107.プールDEハチャメチャ(4)
また長いです。
前略、お父様。
今年も轟医院の院長様からご招待頂きまして、プールに参った次第ですが……。
「お前等様さぁ、分かってんの? 今、一体誰を突き飛ばそうとしたのか」
「どうせ知らないのだろう。そうでなければ、考えられん」
「あぁ? 何だよ、オマエら。邪魔すんじゃねぇ!」
「ちょっと顔がイケてるからって調子乗ってんのか?」
……えへへ。滅茶苦茶騒ぎになっちゃいそうです。
ああーっ、お父さん! これは悲劇だから! 私のせいじゃないからどうか説教は勘弁してくだせぇ!!
「おい、瑞穂! 大丈夫か?」
「ほ、焔ァ!!」
チャラ男にうっかり突き飛ばされてプールに落ちかけ、雅君に抱き留めてもらった状態のままの私は、駆け寄って来てくれた焔の方に視線だけ向ける。
私は全然無傷だし大丈夫なんだけど、双子が全然大丈夫じゃない。
臣君は口調が迷子だし、雅君は私を抱き締める力がハンパない。痛いレベルだ。
「……別の意味で大丈夫じゃなさそうだな……」
「……えへへ……」
そっと視線を逸らす。
秘儀・現実逃避を発動してみても、残念ながら現実は変わらないのである。
焔が責めるような視線を送って来たのが一瞬だけだったのが、せめてもの救いだ。
「おい、何事だ?」
「ああっ、廉太郎君も!」
一緒にウォータースライダーで遊んでいた焔がこっちへ駆けて来たからか、廉太郎君と有真さんもやって来た。
2人は、数人のチャラ男と、睨み合う双子を見て目を丸くしていた。
そりゃそうだ。なかなかプールで、こんな一触即発の事態に行き会うことなんてないだろう。
「……修羅場か」
「目ぇ輝かせて言うことじゃねぇだろ!!」
キョロキョロとそれぞれに視線を移してから、満を持して、といった面持ちで廉太郎君が重々しく言い放つ。
口調は落ち着いているけれど、隠し切れない目の奥のワクワクした光。
耐え切れなかった様子で、焔がツッコむ。ねぇ、空気読もうよ。
「と、十村様!? ご無事ですか!??」
少し間を置いて、麻子ちゃんがチャラ男に肩を抱かれている状態なのに気付いたらしい有真さんが、顔を真っ青にして呼びかける。
当事者の麻子ちゃんは、不愉快そうではあるけれど、怪我をしたりはしていないようで、力なく微笑む。
そのことに、私と焔はそっと、有真さんは激しくホッと息をついた。
「あれ、そこに居るの市村じゃねぇか?」
「え? 俺ですか?」
そんな折、チャラ男の1人が有真さんに気付いて意外そうに声を上げた。
声をかけられた有真さんは、数度目を瞬いて首を傾げる。
「えーと、どちら様でしょうか?」
「はぁ!? ふざけんな。クラスメイトだろうがよ!!」
「……ああ、そう言えば!」
ポン、と納得したように手を叩く有真さんにイラついた様子のチャラ男は、キッと有真さんを睨んだ。
世間って、狭いね。クラスメートだってさ。
そんな意味を込めて焔を見たら、本当にな、という感じで頷いてくれた。以心伝心とはこのことか。
「失礼ながら、皆さんは十村様とお知り合いだったのでしょうか? あまり繋がりが良く分からないのですが」
「さっき知り合ったんだよ」
頓珍漢な有真さんの問いかけに、チャラ男はキレ気味に答える。
そんな場合じゃないけど、ちょっとチャラ男の気持ちも分かる。
有真さん、ちょっと天然入ってたんだね。知らなかった……。
「てかキミ、トムラちゃんって言うんだ! それ、名字だよね。名前はなんていうの?」
「……お答えする義理はありません。離してください」
麻子ちゃんの肩を抱くチャラ男が、変に親しげに麻子ちゃんに語り掛ける。
でも、麻子ちゃんは全力で嫌がって、答える素振りはない。
押しに弱いところを見せたら付け込まれるだろうから、悪くない対応だと思うけど、最悪怒って手を出される可能性もある。
私は、ハラハラしながら見守る。助け出したいところだけど、今は雅君に抱き締められたままで、物理的に不可能だ。
「そんな冷たくしないでよー!」
「いやっ」
「っ十村様!」
グイグイと距離を詰めるチャラ男。
もうあれ、腕麻子ちゃんの胸に触ってるんじゃないだろうか。
万死に値するよ、あれは!!
