40.最終話
ジョー・ジオーマこと大間丈二は一通り語り終えると、俺達を見てまたニヤニヤ笑いに戻る。
「さぁ~て、『冥土の土産』も終わった事だしな、そろそろ、おめーらにも死んでもらおーか」
にやけたヤツの口から発されて言葉で、俺達3人に緊張が走る。何で、そ~なる。
「チョット待てよ、何で俺達が殺されなきゃならない。意味が分からないんだが」
「そーデス。殺される理由が有りませんよぉ」
「……」
俺達の反応を見て、ヤツのにやけ顔が更に気味悪く歪む。…既にまともな精神では無い事がその顔だけで理解できる。
「理由だ~? そんなん、俺がダンジョンに放り込まれている間、てめーらがのほほんと暮らしてたってだけで十分な理由だろうが!!!」
何じゃそりゃ、理由どころか、根本的な所で理論が破綻してるだろ、それは。狂っている相手に理屈を言っても無駄だと分かっているけど、言わないと治まらない。
「待て待て待て、何言ってんだよ。俺達の力を奪って『勇者』に成るのを選んだのはお前だろ! 奪われた側がそれを言うのは分かるけど、奪った側の言うセリフじゃないだろ!」
「そうです! 貴方達に力を奪われて、半端なギフトしか貰えなかった私たちが、どれだけ苦労したかも知らないで!!」
「デス、デス。全員不遇職って笑われて、ドブ掃除や下水掃除から始めたんですよぉ。ウンコが流れている中に膝まで浸かってぇぇぇ」
ヤツが、俺達の見幕に少し驚いた表情を見せた。そして、目を少し細める様にして俺達をじっと見る。
「ふーん、符術師に吸血鬼とゴーレムマスター(限定:直接制御)だあ~、つーか、なげーよ!。何だよその(限定:直接制御)ってのはよ!」
何だ、何でヤツは俺達のギフトを知ってるんだ。いや、知ってるって言うより、今分かったって感じだ。どう言う事だ?
「…鑑定スキル持ちなんですかぁ」
鑑定スキル? スキルって概念はこの世界にはないが。鑑定? ゲームだと未鑑定アイテムの名前が分かる能力だよな。ダンジョン系ゲームで良く有るヤツだ。
「シュン、鑑定ってアイテムが分かるヤツだろう」
「ゲームだとそーなんですが、小説だと他人の名前やステータス、スキルなんてのも見られるんですよぉ」
それは『鑑定』って言って良いのか?もっと別の能力の様な気がするんだが…『分析』とかの方がまだ合う気がする。
そんな無駄なことを一瞬考えたが、幸いヤツはニヤニヤ笑いのまま、まだ仕掛けてくる様子はなかった。ヤツに分からない様に深呼吸をゆっくりする。
「鑑定だか何だかで分かるみたいだけど、俺は符術師ってギフトだよ。究極の不遇職って世界的に有名なギフトだ。ほら、この『符』を使って魔術モドキを発動させるんだけどな、この『符』は紙から自分で作らないと駄目なんだぞ、紙すきからやったんだ」
俺は言いながら、ウエストポーチを空けて、中に入れていたものから4種類の『符』の束を選んで取り出してヤツに見せる。
ヤツは、俺が見せた『符』を見てから、にやにやを消して、眉をひそめた。
「はぁ?、紙すき?何だよそりゃー」
「符術師が使う『符』は本人が作ったモノしか使えないんだよ。で、その本人が作るってのが紙にも掛かってんだ。
つまり、符術師がまともに能力を使おうと思えば、木を切ってきてそれを砕いて、水でドロドロに溶かしてそれで和紙を作るみたいに紙を作る必要があるんだよ。
で、その上で、見ろよ、この『符』の模様。この模様を寸分違わず、一枚一枚、色んな材料で作った絵の具で描いて初めて使える様になるんだよ。
そこまで出来るのに、何ヶ月かかったと思う。あんたはその日には魔術使えたんじゃないのかよ。
