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36.せめて、嫌み位は言わせて

 『フライヤー』と言う、微妙に揚げ物機とも取れる飛行機が一応完成した事で、本来の目的がやっと実行できる様になった。

 しかし、市場の食糧問題を多少なりとも解消する意味もあって、冒険者協会から食料品関連のクエストを積極的にやってくれる様にと要請が出ている為、そちらをやらない訳には行かない。

 最近は、『食べられる野草採取』のクエストも結構な数が出る様になって来た。どこぞの国のように起源主張などする気は無い。それで市場が少しでも安定すればそれに越した事は無い。

 市場の安定は、治安の安定に繋がる。食無くしては全てが無いから。

 現在は、贅沢品に入るような品物を求めるクエストは激減していて、肉、薬草系、食べられる野草、がメインで、一部武器や防具に使用できる素材を求めるモノが有る程度だ。

 だから俺達も、自分たちの事はある程度我慢して狩りと採取を続ける。

 『十式』+リヤカーの輸送力は絶大で、輸送量と輸送時間も他の冒険者の追随を許さないレベルに成っている。ま、リヤカーが入れない場所ってのも有るから、万能ではないけどね。

 だから、近場ならば午前から昼過ぎで2往復から3往復し、残りの夕方までの時間を自分たち用の採取に使っている。

 一度は、『魔獣のいななき亭』で良く顔を合わす冒険者パーティーに請われて、彼らが見つけた『食べられる野草』の一大自生地へその採取と運搬に行った事もある。

 その時の野草は『カブ芋』と呼ばれる、大きな芋をもつ里芋やタロイモに似たもので、乾燥させて粉末にすれば長期保存も効き、味もかなり良い為最近では高値で売れる。

 場所が南西部の湿地帯の向こう側という、かなりの遠距離の為さすがに日に2往復が限界だった。

 朝全員でリヤカーに乗り込み爆走して、目的地にまで移動。全員で芋の採取。リヤカーが満タンになったら俺達が街まで運搬、彼らはその間芋掘り。って感じで4日間やった。

 ヴォルツさん達以外と組んだのは初めてだったが、特に問題も無く、分け前関連ももめる事は無かった。

 そして、トルバロス帝国の帝都壊滅の報を聞いて15日が経った日、帝が死んだと言う事が伝えられた。

 この死は、ジョー・ジオーマによるものでは無いとの事なので、オズワード王国か、カルザリア皇国の出した暗殺者によるものでは、と噂されたが真偽は不明のままだ。

 カルザリア皇国はオズワード王国の西に位置し、トルバロス帝国の真南から西方へ広がる国だ。つまり、オズワード王国と同様ヤツに南下してもらっては困る組って事だ。

 そして、肝心のジョー・ジオーマは、暗殺(?)の時点でその都市の北方30キロの村いたらしいが、追跡者が他国も含めて全て見失ってしまった。

 つまり、現在行方不明状態だ。追跡班とそのバックアップ班が各国合同で全域の調査をしているらしいが、それから更に10日経っても発見の報は無い。

 オズワード王国はトルバロス帝国側の国境に大勢の兵を派遣して、もしヤツが来た場合に少しでも早く発見できるように努めているらしい。

 ま、それ以外にもトルバロス帝国側からの難民をブロックする意味も有るんだろうけどね。

 ジョー・ジオーマの行方が分からなく成っていると言う報が伝えられてから、街の雰囲気は一層暗いものに成った。

 一部の冒険者達は、南西のカザフシア王国へと移動するものも出始めている。冒険者以外にも広域商人や一部の貴族も他国へ脱出する者も出ている。

 通常の旅商人に至っては、かなり前からここいら一帯の国から出て行き、新たに来る者は居なくなっている。ただ、貿易じたいが一部を除き高級品の売買で有り、一般市民に影響を与える事は無かった。

