106.プールDEハチャメチャ(3)
今回、ちょっと長いです。
「よォし! 炎獄の戦士赤河焔よ! 我と共に逆巻く激流の試練へいざ!!」
「「いざ!」じゃねぇよ、ふざけんな! つーか、そのダセェ二つ名聞き覚えあるなぁ、おい!! 撤回しろ!! 離せ!!」
「ああ……坊ちゃまがお友だちとウォータースライダーに乗れる日が来るなんて……」
目を爛々と輝かせながら、焔の腕をガッシリと捕まえてウォータースライダーへ向かう廉太郎君に、その姿を感動気味に見つめながら付いて行く有真さんという絵面が、なかなかにヤバイ。私は、遠い目をしながら見送る。
「おい、瑞穂! 知らんぷりするな、助けろー!!」
……実に尊い犠牲である。
同じく友だち扱いされてる私だけど、ひとまず廉太郎君は焔が付き合ってくれれば良いらしい。それを良いことに、私は視線を外した。
「……坊ちゃまはああ見えて恥ずかしがり屋でいらっしゃいますから、女性の青島様とご一緒するのは緊張するのでしょう」
ふと、無言で近くに佇んでいた有香さんが呟いた。
その物言いに納得しつつ、私は何となく尋ねてみる。
「有香さんは付き添わなくても良いんですか?」
「ただでさえ四六時中共に居るように命じられていると言うのに、更にすべてに付き合えと? ご冗談でしょう?」
「……ハッキリ言う有香さんの性格、キライじゃないですよ……」
ハッ、と鼻を鳴らす有香さんの従者としての姿勢、何故か嫌えない。変な笑いがこみあげるのを飲み込みつつ、私は他の誰かと遊ぼうと周囲を見回した。
「ねぇ、私たちと遊びましょうよぉ!」
「あたしたち丁度2人組なんですぅ! ご一緒にどうでしょう!?」
「ええー? 困ったなぁ。俺ら、合流しないといけない人が居るんだよねぇ」
「……はぁ」
……臣君と雅君は、まだ抜け出せないようだ。
前に来た時よりもお客さんが増えているのか、女の人の波がそう簡単には突破出来ないレベルに膨れ上がっている。
勿論、双子の実力だったらあの波を飛び越えて合流することは可能だろうけど、更に騒ぎになるのは目に見えてるので、何とか説得してこの場を治めようとしているようだ。
頑張れ、臣君。負けるな、臣君。
あからさまにため息ついてる雅君は、説得に加わる気、なさそうだし。
「あっ、お嬢ー! 助けてくださいよー!」
「お嬢様、すぐに参ります!」
2人と目が合った、と思った瞬間、2人は真っ直ぐ私に向かって声をかけて来た。
おいおい、そりゃーないんじゃないの。滅茶苦茶モテまくってる時に、全員無視して私みたいなちんちくりんに声かけたら、怒りの矛先私に向いちゃうんじゃないの?
内心でちょっと文句を言ってみたけど、この立ち位置だと誤魔化しようもない。
さて、どうしたものかと首を捻っていると、逆ナンお姉さんたちの視線が一斉に私の方へ向かって来た。
「合流しないといけないって、あの子ぉ?」
「やだ、可愛い! 妹さん?」
「でも妹さん、お友だちに呼ばれてるみたいだし、私たちは私たちで遊びましょうよぉ!」
……別に、怒りの矛先向かって来なかったわ。
そりゃそうか、とすぐに納得する。
何しろ私は、実年齢も外見年齢も、明らかに小学生だ。
お姉さんたちが熱を上げている双子は、明らかに高校生から大学生、といった風貌だし、まさか2人が小学生に熱を上げている、なんて勘違いする人はいないだろう。それなのに、私相手に嫉妬するような人がいたら、会ってみたいレベルだ。
「いやいや、俺たちお嬢のお兄さん代わりなだけで、兄って訳じゃ……」
「……貴女がたの相手をしているよりも余程有意義ですので……」
私を突破口に出来なかったからか、臣君は困ったように、雅君は苛立ったように言い募ろうとするけれど、この数のお姉さんたちには敵わなそうだ。
折角の文句も、黄色い声にかき消されてしまっている。
キャーキャー騒ぐ女性に囲まれる、2人のイケメン。
下手なアイドルよりもモテてそうだ。絵になるねぇ。
「グッドラック!」
私は、2人と合流するのはしばらく不可能だなと判断して、良い笑顔で親指を立てた。幸運を祈る! そんな声は、当然ながら黄色い声に飲み込まれたけど、多分2人には正確に伝わった。
同時に、ショックを受けたような顔をする2人。
ちょっと可哀想だけど、仕方がない。イケメンなんだもの。
「さーて、他に誰がいるかなー?」
女子の波に飲み込まれそうな2人をスルーして、他に遊んでくれそうなメンバーを探す。
2年前よりお客さんが増えているとは言っても、そこそこの規模のプールだ。
姿自体はすぐに見つかった。
「忍法、水蜘蛛!!」
「……面白いな。水の上を歩けるのか」
「如何にも!!」
ハットリ君が、足に何か道具を装備して水の上を歩き、それを横で眺める委員長が拍手をしている。あれは、なんて面白そうなんだろう。
すぐに反応した私は、彼らに合流しようと足を向けかけ……注意を促すホイッスルを聞いて足を止めた。
「そこの君たち!! 何をしているんだ! 危ないだろう!?」
