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35.紅の翼デス!

 ジョー・ジオーマがトルバロス帝国へと行ってくれたおかげで、時間的余裕が生まれた。この余裕がどれ位続くかは不明だ。

 最悪の事態を想定して、準備をしないと死が待っている。準備が無駄になっても、それは大喜びしても悔しがるようなことじゃない。

 だから、保存食、食べられる野草の研究、『符』の研究をする。そして、『符』用の紙も大量に作製する。旅先に紙すき道具は、持って行けないからね。

 やるべき事がとにかく多い。だから、通常のクエストは二日に一回ペースにしている。

 そんな中で、新しい『符』が出来た。

 『聖壁符』だ、『障壁符』に聖属性を持たせただけのモノで、多分スケルトンなどにそのままぶつかって行けば、ダメージを与えられるんじゃないか?とは思う。

 この『符』は、ジョー・ジオーマの『黒い光』が闇属性なら聖属性で何とか成らないか?と言う考えで、一応作ってみたモノだ。『黒い光』が闇属性で有るかは不明なんだけどね。

 これは、もう一つの手と同じように、ダメ元で最悪の場合用に、効果があったらラッキーと言うモノでしかない。

 ただ、この『聖壁符』が作れた事によって、無属性の『符』には属性を付加出来ると言う事が分かった。これは大きな発見だった。

 『炸裂符』に属性を付加して『爆炎符』『爆凍符』『爆雷符』が出来た。無論、使い方に気を付けなくてはならないモノばかりだけど、追加効果的にダメージはかなり増える。

 そして、『加重符』の範囲を半径1メートルに設定する事で、10倍以上の重力を発生できる様に成った。命名は『超重符』。

 そんな新しい『符』用の判子も作製しながら、各種『符』の増産もやっていく。ああ、1日が40時間ぐらい欲しい。

 ちなみに、この国のジョー・ジオーマへの対策は全く立っていない。ま、こればかりは文句は言えない。話を聞く限り、ど~しようも無いからな…

 多分、王族や貴族も『逃げる』以外の対策は取れないだろう。ただ問題は、どこへ逃げるか、どこまで逃げられるか、と言う事だ。

 根本的にジョー・ジオーマの目的が分からない。ゲームの様に人類抹殺、世界を闇と混沌に、なんて事だったらどこへ逃げても同じで、ひたすら逃げ続けるしかなくなる。

 ちなみに、各国の決死隊が、ジョー・ジオーマにコンタクトを取ろうと試みているらしいが、会話が全く成立しない段階で消滅させられているらしい…

 そんな様子を、ある程度近い所から確認している人達も死にものぐるいだろうと思う。実際広範囲魔術と思われる『黒い光』に巻き込まれ消息を絶った者も多いという。

 こう言う人達が居るおかげで、俺達の元にジョー・ジオーマの動向が伝わってくるわけだ。有りがたいのだが、そこまで命をかけられるって事が、俺には感覚的に理解できない。

 平和ボケしていると言われる日本で生まれ育ったからなのだろう。幸せな事だったと思える。過去形ね……


 今日もまた、命を(いと)わない者達によって、ジョー・ジオーマがトルバロス帝国の帝都へと向かっている事が伝えられて来た。

 更に、そこまでの道に点在する町や村は全て消滅させるが、その道から外れた所に有る町や村には全く見向きもしていない事も分かった。

 故に、ヤツの目的は各国の首都なのでは無いか、と考えられているらしい。で有れば、首都及びその経路上の町や村以外なら当座は大丈夫で有る可能性は出て来る。

「でも、目的が首都じゃなくて、王様とかだったら、その王様が逃げた先に来るわけですよね」

「セネラル王国の国王は、城に残って消滅したらしいからな。帝国の(みかど)が逃げれば、それしだいでその辺りは分かりそうだ」

「何で逃げなかったんですかねぇ、セネラル王国の国王?」

「体重が人の3倍以上有る超肥満体だったらしいからな、動きたくなかったんじゃないか?」

「200キロ近くですか!?」

「らしいよ」

 話の方向性がズレたが、歩的にはその体重は考えられないらしく、「死んで当然です」「どのみち長くはなかったはずです」「脂肪死すべし」なんてブツブツ言っている。

 実際、セネラル王国国王が逃げていれば、その辺りの事が分かったのだろうが、オズワード王国側に逃げてきてたら今頃ヤツがこの国に来ていた可能性も有るわけだ…ありがとうデブ国王。