 とは言え、オズワード王国の様に岩塩坑を持たない国は、塩の輸入が必須で貿易の有無が死活問題の所もあるだろう。この国は幸いだったって事だな。

 そして、出て行く者あらば、入ってくる者も有るわけだ。入ってくる者とは、王都周辺が食糧的にキツくなって来てこちらに流れてきた者達だ。

 大半はこの街出身者で、それなりの知り合いが居る者達だが、知り合いも無くただ流れて来たの者もそれなりにいる。

 多くは冒険者で、これに関しては自分たちである程度の食を確保できるので問題ない。

 しかし、一般市民や王都のスラムの者も一部存在していて、これらが治安にかなりの悪影響を与えだしていた。その為、最近は領主軍や騎士団すら街を巡回している始末だ。

 兵や騎士が巡回する事は、治安の安定には寄与するんだが、なんとなく不穏な感じは(いな)めない。街の雰囲気がより一層暗くなっていく。

「な~んかぁ、やな雰囲気ですねぇ」

「仕方ないんでしょうけど… なんとも成りませんから」

 街の雰囲気が暗いと、俺達の会話も暗くなってくる。周りの会話もなんとなくギスギスしたものが多い。

「せめてジョーの居場所が分かれば違うんですけどねぇ」

「見つからないですね… もう20日は経ってますよ」

「捜索隊をもっと増やすべきですよぉ」

 その後も何度か捜索隊は増員されている。ただ、移動に日時が掛かる為、送られた増援はまだ捜索にすら当たってはいないと思われる。

 そんな会話を交わす、瞬と歩を俺は口を挟まずただ見ていた。場所は『魔獣のいななき亭』の食堂だ。そこに場違いな者達が入って来た。

 騎士と兵士が2人ずつの4名だ。騎士はトレント戦で指揮したレジアスと、その後王都戦を指揮したサクシードだ。兵士は見覚えが無い。

 騎士サクシードは、静まりかえる食堂内を見渡し、俺達の方を見咎めると騎士レジアスに俺達の方を指し示す。…俺らに用か?

