97.ピアノ発表会と何らかのフラグ
皆様お忘れかもしれないけれど、私はこう見えてもピアノを習っている。赤河の血を引くお嬢様としても、赤河に仕える青島の娘としても、ピアノはとにかく必須のスキルなのだ。
まぁ、最低限弾けて、有名なクラシックが分かって話題についていける状態になれば、そこまでで構わないっちゃ構わないらしいけど、ちょっとでも間が空くとすぐに錆びるのがピアノの腕なので、定期的に教室に通っているのだ。
それでも、他にも様々やることはあるし、教室に行くのは月に2回だけで、練習も毎日何時間ってレベルじゃないから、習ってるって堂々と言える感じでもないんだけどね。
急に何を言い出すんだと思う方もいるかもしれないけど、これはアレだ。ネタ振りって奴だ。つまり、今日ピアノの発表会があるよっていう。
あれ、意味分かんない?
大丈夫、私も意味分かんないから!
「何もないところ見つめて百面相って、結構ヤバイ奴だぞ瑞穂。大丈夫か?」
「ほ、焔ー! どうしよう、謎の緊張が襲い掛かって来た。助けて」
「無理」
「焔が冷たい!!」
1年くらい通っていて、そこそこのホールで発表するのは初めてのことだ。
前世の頃の方が、緊張しなかった気がする。
全然見えないかもしれないけど、私は転生してから色々と頑張っている。ピアノもその一つだ。努力の差が、緊張の差に繋がっているのかもしれない。
前世は、何ていうか惰性でやってただけで、頑張ったことないから緊張しなかったんだろう。
「ドキがムネムネする!!」
「そんだけアホなこと言えるんなら平気だろ」
「名が体を表してないよ、焔!! もっと熱くなれよぉー!!」
「マジで言ってる意味が分からねぇよ!! 落ち着け!!」
焔の両肩を掴んで、ユサユサ揺さぶったらマジ切れされた。
スパーンと頭を叩かれるのはいつものことだけど、いつも以上に痛かった。
幾ら落ち着かせる為とは言え、勘弁してほしい。こちとら女の子なのに。
「お前は、女子のカテゴリーに入ってないから」
「また心を読まれた!!」
「分かりやすいからな、瑞穂は」
そう言って、課題曲の譜面に視線を落とす焔が、それだけでポストカードになれそうな雰囲気を醸し出す。
イケメンって、本当に得だよね。何、このイケてるオーラ。
足組んで頬杖付きながら、アンニュイな感じで楽譜を見てるだけで様になるって、それどんなチートですか。
「あー、でも今日は正装してるから余計に格好良いのかもねー」
「……急に何だよ」
ムスッとした様子で視線を上げた焔を、改めて見つめる。ピアノの発表会だからということで、出演者は皆、それなりにドレスアップしている。
焔はテキトーで良いって言ってたけど、伯母さんに押し切られてプロのスタイリストさんたちに整えられてた。私もだけど。
本来、子どものピアノの発表会なんて、衣装に着られてるような初々しさを楽しむようなものだと思う。
なのに、整髪料でビシッと前髪を後ろに撫でつけられて、いつもより露わになったイケてるフェイス。サイズは確かにまだ子ども向けなんだけど、デザインが明らかに洗練されたご立派なスーツに、胸元を彩るスカーフの赤。
そこに居るのは、少しだけ小ぶりな紳士様だ。どう見ても、普通の小学生じゃありません。ご馳走様です。
「いや、本当腹立つくらい格好良いなって思って」
「そーかよ。……主人公特典ってヤツだろ」
私のコメントを聞くと、げんなりとした調子になった。
焔は、外見を自分だと思っていない節があるので、見た目を褒められるのは嫌だったのだろう。
「生まれ持った美形を保ってるのは、焔の力じゃん? 素直に受け止めとけば?」
「保つって程、特に努力もしてねーし」
「そうなの? まぁ、別に興味ないからどっちでも良いけど」
「どっちでも良いのかよ!?」
ここまで言及しといてなんだよと怒られた。ごめんごめんごー!
