98.主人公はアイツだろ※
※焔くん視点です。
※5年生編現時点までの焔くんの所感話。
正直、俺はラブコメ漫画『ハーレム×ハーレム』の世界に転生して来てから、主人公は俺じゃなくて、瑞穂なんじゃないかって思うことがある。
急にこんなことを言えば、自分が主人公だって言ってたお前が何を言い出すんだって瑞穂に笑われそうだから、絶対に言えないけど。
実際のところ、俺よりもアイツの方が漫画の登場人物っぽいヤツとの遭遇率が高すぎると思うんだ。間違ってるだろうか?
確かに、俺の交友範囲は結構狭くて、アイツの交友範囲とかぶってるところも多いから、まぁアイツはただ単に、主人公の俺に出会いを提供するキャラって立ち位置なのかもしれないけど、だとしたらもっと漫画に登場しててもおかしくなかった気がする。
そもそもアイツ、ただの呼び出し係だったはずなのに、どうしてあんなに友達が多いんだろうか。やっぱり、元が根暗な俺とは全然違うんだろう。
……って、ヘコむのはやめにしたんだった。
油断すると、すぐに落ち込んじまうな、俺。まぁ、人はそう簡単には変わらないってことなのかもしれない。
気を取り直して、今から前向きに取り組んでこう。
俺のことはどうでも良い。問題は瑞穂だ。
この間の、瑞穂の誕生会兼桜祭りの日に、忍者が仲間に加わった。
これを言葉にするだけで、十分に頭がおかしい状況だというのは俺にも分かるが、事実なので仕方がない。連れて来たのは瑞穂だ。
本人は、絶対に自分のせいじゃないって主張してたけど、どう考えても瑞穂が連れて来てた。何しろ、俺は気付かなかったけど、親父に対して攻撃を仕掛けて来た忍者の攻撃を弾いた上に、カウンターで木に縫い留めてたらしいからな。
って、どんな芸当だよ。懐かれたの、完全にそのオーバーキル気味の反撃のせいだろ。完全に瑞穂の影響だ。
瑞穂のこと「主君」って呼ぶ忍者脳のそいつは、忍者の格好をしていて、口布に深くかぶった頭巾のせいで顔は殆ど見えない。
でも、チラッと覗いてる目元が、すげー整ってるのが分かる。
あれは絶対にイケメンだ。忍者の格好やめれば、すぐにモテるヤツだ。目とか何か澄んでたし。
真面目な話をするんなら、そんなヤツが何で親父を狙ってたのかは気になる。
反撃した瑞穂が規格外だっただけで、アイツがいなけりゃもしかしたら親父はやられてたのかもしれないし、心配になるのは当然だ。
……いや、まぁ瑞穂がいなくても全然問題なかった気しかしないが、そこはご愛嬌というヤツでスルーだ。
ともかく、親父はデカいグループ会社を率いる社長というか、リーダーというかな存在で、普段はそこそこの家に住んでるせいで忘れがちだが、狙われる理由は持ってる。
だから、実際に直接見るとビビるが、命を狙われたというのは、不思議ではない。と、思う時点で随分と思考が毒されてる気がしないでもないが、それもスルーだ。いちいち気にしてたら、この世界で生きていけない。ここは、現代日本という名の人外魔境なのだ。
で、何だ。忍者は、瑞穂に仕えたいと言っていたが、自分の名前さえ名乗らない。怪しさ満点のそいつを雇い入れることにした叔父さんも、親父も頭がおかしいと思うが、考えてみれば晴臣と晴雅の雇い入れも正直グレーだ。今更なのかもしれない。
それも無視するとしても、忍者ことハットリ(瑞穂命名)が怪しいのは代えがたい事実で、忘れていれば手痛い事態に陥ることもあるのかもしれない。
そう思うと、この世界はやっぱ漫画の世界なんだなぁと思うが、それだけ色々と起きている中で、俺が主人公だと思うのは微妙じゃないだろうか。
学校のヤツらとか、プールで出会った轟組なんかを、ギリギリ百歩譲って俺も関わりがあると言うにしても、麻子先生とかはアウトだと思うんだ。
皆、俺とも友だちしてくれてるけど、どう見ても瑞穂の方に懐いてるし。仮に俺が主人公だとしたら、もうちょっと何とかなってる気がするんだよな。……今更、ハーレムとか別に要らないけど。ちょっと寂しくなくもない。
……で、今回ピアノの発表会があった。
