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39.ヤツのお話

 ヤツの口から出た言葉に、俺だけで無く瞬と歩も驚きの声を上げていた。そしてその声と表情を見て、ヤツのニヤニヤ笑いが爆笑に変わる。

 チッ、からかいやがって。一瞬の希望がその爆笑で消える。もちろんその希望は、わずかなモノで、理性的に考えれば期待する価値など無いと分かるモノではあるが、瞬間的にはどうしても心に芽生えてしまう。

 そして、ヤツはその希望をブチ折ってって爆笑している訳だ。

 瞬が何か言いかけるが、結局言わずに下を向く。俺は斜め前に一歩出る。瞬と歩をヤツから隠す位置に。

「悪いけど、からかうのは止めてくれるか。期待はしていなくても、そんな事を言われるとやっぱり一瞬は期待するんだ」

 俺は口調が厳しくならない様に気をつけながら、ヤツにそれだけを言った。有る意味、ヤツがからかってくれたお陰で、ヤツに対する態度に不自然な所が無くなった。

 それまでは、どう見ても同郷人が出会った時の表情には見えなかったはずだ。俺達がヤツの事に気付いている事を気付かれない方が良い。既に気付かれている可能性も有るが…

「はぁ~? 何言ってんの? 嘘なんか言ってねーぜ。おめーらを帰す事が出来るってのは本当だぜ。でも、ま、帰してやる気はねーけどな」

「どう言う事? 帰せるのに帰さないって、何で?」

 歩の口調が、食って掛かる様な感じになっている。こら、気を付けろ、感情を逆なでしたりすんなよ。ヤバいんだから。

「何でだってー? それはな、…俺が帰れねーのに、てめーらだけ帰すわけがねーだろ!!!」

 それまでも、微妙な表情ではあったが、その瞬間一気に怒気を露わにして怒鳴った。その刹那俺は自分の鎧の内側に貼り付けてある『符』にパスを通し、構える。

 ヤツが感情の爆発と共に、例の魔術を使って来るかと構えた。しかし、以外にもヤツの怒気はそこで急激に治まり、先ほどまでと同じ表情に戻る。

 何だ、こいつの、この精神的な不安定さは…日本だったら覚醒剤常用者か、向精神薬が必要な人だと判断するレベルだ。

 ヤバいな、このての人間には常識なんて通用しない。貴族や王族のレベルじゃ無い。喜怒の切り替わりすら推察できないタイプだ。だが、尋ねないわけには行かない。

「どう言う事だ、自分は帰れないのか? ギフト? それとも魔術で自分には効果が発揮できないタイプなのか?」

「知るか!、つうより俺が知りてーよ! ゲートは開けるんだよ、石投げりゃ向こうに届くんだ。だけど俺がくぐろうとすると弾かれるんだよ!!」

 ゲート? 時空系の魔術か、ヤツは時空属性の魔術士なのか? ヤツの発言に、後方で瞬と歩の息を呑む音が聞こえた。

 ヤツの様子から、嘘を言っている様には思えない。無論、精神状態が普通で無い所からして、妄想である可能性も有る。

 だがこの世界は魔術がある世界で、ヤツは間違いなく莫大な魔力を有している。つまり、事実である可能性は高い。

「悪い、アンタが時間が大丈夫だったら、そこら辺、ゆっくり話を聞けないか? 帰れる帰れないはともかく、あんまりに情報がなさ過ぎて、俺達は何がなにやら訳が分からないままここで生活してるんだ」

 先ず、落ち着かせて、少しでもヤツから情報を得るんだ。で、あわよくば、そのゲートとやらを作ってもらい帰れれば御の字って訳だが…ま、そこまでは無理そうだ。

「そ~か、そ~だよな、おめーら何も知らないんだよな」

 ヤツは、また笑い出す。「ハッハッハ」ではなく「ヒァッハッハ」と、どこか危ない感じの笑いだ。そして、その笑い声は20秒近く続いた。

「よ~し、教えてやるよ。…そうだな、ここじゃ何だ、静かな所に行くか」

 そう言った瞬間、ヤツが右腕を上に上げた。そして、次の瞬間上空に白い円盤が発生する。直径1メートル程だ。後方で瞬が「気円ざ…」とか言っているが、今回ばかりはかなり似ている。

 その白い円盤が発生した時に、反射的にリンクしていた『符』を起動しようとしたが、ギリギリでとどまった。『黒い光』系では無さそうだし、害意は感じなかった。

 それ以前に、闇魔術系では無いので『聖壁符』では効果が無いのは間違いない。そして、その円盤が一気に伸びて、そのまま地面に向けて降りてくる。

 しまった、と思ったが、どうしようも無い。『障壁符』はポーチの中で、向きは前方を向いていて、発動しても上から降りてくるその円盤を受け止めることは出来ない。

 そんな絶望感を感じたのは一瞬だった。なぜなら、その円盤が落ちてくる速度は2秒と掛からなかったからだ。

 そして、その白い円盤が俺の顔を通過した時点で、前方の視界が一気に変わった。先ほどまでレオパードの冒険者協会前にいたはずなのに、そこは草原の直中(ただなか)だった。

