101.公園で相談を
「――と、いう訳でちょっと困った展開になっちゃってたんだよねぇ」
「そうだったの……。大変だったわねぇ」
久しぶりに、麻子ちゃんとの公園デート(仮)と相成ったので、折角だから先日の真凛ちゃん襲撃事件について相談してみた。
因みに今いるメンバーは、私、麻子ちゃん、ちーちゃんという、毎度おなじみ女子会面子だ。
「麻子ちゃんはどうしたら良いと思います? 私、こんな年で修羅場とか嫌なんですけど」
「困ったわね。でも、その子の様子を聞くに、ちょっと難しいんじゃないかしら。多分、その男の子から何か言っても聞いてくれないだろうし、瑞穂ちゃんが何か言ったとしても、余計に煽ることになってしまうように思えるわ」
「……そうですよねぇ」
哀しいことに、麻子ちゃんも同意見だった。まいっちんぐ。
学校も違えば学年も違うし、そうそう顔を合わせることもないとは思うんだけど、これからも刀柳館には通う以上、何処かでの遭遇は果たしてしまいそうなんだよなぁ。……そもそもあの子、ストーカー気質っぽかったし。困ったことに。
「その時、わたしが一緒だったら良かったのに。そうしたら、瑞穂ちゃんは皆の瑞穂ちゃんだから大丈夫って、説得出来たのにね」
「え? いやぁ、それで納得してくれるかなぁ?」
キョトンとしつつ話を聞いていたちーちゃんが、私と麻子ちゃんが揃って頭を抱えたところで、笑顔でそう言ってくれた。
ありがたいことだけど、そのくらいで説得されるような子なら、あんなにナオ君は困ってなかったと思うんだよね。
けど、ちーちゃんは笑って頷く。
「平気だよ! だって、瑞穂ちゃんがその子と恋人になんてならないよって証明出来れば良いんでしょう? 瑞穂ちゃん素敵だから、その気になればもうとっくに恋人の1人や2人出来ててもおかしくないのに、1人もいないでしょう? なら、それが証明になるよ!」
「え、えええ?? そ、そうかなあ???」
ちーちゃんは自信満々な顔で拳を握るけど、それ、私はどう受け止めたら良いんだろうか。
ちーちゃんから見た私の評価が高すぎて、涙が零れそうだよ。ありがてぇ。
「あ、麻子ちゃんはどう思う?」
「そうねぇ。私も、瑞穂ちゃんが今のところ恋人を作る気がないのは分かっているから、私は納得するけれど……その子の気質を考えれば、少し難しいと思うわ」
「どうして?」
何だか、麻子ちゃんまで私を買いかぶってくれているようだ。何故だろう。
ちょっと腑に落ちないことはあるけど、今は置いておこう。
隣で、ちーちゃんが麻子ちゃんの言葉に納得のいかない様子のちーちゃんが、目を瞬いている。可愛い。
そんな天使に向けて、麻子ちゃんは諭すように人差し指を立てた。
「私は直接会った訳じゃないから、正確には分からないけれど、その子は物事を自分の良いように考えるタイプのように聞こえたわ。だとすれば、私たちが何を言ったとしても、きっと納得してはもらえないと思うの」
「どういうこと??」
ちーちゃんは、純粋な良い子だから、そういう気質の人間がいるってことが理解出来ないようだ。
いやー、こればっかりは直接会ってみないことには分からないよね。
とは言え、私個人としては、あんまりちーちゃんたちには真凛ちゃんと会ってほしくないけどね。余計に話を拗らせかねないもの。
「うーんと、千歳ちゃんは、瑞穂ちゃんが、例えば……そうね。悠馬君と恋人になるって聞いたら嫌?」
「嫌!!」
「うおうっ」
麻子ちゃんが、例題として出した話に、ちーちゃんは本気で不愉快そうに眉を吊り上げて即座に反応した。
ど、どうしたんだい、ちーちゃん。可愛い顔が台無しだよ、とか、流石の私も口を挟めないくらいの雰囲気である。思わず慄いてしまった。ゴクリ。
「千歳ちゃんは、それが事実だったらきっと受け入れるでしょう? 瑞穂ちゃんも、悠馬君も、大切なお友だちだものね」
「……うん」
「けれど、その子は認めない。そういう性格だろう、ということよ」
「……信じないの? どうして? それが、本当のことなのに?」
「ええ。本当のことであっても、信じたくないことを信じない人もいるのよ」
哀しそうに口元を緩ませる麻子ちゃんの色気がハンパない。……って、言ってる場合じゃないのは分かってるけど、ちょっと思考が逸れてしまう。
いや、私が持ち掛けた相談のせいでこんな空気になってるのは分かってるけどね。あれなんですよ。ボケてないと生きていけない生物なんですよ、私。
「良く分かんないけど、そういう人もいるんだね」
「そうね。世の中には色々な人がいるものよ」
麻子ちゃんの説明で、一応は納得したらしいちーちゃんは、今度は難しそうな顔になってしまった。
「あー、ごめんね2人とも。私の相談ごとでここまで考え込ませちゃって」
