26.王都 オーク戦
オーク戦は王都軍とレオパード領主軍による混成軍が主体となり、その間にレオパードの冒険者が『穴』探索を行う事になった。
王都軍約300、レオパード領主軍約300の計600名の混成軍は、『紅翼騎士団』団長クリッパーに率いられる事になる。騎士団同士でも力関係はハッキリしているみたいだ。
王都軍は打って出たこの300名以外にもおり、現在外郭内にて防衛戦を行っていて、王都在住の冒険者も同様だとの事。
つまり、王都在住の戦力は全て王都におり、他の地域のモンスター対策には一切出向いていない。滅ぼされた村や町が有ったはずだよな…
冒険者も入れれば1000名は居る戦力で、俺達が来るまで防衛戦のみに徹していたしさ、仕事しろよ、と言いたい。ここの所上がり気味だった『お貴族様株』がだだ下がりだよ。
取りあえず、色々思う事は有るが、俺達は川に沿って北上する。
川沿いを全員で進み、森が見えた所で各分隊に別れてそれぞれ森へと入っていく。そして、森の中で16~17名の班に分かれてローラー探索を開始する。
北部の森は深く、更に北に有る山にそのまま繋がる。ただ、古い森で王家の所領で有るらしく伐採が禁止されている為、木々の間隔が広く戦闘行動が取りやすい。
昨日までの南東の森林地帯と違い、剣や魔法が問題なく使用出来そうなのは有りがたい。そして、視界も比較的広い為、索敵も容易だった。
森に入って一時間は牙犬や葛蛇の襲撃があったが、それ以降はピタリとおさまり、オークの出現範囲に入った事を思わせる。
そして、俺達が初めてオークに遭遇したのは、森に入って1時間半ほど立った時だった。
緑がかった灰色の肌で、身長は170程、顔は完全な豚顔では無くそれに類人猿ぽさが入った感じだ。そして、下から突き上げる様な牙が生え、薄汚れてはいたが身体に合った皮鎧を装備し、鉄製とおぼしき短剣を持っていた。
そんなヤツらが5匹、前方を横切って王都方面へ移動してた。
ヤツらは、先行させていた『ウッちゃんMkⅡ』に気付くと全員で走り寄ってくる。
「こっちに寄せろ!」
ヴォルツさんの指示で、瞬が『ウッちゃんMkⅡ』をUターンさせ、オーク達を俺達のもとにおびき寄せる。
俺はヴォルツさんの声を聞くと同時に、『凹符』4枚を地面に並べ、後方へ待避する。特に声を掛けないが、大半がゴブリン戦から共にしているメンバーなので、直ぐに意図を察し動いてくれる。
『ウッちゃんMkⅡ』が『符』の位置を越え、オーク達が直前にさしかかった所で起動。全長8メートル幅2メートルで深さが1メートルの穴が瞬時に発生し、オーク達が次々に落下する。
その落下を確認すると同時に、他の冒険者達が一斉に斬りかかる。一匹だけ穴に落ちなかったオークを『岩砕き』のマッチョメン2人が相手をし、穴に落ちたヤツは一人一匹ずつサックリと首をはねた。
戦いに掛かった時間は2分と掛かっていない。16対5だしね。
「おい、はじめ、『符』使いすぎじゃねーのか」
「初戦だけですよ、なんせ、相手の力量が全く分からないんで、用心にこした事は無いでしょ。これである程度分かったから、後は最低限で行きます。
「おお、そんなら良い」
『岩砕き』のマッチョリーダーがとがめる様に言ってきたが、理由を聞いて納得してくれた様だ。
「でも、ホントに『オーク』ですよねぇ。しかもゲーム型のテンプレ」
「うん? テンプレじゃ無いのもあるのか?」
「有りますよぉ、って言うか元々は豚じゃないんですよ。トールキン作では」
瞬が言うには、今のファンタジー型オークを作ったのが件のトールキン氏で、その時は豚の容姿は全くしていなかったらしい。それがいつの間にか豚顔に定着したとか。
聖書の『聖母マリアの処女懐胎』が本来は『未婚の母』の誤訳だったのと同じような流れなのか? まあ良いけどさ。
「シュン君、あの…例の繁殖方法の件、アレもテンプレなの?」
「あ、アレですかぁ、元々はともかく、小説やエロゲじゃ今はテンプレですよぉ」
「エロゲって… そーなんだ… 気を付けないと」
歩の心配を、あっさりとだめ押しで返した瞬。ところで16歳のお前が何故にエロゲの中身を知っている?