 ジョー・ジオーマとの距離が離れるに従って、情報の伝達にラグが生まれていく。鳥便などを駆使している様だが、現時点では8~10日遅れ位に成っている。

 通信魔術具なんて物が存在しない事が悔やまれる。照明の魔術具や血抜きの魔術具なんて物が有るのに、通信系は無い。科学的な概念が無いから、そう言った発想じたいが生まれないのだろうか。

「小説だとぉ、転生者や転移者が作ったり、後は『飛竜』を使って人や手紙を運ぶってのがデフォですよぉ」

「飛竜って、ワイバーンとかですか? この世界には確か居ませんよね」

「居ないな、それ以外にも聞いた範囲では、人を乗せられるサイズでかつ人が従えられる種は居ないらしい」

「えぇ? ギフト調教師でも無理なんですかぁ」

「らしいな、調教師って言っても、全ての生き物を従えられるんじゃ無いらしい。魔獣に関しては1/20程度の種を従えられればかなり高位の調教師らしいよ」

「確かに、『屍喰い』を大量に従えたG軍団なんて作られたら、街の一つや二つは滅ぼせますね」

「…滅ぼせるかどうかは別で、パニックは簡単に起こせそうだな」

「Gの話はやめましょうよぉ」

 調教師のメインターゲットは『鳥』らしく、その鳥を使って通信を仕事にしている者が多いらしい。そして今回の騒動では、大忙しどころかどこぞのブラック企業並にこき使われている。

 ま、実際飛ぶのはティムされた鳥なんだろうけど、ジョー・ジオーマを追跡しながらと言う気の休まらない状況を考えればその苦労は並で無かろう事は分かる。

 通信系の魔術具が無い現状は、彼らに頑張ってもらう以外無い。

 そして、その頃に成ると、以前から言われていた『魔獣の強さが上がっている』と言う件がほぼ確定的に成った。

 世界レベルで集めたデータで、冒険者協会がそんな結論を出した。ジョー・ジオーマの件とダブルパンチ状態だ。

「ジョー・ジオーマが魔王だったら、魔王のせいで魔物が活性化って良く聞く設定じゃ無いですか」

 歩の言うとおり、ゲームなどでもボロボロ転がっている設定だ。特に古いハードのRPGには多かった気がする。昔は敵=魔王設定が多かったからな…

「小説でもデフォですよぉ。魔素がど~たら、暗黒召喚がど~たら、とか設定は色々有りますねぇ」

「ま、モンスターが『湧く』設定なら増加やそれに伴う強化は有りだろうけど、この世界は普通に生殖で増えるからな…魔石があるから魔素って言うか、魔力関連は有りか?」

「自然界の魔力が増えて、それが魔獣に影響を与えているって言う可能性ですか」

「えぇっとぉ、マナが増えて、オドに影響を与えて強くなっているって事ですね」

 確か、マナが自然界に存在する魔力で、オドが生物の体内にある魔力だったか。どっちも『魔力』で良いじゃん、と思うだよな、俺は。

「でもそれじゃあ、魔術師の魔法にも影響が出て来るはずですけど、聞いた事有りませんよ」

「それが、レベルアップが早くなっているって事じゃ無いんですかぁ」

「いや、まあ、魔力がどこまで影響を与えているかハッキリしないからアレだけど、魔術職で無い剣士や槍使いまでレベルアップが早くなってるからな、魔力量増大=レベルアップってのはどうだろう」

「…そー言われるとそーですねぇ」

「何だか分からない事ばっかりですね」

「でもぉ、ジョー・ジオーマが出て来た当たりから変になってきてるから、絶対関わってるはずですよぉ」

 ジョー・ジオーマの件を最初に聞いたのは何時だ…王都に行く前か? まだ歩と出会う前だった気がする。

 それからだいぶ経って、『穴』が出来たんだったな。ジョー・ジオーマが起点かどうかは分からないが、関わっていると考えるのが普通か。

 『黒い光』って言う共通点もあるし。ただ、俺達が見た『黒い光』は『眩しい黒い光』だったが、ジョー・ジオーマの場合は、夜で分からなかったと言う報告が来るくらいなら、眩しくは無い可能性がある。と成れば別物か…

