表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/41

29.家です風呂です 小鉄ちゃんです

 北西の林に行って以来、行動範囲が一気に増えた。そのおかげで、俺の『符』の材料も3等級魔石以外は、全て自分たちで入手出来る様になり、上巻だけで無く中巻の『符』も十分な数が確保出来ている。

 そして、その『符』の余裕が戦闘を容易にして、更なるエリアに対応出来るという効果を生み出している。

 ブレイクスルーってヤツだ。符術師は、一定以上の『符』が揃えられる様になると、一気に『強く』と言うか『使える』様になる感じだ。

 『障壁符』・『付与(速)』・『付与(力)』の3枚が特に使い勝手が良い。自分で使って良し、人に使って良しだ。効果時間がわずかなのがネックではあるが、数でカバーが出来る。

 そして俺だけで無く、歩と瞬も共に成長していて、その相乗効果も大きい。

 歩の吸血ブーストは、ほぼ3倍から4倍に成って、更に継続時間が約3分固定と思われていたのが、しばらく前に急に伸び約5分と成った。

 その為、連戦や長期戦に余裕が出来、吸血ブーストを実行すると俺達の出番は全く無くなる事が多かった。

 また、吸血ブーストで、ブースト時の肉体コントロールに慣れている為、『付与』系の『符』を使っても十全に使いこなしている。

 さすがに、吸血ブースト+『付与符』の二重掛けは、まだ完全にコントロールするには至っては居ないが、振り回されないレベルでは使用出来ている。

 そして瞬は、ついにアイアンゴーレムの形成に成功した。ゴーレム自体はともかく、金属を自由に加工出来る様になった事で、かなり色々な事が出来る様になった。

 先ず実行したのが、リヤカーの駆動部をベアリング化して、摩擦を少なくし、更にフレームを鉄パイプで作り強度を上げつつ軽量化も図った。

 パイプ化すると、木丸々より軽くなり強度も上がる。しかも以前言っていたラチス構造なるモノを使用し、パイプ強度を更に上げてあるそーだ。

 更に、サンドゴーレムの技術を使って、砂から特定の成分を分ける事に成功し、珪砂を多く含む砂から珪砂を分離、それに石灰を加えて融解・形成でガラスが簡単に出来てしまう。

 最初は結晶構造が加熱時と違う為か、異常にもろいモノになったが、瞬なりに色々試した結果、普通に使用する分には問題ないレベルのモノが作れる様になった。

 この『結晶構造形成』とでも言うべき力で、鉄製品も、普通なら鋳造レベルになるモノを鍛造品と同等に形成出来るようになった。焼き入れすら必要ない。

 ここまで来ると、ゴーレムじゃなくて錬金術なんでないかい?と思うんだが……

 ちなみに、このガラス作製で作っているのは、1/5回復薬の容器だ。ゲームだとガラス容器に入っている画像が多いのだが、こちらは陶器の入れ物に入って販売されている。

 この陶器製の容器は、昭和のジュースビンの様に空きビンは買い取りもしていて、詰め替えて販売している。

 その為、それ用の容器がなかなか手に入らない訳だ。だから、ガラス製容器が自作できることは、地味に有りがたかったりする。緊急時に、気兼ねなく投げ捨てられるからね。

 まあ、瞬の場合は戦闘時用の強さとしての成長では無く、バックアップもしくは準備における成長と言う事になる。

 本人いわく、アイアンゴーレムがカンストする頃には、ゴーレム無双を見せる準備は出来ているとか…まあ、楽しみに待つよ。

 そして、俺達の冒険者ランクはRに上がった。レベルも、俺と歩が21で、瞬が20と成っている。瞬が一人低いのは、多分支援が多く、魔獣を殺す数が俺達より少ない為だろう。

 ゲームのように、モンスターを()せばレベルが上がる、と言うようなシステムでは無いが、やはり魔獣を()す方が成長しやすいのも事実だったりする。

 そんな俺達が、メインに行っていたクエストは、『鎧猪の肉入手』だ。春になり、北西草原に現れ始めたのだが、それよりも数が多い西の草原地帯から更に先にある森で狩っている。

