96.お菓子と日常
「ねー、みずほ。このお菓子食べても良いの?」
「うん、全然大丈夫だよ。あ、でも先生に気付かれる前にね」
「あいよー」
今日も今日とて休み時間を、のんべんだらりと自分の席でまったりしていたら、不意にさっちゃんが声をかけて来た。
彼女の目的は、私の机に突っ込まれてはみ出しているお菓子ども。
我が白鶴学園初等部には、お菓子の持ち込みは禁止なので、バレたらマズイ。非常にマズイ。
なので、食べるのならサクッと食べて、証拠隠滅を図りたいところだ。
当然だけど、これらのお菓子は私が持ち込んだ物ではない。
移動教室の後に戻ったら、机に突っ込まれていた次第だ。
誰かによるサプライズドッキリの可能性を考えて、ワクワクドキドキとネタバラシを待っていたんだけど、一向になかった。
最終的に、近くに落ちていたマキビシから、犯人は忍者ことハットリくんであろうということが分かったけど、まったく意味が分からない。
「正体を隠したいんだか明かしたいんだか良く分かんないよねー」
「ああ。みずほん家に来たって言う、忍者コスプレの人?」
「そうそう」
バリボリと、遠慮なくお煎餅を頬張るさっちゃんが可愛い。
なんて内心でときめきつつ、溜息をつく。
マキビシの落ち方から言って、意図的に置いたというよりは、うっかりミスで落としたっぽい雰囲気だった。
これを誰かが踏んでたらどうするつもりだったのやら。冗談じゃない。
「このお菓子も、善意なんだか罠なんだか……」
「でも市販品だし、穴とかも開いてないから、毒とか入ってる訳じゃないっしょ」
「やだ、さっちゃんったら聡明」
「まーねー」
さっちゃんの家は、確か中流階級の中の上位という何ともアレな立ち位置だったはず。お金持ち分類でも良さそうだけど、だからと言って命を狙われるレベルではない。
何がどうなったら、ごく普通の小学生女児が毒物が仕込まれているという発想に至るのやら。末恐ろしい小学生である。友だちながらあっぱれ。
「まぁ、実際毒なんて仕込むとは思えないけどねー」
「だから食べて良いって言ってくれたんでしょ? みずほ、アホっぽいけどその辺は結構考えてるもんね」
「褒めてる? さっちゃん、それ褒めてる??」
若干複雑な感想を抱かれつつ、私も幾つか口に運ぶ。
バレたら確実にひと悶着あるという事情のせいか、妙に美味しく感じる。
これが、背徳の味というものか。
「何か狙いがありそうな気もするけど、わざわざ調べる必要性を感じないから、放置しといてるんだけどね」
「ふーん? ま、キョーミないけどね」
「さっちゃん、ちょっとは興味持って!?」
お、おっと私はツッコミではなかった。ついついツッコんでしまった。さっちゃん怖いよ。
「あー! 瑞穂ちゃんたち何食べてるの? 良いなー! オレにもちょーだい!!」
「ゆーちゃん、シーッ!! 先生にバレたら大変だから!!」
「あっ、そっか」
元気良く駆け寄って来たゆーちゃんは、お菓子の山を見つけると目を輝かせた。
いけないいけない。クラスメートたちにバレないように食べてたっていうのに、叫んだら無駄になってしまう。
私とさっちゃんは、その辺りの対策は割と得意なので問題ないけど、ゆーちゃんも食べたいと言うとなるとちょっと厳しいかな。
だからと言ってゆーちゃんだけ仲間外れというのもなんなので、私は良い感じに壁になりながらゆーちゃんにもお菓子を分け与えた。
「うまっ」
「ねー、美味しいよねぇ」
「もひとつちょーだい」
「はい」
「おいしー」
ハットリくんの考えはまったく分からないけど、とりあえずお菓子は美味しいし、ゆーちゃんとさっちゃんは可愛いしで、最高の時間が過ごせたので感謝しておくことにした。
お菓子美味ー!!
