8.ひと狩り行こうぜ
「ひと狩り行こうぜ」
朝のあやつの第一声だ。
笑顔と共に右手の親指を立てた状態で前に付きだしたポーズである。いわゆる某通信対戦機能を有するゲーム機片手に、某狩りゲーに友を誘う時のかけ声だ。
狩りと行っても、相手はネズミだけどね…しかもドブネズミ。肉もクルクル回し焼きには出来ない。
環境はともかく、肉体的には『ドブ掃除』より楽らしく、毎朝名物の状態異常が無いためか、やたら元気だ。
精神的にも、昨日で、行くところまで行って、一周回って吹っ切れたのかもしれない。良い事だ。きっと。
その日は、昨日の夕食同様『魔獣のいななき亭』の朝定食を食べ、途中の屋台で直ぐには傷まないようなテイクアウト出来る昼食を購入後、『下水道管理事務所』へと行った。
アリオンさんに挨拶し、昼食を置かせてもらった上で、装備を着用し下水道へと行く。
今日は昨日の誓いどおり、二人とも小型の楯を装備している。スモールシールドとか言うタイプかな。腕固定だとバックラーとかって言うんだっけ、自信は無い。
楯を持った分、追い込みなどに使う設置用の網は持ち込まなかった。瞬も投網を持ち込まなかった。なんせうまく広げられず使いこなせてなかったからね。
昨日の反省と教訓を生かし、『狩り』を開始する。
この地下下水道は、階段を降りてきた地点にある浄化システムを起点に東西南北に四本、更にその終点をつなぐように外周を巡る四角形の通路が本道として有る。
北を上として地図を見れば、正方形を菱形に置きその対角線を結んだ図となる。そして対角線の交わる中点に浄化プラント。
そして、外周の菱形と相似の形で内部に複数の菱形が等間隔でであり、それが枝道となる。
枝道同士は本道としか結ばれておらず、各家々から繋がった生活排水坑、汚物用の逆止弁付き穴しかい。
本道には歩道があるが、枝道には無い。中央の浄化プラント部分は別としてそれ以外は全て直線で形成されている。
そして、本道と枝道の合流点には必ず枝道の番号(プラントからの順番)が書かれており、各本道には、北・南・東・西・北-西・南-東といった形でその通路名も記載されている。
おかげで、道に迷うと言う事は無い。
当初は、中央部分に一番近い菱形の枝道の一本を使い、北本道側から追い立て西本道側で一網打尽にする方法を試みたのだが、西本道出口付近に近づいたとたん反転、天上や壁を伝って逃げられた。
その後同様の方法を、他の枝道で行ったが、結果は2匹だけというていたらくだ。あいつら頭良いんだよ。全く。
『枝道追い込み作戦』がうまく行かなかったので、通常のたも網+色々やる式に切り替え狩りを開始する。
昨日から思ってはいたのだが、向かってくるネズミは良いんだが、逃げるネズミは捕獲できない。
今日も先ほどの『枝道追い込み作戦』で狩った2匹以外は、全て襲いかかってきたやつを楯やたも網でぶっ叩いて、ダメージを受けているところを捕獲したモノばかりだ。
たぶん、全体の中で、襲ってくるのは一割に満たない気がする。効率が悪い。
午前中いっぱい同様の試行錯誤で、大した成果はえられないまま昼飯を食いに上に上がった。
食事は入り口事務所で食べ、用足しも済ませてから再度装備着用で地下へ潜る。
そう、この装備を着用している間は用を足せないんだよ。半日我慢…身体に悪い。でも仕方ない。まあ、腹でも壊したりしたら途中でも上がるけどね。
ゲームとかだとトイレとか関係なく、延々迷宮に潜ったりするけどね。現実は無理。食うモノも食うし、出るモノも出る。
宿での用足しだって、トイレットペーパーなんざ無いから、ハンカチで処理してそれを洗って乾かして使ってるんだぞ。現実なめんな。って誰に言ってんだか不明。
午後もしばし同様にしていたのだが、途中で瞬がゴーレムで変わった事をやった。
それは、ゴーレムの右手を大型のラケット状にして、壁を走るネズミを叩いたんだよ。え、ナニそれ。
「おいおいおい、ゴーレムって形へ変えられるんか?」
聞いてなかった事なので、思わず問い詰めると、瞬のヤツはさも知らなかったの?って表情で語り出しやがった。
「え、出来るよ。言わなかったっけ? ってか常識でしょ?」
