102.我が家の天使たち
我が家には、リアルエンジェルがいる。
「あねうえ!」
「おねえちゃま!」
言うまでもない。我が最愛の第一の弟、瑞貴君と、我が最愛の妹分兼お守りすべきお嬢様、仄火ちゃん様だ。
「ふぐふもわぁああ!!」
にぱーっとした、満面の笑みで駆け寄って来られると、もうこういう訳の分からない奇声を上げるくらいしか出来なくなる。
何の影響を受けたのか、瑞貴君は私を「姉上」と呼ぶ。可愛い。
負けじと仄火ちゃん様も、「お姉様」と呼ぶ。可愛い。
「気持ち悪いな!! 何だよ、その奇声は!?」
「仕方ないでしょ! 天使たちが愛らしすぎるのがいけないっ!!」
「マジな顔で言うなよ。ヤバイぞ、お前……」
焔が、完全にドン引いた顔でこっちを見ている。
でも、知ったこっちゃないのである。
だって、もちもちふにふにほっぺの持ち主が、左右から抱きついて来て、すりすりーっとしてくれるのに、真っ当な精神を保てという方が間違っている。
気も狂うよ、この環境にいたら。
「あのねーおねえちゃま! ほのかねー、3しゃいになったのよぉ!」
「わぁ! 仄火ちゃん様、もう数字を数えられるように!? 天才だ!!」
「きゃーい!」
渾身のドヤ顔で、指を2つ立てる仄火ちゃん様が可愛くて死ぬ。
「それ、3じゃなくて2だぞ」
「焔、そういうつまらないことを言うでないよ」
「何キャラだ、お前。てか、今から間違ったので覚えたらどうするんだよ。将来仄火がバカにされたらお前のせいだからな」
あれ、これ実は結構焔もシスコンなのかもしれない。
今、多少間違った形で覚えてても、そこまで大ごとにはならないんじゃないかと思うんだけど。
……いや、確かに無責任はいけないな。思い直そう。今のは私が悪い。
「そうだね、ごめん。あまりにも可愛すぎて頭がイカれてた」
「大丈夫だ。お前はいつでもイカれてるから」
それ、フォローじゃなくね?
「あねうえあねうえ! 3は、こーですよねっ!!」
「はっ!!」
グイグイと思い切り腕を引っ張る瑞貴君の方を向いたら、ビシッと指を3つ立てていた。まだ難しい動きなのか、ちょっと指がプルプルしてる。あああああ、ぎゃわいいいい!!!
「正解だよぉ、瑞貴君天才!!」
「えへへっ!!」
「あー、ズルイのー! ほのかも、おねえちゃまにギュッてしてもらうのぉ!!」
「……ここが天国か」
「お前の天国結構そこらにあるよな」
「仕方ない。そこらにあるから」
「……はぁ」
何か、呆れられた気がするけど、気にしない。
だって、可愛いから。脳みそ溶けちゃいそうなレベルで可愛いから。
「あらあら。2人とも、こんなところに居たのですわね。さぁさ、お昼寝の時間ですわよ」
「ははうえっ!」
「おばしゃまっ」
あっ……天使たちが、呼びに来たお母さんの方へと駆け寄って行ってしまった。
名残惜しいなんてレベルじゃない。
え、毎日一緒なんだから良いじゃないか? それは、あれだよ。小さな可愛い子たちと一緒に過ごしたことのない人の意見だよ。
え、小さい子はうるさいじゃないか? シャーラップ!! それはまだ世界の真理が見えてない人間の意見だよ!!
「2人と遊んでくれていたのですわね。流石は、お兄ちゃんお姉ちゃんですわ!」
「えへへー」
「そんな褒めるようなことじゃないですよ」
「まぁ、謙遜はいけませんわよ! 誰かからの誉め言葉は、きちんと受け止めてこそですわ」
ビシッと空いてる片手で、人差し指を立てて「めっ」とするお母さんは、どう見ても女子高生。とても、3児の母には見えない。我が母ながら、美魔女過ぎる。いや、美魔女扱いするには、まだ若いか。
「瑞人君も、おねむですの。よろしければ、2人もお昼寝致しませんこと?」
「私は眠くないから。焔は?」
「こんな時間に寝るワケないだろ。……あっ、すみません」
私が袖を引っ張りながら尋ねると、鬱陶しそうに返した焔は、誘ってくれたお母さんに失礼だったかと思ったらしくて、ちょっと焦った顔になる。
でも、ふわふわぽわぽわお母さんは、そんなことは気にしないので問題なしである。
「うふふ。仲が良いのは良いことですわ。公的な場ならばともかく、おうちの中では気にしなくてよろしくってよ」
「ありがとうございます」
そんなやり取りの最中、私はジーッとお母さんの腕の中でおねむな瑞人君を凝視する。もっちもちなおほっぺ様が、ぷっくりと膨らんでいて、魅惑の曲線を描いている。うおう。天使はここにもおられたか!!