◇◇◇
「――と、いう訳で今日は小腹がいっぱいです」
「お前は学校に何しに行ってるんだ」
今日は一緒に帰れそうということで、焔と昇降口で落ち合った私は、早速今日あったことを報告していた。
何故だか、心の奥底からの呆れた視線を頂戴してしまった。うーむ、まったく心当たりがないなぁ。
「で、先生にはバレなかったのか?」
「うん。防犯カメラの位置も把握してるし、問題ないよ」
「すぐに防犯カメラの話をし始めるお前怖ぇよ」
今度は、ドン引きされた。失敬な。
「将来の赤河家使用人として当然ですわ」
「マジかよ。ウチの使用人に求めるスキル高すぎだろ」
分かってるくせに、改めて聞いたらやっぱりドン引きしたらしい。
まったくもう。こんなんで将来赤河グループを背負っていけるのだろうか、この子は。まぁ、最悪私がサポートしてあげるから平気だけどね!
「……何か今すげー腹立つこと考えたろお前」
「そんなことないよー?」
「…………」
ジトーッとした視線を向けられたけど、スルーで!
「あっ、おい赤河ー!」
「あれ?」
校門まであと少し、といったところで焔に声がかかった。
私は知らない声だ。首を傾げて見ていると、やっぱり見知らぬ男の子がやって来た。
「どうした?」
「どうしたじゃねーよ。今日、部室に来いって連絡行ってただろ?」
「……あっ、ヤベッ。忘れてた」
どうやら、同じテニス部の子らしい。
口調からして、同学年なのかな。多分、私とは同じクラスになったことがない子のはずだ。
「悪い、瑞穂。先に帰っててくれ。俺は部活してから帰るから」
「オッケー。遅くなりそう?」
「いや。今日はちょっとしたミーティングだけだと思う」
「じゃあ、伝えとくね」
「頼んだ」
そう言うと、焔は呼びに来た男の子と一緒に、部室へ向かって行ってしまう。
私はその背中を眺めながら、感慨深いものを感じていた。
あの焔にも、私を通さない友だちがたくさん出来ているんだなぁと実感すると、いつも感慨深くなる。
よしよし。その調子で大人になるんじゃよ、と思ったところで、不意に焔が一瞬だけ振り返って目が合った。
あれ、この距離でも考えてること分かるの? 焔、エスパーかよ。
ちょっぴり怖くなったので、大人しく帰ることにする。
その途中で、ふと周囲の声が耳に入って来た。
「赤河様って素敵よねー。5年生なのに、もう大人みたいで」
「本当本当! 憧れちゃうわよねー」
「良いなー。わたしもテニス部に入れば良かったー」
「後ろ姿も格好良いー!」
……多分、6年生のお姉さんたちの会話だ。
な、何と言うことだ! 焔が……焔がモテている!!
私は、愕然とする動きをしかけて、隣に焔がいないことを思い出した。
いけないいけない。1人でボケても面白くないもんね。
「……どーせなら、誰よいつも隣にいるあの女は! とか始まれば面白いのに」
漫画のワンシーンで、良くありそうな風景を思い描いて、ふふふと笑いを零す。
ま、私みたいな二軍女子に、そんな嫉妬とかされる訳ないけどねー。
寧ろ、嫉妬されそうなのはちーちゃんだろう。流石のメインヒロインだけあって、ちーちゃんは順調に美少女に成長していっているから。今も超絶美少女だけど。
「……いや、意外とさっちゃんとか?」
今年はクラスが分かれたから、そうでもないか。
あれやこれやと考えていると、すぐに時間が過ぎてしまう。
私は妄想を膨らませてほくほくしながら校門を出た。
「あれ、お嬢。1人?」
「臣君、雅君。丁度良いところに! 一緒に帰ろー!」
「勿論でございます」
敢えて時間を合わせてくれているのか、偶然というには結構な頻度で、双子はこうして私と合流することがある。
今日は、幸いにもその日だったようで、1人寂しい下校時間を味わわずに済むことになった。
「ねーねー2人とも。聞いてくれる? 今日ねー」
年度の始まりに、忍者を拾うというまさかのイベントに遭遇してしまったけれど、こうしてみればなんてことはない。
日々、皆とたくさん喋って、些細なことで笑って、楽しく過ごせている。
これは、まさに杞憂というヤツだったのだろうと高をくくって、私は楽しく帰宅するのだった。
「主君! 本日の差し入れは如何だったでござろうか!?」
「やっぱハットリくんの仕業だった!! というか、自らバラしていくスタイル! って、ツッコミを入れてしまったー!!! 負けたー!!」