こっちは、3ヶ月以上ヘドロとウンコにまみれて、宿にも泊まれず厩で馬糞の臭いを嗅ぎながら寝泊まりしてたんだぞ」
「そうです、私だって、血が吸えなきゃ何にも出来ないギフトなんですよ。
誰にもパーティーに入れてもらえず、はじめさん達に拾われるまでずーーーと一人でご飯だって食べられないことも多かったんですから」
「デスデス、あなたが長いって言ったじゃないですかぁ(限定:直接制御)。その通りですよぉ。
多分貴方達に力を取られていなかったら、あの括弧書きはなかったんです。限定無しで、不遇職なんて呼ばれることもなかったはずなんですよぉ」
俺達3人の口撃に、ヤツは多少ひるんだ様子を見せた。だが、それは一瞬だった。直ぐに目がつり上がり怒髪天と言う言葉を体現する様な顔に変わる。
「うるせーー!!うるせーんだよ!! てめーらの都合なんぞ知ったことか、俺が帰れねーのにてめーらが帰れるって事が気に入らねーんだ」
ヤツはそう言うと、右手の手の平をこっちに向ける形でかざす。ヤバい、来る。
その瞬間、この為に説明に乗じてウエストポーチから出していた『符』の束のうち、『障壁符』と『聖壁符』を2枚ずつ束のまま同時に起動する。
右手に纏めて持った二束の前方20センチに、黄色がかった半透明の幕と、白い光を放つ半透明の膜が二重に形成され、その直後その膜に『黒い光の球』がぶつかり消滅した。
『黒い光の球』の方で来たか。何か魔術を使ってくると判断したが、一般の魔術なのか『黒い光の球』なのか分からないので、『障壁符』と『聖壁符』を両方展開した。
「俺の後ろから出るなよ」
後ろの瞬と歩に声を掛けながら、頭の中では符の効果時間のカウントを続けている。
「てめぇー、何だそのバリヤーは! ふざけんじゃねーぞ! 大人しく死ねやー!!」
ふざけてんのはどっちだよ、と思いながらも、次の『符』へパスを通して準備しながら、ヤツの動きを障壁越しに注視する。
次の瞬間、ヤツの手から、炎、氷、風の魔術が放たれ、それが全て障壁にぶつかり消滅する。2枚分の障壁で保っている様だ。
そして、障壁越しのヤツの目線が俺の足下に移ったのが見えた。俺は即座に『障壁符』を2枚束から引きはがし、地面に向けて左手でかざす。
その『障壁符』の起動と前後して地面から、土魔術の土槍が斜めに伸びて障壁に阻まれ砕け散った。ヤバい、ギリだ。
「ふざけんな、クソがあーー!!」
ヤツが吠えるすきに、左手に持っていた『障壁符』を地面に置き、追加で4枚も置いて地面からの攻撃に備える。
後方で、瞬と歩の俺を呼ぶ声が聞こえるが、それに応える余裕などない。ヤツから『黒い光の球』が連続で10発以上放たれる。
そして、その『黒い光の球』を受けた『聖壁符』で作られた聖属性の障壁が紫電を放ち始め、揺らぎ出す。チッ2枚でも保たないのかよ。
即座に4枚分の『聖壁符』を起動すると、それまで揺らいでいた障壁が安定して、紫電も止まった。現状6枚分の障壁になっているが、2枚分は途中で切れるはず。
「何でだ! 符術師なんてクズギフトの分際で、大魔王の攻撃を防げるんだよーー!!」
「うるせー! そのクズギフトにした張本人が言うな!!」
俺は怒鳴りながら、右手に持っていた『障壁符』と『聖壁符』の束を左手に持ち替え、右手には一時的に鎧のスロットにに入れておいた『切断符』を取り出す。
ヤツの魔術防御がどの程度かは分からないが、過去の報告から物理、火、水、土、雷、風の魔術は全く効果がないことが分かっている。
