105.プールDEハチャメチャ(2)
「……何故だ、青島瑞穂よ……」
「はい?」
「如何なる聖獣の手に阻まれたのだ! 如何な手練れの者であれ、我らの永久なる誓いを破ることなど出来ないはずであったのに!!」
「……はい??」
どうも、こんにちは。プールに突入したところで、急にフルネームで呼びかけられました青島瑞穂です。
……って、ふざけてる場合じゃないね。ちょっと真面目に回想しようか。
夏休みに入ったので、微妙に恒例の轟プールに来た私たち。
今年は、更衣室で有香ちゃんとの遭遇イベントもなかったから胸を撫で下ろしていたんだけど、更衣室から出た矢先、出口脇で膝を抱えてしゃがみ込んでいた少年に絡まれた。
何事かと思って良く見なくても、その特徴的なしゃべり方だけで分かるけど、彼はこのプールの所有者の息子さんこと、轟廉太郎君である。
いや、本当に何事だよ!?
急に自分より背の高い男の子が、もの凄い勢いで迫って来て、ガシッと両肩を掴んで縋るような目で見ながらまくし立てて来たら、どんな人でも恐怖を覚えることだろう。
因みに私は、恐怖よりも混乱が上回ってるけどね。わけわかめ。
どうしよう。ちゃんと回想しても良く分からないわ。
「えーっと、落ち着いてください廉太郎君」
「落ち着いている場合ではないぞ! 我が盟友よ!!」
「いつの間にか盟友にされている!?」
一体、いつの間にだろう。
本気で首を傾げると、廉太郎君は滅茶苦茶ショックを受けたようで、ヨロヨロと後ろの方へよろめいていった。
可哀想に。でも、両肩から手が離れたから、ちょっとホッとする私。
「あれ程硬く、友情を誓い合ったと言うのに……!!」
そんなエピソード、あっただろうか。
助けを求めて振り向くと、心底楽しそうにニヤついてるさっちゃんと目が合った。
ダメだ。さっちゃんはこのネタでしばらくからかって来るつもりだ。助けてはくれない。
「ちょっと! 急に何よ。瑞穂ちゃん困ってるでしょ!」
「ち、ちーちゃん!」
グイッと前に出てくれたのはちーちゃんだ。
腰に手を当てて胸を張る姿は、安定の美少女。やだ、素敵。
「我が輩との逢瀬を邪魔するとは、貴様さては天使長カプリエールの手の者か!!」
誰だよ、カプリエール!
ガブリエルとかラファエルとかじゃないのかよ!!
……思わず、内心でツッコミを入れてしまう。
いや、仕方ないよ。相手が廉太郎君だもの。
「カプリエール」
「さっちゃん、今はやめたげて……」
所謂、(笑)が後ろに付きそうな勢いで呟くさっちゃん。
なんて悪そうな笑みなんだ。こんなに腹黒い笑顔が似合う小学生、全国探してもさっちゃんくらいなものだよ。
「何でも良いけど、わたしたちに分かるように説明して! じゃないと、瑞穂ちゃんとはお話させないんだからっ」
腕を組んで、ふんっと鼻を鳴らすちーちゃんの姿は、まごうことなきツンデレ幼馴染!
漫画の強制力って怖いね。立派なツンデレ幼馴染に成長してるよ、ちーちゃん。
……別に、焔のこと好きじゃないけど。
「へっくしょ! っおい瑞穂! お前、今余計なこと考えただろ!!」
「何故バレた!!」
丁度良いタイミングで、男子チームも出て来たみたいだ。
いや、ていうか男子のが着替えに時間かかるっておかしくないか。
どうしたんだ、と思って見たら、周囲に女の人たちが群がっている。
納得。つまり、着替え自体は早く終わってたけど、女の人に囲まれてて合流出来なかったのか。
何なら、双子がまだ捕まってる。イケメンって大変だよね。
「あれ、轟に絡まれてたのか?」
「うん、そう。何か悲しいことがあったみたいで」
「悲しいこと?」
私に聞かれても詳細は知らないよ。
ただ、何か物凄く哀しげな顔でこっちを見て来るんだもの。
何か悲しいことがあったってことくらいは分かるでしょう。
「貴様が悪いのだぞ、青島瑞穂!」
「え、私?」
「貴様の計略であろう! 我が信頼を裏切って……クッ!!」
「いや、だから何の話!?」
マジで理解不能なんだが。分かる言葉で言ってくれい。
困惑していたところに、穏やかな面差しの廉太郎君のお付きのお兄さん、有真さんが登場した。
「申し訳ございません、青島様。坊ちゃまは、少々取り乱しておいででして……」
「取り乱してなどいない! 歯を食いしばれ、有真ァ!!」
「お、落ち着いてくださいませ坊ちゃまぁ!!」
ここの主従も、なかなかに独特なスキンシップを好むよね。
見ている分には嫌いじゃないけど。
「……私が代わりに説明致します」
アグレッシブな交流を図る主従を、心底冷たい目つきで睨みつけつつ有真さんの妹の有香ちゃんが登場した。
どうやら、説明役を買って出てくれるらしい。なんて出来た従者なんだろう。
「……はあぁ」
その、主を蔑むような態度を隠せていればもっと尊敬するんだけどね!
