17.王都 吸血鬼で良いんですか?
王都へたどり着いて最初に行った所は、衛兵の取調室だった。
そう、元の世界でも良く有る『きみ、チョット来てくれないか?』って任意で強制連行されるアレと同じさ。
レオパードで言う木塀に当たるここの外郭門に来る少し前で、警備に回って来た衛生隊に槍を突きつけられ連行されたんだよ。
ま、理由は言わなくても分かると思うけど、ウッドゴーレムの『ウッちゃんMkⅡ』にリヤカーを引かせて爆走していたのがマズかったようだね。
木塀(その時点ではこの名前だと思っていた)を過ぎたら歩かなければならないと思い、ラストスパートで爆走させたのも悪かったようだ。
直ぐに敵意や害意が無いのは分かって貰えたようなのだが、なにぶん『お役所仕事』ってヤツで、一応来てくれってヤツで連行された。
しばらく話を聞かれた上で、真偽をチェックする魔術具で確認された上で解放されたよ。
「ゴーレムは街中では動かさないように」
詰め所を出る時そんな釘を刺されてやっと自由の身となった。
「娑婆の日差しがまぶしいぜぇ」
空は俺の心を表すようにどんよりと曇っていた。
「何か反応してくださいよぉー、スルーは反則ですぅ」
だだを捏ねるヤツはほっといて、街へと向かう。
「だ~か~ら~ぁ」
衛兵さんの指示通り、『ウッちゃんMkⅡ』はリヤカーに積み込み、俺が引いて行く。
街の作りは基本レオパードと変わらず、外観上の人種的にも似たようなものだった。その為、残念ながら日本人が俺たちを見れば、日本人だと気づく可能性が高いという事だ。
無論、俺たちから積極的に関わるつもりは現時点では無い。仮に要監視対象になっていたら、俺たちまでなってしまう可能性があるからね。
詰め所で冒険者協会本部の場所は聞いていたので、一端そこへ向かってみるつもりで居る。
ちなみに、ここは冒険者協会が計三つ有り。国の冒険者協会の中心である本部、そして、東西に支部が一つずつ配置されている。
俺たちが入って来た…連行されてきた門は東門なので、一番近いのは東支部となるが、目的の図書室は本部に有るので先ず本部を確認する為にそちらに向かう。
冒険者協会の本部は街中央部の南側に有るらしく、衛兵さんからは道を真っ直ぐ行くと城にぶち当たるから、絶対に城の前までは行くなとこちらも釘を刺されている。
それなりに警備が厳重だから、面倒にならない様に、って事らしい。だから、城の堀が見えたら左に曲がれと言明された。
従いますとも、もう連行されるのは嫌だからね。しかもこちとらスネに傷を持つ身、変な事になったら目も当てられない。
途中で2回ほど道を尋ね、1時間ほど掛けてやっとたどり着いた冒険者協会本部は3階建てのかなり大きな建物で、レオパードの2倍近くは有るんじゃないかと思えた。
ただ、レオパードの支部と違って単独で建っておらず、左右に他の建物がくっつくように有り、人一人がやっと通れるほどの路地しかなかった。
ひょっとすると、ここには大モノ用外部搬入窓口とかは無いのかも知れない。作り的に裏側も通路が有ったように思えなかったし…器具の貸し出しもしてない?