「うわぁー」

「な、なに?」

 後ろを振り向くと、瞬と歩もいて、その後方にも草原が広がっている。草原の直中(ただなか)に俺達4人だけが転移していた。

「転移なのか? 空間転移。今のがゲートか」

「私たちが転移させられた時とは違いますよ…」

「ゲートオープン?」

 混乱の中で、ヤツを見ると、別段どや顔をするわけでも無く、特に先ほどまでと変わった様子は無い。つまり、ヤツにとってこの力は自慢する程ではない力だと言うことなのだろう。

「じゃ~、先ず、何で俺達がこの世界に、いや、あの白いドームに転移させられたか、から教えてやるよ」

 ヤツはニヤニヤ笑いのままそう切り出した。こいつ、根本的な所から知ってるって事か…

「ありゃーな、勇者召喚ってベタなヤツだったんだよ」

「ゆ、勇者召喚ってぇ、じゃ僕ら全員108人が勇者だったってことですかぁ?」

 瞬の反応に、ヤツの口元が左だけ、上がる。

「ちげ~よ、あの中の101人はな、ま、バッテリーとかエサみてーなもんだよ。つまり、7人に力を取られる為に集められたのさ」

「エサ…」

「7人て言うのは、あの光のコクーンに包まれて消えた7人の事か?」

「そ~だよ。コクーンに見えたかどーかは俺は知らねーけどよ、その7人さ」

「じゃあ、私たちは、その、予め決められていた7人へ、力を奪われる為だけにあそこへ転移させられて、その上この世界に落とされたんですか…」

 歩の表情は完全に無くなっている。能面モードに突入しているな。この場合は良いかもしれない。下手に感情的になるより、無表情の方がヤツを刺激する確率は少ないだろう。

「チョット違うな、7人は別に決められてたわけじゃねーのさ。たまたまあの中で、力の高い者が選ばれただけでな。で、この世界に落とされたんじゃなくって、捨てられたのさ、もう要らねえ、ポイってよ」

 ……

「じゃあ、アンタはそれで選ばれたって事か?」

「そーだよ、ビックリしたぜ、いきなり声が聞こえてきてよ、『お前は選ばれた、ここの者達の力を得て、我が国にて勇者となるのだ』ってな。で、『勇者となるか、絞りかすとして捨てられるかどちらかを選べ』ってよ」

「で勇者を選んだんだ」

「…ああ、その条件だったら誰だってそっちを選ぶだろ?」

 ここだけ急に表情と口調が変わる。今までのニヤニヤ笑いが消え、眉間にしわが寄って怒りの表情に近くなっている。また切れるのか?

「その条件なら、大抵がそっちを選ぶだろうな」

「デス、9割以上は選ぶと思いますよぉ」

「…かもしれません」

 俺達3人も否定はしない。実際その立場になったら多分そちらを選んだかもしれない。他の107人が知り合いならともかく、赤の他人ならば罪悪感も小さいかもしれない。

「だけどな!、俺達が転移させられた所はダンジョンだったんだよ!! 全員がバラバラにな!」

 ヤツにとってその事は、かなり怒りをもたらすことだったのだろう。冒険者協会前で声を荒げた時と同じような怒気を放っている。

「おい、おめーらよ、『ダンジョン』って何だかしってっか?」

「ほぇっ?、迷宮のことですよねぇ。モンスターがいたり、宝箱があったり。目的はぁ、宝を守る為だったり、魔素を回収する為だったり、特定の何かを閉じ込める為ってのも有りますよぉ」

 瞬の回答を聞いたヤツは、爆笑を始める。30秒以上笑い続ける。そして、笑いを止めて言い放つ。

「そりゃーゲームの話だ。この世界の『ダンジョン』はな、蠱毒だ、呪詛の蠱毒ってやつだよ。しってっだろ、壺ん中に毒虫とか大量に放り込んで、最後に生き残ったヤツを使って呪ったりするアレだよ!」

 蠱毒だと… 蠱毒は漫画などで読んで知っている。ヤツの言うとおり壺の中で殺し合い、その憎しみなど負の情念を勝ったものが受け継いで、最後の一匹に集約させ、その恨みの情念を呪詛に使用するってヤツだ。

 ダンジョンが蠱毒? どう言う事だ?