そんな状況で俺の手持ちの『符』でそれ以外となれば、『切断符』と『加重符』系しかない。『凸凹符』系と『炸裂符』系物理属性なので駄目だ。
だから、俺はヤツに『符』の事を説明するふりをして、『障壁符』『聖壁符』『切断符』『超重符』の4束をウエストポーチから取り出した訳だ。
これは、対ジョー・ジオーマ用に考えていた緊急時の対応策で、これを実行する様な事が無いように願っていたんだけど…マーフィーの法則ってヤツかよ。
なんせ、効果がない可能性も十分有るからな。そうなれば…あとは…
「ああぁ!! 面倒くせー! 」
ヤツはそう叫ぶと、次の瞬間周囲が一気に暗くなった。気がつけば周囲が『黒い光』に囲まれている。『黒い光のドーム』を発動したようだ。
周囲が『黒い光』に囲まれた為、明かりは障壁が生み出す光のみで、それ以外は後方20メートル以上離れた所にある直径2メートル程の円状の外の景色だけになっている」
「瞬、歩、無事だよな!」
真後ろに居たはずなので大丈夫とは思ったが、心配になって声を掛ける。
「大丈夫です。二人とも」
歩の声を聞いて安心する。そして、そのタイミングで初回に起動した『符』の効果が切れた。その途端障壁に紫電が走り始める。
慌てて6枚を追加で起動すると、紫電は完全に止まり障壁は安定した。多分+2枚で十分だっただろうが、次の切り替えのタイミングに半端な枚数になるのを嫌って、基準値と設定した6枚をこの場で起動した。
その広域殲滅魔術で有る、30メートル級『黒い光のドーム』は1分程続き、唐突に消滅した。
『黒い光のドーム』が消えた跡は、30メートル程の円状にそれまで有った草もなくなり、地形も平坦にならされ大きな岩も心持ち削れている。
そして、その円の中心である、そこには驚きに目を見開いたヤツが居た。
「てめー! 何で生きてるんだ!! おかしいだろーがぁぁぁ!!」
アホか、おかしいのは、お前の頭だよ。そう言ってやろうとした瞬間、またあの『黒い光のドーム』に包まれる。
そして、今度はさっき以上の魔力が込められているのか、さっきまで微動だにしていなかった6重起動の障壁が紫電どころか、たわみまくって今にも崩壊しそうになっている。
しかし、ヤツは魔力の強弱が調整できるようだ。やはり日本人だからなのか? それとも『大魔王』故に持つ能力なんだろうか。
俺は大慌てで8枚を追加起動する。その起動で障壁は安定を取り戻した。だが、『聖壁符』の束は60枚束で、持ち歩いているのはこれだけしかない。この時点で20枚を使用し、残は40枚。
何時までも防御に徹しているわけにはいかない。8枚ずつ使ったとしたら、あとは5回分で無くなる事になる。
俺が今後の攻撃の事を考えていると、障壁に『黒い光』がぶつかって発生するバチバチという音に紛れて、後方からの瞬の声が聞こえてきた。
「はじめさん、ゴーレムぼっとんで行きましょー」
『ゴーレムぼっとん』は瞬がまだサンドゴーレムしか使えなかった時期にやっていた戦法で、最近では全く使用していないものだ。
瞬の考えは分かった、瞬が作った隙を使って攻撃に出る訳だ。よし。
「分かった、コレが終わったら頼む!」
俺はそれだけ言うと、その時に向けて覚悟を決める。その覚悟は、死ぬかもしれないがやるしかないと言う事と、ヤツと言う人間を殺す事になると言う、二つの覚悟だ。
そして、6枚分の効果が切れて間もなく、『黒い光のドーム』が消滅する。
今度もまた、目をむいた驚きと憎しみが混じり合った表情のヤツがそこに居る。そして、ヤツがまた何かを言おうとした瞬間、ヤツが肩から上を残して地面の下に落ちる。
