10.トラウマフラグ回収
※晴臣君、晴雅君の過去が、焔を超えるレベルでシリアスです。ご注意ください。
月日は流れ、私達も幼稚園を卒業する事に相成りました。
いやー、ゲームとかと違って、スキップ機能とか無いから、長かったね。
もう先生に紙芝居を読んでもらう事も、
子供達と結構長い時間、おにごっこをする事も、
ワン、ツー、スリーくらいの英語で褒められる事も、
無くなって行くのかと思うと感慨深い。
全力で楽しんでたなって、そりゃ当然でしょう!
私の目標は、第二の人生を楽しく生きる!だ。
何事も、全力で取り組まなければ、楽しんだって言えるはずもない。
つまり、現時点で私は勝ち組だ。イヤッホー!
ああ、いや、人生の勝ち組になれるかどうかは、これからにかかってるんだけどね。
とりあえず喜んだって良いじゃない!
人間、目の前に餌がないと頑張れないもんだって。
「お嬢サマ!こっち見てー。笑って笑ってー!」
「……」
「こら、マサ!お前も笑えよー。折角のお嬢サマ達の卒園式なんだから」
「うるさい」
さて、現時点での目下の問題は、彼ら「お兄ちゃん」である。
彼らは、伯父さんの言いつけ通り、赤河家にお仕えする人としての訓練を受けた。
受けたと言うか、現在進行形で受けているらしいけど、彼らは相当に優秀で、厳しい事で有名だと言う、私のお父さんも素直に認めていると聞いた。
そんなお兄ちゃん達の役割は、「私」の護衛。
未だに何故だ、と思わなくもないけど、若干自業自得な所もあるので、それは問題ないと言う解釈でいる。
では、一体何を問題視しているのか。
とても簡単な事だ。
彼らは、私の護衛であると共に、お兄ちゃんとしての役割も負っている。
出来る限り私と一緒にいて―勿論、学校に行っている間は無理だが―私と共に遊ぶ。
私としては、イケメンな友人が出来たような感覚なので、文句は無い。
しかし、忘れてはいけない。
彼らは、家庭の事情の結果、こうした役割を負う事になったのだ。
それが理由なのかは分からないが、四六時中一緒にいれば、嫌でも分かる。
彼らは、私を信頼していない。
分かりやすい程刺々しい弟の晴雅君はともかくとして、一見明るくて社交的な兄の晴臣君ですら、時折その目の奥に冷たい光を灯らせる。
別に、私が嫌われているとか、そう言う話ではないと思う。
要するに、例え相手が子供とは言え、油断出来ない。とか、そう言う事なんだろう。
だけど辛い!
私は精神的に大人だから別に良いけど、純朴なロリだったら、今頃トラウマだ。
ん?純朴なロリだったら、そもそもこの視線に気づかなかったか?
んー……よし。それは気にしないでおこう。哀しくなる。
さて、ここまで説明すればお分かりになるだろうか。
つまり私は、私を守ってくれるはずの人から信頼されていない現状を問題視しているのである。
これが、外部に依頼してどうの、と言う関係なら私も諦めた。
でも彼らは一応、私の兄代わりでもある。
折角なのだから仲良くしたい、と思うのは間違っているだろうか。
だからと言って、家庭の事情、と説明が流された以上、私はそこに立ち入れない。
中学生が、急に両親から離されて、他人の家の奉公に…なんて、一体いつの時代だ。
現代日本でそんなのがまかり通る家庭の事情。
嫌な想像しか出来ない。
そんな訳で、私は未だに彼らとの距離感を測りかねていた。
やだ、辛い。
「何ボーッとしてるんだ。行くぞ」
「わっ」
不満げな顔で、私の手を引っ張ったのは、晴雅君だ。
いかんいかん。
深刻な悩み過ぎてちょっとトリップしてた。
慌てて辺りを見回すと、先程まで校門前で写真を撮っていたはずの皆の姿が無い。
ちょ、何で置いてかれてるの、私!?
くっそ、絶対焔だろ。
瑞穂なら大丈夫だよ、とか何とか言って置いてったろ!許さん!
今日の夕飯のステーキの付け合わせのジャガイモを奪ってやる!
