104.プールDEハチャメチャ(1)
空を見上げて、一つ頷く。
雲一つない青空。本日は快晴なり。
「絶好のプール日和じゃー!!」
「じゃー!」
私が、勢い良く右拳を空に向かって突き上げると、一緒に満面の笑みで左拳を突き上げるちーちゃん。
この愛らしい姿だけで、ご飯3杯はいける。いや、4杯いけるか……?
「何か、何気にプール久しぶりだよな」
「誰かさんのお陰でねぇ」
「……俺が悪かった」
焔が、どうしてだろうと首を傾げながら、頓珍漢なことを言うので、つい厭味を言ってしまった。失敗失敗。
去年は、別に焔が拗ねていたからプールに行かなかった訳じゃない。多分。
「あー、ごめんごめん。冗談だよ」
「いや。今のはマジな目だった」
「ごめんごめんごー」
「折角謝ってんだから、その顔ヤメロ」
イラッとした感じで眉をひそめる焔に、暗い感情はなさそうだ。
どうやら、厭味を言われたけど、心当たりがあるから素直に謝った、というくらいでそこまで気にしている訳でもないようだ。
ならば良し。折角のプール、楽しめないなんて嫌だもんね。
「わたし、今年は往復で泳ぎ切ってやるわ!」
私がしたり顔で頷いていると、ちーちゃんが両拳を握って、ふんすっと鼻息荒くそんなことを宣誓した。
どうやら相当気合が入っているようだ。実によろしいことである。
「千歳、そんなに泳げたっけ?」
そんなちーちゃんを、ゆーちゃんは疑わしそうに見ている。
……最近、この2人のケンカ多くない? 仲良きことは美しきかなってことで良いのかな。
「バカにしないで! それくらい余裕だもん」
「えぇー?」
「ああー! 信じてないでしょ」
これらのやり取りを聞いていて、可愛いは可愛いんだけど、何となく不安になる。つい、縋るように麻子大先生の方を見たら、大丈夫よ、と言わんばかりに微笑まれる。
……私、何も聞いてないけど、流石の麻子ちゃんだ。不安が一気に氷解した。
「はー……今回も十村嬢が一緒なのかー……」
「……晴臣」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく鬱陶しそうに呟く臣君を、そっと雅君が咎めるように呼ぶ。
未だに麻子ちゃんに対する苦手意識というか、警戒心が解けないらしい臣君。
それでも、一応大人になったのか、雅君の注意に対して「分かってるよ」と面倒くさそうではあるけど同意していた。
聞こえなければ聞こえないような会話だけど、麻子ちゃんは大丈夫だろうか。
もう一度視線を麻子ちゃんの方に向けると、麻子ちゃんは柔らかく微笑んでいた。
「大丈夫。私、気にしていないわ。仕方ないことだもの」
「そ、そっか」
セリフだけ聞けば、大変にネガティブなんだけど、麻子ちゃんの表情は晴れやかだ。麻子ちゃんのメンタルの変遷は分からないので、何とも言えないけど、何か思うところでもあったんだろう。あのビクビクと臣君の顔色を窺っていた麻子ちゃんは、どうやら過去のもののようだ。
どっちかって言うと気にしてるのは、寧ろ臣君の方な気がする。
「うーん……」
「だいじょーぶっしょ」
「おうわっ!? さ、ささ、さっちゃん!?」
「あたしだよ」
「ビクったぁ……」
一人で悩んでいると、急に耳元で声がしたからビックリした。
こんなんじゃダメだって、お父さんに怒られそうだな、これ。
「2人とも、あたしたちより大人なんだから、勝手に何とかするよ」
「あー、そりゃまぁねぇ」
「みずほは背負いすぎ。馬鹿じゃん?」
「馬鹿と来たか……」
さっちゃんの物言いは明け透けに過ぎるけど、ある意味真理だ。
私はこれ以上気を揉むよりも、2人のことを信じる方が良いのかもしれない。
「でも、うん。ありがとう。なるべく気にしないことにするよ」
「その方が良いよ。楽だし」
「さっちゃん……」
何という達観した思想なのか。
本当にさっちゃんは小学生なんだろうか。実は転生者じゃない?