それは、瞬のゴーレムビルドで作った落とし穴だ。正確には特定の場所の土や岩を使ってその近くの地面に何かを形成する事で穴を作り出している。
ヤツが落下した瞬間、俺はヤツの頭上に『切断符』の20枚程の束を投げる。その束は、やつの顔に当たって穴の中へと落ちた。
俺は、正直一瞬躊躇した。その時間は1秒程だが、確実に躊躇した。だが、その躊躇をねじ伏せてリンクした『切断符』6枚を起動する。
その瞬間、ヤツが入っている穴周囲の地面に幅数ミリの板状の穴が10カ所程生まれる。『切断符』によって発生した次元断層による切断面だ。
この『符』によって発生する次元断層の位置や数は、完全にランダムになっている。位置は『符』の半径1メートル以内で、数も0~3となり、場合によっては発生しない可能性も有る。
念のため、追加で残りの14枚も起動しようとしたのだが、最初の起動で『符』の束が切断されたらしく、反応がなくなっていた。
そして、自分が殺した死体を見る覚悟を決めて穴のヤツを見ると、ヤツが吠えた。
「ふっざけやがってーー!!!」
「効いてませんよぉ」
ヤツの咆哮のような声で、『切断符』が効果が無かった事が分かった。瞬の絶望の声も聞こえてきた。だが、その時歩の声が俺の耳に届いた。
「ブースト!」
歩の声で、いつもの様に条件反射で歩に貼ってある『付与符』3種をサーチして、リンクする。この時点で歩は全速力でヤツに向かって走り出していた。そして起動。
多分前もって瞬の血を吸血してブースト状態だったのだろう。そのブーストに『符』のブーストが加わって更に加速する。
現時点での歩の吸血ブーストは、5倍だ。そして、『付与(速)』と『付与(力)』は2倍で、計10倍と成っており、スパイク付きのブーツと長年の研鑽によって、その状態でのロスの無い行動を可能としていた。
そんな彼女の、高速移動状態からのサッカーボールキックが半身が埋まったままのヤツの顔面に炸裂する。歩は蹴った後はそのまま反対方向へと駆け抜けていく。
軽く時速100キロを超えた状態から放たれたキックだったが、魔法防御の関係か全くダメージは入っていない。だが、ヤツの動きと思考は確実に止まり、それによって俺が行動出来る時間が生まれた。
俺は、数歩駆け出し、ヤツと穴の間に『超重符』の束を半分に分けたモノを放り込み、バックステップしながら即座に起動した。
『超重符』が起動した瞬間、ヤツ姿が消えた。
「えぇ! 消えちゃいましたよぉ。どこへ行ったんですかぁ。転移したんですかぁ」
瞬がパニックになって周囲を見回している。歩も瞬の声を聞いて、慌てたように60メートル程離れた位置で身体ごと回転させて周囲を見回し始める。
だが、使った『符』の効果を知っている俺は、ヤツの姿が消えた理由が分かっていたので、穴から目を離さないで見ている。
いや、『目を離さない』では無く『目を離せない』が正しい…
パニクっている瞬と歩に集合を掛けて、落ち着かせる。
「大丈夫だ。ヤツは逃げてない。穴の中にいるよ。高重力で潰れて」
俺のその言葉で、俺が使った『符』が分かり、それによって起こった事を2人は理解した。
「ホントに死んだんでしょうか」
「うぅぅぅ、確認するまでは不安ですぅ。でも見たくないですよぉ」
「…もう少し時間をくれよ。そうしたら俺が確認するから」
瞬間的に、受動的にでは有ったが殺す覚悟はしたつもりだったが、しょせんは『したつもり』だった訳だ。今まで他の生き物の命を大量に奪ってきて、殺すと言う行為には慣れているはずだったが、同族はやはり違う。
殺さなければ、間違いなくこっちが殺されていたし、人間の常識に照らして言えば間違いなく正当防衛に成るだろう。