ただ、即座に未知の単語に反応したシルビアさんの、「エロゲって何?」の質問攻めに窮していたのは天罰だろう。
「ヤツら、北の方から来てたな、つう事はここより北に『穴』が有るって事だろうな」
「だろーな、どーする、ここらから北に向かうか」
オークの移動方向から、『穴』の位置を予測してこれ以上の西進が無駄では、と言う意見が多く出る。
「うーん、まあ待て、まだ1回しか見てねーから、確実たー言えねーよ。少なくとも後3~4つは確認しねーとな」
「たまたまって事もあるか」
「めんどくせーな」
「しょーがねーよ」
ヴォルツさんの意見で他もある程度納得し、そのまま西進を続ける事になる。こういう時には、名無しパーティーの魔術師女性陣はあまり意見を言わない。マッチョメンに引いているのかも知れない。気持ちは分かる。
唯一意見を挟むのは、ヴォルツさんで慣れているシルビアさんだけだ。歩も他の女性陣同様黙して語らない。その為、野卑な言葉があふれた会話となってしまう。潤いが少ない。
結局、その日はそのまま西進する事で終わった。
途中4回程オークに遭遇し、内2回が北から移動してきているのを確認している。他の2回は立ち止まっている所と西から移動して来ていた。
そして、復路の時間を考え、野営地へと戻る。
野営地には外郭周辺で戦った王都軍や領主軍も帰還しており、手当や武具の整備に勤しんでいる。死者もそれなりに出た様で、専用の場所に10体程が横たえられていた。
死体・遺体と言うものは何度見ても気持ちの良いものじゃ無い。しかも、この世界に来から見た遺体は全て原形を留めていなかったし。
こんな事にも慣れる日が来るだろう、それだけ死が身近にある世界で生きているのだから…やだなー。
その後、各班のリーダーが分隊単位で情報を纏め、それを騎士サクシードへ上げる形で情報のとりまとめが行われた。
その結果、『穴』の位置は今回のローラー作戦地点より北にあると予測するに至った。
そして、翌日は、全員で昨日の探査エリア北端まで早朝から移動し、そこから西進しつつ随時分隊単位で別れ北進を開始する。
俺達は最西端のエリアが担当だった為、西進にかなりの時間を費やし、北進に移ったのは腕時計時間で午前10時を回っていた。
その為、俺達の探索可能時間は4時間が限界と成っている。これが夏場ならまだ余裕があるが、冬場の日の長さではこれでもキツいくらいだ。
俺達の探索はいつも通りの方法で、『ウッちゃんMkⅡ』を20メートル程先行させ、その後方に16人が隊列を組んで進む形だ。俺は一番後ろに位置し、後方を警戒している。
歩は俺の斜め右前で、右手の警戒が移動時の担当になる。16人と言う、少なくは無いが多くも無い集団での役割分担はほぼ完全に出来上がっていた。
そして、各個の実力やそれに伴う信頼関係も出来上がっており、班として纏まっていると思う。まあ、俺はあまり役に立たないカテゴリーに成ってるけどさ。
歩は、吸血ブーストで他の信頼を勝ち得ており、問題ないのだが、「次のスケルトン戦では役に立ちませんから…」と今から落ち込んでたりする。
スケルトンは、吸血不可、弓が効かない、と歩との相性は最悪ではある。短剣で戦うしか無いが、剣もあまり効果的では無いんだよな…大剣ならまだしも短剣は特に。牽制がメインになるだろう。
俺達の探索エリアは、先ほども言った様に最西端だ。元々この先に『穴』が有る確率は低いと考えられていたが、念の為にという形で割り当てている。
だから、オークと遭遇する確率自体少ないだろう、と予測していたのだが、その予測は北進30分程で呆気なく覆される。