 無論、移動、運搬は『ウッちゃんMkⅡ』+リヤカー大爆走なのは言うまでもない。タイミングしだいでは、街と2往復して4頭を狩った事もある。

 まあ、距離が距離なので滅多に無いんだけど、2回有って、その時は500ダリ程の収入になり、うはうはだった。そーじゃ無い時でも、2頭はコンスタントに狩っているので、200ダリから300ダリの収入に成っている。

 さすがに1ヶ月も刈り続けると数が減ってきたが、それまでに狩れるだけ狩りまくった。食物連鎖?生態系?気にしないよ。そんなん気にしてたら、冒険者なんて出来ない。

 その間の世界情勢なのだが、例の難民に関する問題が各国で起こっていた。

 ただでさえ、『穴』問題で右往左往している所に、隣国から難民が大量に押し寄せ、住民との間にトラブルが起こり、それがケンカから乱闘へ、更に暴動に発展してかなりの死者を出すに至っているらしい。

 神聖ハルキソス神国に隣接する、4国中3国が同様の状態だとさ…残りの1国は、俺達がいるオズワード王国だ。峻険(しゅんけん)な山脈に感謝だな。

 『穴』の件も、どうやら他国はまだ解決出来ていないらしく、オズワード王国に応援要請を送ってきた国もあるらしい。今のところ受けてはいないようだけどね。王都軍が半壊している状態じゃ、他国の支援どころじゃ無いわな。

 そして、その日が来た。

 腕時計に表示される日付が示すのは、7月5日。つまり、俺達がこの世界に転移してきて丸々一年が経過した事になるんだよ。

 早朝、井戸端で洗面をしながら腕時計を見ている俺に気づき、歩ものぞき込んで来る。モードが日付表示になっていたので、その意図に直ぐ気づいたようだ。

「…一年経ったんですね」

「ああ」

「えぇっ、一年って、こっちの世界に来て一年って事ですかぁ? もうそんなに成るんですねぇ…」

 二人も思う事があるのか、それぞれが遠くを見るような目線に成って考えにしばし耽る。

「誕生日とかもすっかり忘れてましたね」

「しょうが無いですよぉ、忙しかったですしぃ、何よりこの世界に誕生日の概念が無いんですからぁ」

「新年一日(いっぴ)で全員一斉に+1歳だからな」

 この世界の年齢は、いわゆる『数え年』に近く、生まれた時から次の新年までをゼロ歳とする所以外は同じだ。

「はじめさんは18歳ですよねぇ。エロゲもエロビもOKな年ですよぉ」

「どっちも、この世界に無いだろ」

「……」

「駄目ですよぉ、あゆみさん、そこは『エッチなのはいけないと思います』って言わないとぉ」

 …平常運転のようだ。

 その日は、『この1年を無事に生き残れ事』を祝う為に、狩りの場所を北西草原へとかえて、更に北の『海』まで遠征し鬼面ガニを狩り、それをおっちゃんに料理してもらった。ささやかなパーティーだよ。


 そして、この日を切っ掛けとして、翌日から、以前から考えていた事を少しずつ実行に移す事にする。

 先ず、自分たちの家を持つ事だ。実際『魔獣のいななき亭』の居心地はすこぷる良い。でも、やはり気を使う所も多く、自由度は無い訳だ。

 特に、俺の紙すきなどの一連の道具がらみが有って、自由に出来る場所を欲する要因になっている。

 と言う事で、時間を見て土地を探し始めた。土地の広さ的には10メートル×10メートルも有れば十分で、2階建てにして、一階が作業部屋+キッチン風呂などで、2階を3個の個室+リビングにする予定だ。

 結局、この土地探しは難航し、20日程掛かってしまった。何より、懐具合との兼ね合いと、治安や冒険者協会までの距離なども有って簡単には見つからなかった。

 その上、日本で言う不動産屋のような専門の組織が無く、地域の地頭(じとう)と呼ばれる者が仲を取り持つシステムになっていた為、一つ一つの確認に時間が掛かってしまった。

 その結果、一番最初に確認して価格的に折り合わず諦めた、『魔獣のいななき亭』から3分程の所にある火事で焼け落ちた跡地の持ち主が、後から価格を一気に下げてきた為そこを購入した。