それも別に、漫画の過去編で語られたようなイベントじゃないから、俺は知らないが、また怪しげなのが現れた。
俺はもうハットリの登場だけで既にお腹いっぱいなんだが、またキャラの濃そうな奴だ。
発表会という名のコンクールで、1位を取った男。
名前は、見たことも聞いたこともない。ただし、漫画では。
現実では、ウワサだけは聞いたことがある。
世界的に有名な音楽一家原田家の息子で、天才ピアニスト奏也。
どこに住んでるとか聞いたことはなかったけど、どうやら近所だったようだ。
最早、背負ってるものからして漫画のキャラっぽい。
しゃべってるのは見たことがないが、何か孤高の音楽家っぽい雰囲気だし。演奏も神がかってたし。
これで同じ学校に転校とかして来たら、目も当てられない。
これから、中学生になる頃には、『ハーレム×ハーレム』のヒロイン、雫との出会いも待ち構えているし、高校生になれば本編が始まる。
既に色々壊れてるから、漫画通りのイベントが起きるとももう思っていないが、何かしらかのゴタゴタは起きるだろう。
俺はもう、お腹いっぱいだ。何度でも言う。そこに、更に濃いキャラ追加って、神がいるとしたら、何考えてんだ。もう十分だよ。
つっても、別にこれ以上関わり合いにならないんなら、どうでも良いんだ。
ただ、俺が今回頭を抱えたくなったのは、その天才ピアニストと瑞穂の目が合ってたからだ。
瑞穂は気付かなかった振りをしようと、そっと目を逸らしてたが、あれは完全に瑞穂を見ていた。
俺の良く読んでた漫画的に分析すれば、多分これはあれだ。
楽譜通りにしか弾けない天才が、枠にとらわれない自由な演奏をする瑞穂に惹かれたとか、そういうのだ。
出来れば間違っていて欲しいと思うけど、原田奏也の、何を考えてるんだか分からなそうな目は、爛々と光って瞬きさえせずに瑞穂を見つめ続けていた。これ、何らかのフラグでしかないだろ。
もう無理だ。俺にはどうしようもない。
そうは思いつつも、隙あらば話しかけて来ようとしていた原田奏也を、俺はそっと牽制しておいた。
双子も、これ以上瑞穂を慕う勢が増えるのは嫌だからか、協力してくれた。
何とか不自然じゃない範囲で、初会話イベントは防げたと思うが、このままフラグが折れていることを祈る。本当にお腹いっぱいなのだ。
げっそりしながら会場を出て、それで終わりじゃないのが更に恐ろしいところだ。
入口当たりで騒ぎが起きてるから何かと思えば、瑞穂曰くのヤのつく自由業のような男たちがたむろしていた。
ヤのつく自由業の男なんか、俺は前世で1回も見たことがない。
俺からすれば、漫画にしかいないような存在と、何でニアミスしなくちゃならないんだろう。眩暈がする。
幸いにして、奴らは別に俺や瑞穂に絡むようなことはなかったが、絶対あれも何らかのフラグだろうと思う。
例え相手がガチのヤのつく自由業の男たちであっても、瑞穂なら平然と対処しそうではあるが、出来れば関わり合いになりたくない。
そう思いながら、盗み見た男たちの顔が、かなりイケていることに気付いた俺は、頭痛に襲われるのを感じた。
横で、能天気にヘラヘラ笑ってる瑞穂を見ると、更に頭が痛くなった。
……絶対、この世界の主人公は俺じゃない。コイツだ。
俺1人だったら、多分ピアノとか習おうとも思わなかったし、この会場にも来なかった。ニアミスしたのは、瑞穂の影響だ。完全に主人公だ。
そう決めつけつつ、俺は瑞穂を小突いておく。
文句を言われたので、とりあえずイラッとしたからだと説明しておく。おい、その理由で納得すんな。
と、まぁ何だかんだ言っても、俺はそんなストレスのかかる毎日が気に入っている。
隣でヘラヘラしてるクソチート女に勝つって目標もあるし、いっちょ頑張るか。
この、平穏で穏やかな毎日を守れるなら、俺だってやる時はやってやるんだ。主人公じゃないなら、余計に。
「おい、マジでこれ以上のイケメン美少女ホイホイはやめとけよ?」
「だから、私がやってる訳じゃないんだって! 焔でしょ?」
「バーカ」
「突然のディス!!」
……なんて、絶対コイツにだけは言わないけどな。