ツンツンしたい衝動に駆られるけど、瑞人君は今はおねむなので、下手に刺激して目を覚まさせるワケにはいかないので我慢だ。
「それでは、また後で、ですわ」
「ですわー」
「しつれいいたしますっ」
お母さんに倣ってお嬢様言葉で立ち去っていく仄火ちゃんの可愛さ、天井知らず。その後ろをキチッとした感じで付いて行く瑞貴君は、あれか。お父さんの影響か。
いずれにせよ、ほっこりする。心が洗われるとはこのことか。おお、神よ!!
「主君の弟御は、いつ見てもお可愛らしいでござるな!」
「うおうっ! ハットリくん、いつからそこに!?」
何か、ナチュラルに会話に加わって来た声があってビビってしまった。
慌てて声のした方を見れば、笑顔(多分)のハットリくんの姿が。
全然気づかなかった。家の中だと、そこまで気配を探ろうとも思わないから、結構隙ありなのだ。
「拙者は主君の影にござりますれば、いついかなる時もお側におりますぞ!」
「ちょっと怖ぇ!!」
ドヤ顔で言うことなのだろうか、これは。
一応、我が家にはSP的な人も潜んでいるらしいので、特に必要性はない訳だけれども。
というか、そもそも伯父さん暗殺疑惑のかかってるハットリくんが、四六時中一緒って冷静に考えたら結構ヤバイな。
まぁ、ハットリくんにどうこうされる気はしないけど。
「瑞穂の弟はって……何言ってるんだ、ハットリ」
「そのように眉間に皺を寄せて……如何なされたか?」
「俺の妹だって滅茶苦茶可愛いだろ!!」
焔が壊れたっ!!
私の弟「は」って表現が、どうやら気にくわなかったらしい。
そうだよね。私の弟「も」だよね。皆可愛いよ、天使だよ。
「そ、それは失礼仕った。焔殿の妹御も勿論可愛いでござるよ!」
「そうだろ、そうだろ!」
腕を組んで、納得したように何度も頷く焔も可愛いよ。
生暖かい視線を送っても、今ばかりは気付かない辺りとか。
「……因みに、ハットリくんは兄弟とかいるの?」
「それは、答えられないでござる」
自然な流れで質問すれば、うっかり答えてくれるかなーと思ったけど、つられてくれなかった。
ちぇっ。ハットリくんの謎な家族構成が明らかになるかと期待したのに。
「忍者は、謎が多いものなのでござるよ」
「出来ればそろそろ、本名のひとつくらい教えてもらいたいけどね」
「それは聞けない相談でござる」
ゆるーい感じに見えるハットリくんだけど、結構頑ななのだ。
私もこう見えて、それなりに探りを入れてはいる。でも、全然情報が明らかにならない。
本腰入れたら何かが分かるかもしれないけど、正直言えば、そこまでしてハットリくんの正体を突き止めたい訳でもないんだよね。
「てか、ハットリって何でずっとウチにってか、瑞穂の側にいるんだ?」
「え? 雇ったからでしょ?」
「いや、そうじゃなくてさ。本当の意味でお仕えしてる相手になら、隠し事なんてするものなのかなって思ってさ」
それは確かに。
焔の意見に納得した私は、思わずハットリくんを見つめる。
ハットリくんは、流石に少々バツが悪いと思ったのか、居心地悪そうに視線を逸らす。
「に、忍者には色々あるのでござるよ」
「誤魔化すなぁ。ま、別に良いけどさ。俺はこのまんま平和に過ごせれば」
「私も同意見」
別に、私たちの平穏が乱されなければ、ハットリくんの目的とかどうでも良いのである。
仮に我が家というか、赤河家の色々が乱されるピンチだったら、私たちじゃなくて大人の出番になるだろうし、余程のことじゃない限り、私たちが気にする程のことではないのだ。
と、なかなかに他人事というか、アレなことを2人揃って考えてたんだけど、それを聞いていたハットリくんは、何故か感心したように目を瞬いていた。何故に。
「流石は天下の赤河グループの跡継ぎでござる。お2人とも、思考が常人のそれとは逸しているでござる」
「え、それ褒められてる?」
「いや、何気に馬鹿にされてるだろ」
「滅相もござらぬ! 当然、褒めているのでござるよ!」
パチパチと手を叩く動きは、明らかに馬鹿にしているっぽいけど、ハットリくんに限って言えば、そんなこともなさそうに見えるから不思議だ。
毒気の抜かれた私と焔は肩を竦めて、とりあえずいつまでも廊下に突っ立ってるのもどうよ、という話になって、そろそろお昼寝に突入した天使たちを覗き見しに行くことにした。
……ま、色々あるけど、平和が一番って話だよね。