100.ナオ君ととある嵐
「あっ、青島先輩! お久しぶりです」
「わー、ナオ君! ちょっとぶりー!」
刀柳館の跡継ぎ息子のナオ君が駆け寄って来るのを、満面の笑顔で出迎える。
私たちは、同じような訓練の構成をしているけれど、如何せん私の方がやること多過ぎる為、こうして顔を合わせることが出来る日は、意外と少ない。
例えばこれが館内の大会の日とかなら、まず間違いなく顔を合わせるんだけど、残念だね。
「カモーン、ナオ君! この胸にっ!!」
「? 押忍!!」
腰を低くして両手を広げ、クイックイッと指を誘うように動かすと、ナオ君は不思議そうに瞬きをしてから、飛び込んで来てくれた。
ギューッと抱き締めたナオ君は、まだ私よりも若干背が低くて、子ども体温でホッとする。
もう、私の周り皆私より全然背が高くなっちゃって、可愛くないったらない。
嘘だ。皆天使で皆可愛い。ちょっと悔しいだけだ。
「えへへー、ナオ君は可愛いなぁ!」
「し、失礼ながら! 僕は男ですので、可愛くないです!!」
むーっと眉間に皺を寄せて睨んで来るナオ君。
そっと身体を離して、ジーッと見つめる。
多少背は伸びたけど、相変わらず長いまつ毛に、大きなクリクリお目目。
線の細い顔立ちに、柔らかそうなふわふわの髪の毛。
……どう見ても可愛い。
「ナオ君、可愛い!!」
「ひ、ヒドイです先輩!」
今度は、ぷーっとほっぺが膨らんだ。愛らしすぎる。
もう、ナオ君のすべての行動がクリティカルヒットして来る。
さっきから胸がキュンキュンして死にそうだ。死因:萌え。アリかもしれない。
「!」
ほっこりニマニマしていると、ふとナオ君が表情を険しくした。
え、そんな顔する程、可愛いって言われるの嫌だったの!? と、一瞬思ったけれど、どうも違ったらしい。
ナオ君は、不機嫌そうに立っていた場所から、バッと身を翻して移動する。
何かを避けるような動きだと思っていたら、実際ナオ君の後ろから飛び掛かって来た影があった。
「すーなーおっ! って、きゃあっ!!」
反射的に私も避けたので、ナオ君に抱きつく為に飛び掛かって来たらしいその子は、つかまるところが何もなかったお陰で、前のめりに転んだ。
トサッと軽い衝撃音の後、若干の間を置いて、その子が体を起こす。
その子は、キョロキョロと周囲を見回して、ナオ君の姿を見つけると、片目を閉じて軽く舌を出し、右手で自分の頭をこっつんこした。
「やだー! あたしったら、失敗失敗!」
所謂、テヘペロである。ジョーク以外でやってる子見るの初めてで、内心ちょっとドン引きしてしまった。
や、やりおるわい。今度私もやってみよう。多分、ドン引きされるけど。
「……何か用かよ」
誰の声だろうと、ちょっと悩んじゃうくらい低い声がナオ君から飛び出した。
思わず目が丸くなる。飛び出なくて良かったと安心するレベルの衝撃だ。
それでも、まだ全然可愛い声の範囲内なんだけど、いつも無邪気にニコニコしてるナオ君から出る声とは思えなかった。
もしかして、この子のこと嫌いなのかな。ナオ君って他人を嫌うような性格だと思わなかったけど。
ナオ君は、私が凝視しているのに気付いたのか、バツが悪そうな顔をした。
「す、すみません先輩。コイツ、その……僕のクラスメートで」
「クラスメート!」
何と言う素敵ワード。
私は目をキラリと輝かせながら、まだ座り込んだままの子を見た。
背中まである長い髪をツインテールにした、可愛らしい女の子だ。
ナオ君も可愛いクリクリお目目をしているけど、この子もなかなかである。
フリフリの白いブラウスに、ヒラヒラの可愛らしいスカート。
女の子らしい小さなカバンに、良く見たらツインテールを縛っているのは赤いリボンだ。ますます可愛らしい。お人形さんみたい。
「可愛いねぇ! 初めまして、私は青島瑞穂。ナオ君……松本直君の先輩だよ」
「まぁ、先輩!?」
パッと私を見上げた美少女は、にんまりとした笑顔を浮かべて立ち上がった。
それから、私の差し出した手は握らずに、周りをクルクルと回る。
品定めでもされてるような感じなんだけど、なんでしょう?