 なら最初っから…と思わないでは無いが、持ち主も高く売りたかっただろうから、しょうが無いっちゃーしょうが無い。

 と言う事で、全員の持ち金の7割近くを使って、幅10メートル、奥行き15メートルの土地を購入した。これからは不動産税が掛かる事になる。まあ今にすれば、しれた額だよ。

 この土地の左右は一般の家で、奥は衣類を扱う商店の裏と接している。そして、奥には井戸がある。この井戸の存在が、地主が当初強気な価格を提示した要因だったりする。

 ちなみに、左右の家もこの井戸を使用しているらしい。昔の長屋とかと同じ感じかな。

 土地を買ってからは、狩りの際適度な木を少しずつ伐採して持ち帰るようにし、家を作る準備を開始した。気がつけば、狩り半分、伐採半分という感じになっていた。

 まあ、その甲斐があって2ヶ月程で十分な木材が確保出来き、その木材も瞬のゴーレムビルドで形成する際、水分から(・・)木材を分離させる事で乾燥させる。

 そして、簡単な設計図を元に、ほぼ現場あわせで少しずつ組み立て行く。天気しだいではあるが、1日おきで狩りと家造りをやっていった。

 出来れば、11月半ばまでには、ある程度住める形にはしたいと考えて作業を進める。本格的に寒くなる前に済ませたい。

 あくまで、ど素人作業なので、失敗の連続なのは言うまでもない。足場の必要性すら当初は理解していなかったしな。あの番組で、村役場や船屋の建設を見ていたのに…全く。

 それでも、後半になればなるほど、作業効率は上がって行く。

 歩は吸血ブーストによるハイパワー&高機動を使って高所の作業をサクサクと進めていく。

 瞬はゴーレムのパワー及び高さを使って、木材と自分自身を持ち上げて、木材の組み立てを行っていく。

 そして俺は『浮遊符』を使用し、地面で組み立てたブロックを浮かして、それを二階部分などの高所にに組み付ける事で作業を効率化した。

 建築が始まってからは、狩りの帰りに粘土層の土を一定量ずつ持ち帰り、それを瞬のゴーレムビルドでレンガ化していた。

 そのレンガは、一階部分の壁として使用し、炊事場や作業場の煙突もそれで形成する。

 実質7割方は、瞬のゴーレムビルド頼りの作業となったのは致し方ないよ。能力上の問題だからね。ま、その分、狩りは俺と歩がメインでやっているよ。

 そんな、ある意味日本の建築現場よりも早い所もある作業のおかげで、なんとか住める形になったのは、日本の日付で11月18日だった。

 一応の完成をみた翌日、宿から道具やツボ、ビン、などを全て運び込み、その日をもって『魔獣のいななき亭』を出る事となった。

 おばちゃんや、娘ちゃんに礼を言って出る。じつは、宿は出るが飯はちょくちょく『魔獣のいななき亭』に喰いに来る事にしているので、さほどしんみり観は無かったりする。

 なんせ、おっちゃんの飯は旨いからね。

 そして、その日は狩りは休み、寝具や細々とした生活雑貨の購入を行った。

「自分の荷物を、ずっと置いたままに出来るって良いですね」

 そんな事を言いながら、歩は色々な小物を買っていく。今までは宿暮らしだった関係で、必要最低限以上のモノを持てなかった。しかし、今日からは違うわけだ。

 だから、実用性の無い小物などもドンドンと買っていく。まあ、自分の(ダリ)だから俺がとやかく言う事じゃないしね。静観静観。

「時間見て棚作りますからねぇ。作る場所とサイズを考えておいてくださいよぉ」

「暇を見てで良いぞ。当座は大した荷物も無いしな」

「私も、洋服ダンスが有ればしばらくは大丈夫です」

 室内の家具は、各個室にベッドが1つずつと、リビングとして使う大部屋に机が1つ有るだけだったりする。最低限住める状態、でしか無いからね。

 細々としたモノは随時作ったり、買ったりしていく事になる。

「とにかく、お風呂ですよ。お風呂!」

 歩は、買い物ハイとお風呂ハイが合わさって、かなりのハイテンションになっている。強烈な一撃が出せそうな位ハイテンションだ。

 今回の家には、奥の庭(井戸が有るだけ)に面した所に風呂を作ってある。四角型の五右衛門風呂だ。一人がゆったり入れるサイズの浴槽と、エアーマットでも敷けば色々出来そうな位の広さの洗い場も有る。

