103.楽しい映画館
「よっしゃああ! 絶好の映画鑑賞日和だぜぇ!!」
「室内だから、天気とかどーでも良いけどね」
「イッツソークール!!」
今日は、委員長とさっちゃんと映画鑑賞だ。
他のメンバーは、珍しくいない。残念ながら、予定が合わなかったのである。
忍者ことハットリくんは、何処かに潜んでついて来ると言っていたけど、どうなったことやら。まぁ、気配を探れば分かるだろうけど、面倒くさいので触れないことにしてるのだ。
「委員長、委員長! 楽しみだねぇ」
「……ああ。今日はわざわざ俺の為にありがとう」
薄っすらと口元に笑みを浮かべて微笑む委員長。
眩しい! 委員長の笑顔が眩しい!!
随分と付き合いも長くなって来たお陰か、委員長の笑顔はレアでも何でも無くなって来た。
それでも、変化が乏しいと言えばそうだけど、それは個性の一つと言えよう。余は満足じゃ。
「それにしても、委員長が『もふもふふもっふ~ハムスタージローの大冒険~』が好きとは意外だったなぁ」
思わず、今日見る映画のパンフレットを眺めながら呟く。
タイトルで大体分かると思うけど、主人公のハムスター「ジロー」が、仲間たちと大冒険に出る癒し系のアニメ映画である。
委員長の筆箱とか、お道具袋がハムスターで埋め尽くされていれば言われなくとも分かっただろうけど、全部無地だったから知らなかった。
そもそも、委員長はそういう、自分について話すことって殆どないからね。聞かれれば答えてくれるけど。
「よーすけ、こう見えてもけっこーアニメとか好きだからね」
「ああ。とても癒される」
「そうなんだ」
アニメが好き、と言っても私とか焔の好きとは、少々違いそうだ。
下手に同志よ! ってなったら、話が合わないこと請け合いな予感がする。
「アニメが好き」からの「癒される」という言葉からして、委員長が好んでいるのは、子ども向けのアニメだろう。
多分、美少女アイドルものとかが好きという訳ではないと思う。
「なら、今度一緒に家で観賞会とかしようよ! きっと楽しいよ!」
「! 良いのか?」
「勿論」
「だが、赤河辺りは子どもっぽいと嫌がらないだろうか……?」
私たちがセットであるという認識があるからか、委員長は焔の心配をする。
全然気にしなくて良いのにね。焔なら、仮に興味のないジャンルのアニメの鑑賞会の誘いでも、きっと付き合ってくれるだろうし。
そもそも、子ども向けアニメも嫌いじゃないと思うけど。
「誘いを断った時の顔、覚えてないのよーすけ? あれ、絶対好きだから。嫌がるとか有り得ないでしょ」
「そうか……?」
さっちゃんが、抱え込んだポップコーンを次々に口に運びながら、事も無げに言う。委員長は不安そうにそれを聞いてるけど、私としては完全同意である。
やっぱりさっちゃん、他人のイジリが趣味と公言するだけあって、人のこと良く見てるよね。
焔は、単純明快なツッコミ男子に見えるけど、ああ見えて外では結構猫をかぶっている。まぁ、中身が皆よりちょっと大人ということもあっての余裕によるものかもしれないけど、とにかく傍目からはそうした感情の変化は分かりづらくなっている。それを、平然と看破するさっちゃんは、なかなかのやり手ということである。さっちゃん、恐ろしい子。
「てか、そろそろ始まるよ。しゃべってて良いの?」
「あー、そうだね。静かにしよう、しーっ」
「……ああ」
こうして、3人の映画鑑賞は始まった。
◇◇◇
「うっ、うおおおおん!」
「こういうんで泣くとか、結構意外。へーき、みずほ?」
「うん……」
意外も意外。映画鑑賞後、一番号泣していたのは私だった。
いやぁ、お恥ずかしい。
大人になると、逆に子ども向けのアニメ映画って泣けるものなんだね。知らなかった。
最近、我が家の天使たちに合わせて子供番組を見る機会は増えてたけど、萌え萌えするのに忙しくて、没頭してなかったんだろう。
もし没頭していたら、号泣していたかもしれない。新たな発見である。
「私っ……サブローの犠牲、忘れないっ」
「別に髪型が変わっただけでしょ。ウケるわー」
「あそこ泣けるでしょ!?」
「全然分かんない」
「そんな! 委員長はっ!?」
さっちゃんは、微塵も心が動かなかったようで、いつも通りのつまらなそうな顔をしている。
他人をいじっている時、さっちゃんの顔は輝くのだ。……って、そういう話じゃない。
「……え?」
バッと視線を向けた先の委員長は、ほろほろと無表情で涙を流している。
私レベルに号泣、ではないけれど、委員長基準からしたら十分に号泣と言っても過言ではない。
そうだ。委員長は私よりも先に涙腺緩んでたわ。上映中、結構早い段階から肩が震えてたわ。
「あ、ごめん委員長は聞かなくても分かってたよね」
「……そう、だな。俺もすまない。もっと落ち着いて見れると思っていたが……」
話している最中にも、ズルズルと鼻を啜る委員長。
これでも魅力的に見えるんだから、委員長はまごうことなきイケメンだ。素晴らしい。眼福ですね。
因みに、そんな我々に対して白けた視線を向けるさっちゃんも美少女ですよ。眼福ですね。
「とりあえず、グッズを買わねば……おお、サブロー……」
「……俺は、サクラちゃんを……」
ヒロインのグッズを欲しがるとは、委員長。流石、分かっている。
「アホくさ」
「さっちゃんはつまらなかった?」
だとしたら、付き合わせてしまって申し訳なかった。
そう思って尋ねると、さっちゃんは首を横に振った。
「別に。アホみたいに泣く2人見るのは、それなりに愉快だった」
「なんつー感想を抱くんだよ、さっちゃんや」
小学5年生の抱く感想ではないと思う。
「そんだけ泣いてたら、店の人から不審に思われるっしょ。あたしが代わりに買って来たげるから、2人は休んでれば?」
「な、なんという優しさ!! ありがとう、さっちゃん! 貴方が神か!」
「大袈裟。で、どれ買えば良い?」
「すまない、明佳」
「鬱陶しいなぁ。お礼とか良いから、早く選んで」
ムッとしたように唇を尖らせるさっちゃん。
でも、私は知っている。それが照れ隠しの反応だということを。
「……その顔ムカつくんだけど」
「え!?」
ニマニマしてさっちゃんを見ていたら睨みつけられた。
わぁ、敵に回しちゃいけないタイプの子を怒らせそうなところだ!