思わずほほ袋を横に20センチぐらい引っ張ってやりたくなったが、防具の関係で出来ないのであきらめる。
ナニが『常識でしょ』だぁ? おまえの常識は世間の常識じゃないっつうの。
我慢して聞くと、瞬的常識では『ゴーレム土木チートすげー』なるモノがあるらしい…
何でも、ゴーレム作成の能力で土から石壁を作り家にしたりするらしい。後、同様の方法で街の外周の塀を作ったり、川の護岸工事の壁もゴーレムで作るとか…
それてゴーレムでも何でもなくねぇ?と聞くと、常識ですよ常識、と二回も言いやがったので、今晩のアルゼンチン・バックブリーカーの刑が決定した。
バックブリーカー系は派生型が山とあるから全部掛けちゃろうか…
そんな俺の思いは気付かず、ヤツは続ける。
ゴーレムマスターの技能とは、『ゴーレムを形作る力』『これを動かす力』『一部分を変形させる力』『対象にパスを接続しコントロールする力』『動作をプログラムする力』の五つの力を合わせて言うらしい。
無論、瞬の直接制御には『動作をプログラムする力』は存在しないわけだが。
つまりゴーレムは、『ゴーレムを形作る力』によって周囲の素材を使い目的の形を成し、『これを動かす力』を使い動作を行っている事になる。
そして、サンドゴーレムの場合、更に『ゴーレムを形作る力』によって形を維持している。
片やウッドゴーレム・ロックゴーレムの場合は、形の維持に力は必要なく、代わりに『一部分を変形させる力』を使用し、駆動部(関節など)を一時的に柔らかくし『これを動かす力』で動かせるようにしている。
そして、直接制御の場合は、それらを『対象にパスを接続しコントロールする力』で術者が操作する事になる。
以上がゴーレムの動作原理と力の関係らしい。
で、『ゴーレムを形作る力』は別段『決まった形』である必要はないとの事。つまり、人型ですら有る必要はないって事だ。
じゃあ、なんでゴーレムは人型なのかというと。
「人間がリンクして動かすんですよぉ。カニとか虫とか動かせないですよ絶対。プログラムだって簡単じゃないんじゃないですかぁ?」
まあ、確かにそう言われればそうなんだが…
後、『ゴーレム土木チートすげー』と同様に『土魔法チート村作っちゃいました』ってのもあるらしい…
ゴーレムとどこが違うのかを聞くと、ゴーレムはウッドゴーレムやメタル系ゴーレムも使えるので木造建築や鉄筋建築も可能らしい。
その代わり、一度に行えるビルドが圧倒的に土魔法の方が大きいとの事。つまりゴーレムだと建物、土魔法だと町って規模らしい。
なんだか、俺のゲームRPGの魔法感と全く違う気がするんだが……
「え~ぇ、今時常識ですよお」
まだ言うかこやつは…カナディアン追加決定。
…まあ、つまり、『ゴーレムを形作る力』では、本人のイメージ力と、それを定着させる力があれば、その能力の範囲でどのような形も形作る事が出来ると。
…………………
「早く言えよぉ…、そうすればこんな苦労せんでもすんだんじゃんか」
俺は思いっきり脱力感に襲われた。今までの苦労はなんだったんだ。特に朝のアレは…
「ほぇ? なに、なんですか?」
ぽけらーっとしているこやつに、かんで含めるようにゆっくり説明してやる。
「今朝、枝道で追い込みやったよな、アレで追い込みであいつらが反転してくる寸前に自分の前に壁を作って閉じ込めて見ろ、1メートル×2メートルの薄い壁作れるだろ、網と壁で閉じ込められるだろう。で、網側の隙間をある程度防御すれば一網打尽とまでは行かないけれど結構な数がいけたんじゃねぇ?」
「んで、もし、同時に二枚作れるならさ、ある程度纏まっているところで壁で挟めば後は取り放題だろ? おまえが壁維持している間に俺が狩れば良いだけだし」
「あとさ、もしそれなりの速度で小さめの箱作れるんなら、泳いでるヤツ箱で閉じ込めればよくね?」
俺の話を聞く内に、あやつは口がぽか~んと空きだし、目を見開いた。でなぜか
「なんで早く教えてくれないんですかぁぁぁぁぁ」
と、なぜか反対に切れられたよ、おい。アルゼンチンからの流れで獣神も追加しちゃる。
結果だけ言おう、壁は作れた。ただし、枝道用の1×2メートルだけで、本道は下半に満たない程度の壁にしかならなかった。