はしゃぐ2人に声をかけたのは、プールの監視員をしているお兄さんだった。
いかにも真面目そうな人だ。
……そりゃ怒られるよなと、私は納得する。けど、事態を理解出来ていないのか、ハットリ君はキョトンと目を瞬いていた。
「ん? 係員の方でござるか。如何された?」
「「如何された?」じゃないよ! そんな道具を使って……他の人にぶつかったらどうするんだい」
「安全はきちんと確認しているでござる! 拙者、忍者にござりますれば!」
最高のドヤ顔を披露しながら胸を叩くハットリ君だけど、監視員のお兄さんは呆れ顔だ。そりゃそうだ。
「何が忍者だ。ちょっと来なさい。話を聞かせてもらおう!」
「えっ!?」
監視員のお兄さんに、ガッと腕を掴まれて慌てるハットリ君。
それを見て、そこまで黙っていた委員長が、そっとフォローを入れる。
「……ハットリは、悪い子ではないんです」
「キミは友だちかい? なら、悪いけどキミも一緒においで。プールで過ごす際のルールを教えてあげるから」
「……友だち……はい、分かりました」
「よーし、良い子だ」
ま、まぁお兄さん良い人っぽいし、大事にはならないよね!
きっと、お父さんに報告とかいかないよね!!
私は現実逃避をしつつ、引きずられていくハットリ君を見送った。
下手に声をかけたら、私までお説教コースに乗せられてしまう。触らぬ神に祟りなし、である。
「せ、拙者はっ、拙者はぁあああ!!!」
「はいはい。話はあっちで聞くから」
「……友だち」
悲しそうな声を上げるハットリ君に、それを引きずるお兄さん。
そして、いつもの無表情だけど、どことなく友だちという言葉の響きに満足しているっぽい委員長という、謎の3人組が建物内に入っていく。
……起こるべくして起こった悲劇だ。私は知らん。
「えーっと、じゃあ他の人……」
1人でプールでジャボジャボしてても楽しくない。また場内を見回す。
すぐに、残りのちーちゃんたちを見つけた。
「じゃあ、次はこっちのコースで勝負だよ!」
「望むところだ! 次もオレが勝つ!」
「さっきのもわたしの勝ちだから!!」
「何だと!?」
ちーちゃんとゆーちゃんが、バチバチにバトルを繰り広げている。
あれは可愛い。
そんな2人を、ニヤニヤと見つめるさっちゃんは、何気に審判を買って出てくれているようだ。
「ハイハイ。さっきのは同着だったから、落ち着きなー」
「むぅぅっ」
「くぅぅっ」
「もっかいやるんでしょ? 付き合ったげるから、位置に付きなよ」
「はぁい!」
「分かった!」
結構面倒見が良いさっちゃんである。
そんな3人はプール内に入っているけど、笑顔の麻子ちゃんはその近くのプールサイドに腰かけている。足だけを水につけて、穏やかに微笑む麻子ちゃんは、まるで女神のようだ。う、美しい。
「2人とも、あんまり無理しちゃダメよ?」
「分かってる!」
「気を付けるよ!」
「明佳ちゃんも、審判に夢中になり過ぎないようにね?」
「とーぜん」
「うふふ。頼もしいわね」
マジで女神かよ。思わず真顔になってしまった。
そして私は、即座に麻子ちゃんのいる方へ足を向ける。
このままボーッと見ていたら、合流タイミングを逃してしまいそうだ。
「あーさこ、ちゃんっ!」
「きゃっ!? み、瑞穂ちゃん?」
後ろから、ガバッと抱きついてみた。麻子ちゃんはビックリした声を上げる。
悲鳴まで可愛いとか、本気で女神かよ。調子に乗ってぎゅーっと力を込めると、麻子ちゃんの柔らかい身体の弾力が感じられて、ちょっと我に返った。
いかんいかん。別にセクハラをしたかったワケじゃないんだよ。
そっと離れて隣に腰を下ろすと、優しく頭を撫でられた。
「どうしたの、瑞穂ちゃん?」
「えへへ、1人ぼっちになっちゃいまして」
「あらあら」
急に驚かせるようなことをしたにも関わらず、麻子ちゃんは怒っていない様子である。ニコニコ笑顔に、私もニコニコ笑顔を返す。
「こっちではね、千歳ちゃんと悠馬君が、さっきから競争をしているのよ」
「そうだったんですね、楽しそう!」
「ええ、見ていてとても楽しいわ。仲が良くて素敵ね」
両手を合わせて目を細める麻子ちゃん。
私は眼福じゃー、なんて思いつつ、プールの方に顔を向けた。
今にも2人の勝負が始まりそうで、謎の緊張感に満ちている。平和じゃのー。
「おっ、可愛い子いんじゃん!」
……と、思ったのがフラグだったのだろうか。
「マジだ。すげー美人!」
「?」
何ともアレな会話が聞こえて来たと思ったら、すぐ後ろで足音が止まった。
振り向くと、チャラそうっていうかな感じのお兄さんたちが数人立っているのが見えた。全員もれなくニヤニヤ笑いを浮かべてて、視線は麻子ちゃんの全身に向いている。
「ねーねー、君! ヒマそうだし、オレらと遊ばねぇ?」
「……申し訳ありませんが、連れがいますのでお断りします」
意外にも、麻子ちゃんは怯むことなく毅然とした様子でお断りを入れた。
おお、強くなったな、麻子ちゃん!