 結局、分からない事だらけだと言う事が分かったって事だよ。何だかな~。

 そんな日々を送っていると、俺達が懸念していた『食料品の高騰』が始まりだした。先ず、穀物が上がり始めた。そして市場に出回る数じたいも少なくなって来ている。

 セネラル王国との国境はもとより、王都からも離れたこの街ですらこの現象が起こっていると言う事は、王国中央部及び北部ではかなりの高騰と成っていると思う。

 それに従って、難民も更に移動し出すだろうし、それに伴う治安の悪化も広がって来るだろう。王国軍がまともに仕事してくれれば良いんだが…あまり期待は出来ないか。

 食事を提供する食堂や宿なども、その影響を被りだしてきている。『魔獣のいななき亭』も同様で、おっちゃんが走り回って何とかしようとしている。

「ごめんなさい、麦とか豆が値上がりしてるの、だから値段上げるしか無くって…」

 娘ちゃんのせいでは無いのだが、謝ってくれる。当然俺達は「分かってるよ、しょうが無いからな」と言って理解を示す。

 ただ、全てか俺達の様に理解がある者ばかりじゃ無い。稼ぎの問題から、わずかな値上げが死活問題の者も居るわけで、方々でそれにまつわる言い合いが発生していた。

 俺達も、この世界に来たばかりの頃だったら、かなりキツい事に成っていただろうから、気持ちは分からなくはない。でも、文句を言っても仕方ないわけだよ。特に飯を作っている者にはね。

「文句があるならジョー・ジオーマに言え!」

 屋台と客が言い争っていた場面で、屋台の主人が客にそう言ったのを聞いた事がある。客は何か言いたげに口をもごもごさせたが、結局何も言わず帰って行った。

 みんな原因は分かっているからな。

 そんな感じで、穀物が上がり始めた当たりから、クエスト時に入手した『血抜き』が必要ない肉は直接『魔獣のいななき亭』に安く卸す様にした。

 穀物分をそれで多少は補ってもらう。栄養素的には微妙だが、こればかりはしかたが無い。タンパク質は幾らでもあるんだよ。タンパク質は。ま、一時しのぎだ。

 そして考えた、炭水化物って実質糖分な訳だから、穀物である必要は無いっちゃ無い訳だよ。野菜類にも糖分は含まれているからね。

 某ダッシュな番組でも、野菜類の汁を糖度計に垂らして糖度を測っているシーンを何度も見た。つまり、『穀物が無ければ野菜を食べれば良いじゃない』と言う事だ。

 と言う事で、歩の『食べられる野草』大作戦がこの段階から役立つ事になる訳だ。

 てな訳で、俺達は魔獣狩りの(かたわ)ら、比較的美味い野草を採取する様にした。そして、それをおっちゃんに預け、料理を試してもらう。

 試してもらう為の代金として、鬼面ガニや角髪(みずら)ガエルの肉を提供する事で対処している。

 実際それ抜きでもおっちゃんはやってくれる。なんせ、おっちゃんとしても、先を考えると野菜類の入手も不安に思っているから、自生種を使えるならって思っている訳だ。

 前もって、俺達とシルビアさんが試した料理方法は教えてある。素人の俺達と違って、プロの料理人であるおっちゃんにはそれも必要ないかもしれないが、参考程度にと教えた。

 実際、色々と試行錯誤して、何種類かは普通の食事として出されたモノもあり、それ以外にも俺達に試食として出されたモノも有った。

 これを機に、野草料理研究はおっちゃんに丸投げする事にした。餅は餅屋ってヤツだ。

 そして、時と共に食糧問題は徐々に悪化していく。

 更に、北部で難民と住民の大規模な戦いが発生したとの報告も入ってくる。やはり食糧問題と治安関連を原因として勃発したものだ。

 これが日本だと、デモだの大きくても暴動なんて言葉で終わるのだが、この世界には冒険者という戦闘職が大量に居る。

 その冒険者は、北部の街にも当然いるし、難民として移動してきた者の中にも居た。だから、暴動では無く戦闘・戦争なんて言葉の方が合う状態になる訳だ。

 更にこの問題、民間人ばかりの問題では無く、セネラル王国から逃げてきた貴族や王族も絡んでいたから尚酷い事になった。

 オズワード王国は国境を閉ざした関係で、セネラル王国の王族すら保護を拒否した。そして、その拒否された王族や貴族が自分の立場を理解した行動や言動を取るかと言えば、NOだ。