「貴様らが、空を飛べる魔術具を作った事は判明している。それを我が騎士隊が徴発する」

 俺達の前にまでドカドカと軍靴の音を響かせて歩いて来た、騎士レジアスの第一声がそれだ。瞬と歩はポカーンと口を開けて絶句中だ。

 俺は驚きはしたが、なんとなく意図は分かったので、比較的冷静でいられた。

 そんな静まりかえる食堂に、吹き出す様な笑い声が一瞬流れる。左後方の2人掛けテーブルにいたヴォルツさんの笑い声だ。

 その声に反応して騎士レジアスがそちらを一瞬向くが、特に何を言うでも無く顔だけしかめて、こちらに向き直る。

「とっとと持って来い!」

 一言も口をきかない俺達にじれたのか、怒鳴ってくる。カウンター側で娘ちゃんがビクッって成ってるよ。子供を脅かしてどーする。お騎士様。

「はあ、別に良いですよ、今から持ってきます。ただ、前もって言っておきますが、皆さんが使えなくても私たちの責任にしないでくださいよ」

 俺の言葉に、騎士レジアスは「良いから持って来い!」と答えたが、騎士サクシードが脇から止める。

「チョット待ってください、おい、『使えなくても』とはどう言う意味だ」

「皆さんでは多分使えませんから、その事でこっちが攻められたく無いですから、今のうちに言っておこうと思いまして」

「使えないだと! 貴様ら下等民に使えて我ら高貴で優秀な騎士に使えんモノなど有るか!」

 騎士レジアスは違う意味に取った様でキレ出す。ただ、騎士サクシードは王都戦で俺達の事を知っており、思う所があってか剣に手を掛ける騎士レジアスを止める。

「レジアス卿お待ちを、おい、使えないと言う理由を説明しろ」

「…先ず、『魔術具』ではないですよアレは。ただの張りぼてです。アレが飛ぶのは符術師の『符』を使用しているからです。

 ご存じだとは思いますが、『符』は作った符術師にしか扱えません、つまりアレを動かせるのは符術師だけと言う事になります。

 領主軍の中に符術師がおられるのなら、専用の『符』の作り方をお教えしますが… 多分居られませんよね」

 俺の説明に騎士サクシードの顔が歪む。概要は理解した様だ。だが、直ぐ隣りにおバカがいた。

「ならば簡単ではないか、貴様がその『符』とやらを使えば我らが飛べるのであろう」

 おバカが何か言ってる。後方でまたヴォルツさんの忍び笑いが聞こえた。ヴォルツさんは『フライヤー』の事はほぼ分かっているから、騎士の言う事が笑えてしまうのだろう。

「良いですよ、そちらがご希望なら私は問題ありません、ただし、それで死んだり大けがしても私に文句は言わないという条件でお願いします」

「まて、危険だと言うのか」

「いえ、危険と言う事ではないです。単にほぼ確実に死ぬって事です」

「貴様!何を言っている我らを(たばか)る気か!」

 相変わらず脇から騎士レジアスが口を突っ込んで切れる。ま、俺があえて遠回りにやってるせいも有るんだけどね。単純にムカついているから。

「いえいえとんでも有りません。私の『符』には有効時間があります。かなり短い時間なので、切れる度に追加が必要なんです。

 つまり、飛行中に『符』の力が切れれば、『符』を使えない方は真っ逆さまと言う事です。ご理解頂けましたでしょうか」

 騎士レジアスの顔がすこぶる歪む。ただでさえ細くてツリ目がちで険しい感じの顔が、両方の口角が下がって眉間にシワが大量による事で醜悪と言える顔になる。

 方や騎士サクシードは失望感があふれる顔となっており、なかなか笑える絵面だ。

「チッ、役立たずめが! 無駄な時間を浪費させおって!」

 いやいやいや、あんた、自分勝手に来ておいて何言ってんの。思わず口に出掛かったよ。危ない危ない。

 騎士レジアスは兵士を連れて宿から出て行く。ただ、騎士サクシードはなぜか残った。

「…符術師、その飛行魔術具は貴様が使えばどの程度飛べるのか」

 …おい、俺に使わせて何かしようとしてるのか? …勘弁してくれ。お貴族様とは基本お付き合いしたくないよ。

「さっきも言いました様に、『符』一枚の効果時間はあっという間です。そして、『符』を1枚作るのには、手間と(ダリ)が掛かります」

「費用や手間の事は聞いていない。実際どの程度の距離を飛べて、どれ位の早さが出るのか聞いている」

 ここで普通なら、適当な嘘で誤魔化すんだが、この世界には『嘘の確認が出来る魔術具』が存在していいる。騎士サクシードの首元にあるペンダントは簡易型のソレだ。下手な嘘はつけない…チッ。

 全く、この世界は何なんだ。嘘発見機、血抜き、エアコン、カルマ値チェッカーなんて魔術具が有るくせに何で通信魔術具が無いんだよ。

 レアとは言え時空属性魔術師も居るんだから、テレポートとかゲートなんて魔術具があっても良いだろうに、それは無いと来た… 基準が分からん。責任者(神様)呼んで来い。

「…『符』をバカスカ使えば、王都まで朝行って夕方までには帰れます。飛行時間は『符』の数次第です。

 前もってセットできる数にある程度限界がある事と、肉体的な疲労もあるので飛びっぱなしと言うのは無理です。

 後、気温や天候に影響を著しく受けます。特に風向きは重要で、速度と時間にモロ影響します。

 冬が近くなって、気温が下がれば身体が持ちませんので長時間の運用は不可能になります。上空は地上よりかなり寒いので」

 出来るだけ、具体的なデータを言わない様にしたのだが、これが限界だろう。

「『符』は作れるのであろう」

 騎士サクシードは俺の話を聞いてしばし考えた後、そんな事を聞いてくる。嫌な展開だ。

「材料と手間と時間があれば」

 手間と時間って同じような意味だっけ? 言ってから、ふと疑問に思った。ま、良いんだけど。

「ならば作れるだけ作れ、貴様にはジョー・ジオーマの探索を空からやってもらう事にする」

「はあぁーーーーーーーー?」

 思わず声に出てしまったよ。何言ってんのアンタ、何で俺がそんな事せにゃならんのよ。黙って聞いていた瞬と歩も呆然としている。

「申し訳ありませんが、お断りします。ソレは騎士や兵士の方々の勤めなのではないですか。その為に私たちは税を納め、ある程度の理不尽な行為にも我慢しています」

「貴様が言ったので有ろう、その魔術具は貴様しか使えんとな。何より国難の折りだ、貴様ら冒険者にも働いてもらうのは当然の事だ」

「…いえ、確か、この街からも何人も貴族の方が他国へ逃げ出してますよね。国難を無視して。騎士の方もおられたと聞いていますが…」

「そいつらは、そいつらだ!。ぐだぐだ言わんで言われた事をすれば良いのだ!。嫌だというなら切り捨てるまでだ!」

 剣に手を掛け、半分ぐらい鞘から抜いたよ。正直、簡単にこの人は殺せる。それだけの準備は何時もしている。

 ここで『障壁符』を展開して、そのまま体当たりして壁なり床に叩き付け、『凹符』でも貼り付ければイチコロなんだよね。でも、そんな訳にはいかない…訳よ。はぁ。

 現状ジョー・ジオーマがこの国に入っているって事なら、俺は『凹符』までは使わないなりに抵抗して逃げたと思う。でもまだそこまでの状況じゃ無い。

「はぁ、選択の余地無しですか、でも、今度は王都の時の様に、無駄な上下関係から来る変な命令を押しつけないでくださいよ。死にたく有りませんから」

 これは王都の時のスケルトン戦で出された、明らかに誤った作戦の事を指している。これぐらいの嫌みは言わせてもらう。

 騎士サクシードの眉間にはシワが5本程よっている。一応自覚は有る様だが、その嫌みに対しては何も言ってこなかった。一応矜持ってヤツが有るのか? なら逃げた貴族や騎士を連れ戻して来いよ。