◇◇◇
「――と、いう訳でございます」
「なるほどねぇ」
ざっくりとまとめれば、こういうことだった。
廉太郎君は、2年連続の私たちのプール遊びが気に入っていた。
なのに、去年は待てど暮らせど一向に訪れない。寂しかった。
加えて、プール以外で遭遇した際に私は廉太郎君にメールアドレスを教えていた。
それで、意気揚々と私にメールしてみたけど、その最初のやり取り以降、全然メールが来ない。寂しかった。
……えっ、それで私そんなに責められてたの?
「いや、お前轟とメルアド交換までしてたのかよ」
「でも、最初のやり取りだけだよ。今も入ってるけど、特に用事とかなかったし」
作戦タイムとばかりに、いじける廉太郎君をスルーしつつ、焔と耳打ちで相談し合う。
「去年来なかったのはともかくとして、お前がもっとメールで構ってやってりゃ良かったんじゃないのか?」
「もし積極的に交流しに行ってたら、焔怒ったでしょ」
「うん」
「ほらぁー!」
廉太郎君、性格はアレだけど、見た目は良家のお坊ちゃまだけあってイケメンだからね。
謎のフラグが立つことを恐れる我々にとっては、出来れば避けて通りたい人なワケだ。
まぁ、意識して焔に怒られない対応を取ってたワケじゃないですけどね。
単純に、廉太郎君とメルアド交換してた事実を忘れてたって言うか。
今聞いて思い出したくらいだからね。……って、考えてみたら結構ヒドイヤツだな、私。
「でも、寂しかったんならメールしてくれて全然良かったんですよ?」
「…………」
「え、なんて?」
廉太郎君に責任を転嫁するつもりはないけど、そっちからメールくれたら良かったのにアピールをしてみる。
すると、恨みがましい目で私の方を見た廉太郎君は、頬をほんのりと赤く染めてボソボソと何事かを呟く。
流石に聞き取れなかったので聞き返すと、申し訳なさそうに眉を下げる有真さんが代わりに答えてくれた。
「うちの坊ちゃまは、非常に奥手でして……。女性の方にメールを送るのは面映ゆいと申しますか、躊躇われたようでして」
「え、メールくらいで?」
「う、う、う、うるさーい!!」
思わず聞き返しちゃったけど、廉太郎君はメールも気軽に遅れない奥手ボーイらしい。
真っ赤になって否定する言葉が、全然気取ってない辺り、本当のことなんだろう。ヤダ、可愛い。
「嫌だなぁ。あんまり気にしないで、本当に気軽にメールくれて良いんですよ」
「……き、気持ち悪くはないのか……?」
「何でですか?」
予想外にも、「気持ち悪くないか」という問いが廉太郎君から飛び出して来た。
いやいや、本当に意味が分からない。何をもって気持ち悪いって思うんだろう?
首を傾げていると、不安そうな目と目が合った。
「……廉太郎君って、まさかと思うけど」
「……ああ。多分、友だちいないんだろ」
焔と一緒に頷き合う。
廉太郎君はこの性格かつこの口調だし、周囲から浮いているのだろう。
そんな彼と、真っ向から会話をしたのは、多分私たちが初めてだったのだ。従者の2人は除く。
「……良いかな、焔?」
「……あー、他人事とは思えないし、仕方ないな」
2人でもう一度頷き合う。
そんな廉太郎君と関わりを断てる私たちじゃない。
何しろ、前世では結構ぼっち寄りの人間だったからね。焔に至ってはガチぼっち。
「俺もメルアド教えますから、連絡ください」
「えっ……」
廉太郎君の目が、キラリと輝く。
涙……いや、見なかった振りをするのが礼儀というものだろう。
私も口角を上げて、そっと手を差し出す。
「遠慮なんて要りませんよ。私たち、友だちでしょう?」
「き、貴様ら……!!」
廉太郎君は、至極単純な性格をしていたようで、私たちのこの言葉で一気に調子を戻した。
「し、仕方ないな! 煉獄の申し子轟廉太郎と友誼を結ぶことを貴様らに許してやる!!」
「うわー、偉そうだなー」
「しっ、焔!」
「フフフ……ふははは……フハーッハッハッハ!!!」
廉太郎君、復活!!
いやー、めでたいね。
思わず遠い目をしてしまう。
偉そうにふんぞり返って高笑いする主の横で、感涙する従者を見たら、こんな目にもなるよ。
「ぼ、坊ちゃまに、ご友人が出来るだなんて……!!」
「ハイハイ。ヨカッタデスヨカッタデスー」
その隣の妹は、面倒くさそうにしてるけどね。
それもまた、精神を良い感じに削って来る。
怖いわ、この主従。
「うおおお! プールでござるプールでござるー!」
「よーし、オレのが先だ!!」
「あっ、悠馬ズルイ!!」
「うふふ、皆。気を付けて入るのよ」
「……皆、元気だな」
「よーすけ、おっさんくさ」
「あー、ハイハイ。悪いけど俺、連れがいるから」
「……鬱陶しい」
思わず視線を逸らすと、楽しそうな皆の姿が目に入って来る。
……何で私は、まだプールに入れてないんだろうね。
「ねー、焔……」
「みなまで言うな」
ちょっと虚しくて涙腺が緩んでる気がするけど……き、気のせいだよね!!
さー、プール行こうプール!!
「フハーッハッハッハ!!」
「うわあん、坊ちゃまぁ!!」
「……くだらな」
ま、負けないぞぉ……!!