28.帰ってきたぞ~ そして春が来る
リザードマン戦の戦闘終結宣言が発せられた後、俺達はあのテントへと帰ってきた。
「後はリザードマンの『穴』を塞げば終わりだよな」
「だと思います。まさかこのまま他の地域の討伐にって事は無いですよね…」
「さすがにそれは無いんじゃ無いか。…無いよな」
「いえいえいえ、だってぇ、あの騎士様達ですよぉ。今回の作戦もアレだったしぃ。ありえ~るですよぉ」
瞬の、のほほ~んとした言いぐさに、俺と歩は顔を見合わせてため息をつく。言い方はともかく、確かに否定出来ないんだよ…
ここ数日で、俺的『お貴族様株』は上場廃止にまで至っている。あんまりにもおバカすぎたんだよ。『あまりにも』では無く『あんまりにも』とアクセントを付けたくなるくらいに、おバカだった。
騎士サクシードのキレ具合から、何らかの上下関係から来る命令によるモノなのでは?と思わないでは無いが、仮にそうだったにせよ命が掛かっているのに無能に従うなら、それは間違いなくおバカで有り有害だ。
瞬達にこの話をすると、「だって、貴族ですよぉ、期待する方がバカを見ますよぉ」と瞬は以前からぶれない貴族観を維持しており、歩は苦笑いだけで言及はしなかった。
そんな、お貴族様談義をしていると、表から騎士サクシードの集合を命じる声が聞こえてくる。ああ、明日の件ね、と3人とも普通に考えてテントから出たのだが、確かにそれは明日の件の話ではあったが、想像とは全く違う話となった。
「本日で我々の任務は終了した。明朝撤収しレオパードへと帰還する」
お騎士様はそれだけ言って、とっとと出て行った。…いや、帰れるのは良いけどさ、歩きとか船とか、リザードマンの『穴』はどーするのかとか、帰りの糧食関連はどーするのかとか…一切説明無いんだけど。
周りの冒険者はもちろん、兵士達も喜びつつも戸惑っている。その上で、特に兵士は撤収や糧食関連の準備等もあるので、大慌てで動き出していた。大わらわですよ。
「えぇーとぉ、まあ、何はともあれぇ、終わりって事でぇ」
「そーですね、帰れるのなら、もうそれで十分です」
「…ま、兵士(仮)が考えてもしょーが無いか。なんせ(仮)だもんな」
「ですです、(仮)は(仮)なりの事をすれは良いんですよぉ。ってかそれ以上の事をした気がしますよぉ」
「だな、アレだけやって、『符』を使いまくって、500ダリだからな」
「20日以上拘束されて、戦争みたいな事をさせられて500ダリですからね…普通にクエストしている方が何倍も儲かりましたよね」
まあ、国レベルの危機と言う事なので、単純に金銭比較するのは問題があるのだが、色々な不満が溜まっているので数字としてハッキリ分かる所に、つい注目してしまう。
元の世界の様に、経済が互いに複雑に絡み合っていると言うレベルでは無いにせよ、レオパードだけ守れれば良いと言うわけには行かないのも分かっている。
何だか、愚痴が多くなって来ている。三人寄れば愚痴愚痴なんて諺が出来そうな位愚痴ってしまっている。
「でもぉ、結局『穴』の先って確認しないんですよねぇ」
「みたいだな」
瞬が言う様に、何故か誰も『穴』の先を確認しようと言い出さない。お騎士様はもちろん、冒険者の間からすらもその言葉は聞こえてこない。
試しにヴォルツさんとシルビアさんに尋ねたのだが、「なんで、そんな事をする必要があるんだ?」と逆に聞かれてしまった。シルビアさんも同意見だった。
俺は、原因を確認して、それを解消する必要があるんじゃ無いか、と更に突っ込んだのだが、「原因なんて、分からない事象の方が多いのよ、時間の無駄」と切って捨てられた。
俺達の世界観的には、問題発生→原因究明→対策実施→効果確認→更なる対策実施…とか言う流れが当たり前な気がするのだが、ここでは違う様だ。
科学が発達しておらず、原因を確認出来ない事が多すぎて、原因究明じたいを諦めてしまっているのかも知れない。無意識レベルで… そして対処療法だけを実施して行く、そんな所なのかな。まあ、俺の想像だけどさ。
「これがアメリカとかだったらぁ、速攻で軍隊を『穴』に突入させて『穴』の先を確認させてますよぉ。で、異世界だったらぁ、資源探索とかし始めちゃうはずですねぇ」