そして、二枚作成は出来なくはなかったが、二枚目に時間が掛かる上、枝道でも全面を防げるほどの『量』を操作できなかった。
あと、箱作成は出来た。ただ形成速度的には微妙である事と、作成時に水流が起こって対象がこぼれるケースがあり、現在鋭意訓練中だ。
結局、枝道の追い込み猟(ゴーレム壁付き)を今朝の四カ所で行い、そこだけで計86匹を駆除出来た。
『押さえて、剣さして、魔石採って、尻尾チョン』×86
午前の成果分と、枝道の追い込み猟(ゴーレム壁付き)以外の成果も合わせ、本日の成果は158匹となった。クズ魔石も同量な、今日は。
腕時計時間で午後3時50分に本日の仕事を終え、アリオンさんに本日の成果を見せると昨日以上に驚いていた。
その上で、平均的な分布数を言うと、やはりいつも以上の数らしく、異常繁殖状態だと言われた。
ただ、現状その原因は不明との事。瞬が「駆除の間が空いただけじゃないんですか?」と聞いたが、ここ数年と比べれば早かったぐらいだと言われた。
まあ、俺たちが受けたから、受ける者がいないでスラムの者に回されるより早いのは当然だわな。
そして、その日は前回保留だった77個のクズ魔石も合わせ換金し、合計102ダリと5ダグリを手にした。
ついに来ました100ダリオーバー。食事価格換算で2万円。一人頭日給1万円。…何かやっとまともな金額稼げるようになった気がする。
『ドブ掃除』の時は食事価格換算で、日給2400円だったからな…これで三食食って宿に泊まって、衣類もかえって…出来るか────って、言いながらもやってたんだよね。すげーぞ俺ら。
とは言え、俺たちは買わなくてはならないモノがまだ大量にある。武器に防具が丸まる二人分に、俺の符術師関連の材料、あと衣類ももう一セットはいるしね。
それでいて、今の『下水道のネズミ駆除』は最大10日しか出来ない。もしくは1000匹程で終わりになる。最大600ダリほどにしかならない事になる…
今日の調子なら、あと五日掛からず1000に達しそうだ。そしたら、その後は仕事がなくなる…これは、厩から宿に移っている余裕などなさそうだ。
この『下水道のネズミ駆除』がずっと続くのならともかく、あくまでも臨時クエストでしかないのだからね。しようがない、節制生活継続だ。
誰だよ、貧乏脱出一歩前なんて言ったヤツ…ま、俺だけどさ、一歩じゃなくて三歩ぐらい前だったみたいだね。
はあ。
その後、「お金はいったんだから、宿に泊まりましょうよ」と言って来た瞬に現実を教えてやると、久々のゾンビ歩きになり、宿までの道のりが遠くなった。
どこまでも現実は厳しい。
「昔のことわざで、『世の中カネじゃぁぁぁ』ってのが有りますけど、ほんとですね。貧乏って悲しいですよね…」
めんどくさかったんで、そんなことわざね~よ、とは言わずにおいた。
俺たちの『下水道のネズミ駆除』は三日目において、200匹越えの記録をたたき出した。その後も数を伸ばし、五日目にしてついに…
三日目 213匹
四日目 256匹
五日目 283匹
計 1003匹
そう、1000匹の指定数を越えてしまったのだ。そう、『越えてしまった』なのだ。
このクエストで俺たちが得た金額は600ダリにわずかに満たない金額だった。以前のお金からすれば大金以外の何物でもないが、装備代等を考えれば微妙としかいえない。
出来ればこの倍なくては二人分はキツい。無論、日々の生活費を加えた上での数字ではある。
ここ数日、なまじある程度の金を持って、目標が見えただけに色々考えだし、金の事ばかり考えていた気がする…やだなぁ。
そんなわけで、俺たち的には嬉しくない最後の結果をアリオンさんにしたところ、アリオンさんより意外なお願いが発された。
「一応、これで依頼の設定値1000匹を越えたんだが、出来ればもう少しやってくれると有りがたいんだが…どーだろう」
これに俺たち二人は、ぽか~んとしていたのだろう。
「いや、すまん、せっかく終わった所なのにな、ま、無理なのは分かってるんだ。今回引き受けてくれただけでも感謝してるんだ。いや、さっき言ったのは忘れてくれ」
俺たちの様子を真逆に捉えたようで、必死こいて謝りだした。
