2nd.[Nordisk-saga に ログイン しました。]
サービス開始日。
俺は走って帰ってくると鞄を放り出しながら部屋に駆け込み、うきうきと"F.L.R"を手首、足首、そして頭につけ、ヘッドフォンと眼鏡をかける。これが俺の感覚をVRと繋げてくれる。
これらは無線で本体である黒い箱"VR.M"に繋がっており、こんなかに入ってるソフトにログインできる、という感じである。
細かいことは知らん。親父に話を聞いたが忘れた。そもそも長ったらしいんだよ。俺文系だし。理工学系の説明が理解できるわけがないだろう。理解できないことは忘れるだろう?そう言うことだ。
閑話休題。
俺は早速ベットに横たわり、
「"フィーリングリンク オン"」
今の時代は声で機械が反応するんだな、便利なもんだ。
起動した"VR.M"はウィーンという機械特有の音をたてた。
ヘッドフォンから無機質な声で「"VR.M"起動。フィーリングリンクを開始します……完了。ソフト"Nordisk-saga"読込。……完了。」という処理音……というか処理ボイス?が聞こえる。
そして。
「"Nordisk-saga"開始します。」
俺の視界はブラックアウトし、ふわっと下へと落ちる感覚を感じた。
次の瞬間俺は真っ暗な所に突っ立っていた。フッ、と上から俺にスポットライトが当たる。が、回りは見えない。
「汝の名を告げよ。再び現れた魂なら、汝魂の証明をせよ」
という低い声が頭に響き、目の前にはウィンドウが開く。
[新規プレイヤーの方
βテスターの方]
俺はβテスターの方をタッチする。
[パスワードを入力してください]
俺はウィンドウの下にある文字入力パットに入力し慣れたパスワードをさっさと入力する。
[プレイヤーネーム[リープ]に間違えはありませんか?
Yes/No]
yesを押す。パスワード合ってるんだからそうにきまってるだろうよ。長ったらしい。
[レベル、アイテムなど全てリセットされています。また、キャラメイクは引き継げます。引き継ぎますか?]
ノルディスク・サーガはキャラメイクも豊富だ。カラーもサイズも種族もあるのでいじり放題、全く同じキャラメイクなど存在しないのだ。色ひとつ、顔のパーツ1つ、必ず違う。
故に――めんどくさい。
一度満足したキャラメイクをしたというのに、何故またあの苦労をしなければならないのだ、と俺は迷わず引き継ぐを押した。
[チュートリアルを受けますか?]
迷わずNO。あれもまた長ったらしいのだ。俺はβテスターなのだから操作くらいできるわ。
「よくぞ来てくれた、清らかなる勇敢な魂よ。さあ、我が兵士"アインヘリャル"となり我が世界を救い、我等に勝利をもたらしてくれ。期待しているぞ」
低い声がそう告げ、俺の視界は光で溢れた。
次に立っていたのは神殿"グラズヘイム"の中心、黄金でテカテカ(押さえられているが)。目がいたい。
視覚が戻り次第俺は自分の姿を確認する。
来ているのはシンプルな白いシャツ。少し胸のところに切れ目が入っていて、そこは軽く縫い合わされている。そして黒いだぼだぼのパンツは黒のブーツに入れられている。
この初期装備、防御力は全くなく、簡素。しかしとても着心地が良いものだ。初期装備、というよりインナーだろう。
そして本当リアルの俺にはないものが黒のパンツから出ている。焦げ茶のふさふさ。尻尾である。もちろん俺の明るめの茶――多分赤茶の髪からは2つのとがった耳が突き出ている。
ノルディスク・サーガは職業制ではなく、熟練度制だ。武器、スキル、魔法。それらは使うことにより強くなっていく。そして、プレイヤー達は"種族"のステータスで自分の好きなスタイルに近付けていく。俺はこの容姿から分かるだろうが"獣人族"だ。
獣人族はVIT(生命力)とAGI(機動力)が上がりやすくINT(知識)、LUK(幸運)が上がりにくい。STR(攻撃力)はそこそこあがりやすく、DEX(器用度)と意外にもDEF(防御力)は平均的に上がる。
アサシン(ここでは職業がないため、ナイフ、弓などを使う人のことを言う)などの手数向きか?にしてはDEXが低いが。
DEXが低いとここでは命中、クリティカル、生産系スキルに関わる。つまり生産系には向かないということだろう。
案外ロングソード2本持ちのがいいのかもしれない、とぼんやりと獣人のステータスを考えていると、
「お久しぶりです、アインヘリャル・リープ。早速ですがこちらに来てくださったお礼や旅支度として幾つかの品を送らせていただきました。後ほどご確認ください。」
「よろしくお願いします、アルヴィト」
目の前に居た白いワンピースを着ている少女は腰を綺麗に折った。その白いワンピースが低めの位置に括られていた銀髪と良くあっていた。
ところで彼女の挨拶は「はじめまして、ようこそいらっしゃいました」で始まる。それが「お久しぶりです」に変わっているのはβテストのデータだからだろうか。
どうでもいいが。
「さて、状況は知っていますか?」
「まぁ、それなりに。ミッドガルドに魔物が沸いたんですよね。」
グラズヘイムのある、アースガルドは神の国である。そして隣にはオーディン神率いるアース神族が争っている敵、ヴァン神族の国のヴァナヘイム、この下に人々の住むミッドガルドがある。
魔物が沸いたのはその下の世界、ミッドガルドである。
「はい。アインヘリャル様に倒していただきたいのです。」