 自分の国にいた時と同様の傍若無人さを発揮して、逃げ込んだ街で騒動を起こしまくったらしい。

 民間人の家を占拠して、食糧を奪い民間人女性にも手を出しまくった。最初は金を払うからとか言っていたらしいが、実質滅びた国の貨幣を受け取る事を良しとする訳も無く、拒否されたあげく、と言う流れだ。

 これらは、侵略行為以外の何物でも無いわけで、結局王都から軍が派遣され、大規模な戦闘と成った。

 結果は、勃発から20日程でセネラル王国側の王族・貴族の全滅と言う形で幕を引く事になる。無論、オズワード王国軍もかなりの死者を出している。

 この非常時に…とは思うのだが、こんな非常時だからこそ発生した事で、こんな非常時だからこその結果と言う事なんだろう。

 そうで無ければ、元々他国の王族や貴族を全く保護しないと言う事は有り得ない。そして、仮に戦争になっても、王族・貴族を全て殺すと言うのも有り得ない。

 この国の王族や貴族も、なりふり構っていられないと言う状況になっているのだろう。

 こんなイレギュラーな状態に一番強いのは冒険者だ。無論ある程度のランク以上のと言う但し書きは付く。

 自分たちで、肉類限定とは言え、食糧を大量に確保できる事は大きな強みだ。その肉を野菜や果物に換える事も出来る。そう、少しずつ貨幣経済では無く物々交換が始まっているんだよ。

 そんな物々交換経済で力を持つのは、物を持つ者だ。つまり生産者と冒険者だ。たた、農業生産者は畑に依存する為、生産出来る量に限りが有り、更に畑からの盗難の問題もある。

 その点、冒険者は豊富な魔獣という資源を持ち、自分の死を掛けてではあるが幾らでも入手する事が出来る。これは強みだ。

 無論、食生活的に『肉のみ』な食事など無理な話で、主食たる小麦が一番求められるのだが、こちらは数に限りが有る。

 マジックファーマーと呼ばれるギフトが有り、農作物を半分の時間で生長させる事が出来るらしいのだが、その所持者は少なく、その所持者が居ての現状なので、これ以上の改善は難しいだろう。

 そんな中、最近は、俺達に習って『食べられる野草』を採取する者達が増えだした。色々尋ねる者も多い。別段独占する気も無いので、普通に教えている。

 そして、俺達から教えられた者が他の者に教える形で、少しずつではあるが確実に増えている。良い事だよ。

 ま、自生地探しは大変になってくるけどね。そこらは仕方ないと諦めている。幸い、この街の周辺には広大な自然がある。そして、そこには十分な量の『食べられる野草』が有る。だから探せば良いんだ。

 そんな最中、俺達はあるモノを作ろうとしている。それは俺が『風旋符』を改造した『突風符』を完成させた事に端を発する。

 『突風符』は『符』表面の上部から下部に向かって風の流れを発生させる『符』で、直径20センチ程ではあるが突風と呼んで良いクラスの風を発生できる。

 その風下に立った人間は数メートル吹き飛ばされる。ようは、竜巻に成る力を20センチという範囲に狭めて持続時間を高めたモノだ。

 この『符』に更に持続時間延長の紋章パターンも組み込み、5分近い持続力を持たせた状態で判子化した。

 当初、この『符』を見た瞬は「これで『十式』を飛ばせられませんかぁ」と言っていたが、以前の『浮遊符』+『反重力符』と同じで俺が居ないと意味が無いので却下だった。

 ただ、「じゃあ、飛行機は作れるんじゃ無いですか」と言う歩の意見から、検討を始め、出来る気がしてきて見切り発車で設計に乗りだす。

 要は、飛行機があれば簡単に遠くへ逃げられる、『浮遊符』が有るから最悪墜落しても大丈夫、翼があれば浮力が作れるから少ない力で飛べるはず、なんて言う浅い考えがベースに成っている。