二人でしばらく、お上りさん然とした顔で、口を半開きに建物を眺めていたが、見慣れた光景なのが周囲を通る者も特に変な目もせずスルーしてくれていた。
「どーします、入ってみますかぁ? 何か入りずらそうな感じじゃないですかぁ?」
瞬の言うとおり、レオパードの建物と全く外観が違い、なんとなく役所然とした感じが有る。しかも市役所とかじゃ無くて、県庁ね。場違い感が半端ない。
「時間的にも冒険者が帰ってくるギリ前だから、一応寄ってみようか」
そう言って、心持ち渋る瞬をせき立てドアを開け中へ入る。
中にはレオパードと同じくらいのスペースが有り、その半分ほどに長いすが数列。依頼伝票が貼られた壁も無く、受付も奥に2つ有るだけで、それ以外はドアと階段しか無かった。
「あれぇ?」
「間違ったったかな?」
「でも、冒険者協会のマークは有りましたよー」
そう、建物の全面に2メートル程の大きさでデカデカと掲示されていた。
不安は有ったが、受付のお姉さん(推定20代後半)と目が合ってしまったので、そこへ向かうしか無かった。
「あのー、ここは冒険者協会で間違いないのでしょうか…」
思わずおどおど声になるのは仕方ないよ、な。
「はい、こちらは冒険者協会オズワード王国本部になります。お二人は冒険者で、この街には初めて来られた方ですね。良く勘違いされるのですが、こちらではクエストは受け付けておりません」
あ、やっぱりな、どー見ても依頼を受けたり品物を納める雰囲気じゃないもんな…
「そーなんですか、知りませんでした。あ、でも、図書室はこちらに有ると聞いてきたのですが」
「図書室利用ですか、それでしたらこちらでかまいません。手続きをして頂ければ冒険者標章をお持ちの方なら閲覧が可能になっています」
「分かりました、閲覧可能時間の指定は有りますか?今日でしたら後どれ位まででしょうか?」
「当所の開館時間中は可能ですが、閉館時は先に出て頂く関係で少し早くなると思います。こちらの会館時間帯は、他の支所の時間と同じです」
腕時計を見るとまだ2時間ほどはありそうだった。
「分かりました、この後利用させてもらいたいんですが」
「お二人ですね、冒険者標章をお願いします」
俺たちが指示通り冒険者標章を手渡すと、いつもソアラさんがするのと同じ要領で魔術具に差し込んで行く。
そして、しばらく表示が出ているであろうパネルを見てから、
「お二人は異世界からの方なのですね」
といきなり言って来た。唐突だったので、二人でビックリしていると、
「出身地が日本になっていますから」
とその理由を教えてくれた。
考えてみれば、王都にはカミングアウトした異世界人が居たわけで、その中のそれなりの数が冒険者登録をした可能性がある。
となれば、日本の名を出した者も少なからずいたはずで、日本=異世界人というキーワードになっていてもおかしくは無いよな-、うかつすぎるだろ、俺。
「えっと、しばらく前に問題起こしたバカが処刑されたって聞いたんですが、何か問題ありますかね」
バレたのならそれはもうしょうが無いので、聞くべき事はここで聞くべきだろう。
「ご存じでしたか、そうですね、こちららとしては特に問題はありません。あくまでも、異世界人の中の一部、と認識していますから、一括りに扱う様な事はありません」
……
「えっと、『こちらとしては』って事は、『こちらではない所』は問題があると言うことでしょうか…」
受付嬢のお姉さんは、左の口元だけを少し上げる嫌な笑い方をした。
「申し訳ありませんが、他の所までは私どもには分かりませんので、ご了解ください」
だとさ。
なんだかなー、な気分で図書室を利用することになった。
図書室は、こちらも2階に有り、その広さはレオパードの4倍はあった。本はもちろん、閲覧用のテーブルも多く備え付けられており、同時に20人以上が閲覧可能な環境だった。
先ほどの件で気が少し滅入っていたのがこのここを見て少し晴れた気がする。問題は全く解決してないけどね。
俺と瞬はしばし、本棚の間を駆け回り、本の数に感動した。