「あ、あの、と言う事は、転移された7人は互いに殺し合ったって事ですか…」

 歩の言葉に、瞬が息を呑むヒュッっと言う音が聞こえた。

「ああ、そーさ、ダンジョンに転移させられたとたん、『お前達はそこで殺し合え、そこを生き残った者が全ての勇者の力を統合した、『超勇者』となる。その迷宮は中の者が1人に成るまでは出口が開かん。さあ殺し合うんだ』って言われたんだぜ」

 そうか、蠱毒ってのは呪詛とかでは無く、勝った者が負けた者の力を手に入れるシステムって言う意味か。

 俺達の力を少しずつ奪って『ギフト:勇者』を手に入れた7人を殺し合わせて、今度はその力を統合して1人に集めるシステムが『ダンジョン』だったと。

「あのぉ、全員で協力してぇ、って無理だったんでしょうかぁ」

 瞬、それは多分無理だ。彼らが、同じ場所に転移させられたのなら、まだ可能性は有ったかもしれないが、全員がバラバラな所に飛ばされたとなれば…

「ああ、俺だって殺し合いなんぞしたくはなかったさ!、だけどよ、最初に会ったヤツはいきなりファイヤーボール打って来やがったんだぜ!」

 疑心暗鬼ってヤツだろう。全く見知らぬ相手が、殺ろしに来る可能性が有り、その理由、そしてそれを可能とする力を持っているとなると、ただ警戒すると言うレベルでは居られなくなる。

 実際、1人に成らないと出られない、と言う事も事実であったかは分からない。ただ、そう言う話が全員に伝えられた、と言う事実があるだけで疑心暗鬼に捕らわれてしまう。

 そして彼らは、自らを守る為の正当防衛として、先制攻撃(…・)をしたのだろう。

 俺達が同じ立場でも、同じ行動を取った可能性は高い。唯々諾々(いいだくだく)と死を選ぶのはバカのやることだ。ただ、個人的にはギリギリまで説得はしそうな気はする。その結果殺されたかもしれないけど。

「それじゃぁ、あなたは『超勇者』なんですかぁ」

 確かに、ヤツが生きているって事は、彼が生き残ったと言う事だ。つまり、全ての『勇者』の力を吸収して『超勇者』に成ったって事だ。

 『超勇者』って…もう少し言い方は無いのか? なんて思うが、彼に言うのはお門違いだろうしな。『ギフト:超勇者』って事なんだろうか?

「ふん、それな。ハルキソスの糞虫どもはそんなこと言ってやがったけどよ、全員ぶち殺してダンジョン出た時に確認したら『ギフト:大魔王』って成ってたんだよ。『大魔王』だぜ。笑えるよなあ」

 ヤツは引きつった笑い声を上げる。大魔王ってギフトなのか。ギフトって神様からの贈り物って事に成ってんじゃ… ってか、魔王通り越して大魔王かよ。

「糞虫どもも予定外だったらしくてよ、慌てまくってたぜ(笑) で、理由は多分、『勇者』が『勇者』を殺すことで位相反転が起こったんだろってよ! 糞虫どもが!!」

 聖属性が殺し合うことで闇属性にって事か? 位相って、電気の三相交流なんかのあの位相で良いのか?

「堕天って事ですよねぇ」

「ダークサイドに…」

 なるほど、そっちの方が分かりやすい。ルシフェルが、堕天してサタンに成ったってアレか。力場の暗黒面はちっと違うか。

 まあ、確かに、『勇者』を殺した『勇者』が『勇者』のままで居られるはずが無いよな。普通に考えて。

 ただ、あくまでもギフトとしての『勇者』なら話は別という気もしないではないが、実際『大魔王』なっているって事は、その常識が通用するって事だろう。

「神聖ハルキソス神国が、今回の転移を実行した犯人って事なんだな」

 話の流れ的に間違いは無いとは思うが、一応確認はしておく。

「そーだよ。アイツらがこの集団拉致事件の犯人って訳よ。あげくの果てにアイツら、帰す方法は知らんとか抜かしやがるんだぜ! 即殺してやったよ(笑)」

 …笑ってるよ。

「なあ、あんたが神聖ハルキソス神国を滅ぼしたのは理解できるよ。ある意味俺も感謝したいくらいだけど、何で他の国も攻撃してるんだ?」

 正直、この質問はどうしようか迷ったが、ヤツから多分法王殺害の件と思われる事を言った事で、こっちもヤツの正体を知らない振りが出来なくなった。だから、腹をくくって聞く。

「ああ、そりゃーな、セネラル、トルバロス、オズワードも共犯だからよ」

「共犯って、この国もその召喚に携わっていたって事ですか?」

 歩が能面顔ではなくなっており、かなりビックリした様に慌てて聞いて来る。これは俺も疑問だ。

 確か、神聖ハルキソス神国はガチガチの宗教国家で、周辺国からハブられていたはず。そんな状態で、他の国が神聖ハルキソス神国と共謀するだろうか?

