37.空のオオカミ
現在オズワード王国上空500メートル程を、西北西に向かって飛行中だ。『浮遊符』は初期上昇時だけ使用して、後のクルージングは『突風符』の推力と翼による揚力で飛んでいる。
この『フライヤー』は作った当初よりノズルと翼の形状をいじり、より揚力を生む形にしてある。無論、空気抵抗との兼ね合いも計った上でだ。
その為、『突風符』だけで飛行を継続するのには全く問題が無い。とは言え、『突風符』の有効時間は5分なので、30枚で150分しか飛行できない事になる。
『突風符』は1/3回復薬をがぶ飲みしつつ量産した事もあって、500枚以上所有してはいるのだが、それでも42時間程度しか飛べない事になる。
その為、ある程度高度を維持して、『突風符』が切れた後しばらくは慣性と気流を利用する事で距離を稼ぐと言うせこい手を使っている。
念のために、30枚程の予備の紙と『突風符』の判子や材料は準備しては来たが、節制出来る所はした方が良い。
そんな感じで、飛行、滑空を繰り返しながら飛んでいく。時折山などによる上昇気流を掴まえる事も有り、ソレも利用しながら飛ぶ。
上空から見るこの国は、9割以上が自然に満ちあふれている。多分アマゾンやアフリカのサバンナなどと同じなのかもしれない。行った事無いけど。
カーナビはもとより、正確な地図すら無い状態なので、飛ぶ前に見た簡易の地図の記憶と方位磁石だけを参考に飛んでいる。
この日は雲一つ無い天気で、秋とは言えかなり温かく、早朝はともかくある程度経つと高高度を飛んでも苦には成らない。これが後1ヶ月もすれば防寒着が必要になるかもしれない。
この『フライヤー』の飛行速度はどれ位なんだろう? 高速道路を走る車よりは遙かに速いのは間違いない。でも新幹線より速いかと言われれば分からない。乗った事無し。
なんせ、体感でしか分からないから正確な速度は全く不明だ。王都までの往復の件も感覚的に『出来るはず』と言うレベルで言ったに過ぎない。
ま、少なくとも200キロは出てるんじゃないかとは思っている。もちろん時速ね。一応、レシプロ機じゃなくってジェットだし。なんちゃってだけどサ。
単純計算で、一時間に200キロ進む事になる。無論、途中の滑空時間があるからそれを差し引けば150キロと見ておけば良いか。かなり少なめに見積もったつもりなので、実際はもっと進めるとは思うが。
そんな計算をしながら、山々や所々見える町や村を頭の中の地図と照らし合わせながら飛んでいく。
幸い、こちら方面には一千メートル級の山は無く、多少高度を上げる程度でパス出来る山並みがほとんどだった。
そして、2時間半程経った時、目印に考えていた国境近くの湖が左前方に見えた。その湖は『海』と比べる程も無い大きさではあるが、十分な大きさとその三日月型の形状で良い目印になってくれる。
第一目的地の国境砦はその湖の更に左手にあるはずなので、進路を少し左に変更する。
この時点で『突風符』21枚を消費している。国の東端に近い位置から、北西の端までこの時間で移動できたと言う事は、レオパード→王都間は一時間程度で移動できそうだ。
日帰りどころか半日で買い物しても往復できるな。ま、一人寂しく買い物に行っても仕方ないから行かないけどサ。
そして、21枚目の『符』の効果が切れる前には、国境砦上空をフライパス出来た。その後はそこから西北西より心持ち西よりな方位へと飛ぶ。
砦を通過してから2時間程で、壊滅しているレオパードほどの都市跡が見えてくる。……直径3キロほどの円形が二つ重なった八の字型の跡が綺麗に形成されている。
瓦礫の跡には、生命の気配がまるで無い。人や動物はおろか、植物すら無い。都市外苑部の森や草原、そして畑も綺麗にその円で切り取られた様に無と有に別れている。
俺は念のため高度を上げた状態で、その都市跡を旋回する。話では幾度となく聞いてはいたが、これほどまでとは思っていなかった…