ま、さっきの件は置いといて、まずは本を探すベ、って事でそれぞれ違う棚を1冊1冊確認していく。
こちらの本も、レオパードの本と同様に、過度な装飾がされた文字で背表紙の題名が書かれており、見づらくて手間が掛かる。
その日は、幾つか俺たちに関わりそうなタイトルを抜き出し、確認はしたものの益のあるものは見つからず、閉館を知らせる職員に追い出された。
そして本部をでて、宿を探すのだが、どうやらこの中央付近には高級宿しかない様で、冒険者向けの宿は東西の支部付近になると教えてもらった。
結局、40分ほど移動し、東支部から更に東門側に行った所の宿屋を確保出来た。
ソアラさんに言われてはいたのだが、宿代が思った以上に高くて驚いた。なんと、2人部屋で40ダリ…一人5ダリも高い。その上、『魔獣のいななき亭』より宿の質が悪い。
多分、『魔獣のいななき亭』と同クラスの宿は、王都では2人部屋で50ダリはしそうな気がする。首都価格ってヤツか、東京も馬鹿げて高いみたいだしそんなもんか。
しかも、飯マズである。ここの宿の質が低いのと、『魔獣のいななき亭』の質が高すぎて、その差が出過ぎているんだろうけど…今日は我慢だ。
翌日、その宿屋を出た俺たちは、先ず別の宿を探すことから始めた。5件程確認し、同じ40ダリでもまだ良さげな宿を選んでそこを予約し、リヤカーを預かってもらった。
そして、その後は冒険者協会本部へと行き、図書室で過ごすことになる。
目的の本(?)を見つけたのは、その日の腕時計時間で午前10時程だった。題名は『符術師読本(中巻)』…中巻が有ったよおい。上・下巻じゃなくて、上・中・下三巻セットかよ。
この中巻は、前半に『符』における紋章の意味、その解析を延々と書き、最後に『以上の理論はまだ確認されたものでは無いが、私は自信を持っている』との言葉で締めていた。
つまり作者独自の理論を、延々さも事実であるかのごとく数十ページに渡って書き連ねたモノだった… 思わず「おい!」と突っ込みの声を上げ瞬をビックリさせた俺に罪は無いはず。
それはそれとして、この『符術師読本(中巻)』には、上巻に無い『符』の紋章が紹介されていた。以下がそれだ。
『切断符』-----符を起点に半径1メートル以内に次元的切断現象が発生する(位置・数はランダム0~3)
『加重符』-----符を起点に半径5メートル内に5倍の重力場を30秒間形成する
『浮遊符』-----起動時符と接触していた物体を30秒間1/20Gとする(体積制限あり)
『治癒符』-----符に接触している生物にに対して回復薬と上級回復薬の中間ほどの治癒効果を発揮する
『障壁符』-----符前面に半透明の魔術的力場障壁を30秒間発生させる(形成された障壁は符を中心に移動可能)
『付与(速)』-起動時符に接触していた生物の反射速度・行動速度を30秒間2倍にする
『付与(力)』-起動時符に接触していた生物の筋力及びそれに付随する肉体強度を30秒間2倍にする
『付与(硬)』-起動時符に接触していた非生物の表層強度を30秒間5倍にする(体積制限あり)
紋章パターン自体は、以前の上巻にある『符』と細やかさと言うか書く難易度はさして変わっていないが、書く為に必要な『絵の具』の材料が血液以外は全て違っていた。
魔石(3等級以上)・モルガ草・紺葉蘭(根)・聖鉛粉末の4品目になる。
魔石(3等級以上)以外は全て初見のモノで、また、採取or入手しなくてはならない物が増えたことを意味している。ビンや瓶もまた増えるな…
しっかし、聖鉛ってなんだよ、聖銀は良く聞くが、聖な鉛? 聖別された鉛? なんじゃそれ。
「シュン、鉱物図鑑みたいなのと、植物図鑑みたいなのとか、その入手可能場所とか書いてあるヤツ頼む」
本の探索は全て瞬に頼み、俺は後はひたすら紋章の書き写しを続けることになった。
その書き写しは、3回以上の確認も有り、8枚全てが終わったのは翌日の夕方だった。そして、瞬に頼んだ幾つかの本も見つかり、必要な物は全て書き写した。
聖鉛は鉛に聖属性の力を一定以上掛け、その力によって変質したモノの名で、ただの鉛売価の10倍ほどにのぼるとの事。