この世界の人間の大多数が、賛頌こそせよ咎める事は無いはずだが、自分の気持ちは、また別の話だ。
色々な感情や、それから来る気持ち悪さを、状況と理屈で塗り固めて上書きするように書き換えていく。そんな自己暗示を5分程続けてムリヤリ自分の感情を制御する。
以前のゴブリン戦後の事も有り、そんな事にもある程度慣れてしまっていた。そのお陰…と言って良いのか、何とか普通の振りが出来る程度にはなった。
だから穴の中を覗きに行く。
「一緒に行きましょうか」
歩がそう言ってくるが、俺は首を横に振って断り、一人で穴まで行く。
穴は当初の穴より大きくなっており、直径1メートル程の完全な円い穴となっている。そして、その底には…綺麗に真っ平らになった肉と血と鎧等の金属の塊が有った。
俺は、それを見るまで、見たら吐いてしまうだろうと思っていた。だが、吐き気はほとんど湧いてこなかった。多分あまりにも綺麗に真っ平らな円盤状なっていて、肉としての現実味が無いからだろう。
この穴に放り込んだ『超重符』の内18枚を起動したので、多分200Gを超える重力が掛かっていた事になる。金属製のフルプレートメイルもその加重には原形すら留められなかったのだろう。
その底に有る円盤に向かって手を合わせて合掌のポーズを取る。殺した相手に手を合わせて祈るってのも何だが、無意識にそうしてしまっていた。
俺が手を合わせていると、足音が聞こえ、瞬と歩も俺の横に来て穴を覗き、一瞬息を呑んだ後、手を合わせて黙祷した。
……
「この世界で死んでしまった魂は、元の世界に帰れるんでしょうか」
3分近い黙祷の後、歩がつぶやいた。魂か、俺達も死んだらどうなるんだろう。この世界には幽鬼なんて言う、動物霊が存在している。つまり魂的なモノは存在している事になる。
それがこの世界限定なのか、全ての世界で同じなのかは分からない。魂が有ったとしたら、俺は元の世界へ帰りたいと思うのだろうか。
生きている今なら、帰りたいとは思うが、死んでからで有れば帰る必要がある気がしない。生まれ変わるのなら、よほど酷い世界で無ければどこでも同じだろう。
「肉体込みで、人の力で次元を超えられるんですから、魂の世界で言えば同じなんじゃないですかぁ」
「そうですね。神様に連れてこられたのなら別ですけど。私たちは違いましたから」
そう言う考え方も有るな。各世界に一つの魂の輪が有るのではなく、魂は次元を超えて存在する、か。そうで有っても不思議ではないか。
「シュン、悪いけど埋めてくれるか。その上で墓標っぽいモノも頼む」
「良いですけどぉ、十字にしますかぁ? 日本式にしますかぁ?」
宗派なんて分からないからな……
「元の世界を望んでたんだから、日本式の方がより身近で良いかもな」
「分かりましたぁ」
了解した瞬のゴーレムビルドで、周囲の土や石が集められ、穴が埋められて、その上には日本の墓地でよく見かけるタイプの墓石が作られた。
そして、その正面には『大間丈二』の名が刻まれ。裏には享年を、おおよそでは有るが元の世界の日付で刻み込んだ。腕時計が生きていれば正確な日付が書けたんだが…残念だ。
墓を作り終え、改めて黙祷した後、全員が脱力しており近くに座り込んだ。ここがどこなのかの確認など、やる事は有るんだが、今ひとつ力が出ない。
「でも、最初『切断符』が効果無かった時にはもう駄目だと思いましたよぉ」
座り込んだ途端、瞬がそう切り出した。確かに、俺もヤツが吠えて、効果が無かった事が分かった時には焦った。次の手を打てる時間が無いのも分かってたしな。