瓦礫も、ニュースで見た戦争の有った街の様なレベルを想像していたが、そんなモノじゃ無い。崩れた木や石垣レンガが一面に広がっているばかりで、起立しているモノは壁はおろか柱の一本すら無い。
多少の高低差はあるモノの、瓦礫の平原と呼んでも良いモノだった。原爆の比じゃ無いゾこれ。
そんな茫然自失なんて言葉がピッタリな状態で、旋回を続けていた俺の目にの端に動くモノが引っかかった。
慌ててそちらを見ながら、いつでも離脱できる様に両手のレバーに力を入れる。しかし、その動く影は5人の人影であって、ジョー・ジオーマでは無い事が直ぐに分かった。良かった…
取りあえず、その人影を確認するべく軌道と高度を変更してそちらに近づく。彼らは5人の武装した兵士風の装備をしており、盗賊では無さそうだったが、当然の様にこちらに警戒の様子を見せている。
多分、どこかの国のジョー・ジオーマ探索隊の一部隊なのだろう。俺は片手を翼のニギリから放して、彼らに手を振って敵意が無く、人間である事を示す。
しばらく上空を旋回しつつ彼らの警戒がある程度緩むのを確認して、30メートル程離れた開けた所へと着地する。
着地後30秒程『突風符』の効果が残っていて、もうもうと土煙を上げ続けてしまったが、それが治まるのを待って彼らの元へゆっくり移動する。
「すみません、オズワード王国からジョー・ジオーマ探索に来た者ですが、皆さんもそうでしょうか」
姿が見えた時点で、機先を制してそれだけを大声で言うと。向こうの5人組の表情が一気に安堵へと変わった。
「オズワードの兵士か? こっちはカルザリアの者だ。ジョー・ジオーマ探索の命を受けている」
「良かった、俺は今来たばかりで、何にも情報が無いんですが、もし良ければ分かっている範囲で良いので教えて頂けませんか」
カルザリア皇国の兵士の様だ、今、オズワード王国と同じ立場にいる国だ。俺は『フライヤー』は担いだまま、飛行帽とゴーグルだけ脱いで、彼らに近づく。
「そいつは飛行魔術具なのか? そんなのが有るなんて聞いた事無かったが」
「あ、いえ、これ自体は魔術具ではないです。俺は符術師で、『符』の効力でムリヤリ飛ばしているモノです」
殺して奪い取ろう、なんて変な考えをされる前に釘を刺しておく。符術師じゃ無いと使えませんよ~、無駄ですよ~って事だ。
「符術師…『符』の力で飛ぶのか? 聞いた事も無い」
「符術師じたいが数が少ないからな。ギフト持ちは居ても成り手が居ない」
「俺の知り合いも、剣士になったヤツが居た」
彼らの声に俺は苦笑いをするしか無い。国にかかわらず不遇職で有る事は同じで、その上有名らしい…
その後、お互いにある程度安心できた所で、彼らから情報をもらった。通常ならは国ごとに独占したりするのだろうが、ジョー・ジオーマに関しては各国が現場レベルで協定を結んでいるらしい。
ま、どこも他人事ではないし、独占する事に意義の有る事でも無いからね。国レベルではなく、現場レベルなのはそれだけ現場の危機感が高い証拠なのだろう。
現在、各国の探索隊はこの都市跡を中心にして、放射状に探索範囲を広げながら活動していると言う。
当初は、各街道をチェックしていたのだが、それに全く掛からない為街道以外の部分の探索へ移っているらしい。
そして彼らは、その探索でも全く見つからない事で、原点に返る意味でこの都市跡を再度調査しに来たのだと言う。
それと、『黒い光』に関しては聖属性魔術は試してはおらず、効果は未確認らしい。ま、聖属性持ちの絶対数が少ないから仕方ない。
現在探索に当たっているメンバーの大半は、決死隊の行動を遠方から観察していた者達で、ある程度ヤツの行動は目にしていた。
遠視の魔術具という高倍率の望遠鏡のようなモノを使用して、観察を続けていたらしい。彼らも、『黒い光』は複数回目にしており、一度はギリギリの距離で免れた事も有ったと言う。
そして、ジョー・ジオーマの容姿は、黒髪で俺と同じくらいの身長(178)で、漆黒のフルプレートメイルを着込み、背に大剣を担いでいると言う。