モルガ草は広く方々に分布しており、入手は難しくはなさそうだが、紺葉蘭は山岳部の陰になる谷間に生息する様で、今の俺たちには自己採取は厳しい。
紺葉蘭が必要なのは『治癒符』と3つの『付与符』だ。ある意味一番使い勝手が良さそうなのがこれらなので、何とか入手したい。是非とも。
瞬自身もゴーレム関連の書籍を見つけ、読んではいた様だが、「あんまり役に立つことって書いてなかったですよぉ」との事だ。
ゴーレム関連の書籍の大半が、自律制御についてのモノで、元の世界で言うプログラム凡例集やプログラム解説本のようなモノだとの事。
直接制御オンリーの瞬には全く必要ない知識な訳だ。
ただ幾つか、ゴーレム自体の構造材質に関する書籍はあった様で、全くの無駄では無かったらしい。
次に、薬品関連のレシピだが、幾つかは見つかったものの、俺が作製できるようなモノはほぼ無かったし、回復薬の様に不完全でも効果を得られるモノもなかった。
魔力回復薬も蒸留装置が必要で、途中の過程では効能が無い旨が注訳でかかれていた。1/6、1/10でも良いから作れれば便利だったんだが…残念だ。ホント。
そして、ダメ元で調べていた『元の世界に戻る方法』に関連するかもしれない本も幾つか発見出来た。
ま、こう言う言い方をすると、さもそれらしいが、実際は『次元魔法』に関する本と『召喚されし勇者と白の姫』と言う伝記的物語なんで、クリティカルなものでは無い。
異世界転移は次元に関する力が関わっているのは自明の理なわけで、じゃー、次元魔術で帰れるんじゃね?って思うわけだ。
実際この世界には次元魔術が有り、召喚魔術・時空魔術などがこれに当たる。今回俺が知った『切断符』も次元魔術の系譜になる。
これらを調べた範囲では、残念ながら帰還出来る様な魔術はなく、それらしい記述すら無かった。
『召喚されし勇者と白の姫』は何百年か前にあった隣国の話を描いた物語で、魔獣の大軍勢に国が覆われて滅ぶ寸戦に、白き姫の祈りで勇者が現れ、魔獣を滅ぼし国を救った、と言う良く有るヤツだ。
ただ、前記の通り、これは伝記であって一応事実をもとにしているらしい。つまり、勇者召喚または異次元転移が実行された可能性がある、と言う事だ。
そして、このお話では、この勇者は全てが終わった時に『元いた所へ帰って行った』となっている。
この『元いた所』が特定の国・地域では無く、元の世界を表すとしたら、元の世界に帰ったと言う事になる。無論全ては希望的観測ってやつだけどね。ベースが物語りだし…
それでも、可能性はわずかであっても示されたと思える(思いたい)訳だ。
「この勇者が異世界人だとしたら、『ギフト:勇者』を持ってたって事ですかねぇ」
「かもな、結果から勇者って呼ばれた可能性もあるけど、魔獣の大群をって所からするとそれだけの『力』を持ってた事になるから、『ギフト:勇者』の可能性が高いんじゃないか」
「そー思います。でも、同じ転移者なら僕らも『ギフト:勇者』だったら良かったのにぃー、そしたら俺Tueeeしてたのにぃーーー」
「108人居たから誰か一人くらいは居たりしてな。『ギフト:勇者』」
「って言うか、108人も居たんで力が分散して、弱いギフトしか貰えなかったって可能性もありますよぉ」
「力って何の力が分散するんだよ」
「神のですよ、神様がギフトを与えようとするんですけど、数が多すぎて低いポイントで選べるギフトしか配布出来なかったって言うパターンですよぉ」
「ポイントって…ゲームかよ。小説であるのか?そんなん」
「一定ポイントを割り振るのはデフォですよ。常識」
という感じで考察と言おうか想像と妄想をした訳だ。
この妄想が正しいのか正しくないのか、かすっているのか全くかすってもいないのかすら全く分からない。分かる日が来るのかすら分からない。全てに答えが無い、これが現実だからね、残念ながら。
そして、俺たちの図書室探索は一定の成果を上げてこの日で完了となった。この世界に来て82日が経過していた。
図書室探索を終え、冒険者協会本部を後にし昨日以来泊まっている宿へと向かう途中、冒険者協会東支部近くで4名の男女に呼び止められた。