疑問符を浮かべる私に、美少女は正面まで戻って来ると、ドヤ顔で言い放った。
「可愛くないわ!」
「……へ?」
何と、言うに事欠いて「可愛くない」とは!
あまりにも予想外の言葉過ぎて、ちょっとビビる。
言葉も出ない私に、美少女は勝ち誇ったような顔で言い募る。
「最近、あたしより直と仲の良い女の子がいるってウワサを聞いて来たけど、全然大したことなくて安心したわ! ね、先輩。先輩もあたしのが先輩より可愛くて、直に相応しいって思うわよね?」
「え?」
ナオ君に相応しいとは何ぞや。
訳が分からずに首を傾げていると、美少女はムッと眉を寄せた。
眉間に皺が寄ってさえ可愛いとか、美少女ってスゴイね。
「思うわよね?」
「良く分かんないけど、君はとっても可愛いと思うよ」
「! そうよ、あたしは可愛いの!」
パッと満面の笑みになる美少女。なんて単純なんだ。
ちょっとほっこりしていると、ナオ君がまた地を這うような声を発した。
「……何しに来たんだよ、お前。用がないんなら帰れ」
「ヤダ、最近の直冷たいわ。どうしたの?」
美少女は、心底不思議そうな表情でナオ君に手を伸ばす。
けれど、ナオ君はそれを本当に不快そうに見て弾いた。
な、何と! あのナオ君が、美少女相手に暴力とは! ……ああ、いや。暴力って程じゃないけど、何か衝撃的でつい。
「な、何よ。直が言ったのよ。良かったら応援に来てねって」
「そんなの、ただのお世辞だよ。分からない?」
「ひ、ヒドイわ!! 最愛の恋人に対してその態度!!」
ショックを隠し切れない感じで、よろよろと後ろへよろめく美少女。
私は一体、何を見せられているんだろう。修羅場?
蚊帳の外感が否めな過ぎて、思わずボーッとしたことを呟く私。
「へ~、恋人なんだぁ」
「違います!!」
「へあっ!?」
あまりにも即座に否定された上に、凄まじい勢いだったから、思わずのけ反ってしまった。
な、何でそんな深刻そうに否定するのさ、ナオ君。
「……違います。僕に、恋人なんていません」
「そうなの? ナオ君ももう4年生だし、恋人の1人や2人……」
「……いりません、そんなの」
「そ、そう?」
何だか、触れちゃいけないところに触れちまったらしい。やっちまったぜ。
肩を落として悲壮感たっぷりの表情を浮かべるナオ君に、何て言って良いやら分からなくなる。
ついと美少女の方を見たら、スゴイ顔で睨まれてしまった。うおお、嫌われた!?
「な、何なのよ、あなた! 可愛くもないクセに、あたしの直に何を吹き込んだの!」
「吹き込む? いやぁ、そんな何かを教えた覚えはないんだけどー……」
「うるさいわね! 絶対あなたのせいよ! だって、あたしの直はあたしだけに優しいはずなんだから! こんなこと言うのは、直じゃないんだから!!」
ご、ゴリゴリ来るクラスメートだなオイ。
何で小学4年生と5年生で修羅場を演じなければならないんだろう。
しかも、片方は全然状況つかめてないからね。
「このっ……ブス!!」
はい、ブスです。
呆気に取られて、思わず同意しかけた時、ナオ君がキレた。
「先輩はブスじゃない!! 強くて優しくて格好良い、僕の尊敬する先輩だ!! 馬鹿にするな!!」
……ありがたすぎて泣けて来る。
今、それ言ったら、もっとヒートアップするんじゃないの?
