3rd.「ビールさいこーっ!!」「仕事しろ」
ビフレストは美しかった。
まさに虹の橋、幼い頃皆(特に女性)が憧れたであろうあれだ。
後ろに見えるは神の国アースガルド、そびえ立つ荘厳な白い門。美しい以外に表現があるなら教えてほしいね、うん。
ちなみに神の国アースガルドは浮遊島だ。そのとなりにある島がヴァナヘイム。さらにアースガルドとヴァナヘイムの隣には、光の妖精の住む浮遊島、アールヴヘイムがある。天空世界はこの3つで成り立っている。これらは天にのびる世界樹"イグドラシル"を囲むように浮いている。
す
この世界の中心はイグドラシルだ。全ての国はイグドラシルを中心に回ってる、といってもいいと思う。
地上の世界もまた、4つの国がイグドラシルを包んでいる。まずは人々の住むミッドガルド。小人たちの住む国ニダヴェリール。闇の妖精の住む国、スヴァルトアールヴヘイム。そして巨人の住む国、ヨトゥンヘイム。魔物がわいたのは、主にこの地上4か国だ。
そしてさらに地下の世界がある。イグドラシルの根は地上世界にあるが、根の終わりはもっともっと深く、地下世界にある。
氷の国、ニヴルヘイム。死の国、ヘルヘイム。炎の国、ムスペルヘイム。これらの国が地下世界だ。
地下世界は地上世界とはもっとも近く、もっとも遠い。
地下世界は普通のミッドガルド人――いや、地上世界人にとって死の世界だからだと言う。
ヘルヘイムは死の国だ。ヘルと言う女王が死を司る国。
ニヴルヘイム。そこでは何もかもが凍ってしまうと言う。また、世界樹をかじる恐ろしい蛇、ニーズヘッグが居るのもこの国だと言われている。
ムスペルヘイムに至っては、熱すぎてそこで生まれ育った者以外はその国で過ごせないという。
もっとも近く、もっとも遠い。死と言う身近で恐ろしい国と、極端すぎて生を過ごせない国。仰る通り。
天空世界が俺等の言う天国ならば、地下世界は地獄。そう言うことだろう。多分。
βテストの時に得たノルディスクの情報を思い浮かべながらビフレストを降りる。もちろん景色を見ることも忘れない。
そしてヘイムダル達と別れて数分後、俺はミッドガルドの緑の芝生を踏むことが出来た。
ミッドガルド側のビフレストの門をくぐり、俺は立ち止まった。
ミッドガルドは敵のエンカウントが起こる。その前にアルヴィトに貰ったボーナスギフトを開けようっと。
俺は人差し指と中指で、空に大きめの四角をきった。これがノルディスク・サーガにおけるメニューウィンドウの開き方だ。
ウィン、と言う音と共に、目の前にウィンドウが開く。
受領箱という所をタッチし、届いているギフトをすべて受領を押した。
[バイタリティーポーションを10個受け取りました]
[マジックポーションを10個受け取りました]
[アンチドート|(毒消し)を10個受け取りました]
[5000ラインを受け取りました]
ラインというのはノルディスクの共通硬貨だ。1ライン小銅貨が1円で、1ライン大銅貨が100円で、1ライン小銀貨が1.000円で、1ライン大銀貨が10.000円で、1ライン金貨が100.000円だそうな。まぁNPCならまだしも俺らはそういう事は気にしない。だって会計の時はシステムが必要なお金を出してくれるから。そもそも大銅貨が5枚で小銅貨50枚、とかめんどいだろ。果てしなく。
ちなみに小銅貨50枚でパン一個が買えた気がする。安い宿は大銅貨2枚と小銅貨50枚で1泊で、普通の宿は大銅貨5枚、高い宿、ってか高級っていうの?は大銀貨1枚だか2枚だったか?
安いんだか高いんだか。あんまりピンと来ねぇ。
ついでにいうとバイタリティーポーションは1つ銅貨1枚だ。これはβテスト時からの俺の命綱だ、このお値段は忘れない。
受領箱を閉じ、アイテム欄からバイタリティーポーションを腰の鞄のベルトに装備する。
これはバトル中でも簡単にアイテムが取れるシステムで、今俺の腰についている、茶色い皮のウェストポーチのベルトに、白い糸でビンの口の広がっているところ、そこの少し下を縫い付けられた青い液体の入ったビンが装備された。説明しろって言われたらこれ難しいわ。
それはさておき、このベルトはアイテムを最大三個までつけられるので、ほぼ使わないマジックポーションとアンチドートをつけておく。
ちなみにポーション類のビン。これは丸底フラスコそっくりだ。
なので現実的に考えて、ベルトに白い糸で縫い付けられているような状態では引き抜くことなどできない。戦闘中にハサミで切るとか剣で切るとかそんなことはしない。
使用するときは、これを思いっきり下に引く。この糸、実は魔力の糸で、下に引く事で解除される。
落ちないし切れないしで割りと便利だ。
閑話休題ッ!