思わず場違いにも感動しかけたけど、そんな私のほっこりした感情は、すぐに現実に引き戻されて冷める。
「いやいや、だって子どものお守りっしょ? 良いじゃん、そんなの別に」
「そうそう! このプール安全で有名だしぃ?」
今まさに安全じゃない気がするんですが。
私は、監視員の人に助けを求めようと場内を見回して、すぐに思い出した。
いや、今あの人ハットリ君への説教中だったわ。役に立たねー!!
「……私にとって大切な子たちなので、良くありません」
麻子ちゃんがムッとしたような声を出す。
今までの麻子ちゃんを知る身としては、本当に感動するくらい低い声なんだけど、いかんせん地声が可愛らしいから、全然相手に効いてない。
ああっ、可憐な見た目が災いしたか!! 寧ろニヤニヤが増した気さえするよ!!
「ほらほら、行こうよ」
「はっ、離してください!」
1人が強硬手段に出て来た。
ちょっ、私の目の前で麻子ちゃんの肩に手を回すとかふてぇ野郎だ!!
私はキッと睨み上げて立ち上がる。
「やめてください! 嫌がってるじゃないですか!」
男たちは、一瞬呆気にとられたように目を丸くして、それから笑い出した。
……うん、気持ちは分かるよ。
チャラ系大学生(多分)から見て、こんなちびっ子小学生が啖呵を切ったところで、イキってるようにしか見えないもんね。
「お姉ちゃん守ろうってか? エライなぁ、お嬢ちゃん」
「でもなぁ、お兄さんたち悪いオトナじゃないから。このお姉さんとちょっと仲良くしたいだけだから」
何言っとるんじゃい!
私は更に表情を険しくするけど、生憎全然効果はない。
睨みつけつつも、正直私はちょっと迷っていた。
殴ったり蹴ったりするのは簡単だ。挑発するのも出来るだろう。
……でも、そうやって事を荒立てるのは、赤河家にお仕えする者として、正しいのだろうか。
なんて、一瞬迷ったのがいけなかったのだろう。
麻子ちゃんの身体が引っ張られてしまった。
「きゃ……っ」
「キミはこっちねー」
「あっ、やめてください!!」
「良い子だから、邪魔しないでねぇ」
そして、連れ去られそうになった麻子ちゃんに手を伸ばして、取り返そうと意識を向けた隙間。
普段だったら絶対避けるか受けるか出来ただろう程度の突き飛ばすような動きが飛んで来た。
完全に不意を突かれる形になってしまった私の肩に、男の手が軽く触れる。
(あっ、ヤバイ倒れる……!)
倒れる先はプールだから、怪我はしない。けど、確実に騒ぎにはなる。
今この時点で既に騒ぎになってるかもだけど。どうしよう。
もう何も気にしないで麻子ちゃんを助けよう。
その結論に至る直前、私の身体はプールに落ちることなく、誰かに抱き留められた。
「――ご無事ですか、お嬢様?」
「あ……」
ギュッと、大切そうに抱き締められる体温。
耳元で囁かれた声に、私は目を見開いた。
「……雅、君?」
「はい、僕です」
薄く微笑む雅君の顔がドアップに映ってビビる。
あれ、双子って女の子たちに囲まれてて忙しかったんじゃなかったっけ?
次いで、混乱する私の目の前に、別の誰かの背中がそびえていることに気付く。
「……お前等、覚悟はよろしいでしょうかぁ?」
言葉遣いが完全に迷子になっているけど、臣君だ。
怒りに打ち震えて、キャラが迷子になっているようだ。
こんな臣君初めて見た。
「……良いに決まっている。僕たちの大切なお嬢様を突き飛ばすなど……万死に値する愚行だ」
……雅君なんてマジ切れだ。
私は、これから起きるアレやコレやらを思って眩暈を覚えた。
(……ヨシ、こういう時は秘儀・現実逃避だ!!)
そして、思い切り視線を逸らして、駆け寄って来る焔に目線で責められるのだった。