「ひ・き・う・け・ます。やります。やらせてください。よかった~。ホントこのあとどうしようかと二人で悩んだたんですよ~」
瞬のヤツが言うと、今度はアリオンさんが、ぽか~んとした顔になってしまった。まあ、それだけ引き受けるとは思っていなかったって事なんだろう。
この件について、アリオンさんに聞くと、異常繁殖が関わっていたようだ。
要は、異常繁殖状態で、通常量を駆除しても実質目標値には全く達しないので意味がない、って事だ。
数日前からアリオンさんは、上司(貴族のお偉いさんらしい)に異常繁殖の件を報告し、その対処法を求めた結果が、『じゃあ、普通になるまで駆除しろ』という実にシンプルなお答えだったそうな。
単純にじゃあそうしましょう、とはならないわけで、オーバー分の予算を確保する為にあっちこち走り回り、今日になってやっと一通り処理が終わったのだそうだ。お疲れです。
ちなみに、上司の貴族の方は、最初に『じゃあ、普通になるまで駆除しろ』と言ったあとは完全ノータッチだったそーな。貴族って基本面倒ごとは他人任せらしい。青い血の義務はどーした!と小一時間…
まあ、そこら辺の愚痴っぽいところはともかくとして、俺たちにとっては願ってもない話で、金額的にも変更はなく、その上5000匹分は予算確保してあるから、って事だった。
依頼の契約は、今のモノから継続という形で、特にあと何匹、何日、と言う制限は設けないようで、最悪いつ止めても良いが出来れば500匹は頼む、との事。
当然そんなみみっちい数で止めたりしませんよ。予算上限5000匹分2500ダリをもらい尽くすつもりです。はい。
まあ、残数がどれだけいるか分からないし、後半になればなるほど発見じたいが厳しく成るわけだから、一日に確保できる金額が一定を切った時点で切り上げないといけないけどね。
その辺りの損益分岐点って言うんだっけ、それを見極めなきゃいけない。
ただ、日が経てば経つほど全てがマイナスに成るのではなく、プラスの要素もちゃんとある。それは瞬のゴーレム。
ここ二日でも、『箱』の精度・速度共に上がっており、失敗がかなり少なくなっている。それ以外に『壁』も強度・速度共に上がっていて、確実な成長が見られる。
今後も、一気には行かないが、徐々にでも精度・速度・量・回数は確実に上がり、それは後半に成るにつれてより顕著になり成果を発揮するはず。
これで俺の符術が加える事が出来るなら…また効果は上がるだろう。
そう、符術と言おうか、紙の準備が一昨日整ったのだよ。ふっふっふっふっふ。
釘だ、釘の力で『あの苦労は何だったんだ』と思える程あっけなく『紙すき用船』が完成した。見たか、瞬よ、俺が不器用だったわけではないのだよ、道具が無かっただけなのだよ。
先ほどまでの予定では、たぶん明日から依頼が無いだろうから、俺は符の作成を一気にしようと考えていたんだよ。でもその暇は無くなってくれた。有りがたい事にね。
今日以降、夜の間に少しずつやっていけばいい。焦る必要は無い、もう準備は全て整ったのだから。
あとは、狩って狩って狩りまくり、朝夕には符を作り、この『下水道のネズミ駆除』が終わるまでに、郊外へ出る事が出来る準備を全て整えるのだ。
そんな決意で俺たちは『下水道管理事務所』を出、冒険協会で精算を終了し宿へと帰りった。
そして、厩に着くと、飯はあと回しで紙すきの準備に入る。数枚分となる予想分の白蕩木を準備し、初めての紙すきを実行した。
日の明るさの残る時間だけしか出来なかったが、3枚の失敗(ムラがひどく、剥がす時に破れた)と5枚の成功と思われるモノが出来た。実際乾燥が終わらないとハッキリしないからね。
さて、やっと符術師の第半歩を進んだ事になる。この半歩はチョボイ半歩だが、俺の異世界人生の中では大きな半歩となるだろう。
ふっふっふっふっ。さあ、あとは飯を食って、明日に備えて寝るだけだ。…え、飯終わった?…無いの? マジ? そ、そりゃ無いよ娘ちゃん…。
悔しいので、予定どおり瞬にカナディアン・バックブリーカーからのアルゼンチン・バックブリーカーそして獣神で締めた。成敗。
その晩空腹でしばし寝付けなかった。