 騎士サクシードは、明日『フライヤー』を持って領主城へ来るように言って、宿を出て行った。…面倒な事に成ったな。

「はじめさん、どーしますかぁ。逃げちゃいますかぁ、いっそ城ごとやっちゃいますかぁ」

 いきなり瞬のヤツが変な事を言い出す。やっちゃうってオイ。いや、ま、俺も騎士サクシードをやっちゃう事をチラッと考えたけどさ。城ごとは無いぞ。…多分出来るけど。

「こらこら、物騒な事を言うな、それはピストルと同じだぞ」

「…あ、『最後の武器』ってヤツですね。って言うか古すぎますよぉ。昭和ですよぉ、しかも30年代」

 こら、人がせっかく隠語で周りに分からなく言ったのに、バラしてどーする。

「月光…」

 …おい歩、お前がなぜそれを知っている。そう言えば、自衛隊だアメリカ海兵隊だトマホークだと言ってたけど、ひょっとしてそっち系なのか? いや、あまり突っ込むまい、知らない事の方が幸せな事は多い。

「ま、ギリギリまでは逃げずにやるさ、とは言え、空から見つけられるもんじゃないと思うけどな。通信文の配達ならともかく、役立てる気がしない」

「大丈夫でしょうか、ジョー・ジオーマに見咎められて攻撃されたりしたら…」

「こっちが発見できなくても、あっちからは見えてるケースは有るだろうな、広域殲滅魔術だと半径3~4キロはあるだろう、とすれば上空も同じくらいか…キツいな」

「で、でもぉ、さすがに未確認のモノ1つの為に大規模魔術は使わないんじゃないですかぁ」

「常識的に考えれば、そうなりますよね。でも、ジョー・ジオーマですよ」

「ジョー・ジオーマの常識なんざ知らねーけど、報告じゃ数名までなら範囲魔術じゃなくって『黒い光の玉』を投げつけてるらしいいぜ」

 いつの間にか後ろにいたヴォルツさんも参加してきた。それ以外の他のお客もこっちに注目している。娘ちゃんもだ。

 他の冒険者達は、当然ジョー・ジオーマの動向が知りたいわけだ、だがソレが無謀な行為である事も分かってるし、騎士に対する反発もあって何とも言いがたい状態になっている。

「単体魔術なら高度次第では避けられそうですけど、その『黒い光の玉』の早さが他の魔術と同じとは限らないんですよ」

「そうね、情報が少なすぎるわね。ひょっとしたら城側はもう少し詳しい情報を持っている可能性は有るわ。明日行くなら聞くだけ聞いてみなさい」

 うーん、確かに、わざと伝えていないのではなく、細かな点が省かれていて冒険者協会に伝わっていない可能性は有るな。当たり前すぎて話していない事とか。

「ま、色々聞いて、無理だったら逃げるって感じで行きます。元々俺達はこの国の人間じゃないので、命をかける筋合いはないですから」

「デスデス。無理しちゃ駄目ですよぉ」

「…拒否ってやっぱり無理なんですよね」

「あいつらに何言っても無駄だろーよ。俺達の事は下賤な糞虫程度にしか思っちゃいねーよ」

 ヴォルツさんの言葉を否定する者は誰もいなかった。住民・冒険者の共通認識なんだろう。

 その後、他の冒険者からは、不幸を慰められたり、気を付ける様に言われたり、どうせならジョー・ジオーマを見つけてくれ、とか言われた。

 色々言いたい事は有ったが、我慢したよ。

 そして翌日、城門まで瞬にリヤカーで送ってもらい、中に入った。20分程待たされたあげく、騎士レジアス、騎士サクシードと5人程の貴族然とした男達に囲まれた。

「こいつがそうなのか」

「こんなモノで空が飛べるだとぉ」

「本当に使い物になるのだろうな」

 そして、何か勝手な事を言われてるよ。ま、好きにしなよ。いざとなればこっちも好きにするしさ。と、そんな風に思う事で自分を落ち着かせる。意識の中で相手を下に見る事で落ち着く方法だ。実際瞬殺出来るし。

 で、結局飛んで見せろと言い出す。はいはい、分かりましたよ。飛びますよ。飛べば良いんでしょ。いや、俺こいつら嫌いなんで、どうしてもこんな思考になるんだよ。仕方ないよ、な。