「他の皆さんはどうしたんですか?」
「……先に帰るそうだ」
「そうなんですかぁ」
「ああ」
晴雅君は、クールだし仏頂面だけど、ちゃんと聞けば返事をくれる。
そう言う所を、私は実は結構気に入っている。
可愛くない?本当は会話したくないのに、律義に返事する晴雅君可愛くない?
何よりも、私がそう考えてニヤニヤすると、嫌そうに眉間に皺が寄る。
ねぇ、私の事トキメキで殺す気なのかな?
「あっるっこーあっるっこー」
「…うるさい。歌うな」
「えぇー?だって、晴雅君と帰るの嬉しいんですもんっ」
「……僕は不愉快だ」
「私はとってもご機嫌です」
言葉通り、晴雅君の顔は、更に不快そうに歪んだ。
子供相手に何を言うんだ、と怒る方もいるかもしれないが、思い出して欲しい。
何だかんだ言って、晴雅君はまだ中学生だ。
性格にもよるだろうけれど、子供の言う事に本気で怒ったりしても、何の問題もない年齢だと言えると、私は思う。
どちらかと言えば、そうと思った上で、晴雅君を揺さぶる私が性悪女、と言う事に……あれ?これ、自分で自分の事ディスる羽目にならないか?
オーケー、一旦落ち着こうじゃないか。
そうだ、状況を整理してみようか。
無事に卒園式を終えて、私達は校門で記念写真を撮影。
皆で歩いて帰ろうぜ!と話していたにも関わらず、ボーッとしていた私を置いて、他の皆は先に帰宅。
どう言う理由か、晴雅君がお目付け役として残され、今に至る。と。
うん?これ良く考えなくても、晴雅君可哀想じゃない?
ただでさえ、何か現状に不満を持ってるみたいなのに、自分で言う事じゃないけど、厄介な私の面倒を一人に任せられるって…。
ゴメン、晴雅君!私ちょっと調子に乗ってた!黙るわ!
「……」
「……」
「…………」
「……何で急に黙る」
「えっ、しゃべって良いんですか!?」
気を遣って黙ったらこの扱いだよ。
うるさいって言われたから黙ったってのに。
畜生、グレてやる!
あっ、こう言う事言うから面倒がられるのか。少し自重しよう。
「僕は歌うなと言っただけだ」
「そう言えばそうでしたね!でも、私としゃべるの不快だったんじゃないですか?」
「別に」
プイ、と顔を背けられてしまった。
でも、多分嫌われている訳ではないのだろう。
幼稚園から離れて今まで、しっかりと手は握られたままだし。
しかも、ちゃんと危険な方に行かない様に、何気なく誘導してくれている。
晴雅君は、ぶっきらぼうだけど、紳士だ。
子供を嫌うような人じゃない。
私みたいな奴すら嫌わないとか、最早神だね!
って、自重しようと思った直後からこのザマだよ!
私は一旦死ねば良いと思う。あっ、多分だけど私死んでた!救いようがなかった!
「只今戻りました」
「ただいま!」
ほぼ一方的に私がしゃべりかける事数分。
家に辿り着くと、晴雅君の手が離れる。
少しばかり寂しく思いながらも、私は部屋に駆け込んで行った。
そして、すぐに違和感を覚える。
「あれ?皆は??」
てっきり、もう戻っていると思ったのに、お父さんの姿も、お母さんの姿も無い。
同時に違和感を覚えたのだろう、晴雅君がバタバタと家の中を回り出した。
でも、誰もいなかったのだろう。
すぐに私の所へやって来て、また手を握った。
「…向こうに行くぞ」
「はい」
晴雅君の表情は、ずっと変わらない。
ムスッとした仏頂面。
だけど、私の手を握った、大きな手は。
本人も気付いていないかもしれない程、小刻みに震えていた。
私は、何も言わず、ギュッと強く握り返しながら、彼の後に続いた。
「…何でいない」
「さぁ…」
空っぽの青島家から、急いで赤河家へ向かった。
だけど、やっぱりそこにも誰もいなかった。
多分、連絡の行き違いで、卒園おめでとうパーティー会場にでも行ったんだろう。
思いつきで行動する伯父さんがいるんだ。間違いない。
出来るのなら、夕飯の時間よりは早く気付いてほしい。
そう思いながら時計を見上げると、もう時間はお昼を少し回っている。
あっ、私お昼ご飯まだ食べてなかった!と思い出す。
やっぱり今すぐ気付いてほしい。
「電話は出来ないんですか?」
「……僕は携帯電話を持っていない」
「家電がありますけど…」
「番号が分からない」
「ああー……」
何と言う事でしょう。
携帯電話が普通の世の中になってしまった弊害がこんな所で露呈するとは。
両家共に、残念ながら電話番号を家電の近くに置く習慣は無い。