明るく謝っといたら許してくれた。
うーん。焔ったら、繊細なんだもんなぁ。ケラケラと笑ってると、後ろに席に座っていた臣君が、ニヤニヤしながら会話に参加して来た。
……あ、因みに主人公云々はかなーり小声だったから、私にしか聞こえてないと思う。
「でも、良かったですねぇ若。お嬢に褒めてもらえて」
「……何だよ。お前までからかうなよ」
「まぁまぁ! 嬉しいでしょ?」
「う、嬉しくないし……」
そっと視線を逸らす焔。
どうやら、嬉しいは嬉しかったらしい。愛いヤツだ。
温かい目を向けたら、睨みつけられる。愛いヤツだ(2回目)。
「つーか、俺より褒めるんなら瑞穂の方だろ」
「え、何で私?」
「だって、一応女だしさ」
確かに、私もバッチリとおめかしさせられている。
髪の毛を色々とアレンジするのは、実は割といつものことだけど、ここまで細かく丁寧に編み込まれたのは初めてだったりする。
それに服装も、子どもの頃特有の、レースフリフリスカートふわふわの可愛らしいピンクのドレスと、なかなかのお嬢様っぷりを発揮している。
普段はクラスで3、4番目の可愛さくらいの私が、ステージ限定で2番目くらいにランクアップ出来る程度には化けられた。
前世はどちらかというと格好良い系だったので、今のガーリーな格好に満足していたりはするけど、そこまで褒められることではないと思うんだけどなぁ。
「僭越ながら、僕らは朝に既に目いっぱい褒めさせて頂いておりますよ」
「そーだよな。でも、お嬢がもっと褒めて欲しいって言うんなら、思い切り褒めてあげますよ?」
静かに口を挟んだ雅君の言う通り、この格好になった直後、私は滅茶苦茶双子から大絶賛された。
正直、一生分褒められた気がして、今はお腹いっぱいだ。
いやー、褒められるのは嬉しいけど、褒められすぎるとちょっと疲れるんだね。知らなかったよ。
「拙者も! 拙者も主君は日の本で一番の美姫であると思うと申し上げたでござるよ!!」
はいはい、と元気いっぱいに両手を上げて主張するハットリくん。
今日も元気に忍者衣装なんだけど、音楽ホールに忍者コスプレってどうなのよ。
呆れなくもないけど、席についてしまえば、これが意外と注目を浴びない。不思議なものである。
「ハットリくんは大袈裟だなぁ」
「恐縮でござる!」
私が肩を竦めると、何故かハットリくんは嬉しそうにしていた。
一体何が楽しいのか。まぁ、ハットリくんは大体いつもこんな感じだけどね。
「……そろそろ始まるようです。お静かに」
雅君のクールなひと言で、全員お口にチャックした。
雅君、流石やでぇ……。
◇◇◇
『――回子ども音楽コンクール第2位……青島瑞穂さん』
「あー、惜しい。2位かぁ」
すべてのプログラムが終了して、成績が発表された。
呼び出された人はステージに、とのことなので、私はそっと自分の席を立って登壇した。
先に呼ばれていた3位の焔と目が合ったので、史上最大級のどや顔をお贈りした。鼻で笑われた。
「おめでとう」
「ありがとうございます!」
審査委員長の優しそうなおじさんから表彰状と、小さなトロフィーを頂く。
うーん。参加賞じゃなくて、第2位っていうのが良い響きだ。私はニコニコしながら受け取って、指定された場所に移動する。
3、2、1位の子ども3人並んでの記念撮影があるので、降壇は少し後なのだ。
『第1位……原田奏也君』
「……はい」
1位に選ばれた子は、どうやら1学年上の6年生らしい。
何となくボーッとした雰囲気の眼鏡っ子な男の子だ。
この子も結構なイケメンっぽいけど、ひと言もかわしてなければ、目も合ってないからセーフだと思う。
音楽教室も別のはずだし、今が初対面でこれからも会わなければセーフだ。うん、間違いない。
でも、演奏していた時には繊細ではあったけど、パワフルな演奏をする子だなーと思っていたので、ちょっと意外な雰囲気だ。
同じ眼鏡っ子でも、委員長とは全然タイプが違う。委員長は、全力ブリザードだからね。
この子は、妖精さんみたいだ。浮世離れしてるって言えば良いのか。
きっと、鍵盤を叩くと性格の変わる、天才肌なんだろう。素晴らしいことだ。
「……変に興味持つんじゃないぞ」
ぼそりと、私に聞こえるだけの小声で、焔が呟く。
し、失敬な。だから私、そんなにイケメンホイホイしてないってば!
「…………」
……い、一瞬だけハラダ君と目が合った気がするけど、き、気のせいだよね!
◇◇◇
動揺しつつ、家路につく。
とは言っても、会場の裏手に車が待っているので、そこに行くだけだけど。
私は、トロフィーを大事に抱えながら皆と一緒に移動する。
「う、うぉぉお! 兄貴! 演奏、スゴかったっスね! 感動したっス!!」
その途中、不意にあんまりピアノと合わないような声が響いて来た。
あんまりにも大声なので、周囲にいた人たちの視線がそちらへ向く。
会場前で屯しつつ、そんな会話を繰り広げているのは、ごく普通のご家族……じゃなくて、どう見てもヤのつく自由業の方たちだった。……何故!?
「あんなにちっちゃいのに、すげー演奏してて……マジビビったっス!」
「馬鹿か、おめぇは! ここに何探しに来たと思ってんだ。死ぬか!?」
「すんませんっス!!」
「目的忘れてんじゃねぇぞ! ……ま、すげー演奏だったってのは確かだがな」
「兄貴ィ!!」
……ヤのつく自由業の方って、ちびっ子のピアノ発表会とか見に来るんだ。
私はちょっぴりほっこりしたけど、周囲の人たちはそうでもなかったようで、全力で見なかった振りをしていた。
私も、目が合ったら困るのでそっと視線は逸らしておいた。
「……因みに焔の知ってるイベントじゃないよね、あれ?」
「知る訳ねーだろ。知ってたら教えてるよ、あんな濃いヤツらの登場イベントなんて」
軽く頭を抱える焔に同情しつつ、先に進んでいるお父さんたちを追いかける。
「……まさか、これ程近くまで」
「? ハットリくん、どうかした?」
「あっ、な、何でもござらぬ。気にしないでくだされ、主君」
「??」
……焔じゃないけど、なーんかフラグのような。
き、気のせいだよね? ね!?