 この召喚が、別の国で行われたというのであれば、それに神聖ハルキソス神国が関わっていたとしてもまだ理解できる。だが、その反対は考えにくい。

「セネラル、トルバロス、オズワードの三国はな、召喚に必要な魔術具や宝級魔石をヤツらに提供してんだよ! 目的は知らんかった様だけどよ、そんなこたー関係ない同罪だ!」

 …それは微妙だろう。正確な所が分からないからアレだが、聞く範囲では同罪というのは無理がある。ま、それ以前に関係ない村人もやってる時点でアレだけどな。

「テロリストに武器や資金を提供するヤツもテロリストって言うだろうが」

 今回の件が提供したモノなのか、売買したモノなのかも分からないが、目的を知らずにやったというのであれば、それはバカで愚か者ではあっても、同罪では無いはず。

「じゃあ、この国の王都も滅ぼす気か」

「当然だろーが、ヤツらには報いを受けてもらうよ。あと勘違いすんなよな、俺が復習するのはこの世界全てにだ!」

「じゃあ、全ての街や村を滅ぼして回る気なのか?」

 狂ってるとは思ったが、ここまでとは思わなかった。一部納得できたり理解できる部分も合ったが、ここら辺は全く理解できないし容認できない。

 でも、容認できないからと言って、対処できるかと言われればNOなのが現実だったりする…

「ばーか、んな面倒なこたーしねーよ。とっくの昔にやるこたーやったからよ、あとは時間が経ちゃー勝手に滅びるなり報いは受けるさ」

「どう言う事ですか、それは!」

 歩の語調がキツく成って来ている。抑えろ。

「ふっ、ダンジョンだ。この世界をダンジョン化してやったんだよ。世界全を蠱毒の壺にしてやったって訳だ。俺にした事を他のヤツらにも味合わせてやる」

 世界のダンジョン化だと? この世界全てのシステムを書き換えるなんて真似が出来るのか? たかが一人の人間に。…いや、それが出来るのが『大魔王』って事なのか?

「ひょっとしてぇ、今世界中でレベルアップが早くなってるのってぇ…世界のダンジョン化のせいって事ですかぁ」

「あっ! そう言うことですか。あと、強い魔獣が出て来ているのもそのせいですね」

 なるほど、ゲームの経験値システムに近くなったわけだ。他の生き物を殺すことで、相手の強さを吸収して強くなる。それは冒険者だけで無く魔獣もそうだと言うことだ。

 そして、ダンジョンが蠱毒で有るというのなら、最後に残るモノに全ての強さが移ることに成る。

「クックククク、殺し合え、奪い合え。人間同士で、モンスターと、戦って争って殺し合え」

 ヤツは狂った様に笑い出した。いや、もう既に狂っているんだろう。多分、ダンジョンで殺し合いをした辺りでおかしくなったのかもしれない。

 だが、チョット待て、もう一つ分からないことがある。

「おい、世界のダンジョン化は分かった。それじゃあ、あの異世界らしい所と繋がる『穴』や、そこから来たこの世界にいないモンスターは何なんだ」

 他のことは分かったが、これだけはまだ分からない。ここまで来て、この件がヤツの仕業で無いと考える方が逆に不自然だ。

「クックククク、何だ、分かんねーのかよ、ダンジョンには絶対必要なモノが有るだろーが。

 あ~ぁ?分かんねーか、クックククク。

 『冒険者』だよ、『冒険者』。ダンジョンに『冒険者』がいなきゃ格好が付かねーだろう。

 だから別の世界にわざわざ繋いでやって、『冒険者』が来られる様にしてやったんだよ。

 あの『穴』はな、定期的に増やしていってやるよ。感謝しろよ。

 ついでに『穴』から来るヤツらの思考誘導もしてやるよ。クックククク」

 …冒険者か、確かにこの世界が全てダンジョンだとすれば、繋がった先の世界が普通の世界ということに成り、そこから冒険者が来ても不思議ではない。

 実際、俺達も魔獣の都合は考えず、勝手にテリトリーに押し入って、そこに住む魔獣を狩って生活費にしているのだから、俺達がその立場に成っただけ、ということになる訳だ。

 ただ、俺達は自分の意志で狩りをしているが、『穴』から来るやつは、何らかの魔術的思考誘導を受けているって違いがあるわけだ。

 そして、その思考誘導の為に、あれほど『おバカ』としか思えない変な行動を取っていたって事だな。

「なあ、あんたの名前を教えてくれないか、俺達はジョー・ジオーマとしか聞いて無いんだが」

「別に間違っちゃーいねーぞ。そのままだろ。俺の名は大間丈二(おおま・じょーじ)だよ」

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