私がカッと怒りに満ちたのと同時に、有真さんの声も熱を帯びる。
流石に、思いを寄せる相手が悲鳴を上げるのを見て、のんびりしたことは言っていられないようだ。
「申し訳ありませんが、彼女は嫌がっています。離して差し上げて頂けませんか?」
「何でオレらがオマエの言うこと聞かなきゃなんねーんだよ」
「そうだよ。オマエが代わりの女の子用意してくれでもすんのか?」
「それは……」
残念ながら、有真さんの押しは強くないようで、チャラ男たちの主張を上手く跳ねのけられないようだ。
……いや、有真さんは頑張ったよ! 十分抵抗したよ!!
「くっ……有真が本気を出すことが出来れば、あのような輩は瞬殺なんだが……俗世で出せるヤツの力は、本来の力の半分に満たないからな……」
「それ、何の設定だよ……」
本気で悔しそうに頭を抱える廉太郎君を、焔は呆れたように眺める。
今、ボケてる場合じゃないと思うんだけどなぁ!!
「ねー、お前等。俺たちを無視しないでくれませんかねぇ?」
有真さんとの間で会話が繰り広げられている間、律義に待っていた臣君が、我慢の限界とばかりに口を開いた。
背中しか見えないから表情は分からないけど、本気でヤバイ顔をしているんだろうということが、チャラ男たちの顔が引きつったことで分かった。
……どんな顔してるんだ、臣君。
「なっ、何だよ。何か文句でもあんのか?」
「そっちの女の子を突き飛ばしそうになったってので怒ってるんだろ? なら、謝るよ。悪かったな!」
謝るレベルで怖かったんだろうか。気になる。
ただ、私を突き飛ばしたことへの謝罪をもらっても、私は嬉しくない。
そっと眉間に皺を寄せていると、雅君の腕に、今度は優しく力が入った。
「……大丈夫です、お嬢様。僕たちにお任せください」
「うっ!? うん……」
……耳元で、掠れた無駄に良い声で囁かないで欲しい。
ちょっとゾクッとしたよ。
「これで良いだろ? この子を連れて行こうが、あとは関係ないよな!」
「それとも、トムラちゃんはオマエの女とでも言うつもりか?」
「きゃっ!」
無理やり麻子ちゃんを連れて行こうとするチャラ男たち。
いやいやいやいや、おかしいでしょ! なんつー理屈だ!
私はチャラ男たちの暴論に頭を抱える。
これは、話し合いで解決出来るような問題ではないかもしれない。
……だからと言って、力づくというのも悩ましい。
「――まさか。俺の女のはずないだろ」
何言ってんの、臣君。
嘲笑うように鼻を鳴らして、何を言うかと思えば本当に何を言うんだ。
私は頬を引きつらせる。言うに事欠いて、「俺の女じゃない」って。
ここは「俺の女に触るな」とかじゃないの? 少女漫画とかではそう言って助けるよね。……この世界少年漫画だけど。
「けど、彼女を連れて行かれると俺の大切な人が悲しむからね。返してもらいますよ」
「大切な人ォ?」
臣君の視線が、一瞬後ろの私の方へ向く。
本当に瞬く間だったけど、チャラ男たちには誰を指しているのか分かったようで、一斉に笑い出した。
「まさか、そこのお嬢ちゃんが?」
「冗談だろ? まさかオマエ、ロリコンかぁ?」
「だったら余計にこの子はいらねーだろ」
ぎゃはは、と実に楽しそうに笑うチャラ男たち。
臣君の言う大切な人って、別に異性として好きな人って意味じゃないと思うんだけどな。
チャラ男たちの頭の中は、恋愛で出来ているんだろうから仕方がないか。
「……アイツら、マジで良い度胸してんな……」
焔がポツリと、呆れたように呟く。
私も頷いて同意しておいた。どうなっても知らないよ、私。
「――ああ、ロリコンさ。それが、何か?」
…………。
……だから何言ってんの臣君ー!!??
いやいや、本気で言うに事欠いたのか!? 何が「ロリコンさ」だよ!!
おかしいでしょー!!???
「俺はもう、お嬢なしじゃ生きてけないし、お嬢が喜ぶんなら手の一つや二つ、平気で汚せるんで。そこんところちゃあんと理解した上で、発言してくださいねぇ?」
……マジだ。
声のトーンが、本気と書いてマジと読む、といった調子だ。怖い。
あれ、おかしいな。臣君、こんなデレ方する人でしたっけ。
私は目を白黒させながら、そっと焔を見た。ドン引いた視線を頂戴して、心が折れそうになった。
逃げるように麻子ちゃんを見る。……うっとりした顔してた。どうしよう。
「ご安心ください、お嬢様」
「ま、雅君!」
もう味方は雅君しかいない!!
縋るように見上げたら、そっと頭を撫でられた。
「あの程度の相手、手を汚すまでもございませんので」
心配してるポイントそこじゃない!!
悲鳴を上げかけた私の様子を見て、雅君はすぐに気付いてくれた。
「ああ、聡明なお嬢様はそのようなことを心配しているのではありませんでしたね」
そうそう、違うんだよ。
聡明かどうかはともかくとして、手を汚す云々の方は……いや、それも心配だけどね。違うんだよ。
「晴臣は、ロリコンではありません。お嬢様だけです」
……そっちでもないぃぃぃー!!!