 俺達が持ち家にこだわった理由の一つが、この風呂だ。基本、この国の一般家庭に風呂は無い。お貴族様や王族の屋敷には有る様だが、一般人ではド(ダリ)持ちの家にしか無い。

 だから、借家などを借りても有る訳も無いし、勝手に作る訳にもいかない。だから、自分たちで自由に出来る『マイホーム』が必要だった訳だよ。

 だから、先ず家の図面を作る際は、風呂から先に書き込んで、その上で他の配置を決めたぐらいだ。それだけ、俺達は風呂を求めていたんだ。洗体だけじゃ我慢出来ないんだよ。だって日本人だから。

 そして、その晩は当然のごとく全員が風呂を思いっきり堪能したのは言うまでもない。風呂サイコー。

 その後、少しずつ生活しながら必要なモノを揃え、作製していった。中でも俺達だけで無く、お隣さんにも大好評だったのが『井戸ポンプ』だった。

 構造はアノ番組で知っていたので、鉄とゴム代わりの沼山椒魚の皮を準備し、数回の手直しをして作成自体は1日で完了した。ゴーレムビルド様々だよ。全く。

 汲み上げ部のパイプは、当初木で作ろうと思ったのだが、耐久性と衛生面を考えて、多少の出費は度外視で鉄を買ってそれで作った。サビは害には成らないからね。

 その井戸ポンプのおかげで、ご近所との関係は格段に良くなった。なにぶん日中留守にする家なので、防犯の意味でもご近所との関係は良いに越した事は無い。

 実際、直接的な金目のものは置かないけど、作りかけの薬品や干している薬草類とか、盗られると困るモノは大量に有る。

 売りにくいモノや、大して金にならないモノでも、盗むヤツは盗むから。そんなときでも、ご近所監視網が有れば、多少は変わってくると思う。主婦はたいてい家にいるからね。

 それ以外に、掘っただけだった地下室を完全に板張りにして、通気口も確保し内部に棚も作成して、乾かした薬草類の倉庫にした。

 後は、まだやっていなかった天井板を張り、内壁、雨戸、棚、イス、タンス、木製食器なども時間を見て作っていった。瞬が。

 それ以外にも、全体の組み合わせが自重で深くなる事で、ドアや窓の調整も必要となっ来たので、それらも随時修正する。瞬が。

 ぶっちゃけ、瞬様々だよ。足を向けて眠れないよ。まあ、平行に3列並んだ縦長の部屋だから、向けたくても向けられないけどね。

 そんな、家周りが終了したのは日本の日付で12月の半ばだった。

 そして、その間、瞬に無理をさせた甲斐(?)が有って、瞬のアイアンゴーレムが2.5メートルサイズまで作れるようになっていた。カンストの3.2メートルまでは、まだまだだが十分に戦闘に使用出来るサイズになっている。

 だから、燃費(MP消費)は悪いが、訓練の意味も込めて『ウッちゃんMkⅡ』を引退させ、『小鉄ちゃん』にリヤカーを引かせる事になった。

 『ウッちゃんMkⅡ』で街中を移動するようになって1年程が立つので、この街では見慣れた存在になっており、驚く者もほとんど居なかったのだが、『小鉄ちゃん』の重量感は別のようで、方々で指をさされる事になった。

 そして、『小鉄ちゃん』は『ウッちゃんMkⅡ』ほどの素早さは無いが、『鎧猪』の突撃も余裕で受けきり、その上でがっちり固定してくれるので後頭部の急所を剣で簡単に刺せる。