「しそうですね、そして何はともあれ星条旗を立てる」
「絶対立てますよねぇ(笑)」
「絶対(笑)」
星条旗はともかく、原因が分からないままで対策を取らなければ、当然更に同じ事が起こる可能性がある訳で…
『穴』の先が地底帝国だろうが、先史文明埋没遺跡だろうが、ワームホールだろうが、確実にそこにあるモノなんだから調べないのは色々マズい気がする。
この辺りはゲームRPGの影響かも知れない。行ける場所は全て行かないといけない病で、謎には必ず答えがある病に罹患しているんだよ。
シルビアさんじゃ無いけど、答えの無い謎なんて掃いて捨てるぐらい有るのが現実なんだけど、確認すらしないのはそれ以前の問題だと思う。
余裕が出来たら、ゴブリン『穴』の調査をして見よう。ゴブリンなら何とかなるし。よし、決めた。
そんな決意を一人で固め、その後は帰ってからの計画を3人で練って夜までを過ごした。
翌朝、かなり遅くまで走り回っていた兵士達のおかげで移動の準備は整った様で、こちらに来た時と同様の方法と組み分けで俺達は陸路で帰る事になった。
俺達は最低限のテントなどを回収し、積み込んで出発する。後の片付けは全て船で帰る兵士達が行う事になっている。
船での川ルートでは、この戦いで犠牲になった兵士の遺体も運ばれる様で、冬場とは言え腐敗を考えて定期的な冷凍を魔術で掛けている。
水属性もちの魔術師に与えられる仕事で、冒険者にも仕事が回って来ていた様だが、やはり嫌な仕事らしく愚痴っているのを何度か聞いた。
船便組は楽そうで羨ましいのだが、遺体と一緒とかだとそれは嫌だなと思ったりもする。あと、余談だが、この船は全て徴発したモノで、全て持ち主へ返す意味もあって行き同様帰りも船を使用する事になっているらしい。楽をしたいだけって訳では無いようだ。
と言うわけで出発。往路と同様『ウッちゃんMkⅡ』にリヤカーを引かせて移動する。ただ、復路は荷物が少ない為リヤカーには何も積んでいない。だから俺達3人はリヤカーに乗ってラクラクチンチンだった。
ただ、途中で知り合いの冒険者から『交替』を申し出られラクラクタイムは終了してしまった。瞬はコントロールの為と称してずーっと乗りっぱなしだったよ。チクショウ。
復路は、特に騎士サクシードが切れる様な事も無く、変な魔獣に襲われる事も無く、普通に移動と宿泊を続け、5日後の昼過ぎに懐かしのレオパードへと帰り着いた。
俺達の帰還に、畑の農家が手を思いっきり振り喜んでくれる。街に入っても、街の人々がほっとした表情と喜びの笑顔で迎えてくれた。
ある意味、王都でリザードマンを殲滅した際の歓迎より大きかった気がする。
多分、ほとんどの戦力が一月近く居なくなっている事から来る不安、冒険者の大多数が不在な為経済の回転が悪い事から来る問題などが有った上での歓迎だろう。
冒険者や兵士達も、知り合いや家族に手を振って帰還を喜んでいる。
俺達もたまたま通りかかった娘ちゃんを発見し、手を振ると向こうはだいぶ前から気付いていたらしく、満面の笑顔で手をブンブンと振りながら「おっ帰りーー」と迎えてくれた。
俺達も「ただいまー」と返しつつ、ついでに「宿3人分いつもの様に頼むよー」と予約を頼むと、脇で同じように手を振っていたシルビアさんも慌てて「私たちもー」と追随した。
ふっふふ、これで多分今夜の宿は大丈夫。早い者勝ちさ。こういう時には『ウッちゃんMkⅡ』は目立つのでありがたい。おかげて、娘ちゃんから直ぐに見つけて貰えた。
その後、街の中央にある東西南北の大通りが交差するロータリーエリアで部隊の解散が行われた。そして俺達は、真っ直ぐに『魔獣のいななき亭』へと帰った。
先の娘ちゃんへの予約が通っていた様で、俺達の部屋はいつも通り確保されており、やっとゆっくりとする事が出来た。
そして、船便組からの知らせで今日辺り帰ってくる事を見越して、食材を買っていてくれたおっちゃんのおかげで旨い飯を久しぶりに堪能出来た。
おばちゃんに、今日までの宿の様子を聞くと、だいたい5割から6割位しか宿泊客が居なかったらしい。この『魔獣のいななき亭』でコレなら、他の宿は2割居たんだろうか?
