉だけでも納得して欲しいんですがね。
え、日ごろの行いのせいだ? 誰だそんなこと言うのは。廉太郎君の恐怖の長文メール転送してやんぞ。
「まぁ、良いけどさ。あんまり他人を誑し込むなよ」
「何度も言ってるけど、そんなつもりないよ私」
「ハイハイ。知ってる知ってる」
うっわ、何この腹立つ態度ー!!
焔だってイケメンのクセにー!!
ぷぅと頬を膨らませたらつつかれたし。ち、畜生!!
「ま、良いや。手紙出しに行くんなら付き合うぞ」
「え、良いの? ありがとー焔」
「ああ。ま、俺がいなくても晴雅が一緒だろうから、別に平気だろうけどな」
皮肉っぽく笑う焔も、何だかんだ言ってチャラ男事件を気にしている。
だからこれは、焔なりの心配の現れなのだ。
「えへへー。焔のそういうとこ好きだな」
「お前っ……はぁぁ……ハイハイ。知ってる知ってる……」
今度は何故か疲れた感じで頷いていた。
おかしいなぁ。ここはビシッとツッコミが入るところだと思ったんだけど。
……まぁ、焔も疲れているんだろう。
「じゃー、手紙ささっと書いて来ちゃうからちょっと待っててねー」
「りょーかい」
それから私は、かぐちゃんと了輔君、それぞれに宛てた手紙を書き終えると、3人で仲良くポストへお散歩に行った。
勿論、行き帰りに危険な目には遭わなかった。あんなイベントに、そうそう簡単に遭遇して堪るもんかって感じなので、重畳だと思う。ただ……。
「おうおう、素直に吐かねーとどうなっか知らねーぞ!」
「し、知りません!」
「コイツだよ。この写真の。本当に知らねーのか?」
「初めて見ます!!」
「そーか、邪魔したな」
……何か、また町中でヤの付く自由業の方々とニアミスはしてしまった。
何らかのフラグではないことを、祈るばかりである。
「……え、何なんだよアイツら。ピアノの発表会の時にも見なかった? フラグ?」
「しっ! 見ない振りだよ、焔!!」