30を越えるオークといきなり遭遇したのだ。小高い丘の頂上付近に位置した際、右前方を南東方向に移動するヤツらを発見した。
この際、丘を登っていた為、有視界でしかコントロール出来ない『ウッちゃんMkⅡ』を丘の上で停止させていたおかげで、ヤツらに発見されていなかったのは幸いだろう。
「魔術、弓、準備しろ」
ヴォルツさんの指示で先ず一番射程の長い弓が放たれる。この班の弓持ちは3名で、弓がメイン武器の者はおらず腕前的にはそれなりの者ばかりだが、あくまでも冒険者として『それなり』なので、50メートル程度であれば身体に当てるのは問題なく出来る。
最初に放たれた3本の内2本がオークに当たったが、胴体の皮鎧に刺さりダメージはさして与えられなかった。だが、突然の襲撃にヤツらは慌て、その容姿に似つかわしい豚の様な声を上げ周囲を見回す。
そして、俺達の存在に気付いた個体が剣を使ってこちらを指し示し、甲高い声を上げると、他のオークもそれに従いこちらへ駆け出した。
彼我の位置関係は、高低差10メートル程度の灌木がまばらに散らばる緩やかな斜面の上下で、位置的にはこちらがかなり有利になる。
実際、斜面を駆け上がってくるオークに、次々と矢と各種魔術がヒットしていく。ヤツらは弓などの飛び道具は有してはおらず、しゃにむにこちらに向かって剣を掲げて走ってくる。
ヤツらが20メートル程の地点に達した所で、板に貼り付けた『風旋符』を投げて起動する。『符』によって生じた竜巻で10匹以上が吹き飛ばされ散り散りに成った。
それを見た接近戦職が、一気に駆け下り殲滅して行く。
「何もする暇無かったよぉ」
弓を射た歩はともかく、瞬は全く手を出す暇も無く片づいた。これが先制が出来なかったり、地形の恩恵が無ければここまでアッサリとは行かなかったかも知れない。戦う前の状況作りが、やはり一番大事だと再認識させられた。
戦闘が終了すると、丘を下り、ヤツらが当初いた場所まで移動する。そして、ヤツらの移行した痕跡をマッチョメン達が中心になって調べ始めた。
「やっぱりヤツら、北西から来てやがるぞ。数が多かったおかげで、跡がしっかり残ってやがる」
マッチョリーダーの言うとおり、素人の俺にすら分かるレベルで足跡や、ひっくり返って湿った面が表を向いた落ち葉が跡を示していた。
「数が数だから、しばらく跡をたどってみましょう。途中で北上するなら良いけど、違ってた時の為に」
「そーだな、5・6匹ならだけど30は越えてただろう、念には念を入れるか」
「元々俺らはは期待されてねー組だし、良いんじゃねか」
シルビアさんの追跡案に他の冒険者も賛成し、『ウッちゃんMkⅡ』を後方に回しての追跡が開始された。
追跡は、マッチョメンの一人頭髪の無い山賊顔が先頭に立ち進んでいく。この山賊顔はこの手の追跡が得意な様で、ゲームで言う所の狩人や盗賊などに当たる『追跡技能』を有している様だ。
まあ、たいていの所は素人目でも分かるんだが、地面の質によってはぱっと見、分からない所も多く、彼が先導している。
そして、追跡は蛇行しつつ北西へ進み、20分程進んだ所でハゲ山賊顔が黙って左腕を上に上げ立ち止まった。それを見て俺達も無言のまま停止し、武器に手を掛ける。
ハゲ山賊顔の視線の先80メートル程に、こちらに向かって集団で歩いてくるオークが木々の隙間からわずかに見えた。
「数は分かるか」
「取りあえず30は確実だぜ、後はまだ見えねー」
小声でマッチョリーダーに返答したハゲ山賊顔は、更に注視して前方を見ている。ヤツらが来た方向はやはり北西だ。
「北西だな」
「間違げーねー」
「俺らが当たりを引いたって事か?」