そのあとは、王都での事をおばちゃんや娘ちゃんに聞かれ、血なまぐさくない範囲で話して過ごした。他の一般宿泊客も興味があったらしく、側でずっと聞いていた。
翌朝の目覚めはスッキリさわやかで、夜半降ったらしい雨にも全く気づかないぐらいぐっすりと眠った効果だと思う。やっぱり、慣れた環境が一番だよ。
その日の朝は、久しぶりの日課の後道具の部屋への運び込みや、紙干し台などの確認をして時間まで過ごす。
腕時計時間で午前10時近くに、俺達は城へと赴く。今回の強制編入の解除やお金の支払いなどが有る事になっている。
集まった場所は城前の広場で、俺達が付いた時点で半数近くが来ており、それから20分程でほぼ全てがそろった。
そして、文官らしい男5名が、名簿片手に次々に名前を読み上げながら冒険者を5つのグループに分け、それぞれで名前を確認して書類にサインと共に500ダリを受け取って全て終了だった。
騎士団団長ガゼールは元より、騎士サクシードすら現れず、労いの言葉一つ無いものだった。まあ、校長先生の長話的なヤツを聞かされるよりは良いけどさ、もうチョットはねえ。
その事について3人でまた愚痴りつつ、冒険者協会へと行く。ソアラさんとは、例の副支部長との件があって微妙ではあるのだが、挨拶はしておいた。礼儀は大事。
その上で、依頼伝票を見ると、壁一面がビッシリと埋まっていた。溜まりに溜まっていた様だ。王都帰り組は今日は時間的に依頼は無理なのだが、大半のモノが俺達の様に確認に訪れており、協会ホールは満員になっている。
俺はその場で、依頼申し込み窓口へと行って、白蕩木の採取依頼を出した。なんせ、予備の紙がゼロな上に、数がなくなったり、少なくなった『符』が多い為、早急な補充が必要なんだよ。
絵の具用の薬草類は、乾燥していたモノが、王都に行っている間にカラカラに乾いていたので当座は問題ない。まあ、中巻用の材料はまた別の話なんだけどさ…
俺が依頼を出している間、他の冒険者にもまれながら依頼伝票を確認していた2人と合流する。
「何か良いの有ったか?」
「肉系の依頼が多いですよ。特に鎧猪や鬼面ガニ、貝喰大鼠ですね。多分ランク(V)以下の冒険者が狩れなくって需要が高くなっているんだと思います」
「あとですねぇ、薬草系も結構出てますよぉ。セイレン草、魔松茸、琵軸草の依頼が多いですよぉ」
「セイレン草辺りは、モンスター騒動での危険を考えて、回復薬を普段買わない層が買って需要が上がっているってパターンかな」
「あー、それ有りそーですねぇ」
需要の問題はあったが、俺達は効率で選択して、以前もやった北部『海』湖岸の貝喰大鼠狩りをする事にした。カピバラ狩りだ。
城で受け取ったお金を協会で冒険者標章へ貯金してから、貝喰大鼠の依頼を手続きして、とっとと外へと向かう。
俺達には、『ウッちゃんMkⅡ』+リヤカーが有る為、半日有ればある程度の稼ぎが出来る。だから今日も稼ぐのさ。
ただ、今まで追い込み時の脅かしに『炸裂符』を使っていたのだが、残数0なので他の『符』で代用する。実際『火炎符』で十分に効果があり、問題なくこちらへと追い込む事が出来た。
そして、その日から俺達は貝喰大鼠を中心に狩りつつ、ついでに通りにあるセイレン草などの薬草や、俺の『符』に使用する薬草を採取する形でクエストを続けた。
その間、他の王都関連でも色々有った様だ。
・王都帰還から5日目に、王都の南方に有ったリザードマンの『穴』を封鎖する事に成功したと言う情報が届く。
・その4日後に、王都北西方面の町や村へ王都軍が派遣されたと言う情報が届く。やっとトロール討伐を開始する事にした様だ。
・その20日後、派遣軍の半数が壊滅するも、トロールを殲滅、『穴』も封鎖出来たとの情報が届く。他のモンスターと比べ数はかなり少なかったらしい。