おい、初めて聞くぞその話は。魔術師的なイメージを想像してたけど全然違うじゃ無いかよ。そりゃー確かにその装備なら、真下から攻撃しても効かなかったのは分からんでもない。
装備そのモノの性能と、付与している抵抗力やそれを維持できるMPが有れば無敵とは言わなくても、かなりの防御力が維持できる。
この世界にはゲームの様に、防御力や早さなんてのを永久に付与する技術は無い。
付与魔術師が俺の『符』の様に一時的に付与するか、防具じたいに『符』の紋章の様な付与術式を書き込む事で、魔術具化して装備者のMPで随時付与効果を発揮させるかだ。
逆に言えば、無尽蔵のMPが有れば、大量の付与効果を同時にそして常に維持できると言う事でも有る。
この、付与術式は固定されたモノにしか書き込めない為、布には書き込めず、更にある程度の面積を必要とする事も有り、鎧などにしか適用出来ない。
故に、ヤツの装備の種類は重要なファクターだったってのに…誰だ、この情報を伝えずに止めたバカは。
つまり、別段ヤツが無敵で有るというわけでは無く、その装備の為に高度な防御力を持っていると言う事かもしれないとも考えられるわけだ。
この差は大きい。『絶対無理』と『難しいが出来ない事は無い』、では天地の違いがある。何でこんな肝心な事が伝わってないんだよ。
俺は、彼らに礼を言うと共に、しばらくの間上空からの探索を実施するので、他の探索班に出会ったら俺の事を伝えて貰える様に頼んだ。
その上で、現時点で情報の取り纏めをしている者がいる村の位置を聞き、地図を見せて貰ってその位置や探索範囲等の情報を自分の地図に書き込む。
彼らとの出会いと、それから得られた情報はかなり貴重なものに成った。この出会いに感謝だ。
俺は、地図に書き込みした際のボールペンに驚いている彼らから離れて、『フライヤー』のジェット管の外部ハッチを開き、内筒部に貼り付けて有った『突風符』で使用済みをはぎ取り、新しいモノに張り替える。
その作業中、彼らは興味深げに覗いてはいたが、邪魔をしない様に誰も話しかけては来なかった。
そして、張り替えと、更に追加で二重張りを行い、計60枚を貼り付けた。『突風符』はその特性の為、他の符と違い『符』全面にノリが付けられて、平面部に貼り付ける必要があるので、貼れる場所が限定される。
その為、二重張りと言う方法で対処している。ここらも『符』の表面化から3センチ離れた所に風の流れが発生すると言う特性のおかげで出来る事だ。
『符』の特性を理解して、それに対処し利用する事が符術師に求められる必須の能力だと思う。
俺は彼らカルザリア皇国探索隊に再度礼を言ってから空へと舞い上がる。一旦は取り纏めをしている者がいるという村へ行くとこにする。西だ。
その村は廃墟の都市から、低めの山を越えた30キロ程言った所にあった。さすがに村の中に降り立つわけには行かず、畑地の中を貫く道に降り立つ。
周囲で驚く農家の人に、オズワード王国の探索隊だと言って落ち着かせ、探索隊本部(?)の位置を聞いてそちらへ向かう。
そこは村長宅の離れで、オズワード王国、トルバロス帝国、カルザリア皇国、スイツハルト公国の4国の担当者が2名ずつ詰めていた。
俺はオズワード王国の担当者に、騎士サクシードから受け取った書状を見せて立場を示す。その上で情報を聞いたが、あの5人に聞いた以上の事は特に聞けなかった。
ただ、現在探索を行っている範囲と、過去探索を終えた範囲は正確に知る事が出来た。そして、あの5人に言った様に、各国の者にも空を飛ぶ俺の事を話し、しばらくその情報が舞い込む可能性と、その情報を他の探索班にも伝えて貰える様に依頼した。
しかし、彼らから『鳥便』が来なくては返信しようがないらしく、来た時にはその件も併記すると言う形で確約してくれた。