「わかりました」
「ではその前に使用武器を教えてくださいまし」
ウィンドウがパッと出る。並んだのは基礎武器だ。
これらを使用し続け、一定の熟練度に達すると上級武器を使えるようになったり高ランクを装備出来るようになったりするのだ。
俺はβテストと同じく両手剣を選んだ。
両手剣とは片手剣よりも長く、重い剣だ。素早さで勝負するものではなく、間違いなく前線、それも物理のダメージディーラー。
先程もいったように獣人族のSTRは上がりやすくはあるが、AGIには負ける。VITが高く、またDEXが平均的なところからして、前線、そして手数で攻める武器――グローブや、ナイフの熟練度をあげると装備できるツインナイフ、片手剣の熟練度を上げることで装備できるツインソード辺りがベストだと思う。
重量武器である両手剣を装備するのは、獣人族自慢のAGIを潰すのと同義だし、武器によってはSTRが足りないと装備できないものもある。まぁ、そのことも考慮済みだが。
「ではこちらを。大したものではないのですが……<鉄の両手剣>を差し上げます。」
ふっと背中に重いものが乗った。装備がないので自動装備だ。
重いが良いトレーニングになる。これはいい。
「さて、じゃあ参りましょう。――我が忠馬よ、我を運べ。我の望むところへ。"白いアース"の住まうアースガルドの虹の橋へ。<戦乙女の馬>」
俺と彼女を暖かい風が吹く。白い馬が俺と彼女を包むように駆け回る。
ぐるぐるとグラズヘイムが回り、あっという間に景色が変わる。ぐるぐるが無くなったとき、目の前には、空に届くのではないかというほど高い高い、白い門がそびえ立っていた。門の横には、門の大きさに負けないほど大きな城が立っている。正直グラズヘイムよりも好きだ。
回りは緑の野原で所々花が咲いている。
久々に見たが、"天国"や"神の世界"というのはこういう場所なんだなと思う。寝っ転がりてぇ。
「アインヘリャル様、こちらが地上ミッドガルドへ向かう橋"虹の橋"となります。――ヘイムダル様、アインヘリャル様が出陣しますので門を開けていただけませんか?」
門の前に立っている男が顔をあげる。その顔はいつ見たってどんなものよりも美しい。どんな神だって彼よりも美しい神は居ない。プレイヤーが初めて出会う神、ヘイムダルはそんな神だった。
「ああ、アルヴィト。そしてようこそ、アインヘリャル・リープ。久しぶりだな。」
「覚えていただいて光栄です、"白いアース"様」
俺は頭を下げる。
このゲームの好きなプレイ方法の1つ。ロープレである。成りきって演じるのは楽しい。割と演劇好きかもしれない、と思った切っ掛けもノルディスク・サーガのおかけである。興味が湧くことはいいことだな。
何よりこのヘイムダルは性格も美しく、それゆえ"白いアース"と呼ばれていると、βテスト時、アルヴィト辺りがいっていた。
ヘイムダルが人だったなら良い友人になれたのにNPCであることが悔やまれる……。
「やめてくれ、私たちは同じ主神の元にあるだろう。そこは平等だろう、なぁ、アルヴィト」
「そうやもしれませんね」
アルヴィトはクスッと笑う。こういう決められていない台詞はロープレする人間しか楽しめないことだ。
この世界のNPCは決められていない台詞を話すことがある。俺達の会話によって反応を変えてくれる。それが楽しくてしかたがないのは俺だけかね?
「まぁ、そんなことはいいんだよ、アインヘリャル・リープ。本来なら君達に行って欲しくはないんだよ。」
「どうしてです、"白いアース"様」
「君達は、そして私達は、決してミッドガルドの平和を守るためにいる訳じゃない。私達は"口に出すにもおぞましいこと"のためにいるんだよ」
「"口に出すにもおぞましいこと"……」
これはβテスト時に明かされなかった。
βテストだって、全てのメインイベントを開けた訳じゃない。この"口に出すにもおぞましいこと"は未だに何か分かりもしない。ただ重要なことである、ということ以外は。
俺は思わずうつむいてしまった。
「とりあえずこれを渡しておこう、リープ。」
彼に渡されたそれを受けとると、目の前にウィンドウが開く。
[ヘイムダルから"世界樹の栞"を受け取りました]
この"世界樹の栞"。強制帰還アイテムである。
もしも俺が死んだとき、復活の場はグラズヘイムにある"ヴァルハラ"というこれまた黄金の神殿になる。
これはそのときヴァルハラに戻るためのアイテムである。
そしてヴァルハラに戻りたいときもこれを使用すれば魔力も何も使わずにヴァルハラに行くことができ、またイベントなんかがあるとこれが働き、強制帰還される。
つまり重要アイテムだ、ということだ、うん。
「いつでもヴァルハラに帰れるようにしてくれ。――君達に届くようにこの笛"ギャラホルン"を吹くから、それが聞こえたらすぐに。」
「分かりました」
「そうか。――それでは、開門!」
ギィイイイという音をたてて、巨大な門はゆっくりと開いた。
「良い旅を願ってる。ご無事で」
「いってらっしゃいませ、アインヘリャル・リープ様」
門を潜った先には、光輝く虹の橋があった。
さぁ、ソロプレイを楽しもうか!
ミスや書き忘れが後から後から見つかって、しょっちゅう手直ししております、すいません。
あと本当は明日投稿するつもりだったのに日付間違えてました……。
16.3.12 リープの基本武器を大剣から両手剣に変更しました。