戦々恐々としていたら、今まで見たこともないくらいの視線を美少女から向けられた。そらそーなるわ。
「直なんて……もう知らない!!」
そう叫んで立ち去って……行ったように見せかけて、壁の隙間からチラチラ様子を窺うの、やめて頂けませんかね。
美少女のツインテールが滅茶苦茶見えるんですよ。
私は、その状況を遠い目をしつつ見守り、やがてスルーすることに決めた。
ダメだよ、あの手の輩は。無視するのが一番だよ。
「……先輩。本当に申し訳ありませんでした」
しばらくして、ナオ君がしょぼんと肩を落として謝って来た。
「いやぁ、あれはどんな人間にも止められないだろうから仕方ないよ」
「……ありがとうございます」
「それで、今の子は? クラスメートって言ってたけど」
そう聞くと、ナオ君は躊躇いがちに教えてくれた。
あの子の名前は、栗原真凛。ナオ君のクラスメート。
1年前くらいにナオ君の学校に転校して来た子で、可愛いから注目を集めていたらしい。
それで、変にからまれてるのをナオ君が助けたところ、あんな状態になってしまったとか。
つまりは、自称最愛の恋人という訳だ。怖ぇな。
「僕はああしていつも拒絶しているのですが、全然分かってくれなくて」
「苦労してるんだね……」
ナオ君、可愛いもんね。
そんな子に颯爽と助けてもらえば、勘違いの一つもするかもしれない。
「先生とかにも相談しないとダメだよ? 恥ずかしいことじゃないんだからね?」
「はい。ありがとうございます」
力なく笑うナオ君の頭を、優しく撫でておく。
弱ってる時には、他人の体温が一番だって言うしね。
よしよしと撫でていたら、強張っていたナオ君の顔が、ちょっとだけ緩む。
「ナオ君は間違ってなかったよ。真凛ちゃんを助けたのは、正しい判断だった。なかなか出来ることじゃないよ。偉かったね」
「……先輩」
「誰にもこうなるなんて分からなかったんだから、あんまり自分のせいだって思っちゃダメだよ」
「……はい」
可哀想に、よっぽどストレスだったんだろう。
こうなったら、せめて刀柳館に来る時だけでも、ボディーガードをしてあげたら良いだろうか。
ああ、でもこういうのって対処が難しいんだよね。叩きのめせば良いって訳でもないし。
うーん、と首を捻って居たら、ナオ君がいつもの笑みを浮かべてくれた。
「先輩、本当にありがとうございます。元気出ました。僕、他の人にもちゃんと頼ってみます。だから、先輩はこれ以上気にしないでくださいね」
「でも……」
「先輩。僕、先輩のこと大好きです!!」
「え? あ、ありがとう??」
ここで話を終らせちゃいけない気がするんだけど、満面の笑みで抱きついて来たナオ君が可愛いから、別に良っか!!
誤魔化されたような気もするけど、オールオッケー!!
「お嬢ー。そろそろ始まりますよー」
「お迎えにあがりましたよ、お嬢様」
「あ、はーい」
真面目な話、ナオ君の問題なワケだし、頭の隅に入れておくんで良いか。
とりあえず、お父さんの松本さんには報告しとこーっと。
「主君、主君!! カルチャーショックでござる! こちらの訓練のレベルが高すぎて頭がおかしくなりそうでござるよ!! と、とと、とりあえず全コースの体験入学をしてみたんでござるが、付いて行くのがやっとで!!」
「いないと思ったらそんなことを!? ハットリくん、忍者としてのプライドは何処にやったのさ!?」
記念すべき100話がこんなのですみません。
と、謝罪を考えてから気付きましたが、今までになく恋愛要素濃い目な気がしますね。この話。