・その12日後、王都冒険者が全員強制編入され、半壊した王都軍に編入されて他の地域のモンスター被害地に派遣されたとの情報が届く。
・その9日後、オズワード王国だけでは無く、周辺の各国で同様の『穴』と未知魔獣の存在が確認されたとの情報が届く。
・その2日後、神聖ハルキソス神国から難民が隣国へと次々に出ているとの情報が届く。オズワード王国との間には峻険な山脈が遮る為、越境者はいない。
・その21日後、王都派遣軍による未知魔獣掃討作戦が完了したとの情報が届く。この国で分かっている全ての『穴』を塞いだ事になる。
冒険者協会で依頼完了手続き時に、こんな話を随時聞きながら、俺達はひたすら狩りを続ける。
その間、4回の天候不良時に紙作製を行い、『符』の補充も続けていく。更に、1/5回復薬も自作し、原価の倍程でヴォルツさん達に販売したりもした。
そして、寒の戻りとでも言える冷え込みが厳しいその日、俺達は初めて北東部の白蕩木がある林へと足を踏み入れる。
ただし、俺達3人でと言うわけでは無く、ヴォルツさんとシルビアさん2人と合同でパーティーを組んでの事だ。
早朝から、『ウッちゃんMkⅡ』+リヤカーで、5人全員を乗せて爆走する。
ここ2ヶ月半程で、瞬のウッドゴーレムはカンストし、最大身長の320センチまで達したので、『ウッちゃんMkⅡ 』もそれに伴い大型化を実施し、更にリヤカーも若干大きくしてある。
そのおかげで、広さ的にも十分に5人が乗れ、パワー的にもよほど急でない限り引いて行ける状態になっている。
そして、今回は、ヴォルツさん達の頼みで、『白銀熊』を狩りに行く応援として付いてきている。ただ、戦力的な応援では無く、運搬力の応援だ。
ぶっちゃけ瞬一人でも良いんだが、俺達も良い経験になるし、現在の力でここに来られるかを知る事も出来る。なんせここには白蕩木があるからね。出来れば自力採取出来るようになりたいんだよ。
通常は、どんなに急ぎ足で行っても2時間半から3時間は掛かる所を、『ウッちゃんMkⅡ』は1時間ほどでたどり着く。
更に、以前からの反省で、人数分のクッションを乗せたおかげで、尻もさほどは痛くはならなかった。あくまで『さほどは』なのは、お察しください。
全員が身体を伸ばし、屈伸などをして身体をほぐす。そして、落ち着いてから見る白蕩木の林は、6割は白蕩木で、残り4割が雑多な木々になっている。
木々の間隔もかなりあり、リヤカーも楽勝で通過出来る所がほとんどで、下草もあまり無く海岸の防風林を思い出す光景だった。
ただ、白蕩木が多い関係で、木の色的には白樺林に近いかも知れない。アレより白いけどね。
しばらくの休憩をはさみ、俺達は森の中へと足を踏み出す。目的の『白銀熊』はかなり奥にいるらしい。
フォーメーションは、リヤカー付き『ウッちゃんMkⅡ』の先行はいつもの通りで、俺達の先頭はヴォルツさんと俺が少し離れて列び、その間の後ろに瞬が並び、瞬のそれぞれ斜め後方に歩とシルビアさんが付いている。
つまり、サイコロの5の目のフォーメーションだ。瞬がゴーレムを制御する際、基本的にゴーレムが見える位置にいないと制御出来ないと言う特性上、瞬と『ウッちゃんMkⅡ』の間に人を挟めない為このフォーメーションとなった。
そのフォーメーションで俺達は移動を続ける。
その森で最初に遭遇したのは、『牙犬』の群れで、今までもあちこちで戦った事はあるのだが、20匹近い群れは初めてだった。そう、この林がやっかいなのはこいつらの群れが多い為だ。
その群れは、先行する『ウッちゃんMkⅡ』に10匹程が襲いかかり、木のボデーに噛みついている。当然直ぐにそれが生き物では無いと気付く個体も出て、離れた拍子に俺達に気付き、うなり声を上げて仲間に知らせながらこっちに向かって走り出す。
その牙犬が40メートル程の地点にさしかかった所で、俺の右後方から矢が放たれヤツの左肩に深々と刺さる。矢が刺さった牙犬は甲高い悲鳴を上げて転がり滑る。