「歩が『超重符』を使うタイミングを作ってくれなかったら、防御に回って『聖壁符』が尽きて死んでた可能性が高いな」
「デスデス」
歩は何も言わずに、照れた顔をして苦笑いっぽく笑っている。
「でもぉ、『切断符』が駄目だったのに、何で『超重符』は効いたんですかねぇ」
「あぁ、それな、確証は無いけど、ヤツが持っている属性魔術の種類の問題なんじゃ無いかと思う。ヤツは時空属性は持ってただろう。だから効かなかった」
「って事は、重力系の属性は持っていなかったって事ですかぁ」
「ああ、多分な。もし重力を操れるんだったら、絶対空は飛ぶだろう。日本人なら」
「飛びます! 持ってれば絶対飛びますよぉ。飛んでないって事は重力系の魔術は使えなかったって事ですねぇ。間違い有りません」
「それじゃあ、あの人は持っている属性で耐性が決まっていたか、その対策が出来たって事ですか」
「ま、推測だけどな」
全ては推測・憶測の域を出ない話だ。それが正しいかどうかは今となっては確認しようが無い。それは俺達には関係ない事だ。
俺達に関係あるのは、実際そのようになって、そのお陰で生き残れたと言う事実だけだ。それだけで良い。
俺達はしばらくの間落ち着くまで休んだ。そして、俺は『浮遊符』と『反重力符』を使用して上空高く上がり、その周囲を見渡した所、そこがセネラル王国南西部の草原地帯だと分かった。
なんせ、昨日までの探索で散々飛び回っていた所の近くなので、特徴的な幾つかの山や川の形でそれを特定できた。
「ええぇ! セネラル王国なんですかぁ。どぉーしますかぁ」
「落ち着け、取りあえず今日はもう夕方で、日が落ちるから、どこかに洞窟掘って野宿だ。で、明日になったら『浮遊符』と『反重力符』使って飛んで帰るさ」
「私たちも飛ぶんですか?」
「ああ、大丈夫だ、考えてある」
そう言って、2人を促してキャンプ出来る所を探した。20分程移動した所に大きな岩が有り、そこをゴーレムビルドで穴を空けて、簡易の宿泊場所にした。そして、その晩は携帯食だけ食べて眠る。
翌日、それなりのサイズの木をゴーレムビルドで変形させ、3人がまたがって乗れる形にし『浮遊符』を貼り付けて、棒に貼り付けた『反重力符』の効果を使って推進させて空を飛ぶ。
途中何度も『符』の追加を繰り返し、『フライヤー』の半分以下の速度ではあるが、夕方までにオズワード王国の王都に到着できた。
ただ、その時点で『浮遊符』の在庫が切れたので、翌日からは歩いて5日掛けてレオパードへと帰った。
レオパードに着いたのは昼半ばで、家で風呂に入ってサッパリしてから冒険者協会に行く。『十式』とリヤカーが起きっぱなしだったので、それを確認しに行ったわけだ。
ちなみに、ジョー・ジオーマの件は話さない事にした。色々面倒だから。同じ日本人って事も後々面倒になりそうだし。
だが、予定外な事に、俺達があの転移魔術で消える瞬間を見ていた者がいた。ま、午後3時頃の街の真ん中だから、通行量は結構あったしな…
そして、俺達だけで無く、ジョー・ジオーマの格好も覚えていたものが居て、その為に大騒ぎになったらしい。ま、この時点ではジョー・ジオーマだと断定はされていなかったみたいだけど。
で、その事件の中心人物達が帰ってくれば…そう、大騒ぎサ。前もって示し合わせていれば、誤魔化しようもあったんだが、誤魔化しようが無くて全て話す事になった。
当然、真偽判定の魔術具で確認の上で。全てを聞き終わった支部長達は、しばし呆然としていた。
その呆然は、話の中身に対するモノと、ヤツの危険が無くなった事から来る安心による脱力もあったのだろう。