「お、おぉー! あれがプールなるものでござるか!」
「落ち着け、ハットリ。あまりはしゃぐと危ない」
「しかし、柊殿! あの聞きしに勝る巨大さ! 興奮せねば男子にござらぬ!!」
「……そうか?」
ふと視界に入る、全身黒ずくめの少年。
言わずと知れたハットリくんだけど、今は夏休みだからか腕は出ている。
半袖もあるんだと、最初に見た時はちょっと感心した。ただし顔は隠れている。
「俺は、プールを見て興奮はしないが……」
「ふむ。柊殿は不可思議な御仁にござるなぁ」
「? そうだろうか……」
ズレた会話を繰り広げる2人を見てると、ちょっと癒される。
2人の間で会話が成立しているように見えて、成立してなさそうなのが何とも言えない。
「いやー、ハットリくんは実に少年らしいねぇ」
「少年らしい? 晴臣殿は興奮しないのでござるか?」
そこに絡みに行くのが、意外にも臣君。
いや、意外でもないか。結構ハットリ君のこと、警戒してるもんね臣君。
ああやって絡むことで、本性を暴こうという狙いだろう。多分。
「え、するよ? プールに限らず、海にも興奮するけどね」
「おお! 大海の雄大さは筆舌にし難いものがありますれば、拙者も同じ気持ちにござる」
臣君の同意の言葉に、ハットリ君は嬉しそうに笑う。
目元しか見えてないのに、結構ハットリ君って感情が分かりやすいよね。
……それ、忍者としてどうなんだろう。
「雄大さかぁ。そっちはどうでも良いかな」
「? さすれば、何に興奮するのでござろうか?」
「えー?」
反対に、臣君はいつもニコニコ爽やか王子様スマイルで感情は読み取りにくいんだけど、今の笑顔はアレだよ。
滅茶苦茶ニヤニヤしてるし、ハットリ君のこと揶揄おうとしてないかい。
ちょっぴり嫌な予感に、頬を引きつらせていると、案の定臣君がぶっ込んだ。
「女の子の水着姿」
「ふわぁっ!?」
「ブッ!! な、なんつーこと言ってんだ、晴臣!!」
想定外の答えだったせいか、ハットリくんが物理的に跳び上がった。スゴイな。結構跳んだよ。
そして同時に、ちょっと離れたところから、焔のツッコミが飛んで行った。
安定の焔クオリティーである。
「えー? 男として普通のことじゃないですか?」
「一緒にするな! お前の片割れを見ろ! 女子とか興味なさそうな顔してるだろ!」
「……マサは、お嬢にしか興味ないむっつりですから」
「いやいや、晴雅はそんな男じゃないだろ。な!?」
悪びれもせずに言ってのける臣君、スゴイよね。
チラリと麻子ちゃんを見ると、当然ながら会話は聞こえているはずなのに、穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「……臣君、あんなこと言ってますけど、気にならないんですか?」
「え? どうして?」
私が尋ねると、麻子ちゃんはキョトンと目を瞬いた。あら可愛い。
……じゃなくて!
「いや、だって気になる男の人が、女の子の水着姿に興奮するとか言ってるの聞くの、嫌な気持ちになりませんか?」
「いえ、まったく」
「そうなんですか!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
麻子ちゃんて、その辺潔癖そうな気がしてたけど、気のせいのようだ。
「あー。まったく眼中に入れてもらえてないからじゃない?」
「さっちゃんがヒドイ!! 気にしないでください、麻子ちゃん!!」
「ふふ、気にしてないわ。本当のことだもの」
「逆に痛々しい!!」
麻子ちゃんが、報われない恋に慣れ過ぎている!!
出来れば、上手くいってほしいんだけどなー。
ほら、漫画と違って、奥さん一筋な伯父さんに恋してる訳でもないし。
……別のベクトルに難しそうな相手だけど。
「寧ろ、瑞穂ちゃんに気を遣わせていることの方が気になるわ。私、そんなつもりではないのよ」
「え、でも……」
「瑞穂ちゃんは是非、そのまま自然体で居て頂戴。その方が嬉しいわ」
麻子ちゃんがそう言うんならそれでも良いけど。
ブーたれた表情で見ていたからか、麻子ちゃんは困ったように眉を下げる。
そんなちょっぴり切なめな会話をする女子チームの横で、男子チームは至って楽しそうである。
「ノーコメントでお願い致します」
「えっ、晴雅マジなの? 晴臣の言う通りなのか!?」
「ノーコメントでお願い致します」
「マジな奴だー!!」
「……どういう意味だ?」
「柊は分からなくて良いヤツだよ!」
「オレも意味分かんないけど」
「悠馬も分からなくて良いヤツだよ!!」
「拙者は、女子に現を抜かすような人間ではござらぬー!!」
「聞いてねぇよ!! つーかハットリは意識し過ぎだ!!」
繰り返すけど、実に楽しそうである。何とも羨ましい。
いや、別に女子チームがつまらなそうって意味じゃないけど。
というか、焔が到着早々、完全にノンストップなんだけど大丈夫なんだろうか。
まぁ、大丈夫か。天下無敵の主人公様だし。死なないよね。
「ねーねー、瑞穂ちゃん! 今年はね、わたし可愛い水着なの! 見せあいっこしよ!」
「ああ、そうだね。私はねー、あんま期待しないでねぇ」
「大丈夫! 瑞穂ちゃんは何着ても可愛いから」
「トゥンク……!!」
ギュッと腕に絡みついて来たちーちゃんが、何とも可愛いことを言ってくれる。
あらやだ、お姉さんをときめかせてどうするつもり? なんてふざけたことを考えつつ、時計を見る。
皆で喋ってると、時間なんてあっという間だ。早く中に入らないと、すぐ時間がなくなってしまう。
「よーし、それじゃあそろそろ入ろっか!」
「うん!」
ちーちゃんの元気なお返事に続いて、他の皆も頷いてゾロゾロとプールに入っていく。
勿論今年も、何となく恒例轟医院所有のプールである。
特に示し合わせてはないけど、どうせまた何か騒ぎが起きるんだろう。
面倒くさく思いつつ、一方で楽しみにも思いながら、私はちーちゃんに引きずられながらプールへと足を踏み入れた。