防犯上はとても良い習慣だけど、今はひたすらにガッカリである。
「待つしかないですねー」
「……」
「本当にしょうがない大人達ですねぇ。こんなに可愛い私達を忘れるなんて」
まるで映画だ。
あんな感じで、泥棒でも来たら堪らないが、その際はご期待に沿って、ビー玉の大群を操って、見事に撃退してみせようかと思う。
ボフッ!と、リビングのソファーに身体を投げ出す。
私に出来る事と言えば、迎えか連絡を待つ事だけ。
怖がっても仕方ないし、いざとなれば缶詰開けて食べれば良いし、何の問題もない。
最悪、今日中には帰って来るしね。
「なんで…忘れられるんだ」
「へ?」
そうは思えなかったのは、晴雅君だ。
何かトラウマでもあるのか。
パッと見た彼の表情が、驚く程真っ青で、私は思わず息を飲んだ。
「あの、晴雅く…」
「…お前も、僕と一緒だな」
「え?」
「僕は、要らない子なんだ。だから皆、置いて行く……」
「晴雅君…」
困惑する私を、晴雅君は抱き締める。
縋りつくような抱き方に、私は茶化す事も忘れてしまった。
身体だけは、もう大人と言って良い程大きいのに。
迷子の子供みたいに、震える姿は、庇護欲をかきたてた。
私は、ポンポンと背中を優しく叩きながら、聞く事に徹した。
支離滅裂な言葉達だった。
でも、まぁ何とかまとめると、家庭の事情が、薄っすらと見えて来た。
晴雅君達は、小学校の低学年くらいまでは、平和に過ごしていた。
でも、病弱だったお母さんが亡くなった事で、平和な日々は一変してしまう。
お母さんを溺愛していたお父さんが、徐々に衰弱していく事から変化は始まった。
塞ぎこみ、仕事に行かなくなった。
やがて、何かを振り切るように、ギャンブルに手を出すようになった。
借金取りが、家へやって来るようになった。
お父さんは、家へ寄りつかなくなった。
気づくと、要領の良い晴臣君は、何処かへ出かける事が増えていた。
家には、晴雅君が一人でいた。
ずっと、ずっと一人でいて、ある日、お父さんが帰って来た。
迎えに来たのだと思った。
でも、お父さんは晴雅君を追い出した。
追い縋ろうとする晴雅君の目の前で、家は炎に包まれた。
晴臣君ですら、呆然とそれを見ていた。
お父さんは、帰らぬ人となった。
警察やら何やらから話を聞かれる中で、伯父さん…緋王さんと出会った。
そして、二人は差し出された手を取った…と。
「きっと僕が、無能だから、置いて行くんだ。晴臣だけ連れて…」
いや、全然そんな暗くて重い理由で家に人がいない訳じゃないと思う。
そうは思うけど、今下手な事を言うと、自殺でもされかねないじゃないかと躊躇う。
ちょっと、伯父さん!
拾って来たらちゃんと責任もって面倒みてあげて!?
想像以上の重さだったよ!?
「捨てられたく、ない…怖い…一人は、怖い……」
焔から、前世の事情を私は聞いていない。
ただ、私は焔と晴雅君が同じだと感じた。
その感情の表し方は全く異なっているけれど。
一人は嫌だ、怖い。寂しい。
そんな人の手を、振りほどくなんて出来ない。
しかも、子供みたいに八つ当たりして来た焔に比べて、晴雅君は嫌な方向に大人だ。
自分の気持ちを抑えて、押し殺して、でも消せないから、こうしてちょっとした事で明るみに出る。
駄目駄目。
私の目の黒い内は、私の視界に入る皆に笑っていてもらわないと。
私の第二の人生は、明るく楽しく面白く暮らすのだ。
その視界に、重暗い人がいるなんてナンセンス。
私は、震える晴雅君の背中を撫でながら、呟いた。
「こんなに優しいお兄ちゃんを、誰が捨ててやるもんですか」
「なっ…」
晴雅君は、まさかこんな子供が、自分の話を聞いているだなんて思っていなかったのだろう。
驚いた様子で目を瞬いている。
私は、追撃を加えるべく、更に言葉を続けた。
「こんな我儘娘の相手はもう嫌だーって言っても遅いんだから。私、絶対に離れてやらないよ。だって、晴雅君は、旦那様が私にくれた、お兄ちゃんだもん!でしょう?」
僕は物じゃない!みたいな回答を期待して、私は敢えてそう問いかける。
下手に同情的だったりするより、子供ならではの傲慢な言葉の方が、より自分が必要とされていると実感できるような気がする。
ほら、目の前でこんなに可愛い女の子が、お兄ちゃんを求めてますよ。
言い方はちょっと何だけど、言い方だけ叱って、後はその気持ちが嬉しい、みたいに思うと良いんじゃないかな?