それと同時に、探索隊が探しにくい場所を幾つか示され、そこを探索する様に要請も受けた。そして、彼らに寝床の確保と食事の確保を頼み、離れの裏庭から空へと上がる。
この時点でちょうど昼を過ぎた所だったので、持ってきていた軽食を摘まんでからの飛行となる。用足しももちろん済ました。
そして、その日は西方面を探索し、3組の探索隊と接触しただけに終わった。特に新たな情報も無い。俺は拠点の西アガ村に戻り、報告の後『フライヤー』を整備してその日は終了となった。
『符』の数的に一日10時間の飛行で、7日間しか保たない事になる。それを考えながら、エリアを選定して捜索を続ける。
幸いだったのはこの捜索期間に雨が降らなかった事だ。曇の日は有ったが、さして気温も低くならず身体への負担も少なかった。
とは言え、常時身体を拘束した状態でつり下げられている様な体勢なので、一定時間ごとの休息は取っている。用足しや昼食も必要だし。
そんな感じで5日間上空からの探索を実施し、一通りのエリア探索を終了した。無論発見出来ていないのは言うまでもない。
そして、6日目は、以前確認したエリア外をぐるりと回る形で探索する事になった。その為、一旦真南へ真っ直ぐ進み、そこから廃墟の都市を中心に円を描く形で飛行する事になる。
ま、正確な軌道なんて取れるわけも無いので、ある程度でしか無いけどね。
そして、それはセネラル王国との国境付近、オズワード王国との国境から100キロ無い南東部で、いきなりの攻撃という形でヤツと出会う事になった。
その『黒い光の球』は突然右前方の林の中から放たれた。それは偏差射撃と言って言いレベルで、俺の未来位置に向かって放たれたモノだ。
気がついた時には100メートル程の位置で、思考する前にレバーを動かして左に旋回する事で避ける。その後どっとあふれる変な汗と共にヤツのからの攻撃である事に気づく。
そして、俺が回避したとたん今度はその方向に向かって3発の『黒い光の球』が微妙な範囲に散らばらせて飛んでくる。ヤツの姿は見えない。と言うより確認する余裕が無い。
俺はその3発は降下する事で躱し、発射地点を見極めようとそちらに目を向けたとたんに、林の木を一部消滅させながら5発の『黒い光の球』が放たれる。
その消滅した木の隙間から、黒い鎧姿で、頭には某DQ勇者が付ける様な鉢金や王冠に似た様な頭頂部が空いた防具を着けており、ロン毛の黒髪がハッキリ見えた。
さすがに200メートル以上離れているので、細かな部分まで見えるはずも無いのだが、なぜか目が合った気がする。
そして、俺の中の恐怖心がレッドゾーンに達した。そのとたん俺は軌道を西に向け、逃走を図る。目的は果たした。これで俺は義務は果たした。これ以上は俺の仕事じゃ無い。逃げるんだ。逃げなきゃいけない。逃げろ!
これがバイクなら、フルスロットルで前傾姿勢までしたところだろう。だが、『フライヤー』にはスロットルも無いし、これ以上空気抵抗を少なく出来る様な状態ではない。
だから、後方を見ながらただただ真っ直ぐ逃げるだけだ。そして、そんな俺に向かって、『黒い光の球』が次々と放たれて来る。
首と身体を限界まで捻りながら後方を見ていた俺は、それを最小限の動きだけで躱しながらと、にかくヤツから離れる事を優先する。離れろ。少しでも遠くへ離れろ。
頭の中にはアノ瓦礫の範囲があった。他の探索班の人達からも、50メートルクラスの『黒い光のドーム』のことは聞いている。そう、ドームなんだよ。平面ではなく半球、立体なんだ。逃げろ。逃げろ。
そして、10発目と思える『黒い光の球』を回避した所でそれが発生した。『黒い光のドーム』だ。
その『黒い光のドーム』は当初半径10メートル程だったが、数瞬を置いて一気に拡大してくる。その拡大速度は俺の飛行速度より遙かに速く、瞬く間に俺へと迫る。
そんな俺の脳裏には、核爆発から逃げる主人公の映像が浮かぶ。それがアニメかハリウッド映画化までは分からない。数多ある作品の合成だったかもしれない。