「私から行くわよ」
シルビアさんの宣言と前後して、風の刃が放たれ、先ほど矢を受けたヤツの後を追ってきた4匹の四肢が切れて、悲鳴と同時にこちらも転がり滑る。
瞬はこの間、群がっていた牙犬を『ウッちゃんMkⅡ』に持たせいる長剣を振り回し攻撃している。そして俺は、『符』を貼った木の板をこっちに向かって走ってくる5匹に向かって投じて起動。
『風旋符』の竜巻が発生し、落ち葉と一緒に牙犬を吹き飛ばす。その時点で既にヴォルツさんは走り出しており、竜巻で吹き飛ばれ動けなくなったり動きが鈍ったヤツを次々と槍で刺していく。
俺も前進し、先ほどの矢や魔術でダメージを受けたヤツらにとどめを刺さしていく。歩は更に迫る牙犬に矢を射かけて、牽制と共にダメージも与える。
その後は混戦になり、シルビアさんの魔術も俺の『符』も使用出来なくなったので、シルビアさんは周囲の警戒、俺は剣で攻撃となった。
実質この戦いは3分弱という短時間の戦闘になった。特にコレと言って取れる部位は無いので、魔石だけをさっさと回収する。
「不意打ちされなきゃ、俺達3人でも問題なくやれそうではあるな」
「焦らなければ、多分」
「うぅん、もちょっと確認してからですねぇ」
瞬は結構慎重の様だ。
「『符』の使い方しだいじゃ無いかしら、今は同時に6枚まで使えるんでしょ? 色々組み合わせて効率の良い方法を見つければ、楽勝になるかもよ」
「だな、お前らはまだ成長期だからな、身体も大きくなるだろうし、力もまだ上がるさ」
二人の言葉に、俺と歩がうなずく。何故か瞬は、肩を落として下を向く。
「うん? どーしたシュン」
「あー、じつは、2日前に身長を測ったんですよ。そーしたら、俺と歩は同じぐらい伸びてたんですが、瞬は全く伸びて無くて(笑)」
「わ、笑う事無いじゃ無いですかぁ! うぅぅぅ、どーせどーせ160ですよぉ。全く伸びてませんでしたよぅ」
「いやいや、159.5な」
「そーです、159.5です」
「だぁぁぁぁ、良いじゃ無いですかぁ、もう、5ミリ位ぃぃぃぃぃ」
ヴォルツさん達も事情を察した様で、納得顔や笑いをこらえ顔に成っている。
ちなみに身長は、瞬が持ってきていた鞄に30センチ定規が入っていて、それで柱に目盛りを書き込んで計ってある。その為、結構正確だ。俺と歩は2センチずつ伸び、177と165となった。
もし、高校でも器械体操を続けていたとしたら、チョットキツくなってくる身長だ。まあ、現状部活以前の問題だから良いんだけどね。
俺達は、周囲の警戒もしながらそんなバカ話も続けた。そして、次に遭遇したのは『屍喰い』である。
『屍喰い』はその名の通り、生き物の死骸を食べる昆虫なのだが、生きているモノも襲ってエサにする。その容姿は全長40センチ程のゴキである。
良くGなどと訳されたり、人類滅亡後や核戦争後も生き残るとされるアレだ。昔その遺伝子を組み込まれたティーチャーのOVAが発売された事もあるアレだ。
ただ、家にいるアレでは無く、九州南部に多く棲息し、漢方薬としても使われるアマメと言う名称で呼ばれ、森の落ち葉の下にいるソレに近い。羽が無く三葉虫っぽいやつだ。
そんなヤツらが15匹……ま、慣れたから平気だよ。飛ばないしね。気にしないよ。殲滅するし。徹底的に、ね。
シルビアさんのダウンウォッシュで移動阻害、魔術が切れた所に『炸裂符』付き板を3枚投下、同時起動で相乗効果付きの爆発で、爆殺だ。G死すべし。
残敵はヴォルツさんに任せる。はい、おしまい。歩は後方待機ですよ。ええ、待機です。待機ったら待機です。
このG…もとい、『屍喰い』は甲殻持ちなのだが、その甲殻はさして堅くなく簡単に剣や槍が通る。無論、矢だって通る。撃てばね。