内心ドキドキしながら、次の言葉を待つ。
思った以上に長い沈黙を越え、やがて晴雅君は口を開いた。
でも、何かちょっと想定と方向性が違うような……ん?
「いえ、お嬢様…」
「ん?」
お嬢様、と言う言葉に、私は耳を疑う。
伯父さんが近くにいる時はともかく、それ以外で晴雅君が私を呼ぶ事はなかった。
呼んだとして、おい、とかそんな感じ。
それが、お嬢様??
困惑する私は気にも留めず、晴雅君は言葉を続ける。
「僕は貴女の兄代わりではありますが、兄ではありません」
「えーと、そ、そうですね」
「僕は、貴女のモノです」
「!?」
何を言うのかと身構えていたら、言うに事欠いてモノ!?
え、ちょっヤンデレ要素とか要らない。
あれ、私選択肢ミスった?そんな馬鹿な!!
幼女抱きすくめて、何て事言うんだ、この子は!
耳元でそんな事囁かれたら思わずゾワッとしちゃったじゃないか!
クールキャラは何処に行ったの?迷子、迷子なの??
「貴女の求める男になります。兄になれと仰るのならば、理想の兄になります」
「いや、あの晴雅君……」
「だから、捨てないでください……」
や、やや、やっちまっただー!!
これってつまり、あれだよね?
私を新たな依存相手に選んだ、と。
何をどうやって!?
ああ、戻りたい!数分前に戻って選択キャンセルしたい!!
どうしよう、また焔から冷たい目で見られる。
また年上の威厳が無くなってしまう。何と言う事だ。
テンパる私を抱きしめたまま、動かない晴雅君。
ここまで来たら、手を離す選択は無いな。
こうなったら、不安定な時期だけ、とりあえず可愛い妹として、帰るべき場所としての安心感を提供しつつ、ちゃんと立派に歩いて行けるように見守ってあげよう。
大丈夫。既に焔と言うめんどくさい坊っちゃんも見守っているんだ。
今更一人や二人増えた所で変わるまい。
うん、そうだ。そうに決まってる。
中学生の間のヤンデレなんて、アレだよ。一過性の物だよ、きっと。
「えっと、晴雅君は、晴雅君のままでいてくれれば良いですよ」
「お嬢様…!」
いやー、キラキラした目が不安をあおるね。
ようやく離してもらった私は、息も絶え絶えにしゃがみ込む。
「瑞穂ー!ごめんな、伯父さんテンション上がって瑞穂の事置いてっちゃったぜー!」
その時、空気読まない伯父さんの、テヘペロッ!な言い訳が飛んできた。
この時程、伯父さんに感謝の気持ちを抱いた事はない。
やっぱり私の想像通り、伯父さんのせいで、家族は皆私達を置いて出かけてしまっていたらしく、それを聞いた晴雅君は、ホッと息をついていた。
おっ、早くもヤンデレ卒業か?
それなら、元の通りツンツンしてくれても構わないのよ?
って思ったけど、晴雅君の態度は変わらなかった。
それどころか、敬語は要らないとか言い出す始末で、あまりの態度の違いに、皆を驚かせてしまった。
特に、焔と晴臣君が、信じられない!と言った表情をしていた。
一方で、伯父さんだけはやっぱりな、なんて言っていて、ちょっと恐怖を覚えた。
「お前何処の一級建築士だよ」
それからしばらく、焔からは冷たい目で見られ続けたよ。
ちょっと哀しかったです。まる。
晴雅君には、ただ単に忠犬になってもらう予定でした。
どうしてこうなった……!!