「おい、お前ら見かけない顔だけど日本人だろ」
急に道の横から呼びかけてきた者たちは、黒髪黒目の男2人、女2人で、全員が冒険者然とした装備をしていた。
…日本人だ。最初この街に来た時に危惧したとおり、見つかってしまった。まあ、見つかったからと言って直に問題が発生するわけでは無いので、さほど焦る事は無い。
一応、自分たちはレオパードの近くに出現し、そちらで今まで活動していた事を言い、彼方からは王都周辺の町や村に出現し、王都で合流してパーティーを組んでいる事を聞いた。
その上で互いに、元の世界へ帰る手段や情報を有していない事も話した。
彼ら4人は全て俺より年上で、多分全員20~24歳程とに見える。個別の容姿は控えるが、特別見目が良いわけでも、野卑ている訳でも無い普通の日本人をコスプレさせた様な見た目だった。
まあ、俺も似た様なものだけどね。瞬は少し童顔のげっ歯類フェイスなので別枠ではある。
「で、お前ら、ギフト何よ、俺らは俺剣士、こいつは槍術士、あの子は斥候、あっちは水魔術」
まあ、聞かれるとは思っていたけどね、俺も彼らのギフトは興味があったし…で、言ったわけだ。
「おいおいおいおいおい、符術師ってアレかー!世紀の役立たずって呼ばれてるアノ符術師か? マジかよ、俺らの戦士系ギフトもショボって思ったけどそんな比じゃ無いだろ(笑)」
「(笑)いたのね符術師、良く生きてたわね、って言うか、それで冒険者良くやれてるわね」
「ゴーレムも自律制御なしじゃ魅力半分以下よ、声かけ損だったね」
「お前ら、良くそんなギフトでパーティー組んでんなー、つうより他と組んで貰えなかったって事か(笑)」
「しゃーねーよな、命掛かってるから役立たずの面倒見る余裕ーはねーし(笑)」
「あのドラキュラ娘と同じね(笑)」
「しっかし、じゃあ、ホントに声かけ損かよ、使えるギフトならパーティーに入れてやろうと思ってたのによ」
「そうね、時間の無駄だったみたい」
そう言って彼らは笑いつつ離れていった。
………
「何なんですか、何なんですかアレぇ!! 不遇職なのは自覚してますけど、あそこまで笑って言われるようなことじゃないですよぉぉぉ」
瞬の憤慨は俺も同意だが、俺はある程度覚悟はしていたのでそこまで腹も立たなかった。そして、同郷人だからといってそれだけで連帯出来る様なものでは無いという事を実感出来た。
やはり、日本人に頼る事はあまり意味が無く、処刑された馬鹿達の件で逆にマイナスにしかならない可能性が出てきた事になる。
「だいたい、『入れてやろう』ってのは何ですか『入れてやろう』ってのは、なに上から目線で言っちゃってくれてるんですかぁ、あの人達ぃ」
瞬はしばらく「自分らだって大したギフトじゃ無いくせにぃー」とか「符術は役立たずじゃ無いですよぉー」などと吠え続けていたので、両ほほをうゅーっと引っ張って落ち着かせた。
落ち着いてからも、小声で「こっちから願い下げです」「肥壺にはまれば良いんです」とかつぶやいていた。肥壺っておま…まあ、畑地に点在してるけどさ。
瞬も完全に落ち着き、宿へ向かおうとした時、再度呼びかける者があった。
「あの、よろしいでしょうか…」
それは、見た目は瞬よりは年上で俺より年下っぽい黒髪黒目で彫りの深くない顔立ちの女の子だった。…また、多分日本人だ。
「えっと、日本人ですよね。さっきの人たちとの会話を聞いていて…」
さっきの奴らと違い遠慮がちと言おうか、自信なさげな態度と声でオドオドしている。
「えっと、あなたも日本人ですよねぇ」
「はい、そうです伊尻歩です。…さっきいた人たちが言ってた『ドラキュラ娘』です」
そう言えば、俺たちの事をドラキュラ娘と同じって言ってた。って事は、このドラキュラ娘も不遇職って事か??
「ギフトが『ドラキュラ娘』って事なのかな?」
「いえいえ、違います」
「はじめさん、いくら何でもドラキュラ娘なんてギフト有りませんよぉ(笑)あだ名ですよあだ名」
「ギフト名は吸血鬼です」
………×2
「そのままんまじゃないですかぁ!!」
ギフト:吸血鬼?そんなのがあるのか?