 ハッキリ言って失敗だった。飛行機の構造なんて知らず模型すら作った事のない3人に出来る訳がない。浮力の原理くらいは知っている。と言うか、それしか知らない。

 最終的には3人が同時に乗れるサイズを、なんて考えていたが、それ以前に1人乗りすら出来そうになかった。

 フレームは作れる。アルミなんて物が無いので、鉄パイプを薄くしてラチス構造で強度を補った物を使用すれば良い。だが、ボディー表面が作れない。鉄では重すぎるし、布類では強度が弱すぎる。

 魔獣の皮で良い物が有るが、絶対量が足りないし継ぎ接ぎが異常に多くなりすぎる。

 そして、コントロール系の知識が無い。俺と瞬はゲームで戦闘機モノを遊んだ経験があり、ラダーだエルロンだと言った用語だけは知っているが実際の使用方法や構造は全く知らない。

 なんとなく、翼に1つずつ、水平尾翼に1つずつ、垂直尾翼1つ可動部がある事は知っているが、それ以外にも翼に可動部があった気もするし、前部に小さな翼が付いているタイプも見た気がする。

 こんな知識で全長10メートル近い飛行機が作れるわけが無い。まあ、根本的に設計段階でそこに気づいたのは僥倖(ぎょうこう)ってやつだろう。

 そんな感じで、全員一致で諦めたんだが、翌朝、瞬が朝からハイテンションで騒ぎ出す。

「紅の翼ですよぉ、紅の翼で大空を羽ばたくんデス!」

 …最初何を言ってるのか分からなかった。だが、どうせアニメ系の話だろうと考えて思い出した。ま、スーパー&リアルロボットのシミュレーションゲームで大抵出てるからな。

「で、それで『十式』を飛ばすのか、(くろがね)の城じゃなくって白銀(しろがね)の城を」

「違いますよぉ、はじめさんが乗らないと駄目な事には変わりないですから。人間を飛ばすんですよぉ。ネットでジェットパック背負って飛ぶ動画見た事有りませんかぁ。アレですよぉアレ」

 歩は『紅の翼』の段階で既に分かっていない様で、首が右に10度程傾いている。俺は瞬の言う動画は見た事があった。富士山をバックに飛ぶやつだ。後ムササビスーツで飛ぶのもついでに思い出した。

「アレか… 確かにアレなら小さいから家で作れるし、材料も少なくてはすむけど、肝心な『逃げる時に使える』ってのが駄目だろ、俺しか使えないし」

「うっ…それはぁ…で、でも、作って見るだけ作りましょうよぉ。ここまで色々考えたんですからぁ」

 他にもやるべき事ややりたい事が山住だったんだが、瞬があまりにもうるさいんで、出来る所までやる事になった。

 リュック風に背負う形で、腹部や尻側からもハーネスで固定し、翼は当初全翼2.5メートル程で作る事にする。『紅の翼』型ではなくデルタ翼と言うのかな、全体が三角形になる翼だ。

 フレームはラチス構造化したステンレス鋼で、表面は『沼山椒魚』の表皮を縫い合わせて使用する。そんな設計を大ざっぱにしてから実際に作っていく。

 実際に作る作業の大半は瞬のゴーレムビルドなので、俺はその間『符』の方をやっていた。

 大きさが大きさなのと、瞬のヤツが異常に張り切って夜遅くまでやっていた関係で、3日後には一応形になっていた。

 いきなり作ったにしては、それなりに出来ていたよ。翼もちゃんと浮力を生む形になっていて、ジェット部分も後方はすぼまる形で力を生みやすくなっている。

 ただ、問題点が一つ有って、それは『突風符』の効果が切れた後貼り直しが出来ないと言う事だった。なんせ、ジェット部は背中の反対側に付けられているからね。

 これは、設計段階で気づくべき事だった。前もって付けていても多分風圧で飛んでしまう。

 仮にジェット部を2つに分けて翼の下に付けたとしても、貼り付けるのは簡単ではないし、貼ったとしてもジェットの風ではなく飛行時の風で剥がれるのも目に見えていた。

 この件は、3人で色々考えたあげく、ジェットの管部分を二重構造にして、その内側に前もって大量の『突風符』を貼り付けておく事で対処できる事が分かった。

 これは『突風符』によって発生する直径20センチの風のエリアが、『符』から3センチ程離れた所に発生すると言う特性を利用したモノだ。この3センチの間にステンレスの板が有る事で『符』には全く風か当たらない構造に出来る。