だから、魔術による攻撃で結構簡単にダメージを受ける。ただ、そのダメージだけでは簡単に死んでくれない。生命力はG並みにある。だから、とどめが必要となる。先生、お願いしやす。
ヴォルツさんは、別段『どぉ~れぇ~』とか言うでも無くサクサクとやってくれる。ついでに魔石採取もやってくれる。全く平気なタイプの様だ。勿論俺も平気だよぉ。
そんな、『牙犬』と『屍喰い』を捌きながら俺達は奥へと進んでいく。
標的を発見したのは昼前で、その個体は『白銀熊』の中でも大きめの個体らしく、全長2.5メートル程で、立ち上がれば多分『ウッちゃんMkⅡ』と同じか越える位はあると思える。
「良っしゃー、シュン、あいつと組み合って動きを止めろ、後は俺がやるからよ」
ヴォルツさんの指示で、瞬が『白銀熊』に向かって『ウッちゃんMkⅡ』をけしかける。『ウッちゃんMkⅡ』に気づいたヤツは二本足で立ち上がり、威嚇のガオーポーズを取る。
その『白銀熊』に『ウッちゃんMkⅡ』を真正面から組み付かせ、がっぷり四つ状態にする。そして、その状態がある程度安定し、『ウッちゃんMkⅡ』がふりほどかれないのを確認してヴォルツさんが走り出す。
『白銀熊』はしきりに『ウッちゃんMkⅡ』の首元に噛みつき、両手の爪で背中を引っ掻くがゴーレムに通用するわけも無い。その上、瞬の魔力パスで通常より強度が増しているので牙もさして通らない。
そんな状態の『白銀熊』の後ろに回り込んだヴォルツさんは、槍を一気に『白銀熊』の脊髄に突き刺す。連続3回脊髄に突き刺すと、『白銀熊』の力が抜け、『ウッちゃんMkⅡ』に寄りかかったのが分かる。
「ゆっくり、うつ伏せで地面に倒せ」
ヴォルツさんは、指示を出しながらも警戒は全く怠っていない。残心なんて武道の理なんか知るはずも無いけど、それを経験則で身につけ実行している。ダテにランク(N)じゃないよな。
指示通り仰向けにされた『白銀熊』は、後頭部周辺だけその綺麗な白銀色の毛並みが朱に染まっていた。そんな朱の中心に全体重を掛ける様に、思い切り槍を突き刺す。
槍が突き刺さった瞬間、わずかに手足がけいれんした様に動いたが、それだけだった。間違いなく仕留めた様だ。
「よっしゃ、後は積み込んで帰るだけだ。はじめは木も持って帰るんだろ」
「はい、林の出口辺りで切るつもりです」
「じゃあ、さっさと帰りましょうか」
「ですねぇ」
「綺麗な毛皮ですねぇ…」
歩だけは、『白銀熊』の毛皮に釘付けで、俺達の会話を聞いていなかった。
ま、確かに綺麗ではあるよ。で、当然高値で売れるわけだ。そして高値で売る為、損傷カ所を最小限に抑えたのが今回の戦い方でもある。
今回は二人とパーティーを組んでもらった事で、戦闘時の動き方や移動時の細かな注意点など、かなり勉強になった。
俺達は完全に素人の独学だったので、経験者の行動から学べる所が多く、何重の意味でも益のあるクエストだった。二人には感謝だ。ホントに。
そして、『白銀熊』をリヤカーに積み込む。行きに使ったクッションは圧縮して縛った状態で、両サイド外側につり下げる。
後は帰るだけだ。そして、林の出口で手頃な白蕩木を切って、リヤカーへ積み込み紐でがっちり固定したら、急ぎ足ペースで街まで一直線に帰る。
冒険者協会で納品手続きを終えた後、俺達は分け前をもらい、『魔獣のいななき亭』へと帰った。
この日を境に、俺達は北西の林の浅い所までを活動圏とできるようになり、受けられる依頼のが増え、白蕩木の自力採取が可能になった。
その上で、売価の高い『鎧猪』のいる西部森林地帯も浅い所なら大丈夫だろう、とのヴォルツさん達からのお墨付きも貰えた。
そして、季節は体感で分かるレベルの春となって来た。魔獣の生息域の変化や、冬眠から出て来るヤツらもいて、多少戸惑う事もあるだろう。でも、油断さえしなければ直ぐになれる。
そろそろ『穴』の件とか、マイホームの件など考える必要があるかもしれない。二人と相談しよう。