私はビシッと敬礼して謝っておいた。優しいさっちゃんは全力のデコピンいっぱつで許してくれた。
「じゃ、行って来るからそこに座ってなよ」
「はーい」
「分かった」
2人してベンチに腰かけて、ティッシュを使用しまくる。
グッズが記されたパンフレットを開きながら売店の方へ向かうさっちゃんを見送りつつ、またティッシュを開封する。
念のために、たくさん持って来て居て良かったと思う。
隣を見ると、委員長もカバンから別のポケットティッシュを取り出していた。……同志よ。
「これじゃ、おちおち感想の言い合いっこも出来ないね」
「……今話そうとすれば、もっと涙が出そうだ」
「ねー」
ズビビと鼻をかみつつ、仕方なしに気持ちが落ち着くまで2人でのんびりと周囲を眺める。
無言の時間が辛い相手もいるけれど、委員長の場合、まったく苦にならない。
何ならこのまま1日過ごせるくらいの快適さだ。是非とも委員長もそんな居心地の良さを感じていてもらいたいものだ。
そっと横顔を見たけど、残念ながら今の委員長の表情からは、内心は窺えなかった。良く顔に出るようになったとは言え、やっぱり委員長は無表情が一番多いのである。
「おい、そこのアンタ。この写真の男に見覚えねぇか?」
「な、何だい突然」
「最近、この辺りで見かけたって話があったんだよ。知らねぇか?」
まったりしていたら、不意にお耳に心地良い、低い声が響いて来た。
まだ張りのある若そうな声だけど、大変渋い。
声優さんか何かだろうか、なんて思いつつ、自然とその声のした方へと顔を向けて、瞬時に見なかった振りをした。
「隠すとタメになんねぇぞ? あぁ?」
「良いから兄貴の質問に黙って答えろ!」
……ヤの付く自由業の方々だー!!
いや、見るからにまだ若いから、まだただ単にヤンキーなのかもしれない。
そうに違いないと自己暗示をかけつつ、横目でそっと様子を窺う。
一応、諜報活動のイロハも勉強中だから、気付かれることはないはずだ。
(って、あれこの間の発表会の時にもいなかった?)
良く良く見ると、何だか見覚えのある方々だということに気付いた。
確か、先日のピアノの発表会の際に、ピアノの演奏に感涙していた気の良いヤの付く仲間たちだったはず。
知り合いというには遠すぎるので、定かじゃないけど、多分合ってると思う。
「? どうかしたのか、青島?」
私が、無言で固まっているのを不審に思ったらしく、委員長から心配の言葉を頂戴してしまった。
うーん。とりあえず、ヤの付く方々は私たちの座っている場所とは別の方向に向かっているようだし、気にすることはないか。
そう結論を出すと、私は委員長に笑顔を向ける。
「何でもないよー」
「そうか。何かあったらすぐに言ってくれ。力になろう」
「い、委員長……!」
トゥンク! 何というイケメンぶりなんだ、委員長。
私は感動したよ。感動して、涙がぶり返して来そうなくらいだよ。
内心で感動しつつ、私は念の為にと、最後にもう一回ヤの付く方々の方に視線をやった。すると、幸か不幸か連れ立って歩いていた数人の顔をハッキリと目撃することになった。
そして私はまたすかさず、視線を委員長の方へと戻す。
(あれは駄目だ。絶対に関わり合いにならないようにしなくちゃ……!!)
何とも恐ろしいことに、彼らは声が良いだけではなく、顔も良かったのだ。
あんなのと偶然でもなんでも関わり合いになったら最後、滅茶苦茶焔に怒られる! それは、絶対に避けなければならない事態だ。
え、別に焔くらい怖くないけどね? ほ、本当だよ?
「おまたせー」
「あっ、さっちゃんおかえりぃ!」
「スゴイ不細工な顔してるけど、何かあったの?」
「ひでぇ!!」
とりあえず、私はヤのつく自由業の方々と関わり合いになることなく、無事に家に帰りつくことが出来たのだった。
めでたしめでたしだけど、これ以後も気を付けていかないとね。
私は1人でそっと、気を引き締めるのだった。