そんな会話が続く中、視界に入るオークの数が増え続ける。
そして1分弱で後続が無くなった事を確認できたときには、50~60近い数に膨れあがっていた。
「おい、ありゃーちっと数が多すぎねーか」
マッチョリーダーの声に他の者たちもうなずく。今回は地形的にも、さしたる優位性は無い。ただ、こちらが先に発見し、あちらにまだ気付かれていないと言うだけで、4倍近い戦力差はキツい。
そんな『まじーよ、まじーよ』な雰囲気の中、ヴォルツさんが俺の近くに来た。
「はじめ、罠に使える『符』に余裕はあるか」
その言葉で、『符』を使った罠で攪乱またはある程度の数を減らし、包囲殲滅を考えている事に気付いた。
「まだ十分あります。炸裂・竜巻・穴どれが良いですか」
「よし、炸裂で行くぞ、ここらに仕掛けろ。おい、はじめの『符』を使って一気に数を減らして、混乱してる所に矢と魔術で更に削って最後に打って出るぞ」
ヴォルツさんの声で、他の冒険者が一瞬俺を見てから了解して後方へと移動を開始する。
俺はある程度距離を離し、5枚ずつの列を3列作り、そこから30メートル程離れた木の陰へと身を隠す。
「シュン頼んだぜ」
俺の準備が終わった所で、ヴォルツさんの指示に従って瞬が『ウッちゃんMkⅡ』をヤツらに向かって移動させる。後はいつも通りだ。
ヤツらが『ウッちゃんMkⅡ』に食いついた所で反転、『符』の設置してある場所まで誘導、先頭がこちら側に一番近い『符』の設置ラインを10匹程越えた時点で起動。
炎と熱を伴わない爆発で直上と付近にいたオークが吹き飛ぶ。それを確認しながら、更に奥の2列にアクセスしながら続けて起動・爆破。
先頭の10匹も爆発で前のめりに倒れ、他の7割近くは爆発に巻き込まれたと思われるその土煙に向かって、半包囲状態から矢と魔術が連続で放たれる。
もうもうと舞い上がった土煙が更に大きく濃くなり、前方が全く見えなくなる。
「攻撃中止、ちっと待て、全然見えねー」
マッチョリーダーの叫び声で、順次攻撃が止まると少しずつ視界が開けていく。そして、そこには屍累々と言う言葉がピッタリな状況になっており、立っているオークは一匹もいなかった。
全てのオークが大なり小なり負傷して、倒れ伏している。
「行くぞー」
誰が出した声かは分からないが、その声と共に接近戦組が掛けだし、息のあるオークにとどめを刺していく。
俺も『符』のリンク距離の関係で前衛に位置していたので、一緒に駆け出し3匹程にとどめを刺した。動けない相手にとどめを刺すだけの美味しい仕事です…
全てのとどめが終わって集まると、ヴォルツさん達を除く他の冒険者から文句が来た。
「なんだあの威力は! 耳がキーンとなったぞ」
「威力ありすぎでしょ、何あの威力、魔術の炸裂術でもあんな威力にならないわ!」
「あんな威力が有るんなら、最初っか使えよ」
『岩砕き』のマッチョメンズはともかく、あまりこういう所で発言しない名無しパーティーの女魔術師からも文句を言われてしまった…
「いや、同時に5枚使ってるから、単純に言えば魔術の5倍に成ります。でそれを更に3つ、計15枚。
あと、今まで使わなかったのは、使わなかったんじゃ無くて、使えなかったんです。
罠の形でしか使えないのと、何より数が無いんで、そうそう使えないんですよ」
言い訳というか釈明をする。マッチョズは納得していたが、魔術師はビミョーな顔のままだった。良いだろ、あんたらは手間掛けずにバンバン魔術使えるんだからさ。こっちの苦労も知らないくせに。全く。
そんな俺達の内心はともかく、再度隊列を組み直しヤツらの移動痕跡をたどって移動を再開する。