これもある種の走馬燈なのか、この世界に来た当初『鮮血ムカデ』に追われた時以来の、思考の空転現象が起こっている。何ら得るモノの無い無駄な空転だ。
だが、俺はアニメの主人公でもハリウッドアクションヒーローでも無い、ギリギリで圏外に出られたり、鉛で囲われた冷蔵庫があったりする事も無く、その『黒い光のドーム』が直ぐ後ろに迫った。
南無三、ダメ元で『フライヤー』全面に満遍なく内張してある内の後部2枚の『聖壁符』を起動する。頼む効いてくれ。
願ったとたん周囲が一気に闇に包まれる。駄目か! そう思った次の瞬間前方に直径3メートル程の穴があり、空が見えている事に気づく。
その穴は、周囲の闇と共に前方へと離れていく。もしやと後方を身体を捻って見ると、聖属性の壁がまるで帯電している様に放電現象を起こしながら、たわみ、揺らめいている。
その聖属性の壁2枚によって作られた楕円の壁によって一応、真後ろの『黒い光』は阻まれ、それによって楕円柱の空間が生まれ、俺はその中に居る。
効果があった! 一瞬喜ぶが、どう見てもヤバい感じがする。保ちそうに無い。圏外まで保ってくれるか? 多分、無理だ。たわみと揺らめきは徐々に大きくなっている。
何か手は無いか、何か、何か何か無いのかよー! 『聖壁符』をばら撒いて展開すれば数秒は稼げるかもしれない、しかしポーチから出す間に時間切れだ。別の所に張ってある『聖壁符』を起動しても意味が無い。
その瞬間空転する頭に初めて益のあるモノが浮かぶ、それは古いハリウッドドラマだ。『ターボ』の一声で加速するスーパーヘリを題材にした今流行の打ち切りの元祖に近い作品。
ターボ、アフターバーナー、!!『突風符』の2重起動だ!! ジェット管が保たない可能性は有るが、どうせこのままでは死ぬ、即座にリンクして起動する。
その瞬間、股のハーネスが一気に食い込み、噴射音が明らかに変わると共に加速する。そしてジェット管自体の振動と、ボディーの空気抵抗による振動も一気に増加した。保ってくれ! そう祈る以外何も出来ない。
確実に加速する『フライヤー』は出口の穴に向かって進む。そして、急激にその距離が近づいたのが分かった。『黒い光のドーム』の拡大が停止したんだろう。
保った! そう思った瞬間、後方で何かが壊れる音と共に加速が一気に落ちる。ノズルが外れた! 畜生! その減速度と穴の位置を見て、一瞬で届かない事が分かる。
絶望が一瞬駆け巡るが、壊れたのはノズルで有り、ジェット管じたいは壊れていない事に気づく。だから、更に2枚の『突風符』を起動。
ノズルが無いなら、風を強めれば良い。4重起動した『突風符』によって生じた推力はノズル付き2重起動に近い推力を出す。もういっちょ!。更に1枚を起動させ5重起動させる。
そして、俺はアニメの主人公やハリウッド映画の主人公と同じになった。
『黒い光のドーム』を飛び出した瞬間、後方の聖属性障壁が崩壊した。その崩壊していく障壁越しに『黒い光のドーム』の壁が見え、それがドンドン離れていく。
そして、全体がドーム状に見える距離までいって初めて息を吐き出す。知らない間に息を止め続けていたらしい。どの時点で止めていたかは分からない。ドームが広がりだした時かもしれない。
実際、『黒い光のドーム』が発生してから、これまでの間は20秒と掛かっていなかった。体感時間はともかく、実時間はそんなモノだ。
そして、吐き出された息と共に、全身からも汗がドット流れ出す。手に汗を握る暇も無く、今になって手に汗握ってど~すんだよ、なんて思うが、手に汗をかいても良い事は無いのでこれで良かったのかもしれない。
『黒い光のドーム』から3キロ程離れた所で、軌道を変更し深呼吸を繰り返しながら様子をうかがうと、ドームは一瞬で消え、何も無い山間の荒れ地が円状に現れた。
他の跡地と同様、そこには木一つ無く、元々の地面の高低差も多少小さくなっている様だった。どんなエネルギーなんだよ。…闇属性か? もしくは闇属性+別の属性?