 瞬じたいのMPもそこまでギリと言う事も無く、普通に一日持たせられるレベルの消費なのでその点も問題は無かった。

「一人だけレベルが低いのがやなのでぇ、鍛えてまた下克上するんですよぉ」

 とか言って頑張っているようだ。こっちはこっちで頑張ってるから、そうそうは追い越される気は無いぞ。絶対。二度と…

 何だか、瞬ばかりが仕事をしているようだが、俺も色々やってるんだよ。それが、1/4回復薬と、1/3回復薬だ。

 上級回復薬の作り方で、『回復薬の状態の溶液に二等級魔石の粉末を加え、攪拌(かくはん)して精留したモノが上級回復薬に成る』という記述が有る。

 じゃ、1/5回復薬の段階で5等級や4等級魔石粉を加えれば、蒸留や精留を経なくても、多少効果が強くなるんじゃね?と考え試してみた。

 その結果、体感なので正確では無いが、5等級魔石で1/4回復薬、4等級魔石で1/3回復薬が出来た。4等級までなら自分たちで問題なく入手出来るので、単価はさして上がらない。

 その結果を確認してからは、1/3回復薬だけを作る様にしている。で、相変わらずヴォルツさん達にも原価の2倍程で売っている。結構評判良いんだよ。安いからね。

 更に、『符』用の印鑑を見ている時に思いついた事が有り、現在色々試行錯誤をしている最中で、それは結果が分かってからと言う事で。まだしばらく掛かるよ。手応えは有る。

 そして、各国の『穴』問題が一通りの解決を見たとの話を聞いたのを切っ掛けにした訳では無いが、ずっと放置していた『穴』の確認をする事にした。

 以前から何度も話しては居たのだが、改めて確認を取り、2人から了解を取って調べに行く事になった。

 単なる偶然では有るが、腕時計の日付は12月25日、つまりクリスマスの日だった。

 俺達は全員がフル装備をして、十分な薬や『符』も準備してから、冒険者協会に赴かずに直接南門へと向かった。クエストでは無いから協会に寄る意味は無い。

 逆に、協会に寄って話をすれば止められる可能性も有ると思っている。だから黙って行く。

 『穴』の場所まではいつものように、『小鉄ちゃん』+リヤカーに乗って爆走して行く。早朝で、爆走なので他の冒険者は全く見られない。

 無論、ひょっとしたら野営をしている冒険者が居る可能性も有るが、冬場なのでその確率はかなり低いと考えている。

 余計な者の目は無いに越した事が無いので、居ない事を祈りつつ爆走する。途中鮮血ムカデなどが出るが、ひき殺して魔石も採らずに移動した。

 そして、補強に来て以来のソコにたどり着いた。ここは定期的に領主軍から依頼された冒険者が確認に訪れていて、問題は無い事は知ってはいたのだが、自分の目で見るとやはり安心感が違う。

 このゴブリン『穴』は初回だった事と、相手がゴブリンという弱い個体だったことで、他と比較すれば作りが弱いと言える。正直、それだけに少し心配だったんだよ。

 こちらから見る分には、風雨にさらされた観はあるものの、損傷は全く無く、周囲に新たに空けられたような穴も無かった。

 可能性として、中から穴を掘ってこちらに出て来るかもと考えていたので、それが杞憂(きゆう)に終わってくれたのはありがたい。

 そして、今日は、逆に俺達がこちらから穴を掘って『穴』へ入る事になる。

「シュン、頼むわ、ここら辺から斜めに、直径1メートル位でよろ」

 『穴』を塞いだ石垣から少し離れた左横の斜面を指さし、瞬に指示すると、「分っかりましたぁ」と軽く返事ののち、ロックゴーレムを発動させ、斜面の一部をロックゴーレムにして穴を作る。

 形成されたロックゴーレムは、穴の中から匍匐前進で出て来て、立て膝を付いて停止する。それを5回程繰り返し、5つのロックゴーレムを作れば、その穴は『穴』へと繋がった。