「良いのよ。寧ろ、力になれなくて申し訳ないわ。私ったら、いつまで経っても恩を返せなくて情けないわ……」
「そんなことないよ! 麻子ちゃんにはいつもお世話になってます。すっごく感謝してるんですよ!」
「瑞穂ちゃん……ふふ、ありがとう。本当に優しいわね、貴女は」
麻子ちゃんてば、お世辞じゃないのに。
大分強くなった麻子ちゃんだけど、気にしすぎる性質は、なかなか変わらないらしい。まぁ、性格なんてそうそう変わるものじゃないし、ある程度仕方ないだろうけど。
「……瑞穂ちゃん……」
「ん? どうかしたの、ちーちゃん?」
世の中難しいなぁ、なんて思っていたら、ちーちゃんが急に腕に抱きついて来た。可愛いから全然ウェルカムなんだけど、一体どうしたんだろう。
気にしすぎちゃった? ちーちゃんは、そういうタイプじゃないと思ってたんだけど……。顔を覗き込んだら、難しい顔継続中だった。
「瑞穂ちゃんは、悠馬なんかと恋人にはならないよね?」
「え? なんかって言うのは可哀想だと思うけど……恋人にはならないと思うよ」
突然の、訳の分からない質問に、思わず目を丸くしてしまった。
いや、突然でもないか。さっきの例え話の続きだろう。
えーと、明らかに例え話だったけど、ちーちゃんの中の何らかの琴線に触れてしまったのだろうか。
困惑しつつも、ここはフォローしなくてはと気合を入れて言葉を続ける。
「大丈夫! それこそ例えば、ちーちゃんがゆーちゃんと恋人になるとしても、私は邪魔したりしないし、何なら応援するよ!」
「嫌!」
「へっ?」
「わたし、恋人なんていらない! 瑞穂ちゃんがいてくれれば良いもん!」
「え、ええええ……???」
更に強く抱き着かれてしまった。おおう、ちーちゃんいつの間にこんなに逞しくなったんだい。腕がちょっとギシギシ言ってるよ……。
どうやらフォローを入れるのに失敗してしまったようだと思いつつ、そっと麻子ちゃんに視線でヘルプを求める。
麻子ちゃんも、少し驚いたように目を瞬いていたけれど、やがて納得したように数回頷いた。
「ええ、そうね。そんな風に誰かに迷惑をかけるくらいなら、お友だちがいれば十分よね」
「うん……悠馬なんて、別にいらないもん……」
「ふふ、そうね」
いや、麻子ちゃん。うふふじゃなくて……。
私を中心に会話が繰り広げられているはずなのに、何だろうこの蚊帳の外感。
何故だか、ナオ君&真凛ちゃんの間で行われていた修羅場の時も思った同じような感想を抱いてしまう。
次いで、バッチリと目が合った麻子ちゃんは、少しだけ困ったように笑って、私だけに聞こえるように唇を私の耳元に寄せて囁いた。
「……千歳ちゃん、ちょっと混乱しているみたい。少しすれば治まるから安心して頂戴」
「えーと、でも……」
「大丈夫。今言ったことも、一時的なことよ。きっと、見ていればその内分かるわ」
「? そうなんですか……」
まったく分からないけれど、麻子ちゃんが言うのなら、確かなんだろう。
納得した私は、深く頷いてとりあえずちーちゃんの頭を撫でておいた。
「とりあえず、次にその子と顔を合わせそうな時には、晴雅さんと一緒にいると良いと思うわ」
「え?」
「提案よ。そうした子の対応には、晴雅さんがいれば安心だと思うの」
ニッコリと微笑んだ麻子ちゃんは、何と私の相談事へのアドバイスまで授けてくれた。なんと出来た女なのか、麻子ちゃん。
流石は、あの天下の轟医院の御子息付きの好青年こと有真さんを射止めただけはある。……って、冗談で思ったけど、そう言えば廉太郎君元気かな。今の今まで忘れてたし、別にどうでも良いっちゃ良いんだけど。
「わたし! 良かったら、わたしも力になるからね、瑞穂ちゃん!」
「う、うん。ちーちゃん! いざという時にはよろしくね!」
「任せて!」
腕に抱きついたまま、決意を秘めた強い視線を送ってくれたちーちゃん。
頼もしくて涙が出そうだけど、流石にちーちゃんを刀柳館には連れて行きたくないので、麻子ちゃんの意見を採用させてもらおう。
というか、お願いしなくても大抵は双子も一緒に行くし、意識的に一緒にいるようにすれば良いんだもんね。
「よーし、じゃあ辛気臭い話は終わりにして、楽しい話しよう!」
「うんっ!」
「そうだ。麻子ちゃん、受験勉強の調子はどう?」
「あら。それは楽しい話じゃないと思うけど……」
こうして、公園での女子会は、最終的には楽しく過ぎていくことになったのだ。
めでたしめでたし、である。
「――って感じで、女子会楽しかったよーって、あれ?」
「瑞穂お前……またそう訳の分からないフラグおっ立てて来てたのかよ」
「あっ、まだ言ってなかったっけ。……テヘペロ!」
「誤魔化されると思ったか、この野郎ー!!」
「わー、ごめんってば焔ァ!!!」
……めでたし?