そして、その話は冒険者協会から領主の元へ伝えられ、俺達が呼ばれて同じ事を説明して確認される事になった。そして、その後王都に連れて行かれ、そちらでもだ。
真偽判定の魔術具があっても信じない者もいたのだが、国王が神聖ハルキソス神国へ国宝級魔石を隠して売却していた事実を、その場で公表した事でその者達も信じざるを得なくなった。
そして、当然ながら、日本人を危険視する意見が飛び出すのだが、残っている日本人は全て『絞りカス』だと言う事で、危険ではないと言う所に落ち着いた。
実際、主犯はこの世界の人間なんだしね。ヤツはダンジョンから出て来るまでは、間違いなく被害者だし。そして、神聖ハルキソス神国法王を殺すまでは誰も文句は言わないだろう。それ以降は別の話だが。
どっちにしろ、ヤツのあの状態を作ったのはこの世界の人間であって、日本人で有ると言う事は何ら関係は無い事だ。この件で他の日本人が文句を言われる筋合いは全くない。
他の日本人は、完璧に、この世界の人間に拉致されて、能力まで奪われた被害者なのだから。
その後、俺達を囲い込もうとする貴族達の動きがあったが、全て拒否した。実際、それは一時的なモノで、ある程度時間がたって落ち着けば、しょせんは不遇職、あっという間に忘れられた。
そして、春が近くなると、そんな騒動も完全に忘れ去られ、難民達の半数も元の国に戻り、ジョー・ジオーマ騒動前の状態に戻りつつあった。
そんな中、ここしばらく自分の中の魔力に違和感を感じ続けていた俺は、思う所が有り、『ギフトの確認』を行う事にした。
この世界に来た日にやって以来だ。ソアラさんが準備する水晶玉の様な魔術具とそれに繋がった器具類にも見覚えがある。あの日からもうすぐ3年が経とうとしている。あと3ヶ月無いよ。
「準備はよろしいですか」
魔術具のセッティングが終わったソアラさんが呼びかけてきた。俺は、後ろに居る瞬と歩の方を振り向いて、互いにうなずき合う。
「はい、大丈夫です。お願いします」
そして、右手を手の形の窪みに当てる。以前と同じバイブレーションの様な感じを受け、しばらくすると、水晶球が光り出す。それは以前と同じ白い無属性を表す光ではあったが、まばゆく目に痛い程強い光だった。
「うわぁぁ、これってぇ、かなり魔力が強いって事ですよねぇ」
「…はい、そうなります」
その光をみて、他の事務員までソアラさんの受付に集まる。時間的に他の冒険者が居ないので、ホール側は俺達3人だけなのは不幸中の幸いだ。
その光の強さに、ざわつく他の職員をよそに、ソアラさんは次の作業に移っている。そして、静電気が走った様な感覚を感じた直後、水晶球の中に文字が浮かび上がる。
その文字は上下に列からなり、上の文字は『符術師』そして、下の文字は…
「時空魔術士が追加になっています」
ソアラさんが、何時もの抑揚の無い声でそれを伝える。
「来たーーーっ」
瞬が奇声を上げる。静かにしなさい。しかし、終いには奇声を上げながら変な踊りを踊り始めたので、ヘッドバッドを喰らわせて静かにさせる。全く。
「いだいですよぉ」
「騒ぐなよ」
「ふぁーい」
歩はそんな俺達を困った顔で見ている。いや、悪いのは瞬だぞ。
そして、その日俺は『時空魔術士』のギフトを手に入れた事を確認出来た。
それは、この世界のダンジョン化によって書き換わった、殺す事によって相手の力を手に入れると言うシステムによって手に入れたギフトなのだろう。
ただし、他の場合も同じ事が起こると言う事ではない。今回の相手が『大魔王』と言う特殊ギフトで、レベル差が著しかった事で発生した特殊例だろう。