 そんなだから、意図してヤツらには全く注意せずに、言われた通りとっとと『浮遊符』『突風符』を起動して騎士用訓練場より上空へ舞い上がる。

 訓練場は一面の砂埃で、ほとんど視界が効かない状態になっている。ふっふふ。砂埃にまみれるが良い。

 後は、『突風符』が切れるタイミングを計算しつつ、一度低空をフライパスし、再度進入しながらギリギリのタイミングで垂直上昇に移る。

 『突風符』の推力だけでは上昇できないので、慣性が切れると降下が始まる。後はバランスを取りながらゆっくり落ちるだけだ。これが、幾度かの練習で身につけた『浮遊符』を使わない垂直着陸だ。

 最後の垂直上昇の高度が高すぎなければ、足のクッションだけで問題なく着地出来る。最後のフライパスはチョットヤツらを脅かしただけだけどね。

「今の飛行が『符』一枚分で飛行できる時間です」

 目に砂が入ったのか、しきりに目を擦っている推定貴族達は無視して、騎士サクシードに向かって言う。

「…一枚でアノ程度しか持たんのか」

「だから言ったじゃないですか、『符』を大量に使えば、って。符の消費がムチャクチャ激しいんですよ」

 推定貴族や騎士達が集まって、ギャーギャーと言い合いを始める。俺的には『ケッ、こいつは使えねーぜ』ってな感じになってくれる事を祈ったんだが…

 話は、『どーせ駄目で元々だ、こいつが死のうがそんな事はどーでもい、取りあえずやらせろやオラァ』ってな感じになってしまった。まだ貴族をなめてた様だ。

 取りあえず、ただ働きはいやなので5000ダリの請求と、各種『符』の素材を請求した。

「何を言ってるんだ貴様は、平民風情が(ダリ)を要求するだとぉ、今の状況を理解しとらんのか! これはこの国の民の義務だ」

「はあ、そうなんですか、じゃあ俺にはその義務はないですね。おれこの国の人間じゃないですから。たまたまこの国に来ている時に今の状況に成ってしまったただの旅人ですから」

 徴兵的な事で金すら払う気が無さそうだったので、突っ込むと、推定貴族はもとより2人の騎士の顔も歪む。たかが5000ダリをケチるかね? 食事費換算で100万円だぞ、個人ならともかく領主レベルでケチる金額か?

「嘘を付くな!、そんな嘘が通用すると思っておるのか、馬鹿者がぁ!」

「サクシード様、その首に掛けられているのは、真偽判定の魔術具だと思いますが、私の言に嘘がありましたか」

 俺が騎士サクシードの首元を指さすと、他の者達が全員騎士サクシードを見る。そして、彼は顔を歪めたまま首を振る、横に。

 他の6人からうめき声の様な低い声が漏れた。彼らは、立場上その魔術具の力は熟知しているはず。それ故に『嘘だ』『何かの間違いだ』なんて言葉は言わない。ただうなるのみ。

「と言うわけで、ただ働きをする義務はない事になりますね。更に言えばこの件すら受ける必要も無いかと思いますが…」

「バカを言うな! よそ者だろうがたかが平民風情が貴族の命を違える事が出来ようはずがなかろう!」

 そうだそうだ、と他の者達も口を揃える。ま、このまま正論を通しても無駄な事は分かっている。それを通した先例を知ってるしね。あのバカ達(処刑された日本人)にならう気は無い。

「分かりました、偵察の件は受けましょう、ですが5000ダリと材料はもらいますよ。というか、払わないならその話は冒険者達に直ぐに広がりますよ。

 ただでさえ、絶望的と噂されるジョー・ジオーマがらみにその件まで広がれば、徴兵を拒否して他国に逃亡する者の数が相当増えると思いますが、それでも良ければどーぞ。

 既に逃亡した貴族の話や、騎士の話は冒険者や市民の間で広がっていますからね。こんな状況で、わずかなダリをケチるのは愚だと下賤な俺にも分かる事ですよ」

 逃げ出した貴族や騎士に比べれば、こいつらはまだ(・・)上等なんだろうけど。とにかくベースが低過ぎるんだよ…

 結局、彼らは全員が、瞬言う所の『ぐぬぬぬぬ顔』に成って、俺の要求は通った。いや、普通に考えれば当たり前の事なんだけどね。それにこんな苦労をしなくちゃ成らないとは…お貴族(バカ)恐るべし。

 そして、その日から2日間の準備期間をもらい、その間に『浮遊符』と『突風符』を量産して、3日後から実際にトルバロス帝国方面へジョー・ジオーマ探索に出る事になった。

 この世界に来て初めて、完全に一人で行動する事になる。このまま逃げようか。いやマジでサ。…はぁ、ま取りあえず西北西に進路を取ろう。

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