彼我の距離は6キロ以上有ったが、他に何も無かった為、ジョー・ジオーマの存在は見て取れた。何も無くなった円の中心に豆粒の様に小さな黒い点として立っていた。
俺は、うなりを上げて鼓動する心臓を、更なる深呼吸で鎮めながら周囲の位置関係を見て、この位置を示せる目標を見つける。山、川、だいたいの方位。
一通り確認し終われば、とっとと西に向かって飛ぶ。ノズルが壊れているので『浮遊符』を起動して推力を補って飛ぶ。
西アガ村へ報告に戻るんだ。そう、報告に戻るのだ。…実際のところは、とっととここから逃げろ! 1分一秒もここに居るな! と言う逃走だったよ。
途中見つけた平野部の小さな川で、ズボンとパンツを洗って乾かしたのは内緒だ。…仕方ないだろー、俺はやっぱりヒーローでも何でも無いパンピーなんだよ。
その際、ノズルは着脱機構部分に負荷が掛かって、外れていただけで、構造部の開きはあったがはめ込む事で一応問題なく使用できた。
そして、その後は西アガ村へと向かって一直線に帰った。
普段は、街の入り口付近に降下しているが、その日は村長宅の離れ裏に直接降下した。
普段に無い行動なので、驚いた待機組の各国要員が飛び出してくる。俺はまだ吹き出している状態のノズルをパージして、ハーネスを全て外し『フライヤー』を外して地面に置く。
「見つけました!、東南の国境側です! 地図を!」
まだもうもうと土煙を上げている『フライヤー』をよそに怒鳴った俺の言葉に、そこに居た全員が驚きの声を上げた。
そして、俺は離れの中に駆け込み、大きくてそれなりに正確な地図を前にして『その点』を指し示す」
「ここです」
俺の指さす位置を見て、オズワード王国の兵士が息を呑み、カルザリア皇国の兵士は息を吐く。
「間違いないのか!」
オズワード王国兵が怒鳴る様に言ってくる。ごめん、残念ながら…
「間違い無いです。姿も確認して、攻撃も受けました。都市殲滅レベルの『黒い光のドーム』も」
そこに居た兵や、村長達からもどよめきが上がる。
「良く無事で居られたな…」
「その事で報告があります。アノ『黒い光』は闇属性もしくは闇属性を含むモノだと分かりました」
「どう言うことだ。なぜそう分かったと言うんだ」
「俺の『符』に『聖壁符』と言う聖属性の魔術障壁を作る『符』が有ります。その『符』で短時間ではありますが防ぐことが出来ました。そのおかげでギリギリ範囲外に逃げられたんです」
全員から「本当か」「間違いないのか」との声がわき上がる。
「間違い無いです。俺の『符』の力が弱いのか、ヤツの力が強すぎるのか、別の属性の力が入っているからなのか、短時間しか保ちませんでしたが、確実に効果は発揮しました」
「おおぉ、それが本当なら、多少は希望が出て来るぞ」
大半の者が喜びの声を上げるが、オズワード王国兵だけは苦虫を20匹程かみつぶした様な顔だ。
「おい、本当に間違いないんだな」
「残念ながら… 真偽判定の魔術具に掛けてもらってもいいです」
「…そうか、ヤツはどの方向に向かっていた?」
「すみません、方向までは、林の中から急に『黒い光の球』で攻撃されたので… オズワード王国国境までは、レオパードから王都位の距離です。ただ道は無いし山もあるので移動に掛かる日数は分かりません」
「そうか、…セネラルに戻って、そのままハルキソスへ行ってくれれば良いんだが…」
それは俺も同じ意見だった。
「取りあえず、俺はこのままオズワード王国へ戻ります。任務は終了しましたし、報告も兼ねて」
俺がそう言うと、オズワード王国兵以外が騒ぎ出す。上空からの偵察が出来なくなることに不満らしく、報告は鳥便で出来るだろう、と言出す。
「すみませんが、今回の件で無理をしすぎて、飛行具が壊れ掛かってるんです。修理しないと墜落しかねません。何より俺は兵士じゃ無くて冒険者です。そして依頼は発見までです。正直、もう一回アレに会って生き残れる気がしません…」
俺の言葉を聞いても尚、ぶーぶー言っていたが、知ったことではない。取りあえず、取り急ぎオズワード王国兵士が書いた手紙だけを受け取ると、ノズルだけチェックしてとっとと飛び立った。
逃げるが勝ちだ。長居なんかしてたまるか。