そして、30分程の間に3回の21・15・30匹との遭遇戦を経て、谷川の側面に空いた直径3メートルの『穴』を発見した。
その谷川は、雨の時以外は大した水量の無い川で、晴れの続いた今日は中央部をチョロチョロと流れているだけの半枯れ状態だった。
そして、その壁面にいつもと同様に、わずかな傾斜の有る真円の『穴』が続いていた。
その枯れ谷に全員が降りて『穴』の前に集まった時、『穴』の奥からオークの甲高い鳴き声が聞こえて来た。誰が何を言うでも無く、魔術師達が前面に立ち『穴』に向かって魔術を打ち込み殲滅する。
実際何匹いたかは分からないが、声が聞こえなくなったので問題ない。今回は場所的に使いどころが無くストレスが溜まりまくっていた火属性の魔術師が余裕の有り余ったMPを使って憂さを晴らしまくっていた。
最後に「あー、スッキリした」とつぶやいた声がなんとなく怖かった。よっぽど鬱憤が溜まっていたんだろう…
そして、笛を吹いて『穴』発見を他のグループに知らせようと話していた際、東北東から『穴』発見を中継する合図の笛が聞こえてきた。
「あれぇ、あの笛って、他の場所から聞こえた発見の合図を反対側に伝える、中継の合図の笛の音ですよねぇ」
周囲の者も耳を澄まし、確認して同意を返す。俺の耳にも完全にそれ以外には聞こえない。
本来の場所よりもかなり西方に居るのだが、十分に聞き取れる音で間違いなかった。
「おい、って事は何か、あっちの方にも『穴』が有るって事かよ」
「吹き間違いじゃ無きゃ、そー言う事になるわな。もちっと待って、間違いの合図が無けりゃ、そー言う事だろーぜ」
結局この件はしばらく様子見として、こちらからの発見の合図も混乱を呼ぶとの考えから控える事になった。
そして、2分程待ったが間違いを意味する合図の笛は鳴らず、アノ笛が正しい可能性が高くなった。その上で、こちらも『穴』発見の笛を吹いた。
こちらが4回繰り返した笛の音が途絶えたと間もなく、確認を意味する高低が有る笛の音が届き、こちらから再度発見の笛を吹いた。
「向こうも混乱して居るみたいですね」
多分俺達以上に混乱していると思う。発見の合図じたいをしない案も有ったが、後々の事を考えて中継の合図から時間を空ける事で、それと混合させない様にして発信する事になった。
その後は、そっちの事は一旦ほたって置き、穴を塞ぐ作業に移る。
「おい、土魔術で埋めらんねーのか、この間みてーによ」
「無茶言ーなよ。魔術ってのは決まった事しか出来ねーんだよ。この間は天上が薄くって上に穴を開ける魔術で崩落出来たけどよ、ここじゃ無理だよ」
「そうよ、魔術って誰かのゴーレムみたいな自由度は無いの」
「ちょっと待て、あの小僧のゴーレム魔術は例外だぞ、普通のゴーレムマスターはあんなことは出来ねーからな。勘違いすんなよ」
何だか変な方向に会話が発展して、瞬がアワアワしている。
この世界の魔術は決まった事しか出来ない。その意味でゲームの魔法と同じだ。
ファイヤーボールは誰が使ってもファイヤーボールで、決まったMPを使用して決まった大きさで決まった威力にしかならない。
経験を積み新たな魔術が使える様になるが、それは『ギフト』によって前もって与えられていた魔術にアクセスできるようになる、といった感じで有り、この辺りもゲーム感がある。
つまり、呪文をアレンジして新しい魔術をとか、倍の魔力を込めて倍の威力の魔術を、などと言う事が出来ない。それ以前にこの世界の魔術には呪文は無いんだけどね。
瞬が以前言っていた『土魔法ビルドチート』なるモノも無理だと言う事になる。