ビフレストの門の先はただの野原だ。遠くに山が見えて、木が所々に植えられているような、そうだな、外国の田舎を思い浮かべて頂きたい。
で、門の下からは、土の道がある。舗装されていないが、草を踏んで出来たような道だ。そこを歩いてたどる。
少し歩くと分かれ道が見えた。俺は分かれ道には看板が立っており、一応それを見に行こうとする。
と、目の前が真っ赤になった。
そして黒の[ENCOUNTER ENEMY!]の文字。
それは戦闘開始の合図。俺は嬉々として背中の剣を抜き払った。
大きな剣。といっても1mと少しか。昔の相棒に比べたら全然小さいな。
重さに物足りなさを感じながらそれを上段で構える。
4m程先に黒いもやが集まり、何かを形どる。
すぐに黒いもやが完全に形となった。それは小さなとかげだった。
とかげの頭上には[バシリスク]の文字。
毒が厄介な相手だが、それさえ気を付ければなんでもねぇ。
「肩慣らしにゃ充分。……いや足りねえか」
俺は自然に出た笑みを隠しもしないで、唇をなめた。
ノルディスク・サーガに限らず、俺は勝負事になるとこれをしてしまう癖があった。友人には凶悪だからやめてくれと言われた。目付きが悪いからなおさら尚更。だけど仕方ないよね。癖だし。
ぐっと足元に力を入れる。そしてバシリスクに向かって思いきり走り出した。
そこそこの重量武器だが、その速度はバシリスクに劣らない。
バシリスクも走ってきて、飛びかかろうとするが、その前に思いきり飛び上がって見せる。
「獣人族のAGIなめんなよ」
飛びかかったが俺を捉えられなかったバシリスクは、俺の下をくぐって着地をしていた。
「敵にもなんねぇって」
俺はそのバシリスクの真後ろで着地すると、思いっきり振り向くと同時に上から下への切り下ろしをかました。
バシリスクが避けられるわけもなく、切られたそれはまた黒いもやとなって消滅した。
てれってれれーっというファンファーレが鳴る。このファンファーレが鳴るということはレベルアップをしたということだ。
目の前にパッとウィンドウが開く。
リープ(Lv.3)
STR:18(+2)
DEF:15(+1)
VIT:24(+3)
AGI:22(+3)
INT:5
DEX:15(+1)
MND:10
LUK:6
残り自由振り分けステータスポイント:10
と書かれていた。そう、獣人族がVITやAGIが上がりやすいのは、レベル1の時の基礎ステータス、そしてレベルアップ時にボーナスがもらえるからだ。()の中の数字、これがボーナスとなっている。
逆に上がりにくいINT、LUKはボーナスがほぼつかない。振り分ければ上げられるが、あげる必要が感じられない。低いものは低いのだ。
まぁ、LUKが低いとバステ(バットステータスの略)にかかりやすいから、アンチドートなどは欠かせないのだが。
俺はさっさとAGIに4振って、STR、DEF、VITにそれぞれ2を振るとウィンドウが消える。
次に現れたウィンドウはアイテムドロップの確認で、"毒小蜥蜴の尻尾"と"毒小蜥蜴の毒肺"とまぁ毒々しいアイテムを確認して、俺は再び歩き出す。
先ほど見えた、木の看板に寄って、文字を見る。本当はラテン語だか北欧の言葉だか(雰囲気を重視するためこうなっているらしい)で読めないのだが、ちゃんと上に日本語が書いてあるウィンドウが出る。
すると右側、上の看板の方は"麓の森"、左側、下には"虹の麓の村"、その下には"果ての村"と書かれている。
まず行くべきなのは"虹の麓の村"だ。
ここにいるアルヴィトの姉に会いに行かねばならない。それに"果ての村"は結構遠く、行ったところで何もない。
本当に何もないのだ。
俺ははぁ、と溜め息を1つつくと、麓の村と書かれた看板が指し示す方へ走って行くことにした。
自慢のVITとAGI(余談だが、日常行為にもステータスが関わってくることがある。獣人族のVITとAGIにかかれば短距離だろうが長距離だろうが負けることはない!)で数分、俺は麓の村でアルヴィトの姉であるエルルーンと会話することが出来た。
「ああ、アインヘリャルか。ようこそ"虹の麓の村(ビフレストフッド)"へ。私はエルルーン、ひとつよろしくっ」
エルルーンは緑のショートヘアーで、白のノースリーブに黒のショートパンツという、こう、今までの"彼女等"とは違う、快活なイメージを受けた。
アルヴィトやエルルーンはアース神族のオーディンと人間との間の子供、半神"戦乙女"だ。
チュートリアルで武器の訓練を受け持つスケグル、魔法の訓練を受け持つゲンドゥルなどもヴァルキュリュルだが、スケグルは勝ち気で男気のある、なんというかしっかりした、女騎士のようで、ゲンドゥルは透明感と妖しさが混合したような、清純に見えて腹黒いようだった。
アルヴィトは常に本を携えているところも才女みたいだったし、やはり半神とはいえ神と変わらぬように作られてるんだなと思ってたものだから、エルルーンの性格の人間味溢れる感じはなんとも言えない。
先ほどの挨拶だけで人間味も何もないと思うが、いやさすがにこれはアウトだろうよ。
「やっぱり麦酒さいこーっ!」
「仕事しろ」
この飲んだくれ、ヴァルキュリュルのエルルーンはアルヴィトと違ってビール樽を携えた酒好きだった。