 当然この『符』を貼る部分は外気も入らない様にして、ハッチ式に開閉が出来る様にする。

 効果があるかどうかは不明だけど、安定性を考えて、ジェット管の後部に50センチ程の垂直尾翼を立てている。無論可動部は無いただの板だ。

 翼にも可動部は無い。ハンググライダーやムササビスーツの様に、体重移動で何とか成るんじゃ無いかと考えての事だ。もし駄目だったらまた考えれば良い。

 そして、手直しをその晩の内に終わらせ、翌日が飛行実験となった。

 リヤカーに仮称『フライヤー』を積み込み、南の草原地帯へと出る。あまり門に近いとマズいので、2キロ程先まで行く。しかも道から外れた所へ。

「じゃあ、頼みますよぉ」

「いや、頼まれてもね」

「気を付けてください」

 まあ、いきなり飛ぶわけじゃ無い、『突風符』だけでどれ位の推進力があるか、後方のノズルの絞りはどれ位が良いかを確認もしなくては成らない。

 そんな訳で、試験用に30枚の『突風符』をセットした『フライヤー』を背負う。…重い。鉄製だけ有って15キロはあるんじゃ無いか?

 俺は、自分の胸鎧の中に貼った『浮遊符』5枚を確認してから『突風符』を起動させる。その瞬間から後部のズルから強い風が吹き出し、身体が気持ち上へと持ち上げられる。

 周囲はもうもうと舞い上がった砂煙で全く見えない。瞬と歩はそれなりに離れているので問題は無いはず。そんな状態で、バランスを確認したりしながら5分間軽いジャンプなどをして感じを確かめた。

「どうでしたかぁ」

 舞い上がった砂煙がおさまる前に瞬が駆けつけて尋ねてくる。

「推進力は弱いな、単独では多分飛べそうに無いぞ、後、強度は大丈夫だからノズルもう少し絞ってみよう」

「わっかりましたぁ」

 俺がハーネスを外すやいなや、ジェット管の後方のノズルを瞬がゴーレムビルドで変形させていく。

 この辺りがゴーレムの凄さだよな。普通は工場に持って行って何日も掛けて作り直したり、前もって複数のモノを作っておいて取り替える作業が必要になる。それが必要ない訳だ。

 ただ、同一サイズの全く同じモノを量産するような事には向かない能力ではあるので、万能ではないけど。

 そして、ものの5分と掛からず再実験へと移る。今回は前回より確実に推力が増している。ノズルから吹き出す空気の流速が明らかに早い。

 軽くジャンプすると3メートル程上がり、そしてバランスを崩し前に倒れ、デルタ翼の先端から勢いよく地面に突っ込んだ。そして、そのまま地面の砂を吸い上げる様して動けないまま残りの時間を浪費する。

「大丈夫ですか、ケガ有りませんか」

 歩が1/3回復薬のビンを持って走って来た。「大丈夫だよ」無事を知らせると安心した様で上がっていた肩が一気に下がる。

「シュン、ノズルをさ、可変って言うか開閉できる様にしないと、停止が出来ないからマズいぞ」

「デスねぇ、チョット考えてみますよぉ」

 そう言って、リヤカー内から色々と材料などを持ち出し、改造を始める。ノズル部分はある意味一番力が掛かる部分だから、簡単な作りでは多分無理だ。

 色々地面に書いて、2人であーでもないこーでも無いと話し合った結果、可変は諦め、緊急時にパージする形を取る事にした。

 つまり、ノズルの形状は固定して、それが外れる形にするわけだ。当然再度推力が必要な際は、それをはめ直す必要がある。

 今は実験と言う事で、簡単な着脱構造と、その為のワイヤーを手元に持ってきただけのモノにした。そして、再度実験したが、着脱構造部分が弱くて、途中でノズルが外れてしまった。