基本的にこの世界の魔術は戦闘用に存在しているのか、土魔法でも『穴を開ける魔術』は縦穴のみで、これを横穴を掘る事には使えない。それどころか、地表を起点にしか発動出来ない。
他に一般的に使われる土魔法の、『土の槍』は決まった範囲に決まったサイズの土の槍が真上に向かって発生し、一定時間で強度を失い土に帰る。数はおろか土の槍の方向も変えられない。
瞬いわく、これらは固定観念で、ゴーレムマスターと同様細かな制御が可能なはずだ、との事だが、固定観念に固まったこの世界の魔術師には不可能かも知れない。
瞬同様に、日本から転移してきた者たちならば可能かも知れないけど…
結局、手作業+瞬のゴーレムビルドて実行する事になる。しかも現在人員16名…
全員で警戒と石・木の確保を手分けして行い、20分程した所で、位置確認の笛の音が届き、合図を返し、それから更に20分程でとなりの班が合流した。
「ホントに『穴』が有るじゃねーかよ」
合流組は半信半疑で来た様で、『穴』を見て全員が驚いている。まあ、しょうが無いと思う。これも固定観念の一つで、『穴』は一つと思い込んでしまっているんだろう。俺達もだけどさ。
人手が倍に増えた事と、となりの班にもゴーレムマスターが1人居たことで、何とかその日のうちには穴を塞ぐことが出来た。
作業が30人程度で数時間で完了したのは、『穴』じたいが3メートル程と小さかったことと、谷川に有った関係で周囲に手頃な石や岩がゴロゴロしており、簡単に確保出来たことが大きい。
ただ、さすがに野営地まで帰れる様な時間までには終わらず、野宿をする事になる。
まあ、野宿に関しては前もって計画していたことで、今日『穴』が発見出来たとしても時間的に塞ぐのは無理な可能性が高く、翌日再度そこへ移動するのも無駄が多いと考え、食量のみだが準備していた。
無論寝具なども無く、テントすら無いので、火をたきみんなで寄り集まってその夜を過ごした訳だ。
翌朝、明るくなると俺達は野営地に向かって移動を開始する。
他の『穴』へ行かなくて良いのかと言う意見も出たが、そちらはこちらより人数が多く俺達がわざわざ行くまでも無いだろう、と言う事でとっとと帰ることに決定した。
ぶっちゃけ、真冬のテント無し野宿が思いの外キツかったので、さっさと帰りたかったというのが全員の本音だと思う。
そして、俺達が帰還した時には、別の者たちも帰還しておりやはり『穴』が有った様で、彼らはギリギリではあるが昨日の内に帰還できていた。
そんななか、俺達からもう一つ『穴』が有ったことを聞いて驚きつつ真偽を疑っている様だった。まあ、どーでも良いよ。早くゆっくりしたい。
その件で言い争う冒険者達を尻目に、俺達は飯をもらいに炊飯所へと向かった。
炊飯所へ向かう中、遺体置き場にさらなる遺体が増えているのが見えた。倍近くに増えている。昨日と今日の戦いで出た犠牲者なのだろう。
そんなモノを見た直後でも、普通に飯が食える自分たちに驚いてしまう。
自分の目で見ているのに、自分に直接関わりの無い者であれば、ニュースなどで見る死者と同様に捉えられる様になってしまっている。染まってきているんだろうな。しょうが無いけどさ。
そして、翌日数がかなり少なくなったオークに対し、冒険者も含めた全軍による殲滅戦が行われ、午前中で掃討までを終了した。
そして、この戦果によって北塀に貼り付けに成っていた内部の部隊が自由になり、その部隊が外部に出て俺達と共に一気にスケルトンとリザードマンを殲滅することになった様だ。
その際の俺達の仕事は、スケルトンの『穴』の発見と封鎖となった。なんとなく先が見えてきた感じはある。
何はともあれ、早くレオパードに帰って、おっちゃんの飯が食いたい。