もうダメだ、この双子。手遅れだ。
私は真っ白になりながら、全身の力を抜いた。
流れに身を任せる以外に、最早選択肢がない。どうしてこうなった。
「勿論、お嬢様の良きように致しますので、心配は要りませんよ」
ニッコリ、じゃないよ!!
私は、内心でのツッコミに疲れて、変な笑いがこみあげるのを感じた。
もうどうにでもなーれ! あはは……はぁ。
「な、何言ってんだコイツ……」
「もう行こうぜ……」
「いや! 離し……」
流石のチャラ男たちもドン引いたようで、麻子ちゃんを引っ張ってこの場を離れようとした。
でも、麻子ちゃんが抵抗しようとした直後……瞬きの後、気付けば麻子ちゃんは臣君の腕の中にいた。
「は!?」
「あれ!?」
現実を理解出来ない様子のチャラ男たち。
私は一応、臣君が一気に距離を詰めて麻子ちゃんを取り返す動きは見えていた。
でも、普通なら見えないんだろう。焔たちも目を丸くしている。
……あれ、私の目、おかしいのかな? いやいや、普通のはずだ。うん。ち、チートじゃないよ!
「……返してもらいますって、言ったはずですよ」
地を這うような声で言う臣君、マジヒーロー。
お姫様抱っこされた麻子ちゃん、マジヒロイン。
「はっ、晴臣さん!?」
一拍置いて、自分の状況を認識したのか、麻子ちゃんが焦ったように声を上げる。
それを臣君は鬱陶しそうに黙らせる。
「……静かに。落とすよ」
「すみません……」
すぐに黙る麻子ちゃん、マジ都合の良い女。
いやいや、違う違う。ヒロインヒロイン。
「てっ、テメェ!!」
更に遅れて状況を理解したらしいチャラ男の1人が、拳を振りかぶった。
よっぽど腹に据えかねたんだろう。
まぁ、完全に馬鹿にしてるっぽいもんね、双子。実際馬鹿にしてるんだろうけど。
さて、ここから正当防衛でボコる気だろうか、と思って見守っていると、臣君はニヤリと口角を上げた。
「……手、出したね?」
お、やっぱり正当防衛か?
「何してるんだー!!」
と、思ったら違った。
聞き慣れない声が聞こえたと思って、声のした方を見て理解した。
監視員のお兄さんが、他の警備の人たちを伴って登場したのだ。
多分、臣君はこのタイミングを待っていたんだ。正当防衛ですらない。手も出さずに、相手だけ悪者にして終わらせる、完璧な作戦。
……怖ぇ……。
「ゲッ! 警備のヤツだ!」
「くそっ……覚えてろ!」
「って、逃がす訳がないだろう!!」
「うわー!!」
逃げて行こうとするチャラ男たちを、警備の人たちは華麗に捕まえていく。
これから、お説教コースだろう。
というか、このプール何気に入場制限かかってるから、逃げたとしても何処の誰か分かると思うんだけどな。チャラ男たち、馬鹿なのかな。
「……あの、ありがとうございました」
「別に」
少しして、臣君に下ろしてもらった麻子ちゃんが、遠慮がちに頭を下げた。
それを臣君は、大層面倒くさそうに一瞥だけして応える。態度悪!!
「お、臣くーん……。もう少し大人になろうよぉ……」
「っいやー! お嬢! 無事で良かったですねぇ!!」
「それで誤魔化せる訳ねーだろ!?」
全力で誤魔化しにかかる臣君に、激しくツッコミを入れる焔。
それを見て、ようやく私を腕から離す雅君。
「ふむ。赤河家は、素晴らしい使用人がいるようだな」
「……な、何も出来ませんでした……」
普通に感心する廉太郎君。何故か落ち込む有真さん。
「あれー、何かあったの?」
「大丈夫、瑞穂ちゃーん?」
呑気に駆け寄って来るちーちゃん、ゆーちゃん。
「……2人、全然なんにも気付いてなかったから安心して」
1人クールにそう報告してくれるさっちゃん。
「監視員さんが慌ててこちらに来たが、大丈夫だったか?」
「素晴らしきお点前だったでござる! 是非とも見習いたいでござるよ!」
周囲を油断なく見回す委員長。遠目だったはずだけど、一触即発のシーンを目撃していたらしい興奮気味のハットリ君。
「あー、全然大丈夫だよ!!」
どうやら、日常が戻って来たようだ。
私は、焔と顔を見合わせると、ニッと笑って仕切り直すことを決めるのだった。
「よーし、それじゃあ今度は皆で競争しよっか!」
……因みに、帰ってからそもそも赤河家の使用人は問題を起こさせないのがベストである、とお父さんからコンコンと説教されることになるんだけど……。
それはまぁ、また別の話なのである。