 再度、その部分を強化して頑丈にしてから更に実験を繰り返す。垂直方向だけで無く、水平方向に向けた際の検証も『十式』に掴まえてもらった状態で行った。

 その間に、ハーネスの取り付け位置を変更したり更にノズルを締めたりして、実験を繰り返す。前もって貼り付けてあった30枚の『突風符』の内17枚を使った所で、次の段階の実験へ移る。

 それは、『浮遊符』を合わせて使用して、実際に飛ぶ実験だ。念のために手持ちの『符』を確認していく。不測の事態を想定してその場合に対処できる様にシミュレーションして準備したモノだ。

 そして、心配げに見ている歩と、わくわく顔で見ている瞬に手を上げてから『浮遊符』と『突風符』を1枚ずつ同時に起動する。

 その瞬間俺の身体は背負った『フライヤー』に引っ張られる様にして一気に上昇する。

 そして、心持ちち前方へ倒れ込む軌道になっている事に気づき、胸を張る動作で姿勢を制御する。

 気が付くと気圧の変化で耳に痛みが出る。つばを飲んでそれを消しながら今度は前傾姿勢を作りフライヤーを少しずつ水平軌道に向ける。

 気持ち身体が右回転しようとする力を感じる。浮力などのバランスが微妙にずれているんだろう。垂直上昇中も無意識にこのベクトルを修正していた様だ。ある意味癖だな、小中学生時代に培った。

 そして、完全に水平方向に向いた段階で初めて地表の様子かが見て取れた。眼下にはレオパードの街が見えている。その先には太陽の光を反射して輝く『海』が有る。

 数瞬見とれてしまう。『浮遊符』と『反重力符』を使用して飛んだ事は結構多いが、ここまでの高度まで飛んだのは初めてだった。全く景色が違う。

 そんな景色を眺めながら、レオパードの外苑をかする様に右に回っていく。一気に姿勢を変えるとバランス崩しそうなのでゆっくりだ。

 その旋回軌道中に『浮遊符』が切れた。そのとたん、明らかに速度と高度が落ち始める。高度の方は姿勢制御で上方へ向かう体勢を取るとある程度維持出来る事が分かる。

 そして、そのまま出発地点を目指して移動していく。大回りで回ってそこを見つけた時には『突風符』が切れたので、もう一枚を起動してそれが切れる少し前までその周辺で飛行テストを続けた。

 最後は低空飛行状態から垂直上昇にした所でノズルを外し、『浮遊符』を起動してからゆっくりと地面に降り立った。さすがに両足でとは行かなかったが、手も使って無事に地上へたどり着いた。

 その後、2時間程掛けて細かなバランス調整を行い、最低限の状態ではあるが完成と成った。

 最終的には、両翼に可動部(エルロン?)を付け、個別に手に持った自転車のブレーキ状のレバーで上下に動く様にし、頭が来る前部に風避け用に風防の板を設置し風の抵抗を少なくした。

 後は細かな所の補強とバランス取りだが、初フライトから1週間程で一応の完成と成った。

 『符』は消費するが、一日で王都まで行って帰ってくる事も出来そうだ。一人で行っても意味は無いから行かないけどさ。

 俺個人としては楽しいし、瞬としては作る事に満足感を覚えているのだが、本来の『逃げる際に』と言う目的から外れてしまっている。

 更に、今回の事で3人乗り分の推力はジェット管3つ以上必要だと判明したし、体重移動などが使用できない完全な飛行機を動かす方法というのがいかに難しい事なのかが、実際に飛んでみたが故に良く分かってしまった。

 故に、大型飛行機製造計画は当分見送る事となった。

 そして、この『フライヤー』を作っている最中に、ジョー・ジオーマがとうとう帝都を滅ぼし、南下し始めた。

 この際、帝が南方の街に逃げている事か分かっている。つまり、ジョー・ジオーマのターゲットが国主で有る可能性が出たと言う事だ。

 未確認情報ではあるが、オズワード王国はトルバロス帝国の帝の暗殺を命じたと言う噂が有るという。ジョー・ジオーマが南へ来る事を阻止する為だと言われれば納得できる行動ではある。

 トルバロス帝国の南方からは、南東方向にオズワード王国へ繋がる道が存在しているのだから…

 帝には悪いが、西に逃げるか潔く玉砕してもらいたい。セネラル王国の豚王を見習ってくれ。俺達の為にとっとと西に行くか死んでくれ。頼むよ。

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