通常であれば、ステイタス値が微量変化するだけで、ギフトの吸収など発生しない。
事実、盗賊等を何人も殺した冒険者に、新たなギフトが発生したというケースは全くない。俺の事例の後、念のため冒険者協会で確認を実施したが、全く無かった。
そして、この件は広く公示された。なぜなら、他人を殺して相手のギフトが手に入ると考えて、バカな事をする者が出ない様する為だ。
その日から、俺は『時空魔術』を徹底的に鍛える。なぜなら、ヤツがこの力で元の世界へ帰れるゲートを開けたというのなら、俺にも可能である可能性がある。
無論、『大魔王』だったから出来た事なのかもしれないが、試してみる価値はある。無論、ヤツと同じように、自分だけは帰れないと言う可能性は有るが、それはそれで良い。
瞬や歩を帰せるだけでも十分な価値がある。だから、時間とMPが許す限り鍛える。鍛え続ける。毎日。毎日。毎日……
「はじめさん… これってどこですか」
目の前のゲートを見て歩がかすれた声で聞いて来る。
「…だいぶ変わっては居るけど、俺の家の庭のはずだ」
「間違いないんですかぁ」
「ああ、間違いない」
この世界に来て5年に後1月程でなろうとしている今日、ついに念願の時空ゲートを開く事に成功した。その先が俺の家の庭なのは俺の記憶に依存しているからだ。
歩と瞬が息を呑み、俺の方を見る。俺は笑って「行けよ」と促す。
「で、でも、はじめさんは通れない可能性があるんですよね…」
「デスデス。それなら僕も残って良いですよぉ」
全く、気にすんなって前から言ってるだろうが。
「バーカ、気にすんなよ。取りあえず家の親に、俺が元気だって事だけ言ってくれれば良いよ。ま、通れなかった時にはな」
そう言って笑って、再度「ほら行け」と二人の背中を押す。二人は何度か振り返って、そしてゲートへと飛び込んだ。
微妙に半透明なゲートの先に、彼ら二人が地面に転がっているのが見えた。無事に渡れた様だ。良かった。
さて、次は俺だ、正直確認するのが怖くてまだ確かめていない。帰れなければこちらで暮らす覚悟はしているが、帰れるのなら帰りたいのは間違いない。
だから、恐る恐るゲート面へと手を伸ばす。向こうからは瞬達が境界面を叩いている。多分向こうからは通れないのだろう。一方通行か。
そして、俺の指が淡く光る境界面に触れる。その感触はわずかで、水面に指が当たっている様な感覚だった。
俺は、思い切ってその指を押し込む。…その指はすんなり向こうへと突き抜けた。そして軽く引くと抜ける。俺も帰れる!
それが分かった瞬間、涙が零れている事に気づいた。そっか、やっぱり帰りたいよな。正直。うん。よし。
俺はゲート面に顔を突っ込み、喜びの声を上げる瞬と歩を制して、話しかける。
「俺も帰れそうだ。で、さ、取りあえずこっちに居る他の日本人を探して、帰りたいヤツを帰してから俺は帰るから、と言う事で後よろしく」
「気を付けてください。無理は絶対にしないでくださいね」
「早く帰ってきてくださいよぉ。連絡先家の人に教えておきますからぁ、帰ってきたら連絡してくださいねぇ」
俺は2人に手を振って、ゲートから顔を引き抜いた。そして、ゲート越しにこっちを見ている瞬達に手を振ってから、ゲートを閉じる。
さーて、日本人を探して、とっとと俺も帰らないとな。
先ずは、王都の冒険者協会で日本人登録者を教えてもらおうか。
忙しくなるぞ~っ。俺は満面の笑みを浮かべながら、王都への空間連結ゲートを開く。
さあ、あと、一頑張りだ。
END