 俺は、懐中電灯のような魔術具を使って、穴の中を照らす。一直線に作られた穴の先に広い空間である『穴』が見えたが、ソコに動くモノは見当たらない。

「はじめさん、取りあえず『小鉄ちゃん』を先ずいかせますからぁ」

 瞬は『小鉄ちゃん』を匍匐前進させて『穴』まで移動させる。それから2分程様子を見たが特に襲われるような様子も無かったので、俺、歩、瞬の順で入る。

 『穴』の中は特に獣臭いとかも無く、土の臭いだけがして、周囲に生き物の気配も全く無かった。穴の先を魔術具で照らしてもそちらにも動くモノは見当たらない。

 そこまで確認し、当座の安全が分かったので、瞬が表のロックゴーレムの1つを動かし、穴の入り口付を隠すように背中を当てて座り込ませた。

 表からの陽光がほぼ見えなくなったので、完全に外からは穴は見えないはずだ。ただ、あれだけのロックゴーレムが転がっていれば、不審がるのは間違いないと思うけどね。

 そして、俺達は各自が1つずつ持った光の魔術具を照らしながら移動を開始する。この魔術具は部屋の照明と同じ原理で、携帯可能なものになっている。俺達は懐中電灯と呼んでるよ。そのまんまだし。

 ちなみに、結構良い値段がする。1つ300ダリだ。3つで900ダリ…『鎧猪』7~8匹分の出費。でも必要経費だよ、今回以外にも使えるしね。

 そう、自分に言い聞かせつつ、わずかに傾斜する直径3メートル程の真円状の洞窟を『小鉄ちゃん』を先頭に普通の速度で移動していく。

「何にも見えませんね。出口の光とかも無いですし」

「脇道とかも無いですねぇ。てっきりダンジョンみたいに成ってると思ったんですけどぉ」

 一直線に続いているのだが、その先に明かりは見えない。かと言って現時点では脇道はおろか、横穴すら全く空いていない。壁面も滑らないギリギリのレベルで真っ平らに成っている。

「この穴、どうやって出来たんでしょうか。掘った跡はありませんし、ドリルなんかで削ったような感じも無いですよ」

 歩の言うとおり、ツルリとしていて傷らしい傷は全く無い。かと言って磨き抜かれたような綺麗な面というわけでも無い。

「巨大レーザーで打ち抜いたって感じても無いですよぉ。月も見えてませんしぃ」

 月? まあ良い、どーせいつものヤツだろう。それは置いておいて、瞬の言うとおりレーザーとかで打ち抜いたなら面がガラス状に成っていなければおかしい。でもそうは成っていない。番目の粗いヤスリで磨いたようなレベルの壁面だ。

 そんな『穴』を進み続ける。10分、20分、30分…周囲の景色にも前方の闇にも全く変化が無い。空気の流れも特に感じない。

「取りあえず、後2時間を上限にするか、さすがにここで1泊とかは嫌だからな」

「3時間位は大丈夫だと思いますよ。まだ午前中早い時間ですから」

「まあ、無理はしたくないからな、帰りはビミョーに登りに成るわけだし」

「そーですよぉ、無理しちゃいけませんよぉ、駄目ならまた今度食糧とか準備してくれば良いんですからぁ」

 今回の探索は、必須というわけでは無い。もしかしたら元の世界に帰るヒントがあるかも知れない、と言う希望的観測レベルからの行動なのだから、無理をする事な全く無いんだ。

 そんな会話を続けつつ、時折黙って耳を澄ましたりもしなが真っ直ぐに進んでいく。

 そして、『穴』に入って1時間20分程した所で、目前の変化に歩が気付いた。

「チョット待ってください、懐中電灯消してもらって良いですか」

 歩の頼みに、俺と瞬は首をかしげつつ従う。

「…やっぱり、見てください、あの先うっすらと明るくなってます」

 言われて目をこらすと、確かに200メートル程先がわずかに明るいのが分かる。

 ただ、ホントにわずかで、直接見えない位置にろうそくの火が1つ有ってその明かりで他の暗闇との間に差違が生まれている、と言うレベルの明るさだ。

 俺達は互いに声を掛け合って前進を再開する。さっきよりも慎重に、歩は弓を手にかけ、瞬は『小鉄ちゃん』に剣を抜かせ更に足音を出来るだけ立てない歩きをさせ、俺は『障壁符』を左手に付ける。

 そして、慎重に進んだ先に現れたのは、草原だった。『穴』の出口は草原に繋がっていた。ただし、満天の星が輝く夜の草原だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