「レアギフトらしいです…」
「おおぉ! レア来たぁーー!」
瞬は「レーア、レーア」とか言いながら変な踊りを踊っているが、彼女の語調表情から誇らしさや自慢げな所は無全く感じ取れない。そればかりか、その反対の感情の方が…
「吸血鬼のギフトってどんなモノ?」
俺の質問に、彼女はしばらく沈黙した後、少しずつ小声で話し出した。
『ギフト:吸血鬼』は他者の血を吸う事で、本人のパラメーターを一定時間上げるギフトで、成長に従ってその上昇効率が上がるのだという。
上昇するパラメーターは、力・素早さ・スタミナ・治癒力となっていて、治癒力に関してはその時間内はリジェネと同じような効果があるという。
「おおぉぉ!! さすがレアですよぉ、凄いじゃないですかぁ、相手にダメージを与えつつ自分は強化!&リジェネ付き!無敵ですよぉ、究極ギフトですよぉ」
俺も一瞬瞬と同じ事を考えたのだが、自分の『符』と重なって問題点に気づく事が出来た。
「落ち着け、シュン。えっと、伊尻さん、その吸血は口で相手に噛みつくんだよね、普通に考えて」
「はい、そうです…」
「と言う事は、敵に顔を押しつけるぐらいまで接近しないといけない訳だよね」
「…はい、ですから、出来ないんです、吸血…」
「…あ、超超超近接戦闘必須って事ですねぇ…それって無理ゲーじゃないですかぁー」
「だな、シュンお前、ここに来た当所角ウサギに噛みつけたと思うか?」
「むーりー。絶対むーりー。って言うより噛みつけるならナイフで刺した方が早いですよぉ」
「と言う事だ、そんで、お前のゴーレムや俺の『符』と同じで使わないと成長しない。成長しないと能力値的にも使えないと言う、二重に使えないと言うか、負のスパイラルに陥ているって状態か」
「はい……」
彼女は力なくうなずいて、そのまま顔を上げなかった。
「で、声を掛けてきたって事は、パーティー参加の為って事で良いのか?」
「……はい。 …でも駄目ですよね、分かってます。お時間を取らせ…」
「いや、別に俺は良いよ、シュンはどーする」
俺の言葉に、下を向いていた彼女が驚きの表情で顔を上げ、瞬も一瞬ビックリした顔をしたが、直ぐに満面の顔で、「はい、僕も問題ないですよぉ」と返した。
「え、あ、あの、良いんですか、私の力使い物になりませんけど…」
戸惑ったままの彼女に問題ないと方をすくめてみせる。
「吸血鬼のギフトは置いといて、君はこの80日以上を生きてきたんだろ? 背負っている弓を使って、じゃあ別に戦力にならない訳じゃ無いよ」
そう言って、彼女の背負う弓と矢筒を指さす。彼女の背負う弓は大弓ではなく短弓に近いモノで、左肩を通して背負っている。
多分、中古で購入し、これまで手入れしながら使ってきたのだろう。素人目でも手入れは悪くなく、キチンとしている位は分かる。
彼女は肩がけした弓を触れつつ「大した腕じゃないです」と言ってはいたが、この王都で曲がりなりにも生活出来るという事はある程度の腕が無いと無理なはず。
しかも、多分彼女はずっと1人だったはずだ。女の子なので野宿など無理なわけで、この物価の高い王都で宿を取り生きていけるだけを稼げていると言う事だ。
「まあ、パーティーを組むとなると、宿の問題とか、クエスト中のトイレの問題とか有るけど、そこら辺は何とか出来なくは無いだろうしね」
彼女は何度も、俺と瞬を交互に見て、「ホントに良いんですか、吸血鬼で良いんですか」と泣きそうな顔でつぶやき、そして涙が零れたのを機にガン泣きになった。
周囲を通る者たちの好奇の視線にさらされつつ、俺は瞬と顔を見合わせ、肩をすくめた。